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リリアナの状況とあの男の正体


「都市外業務担当局か」

「通称外務局と言われているところだな」

 多忙を極める友人とゆっくり会える時間をとれたのは、それから数日経っての事だった。鮮やかな金髪の髪を後頭部で一つにまとめた彼女は、五家・エレクシオン家のご令嬢、リリアナ・エレクシオン。そして、彼女の傍についているのは彼女の護衛官であるアイクだ。アイクの口調は護衛官然とした折り目正しい口調からは外れて、今日はやや砕けている。時と場所によっては、彼は寡黙にもなるし、とても丁寧な言葉を使ったりもする。今は身内だけの集まりだから、そういう堅苦しいのはやめにしているのだろう。

 場所は白亜宮の外縁部を、階段と廊下を駆使して到着する北側の小さな庭だった。一面を緑に染める芝生と、それを彩る草花が目を楽しませる上に、この時期は風が通って気持ちいい。休憩を取るだけにしては少し遠いこの場所は、人が少なくていい場所だった。

「最近、副局長、ああ、いや、昇進なされたから局長の、か。その補佐が都市に戻って来たと噂になっていたな」

 四阿のベンチに腰掛けているルイスとリリアナは、角を間に挟んで隣に座っている。設けられた肘掛けにもたれて頬杖をついている彼女を、すぐ傍に立ったままのアイクが一言嗜めていた。が、今くらい自由にさせろとリリアナは取り合わない。

 アイクはため息を飲み込んで言葉を継いだ。

「元々外務局長だった人物が市長になったんだったか」

「うん、そうだ。外務畑の市長は初めてだから、今後がどうなるのか計りかねるとうちの局長がぼやいていた。都市内の政策を重視していた叔父様とは違って、都市の外のことについての政策が多くなっていくかもしれないな」

 リリアナは水道局で仕事をしている。局長であるロイ・フルグスは柔和な印象だったが、やり手の雰囲気があったように思う。

「それで昇進……。私が会った彼は局長補佐と名乗っていましたね。名前は確か、ノルト・アーヴェンチュアとか」

「ああ、あの」

 合点がいったようにリリアナはこぼした。

「知っているんですか?」

「まあまあ有名ではあるな」

「まあまあ……。五家の一つだということはわかりますが」

 うん、と彼女は頷く。五家とは、このタルテアンという都市を起こした最初の五つの家を指す。都市中心部に住まう家の中でも頭一つ抜けた、権力を持っている家だ。リリアナのエレクシオン家や、元市長のイリュジオ家も同じ五家の一つである。

「ルイスの言う通り、五家の一つだよ。現在の当主は高齢だけど、娘が一人、息子が四人。外務局長は四男で、その養子が実務補佐をしているノルトだ。ただ、ノルト自身もただの養子じゃない。元は長女の子供だったけれど、どうしてか四男であるサントル・アーヴェンチュアの養子となった」

 聞けば独身貴族で有名だった四男が養子をとったと、一時期有名だったんだとか。当時は憶測による噂が幾つも囁かれていたらしい。複雑なアーヴェンチュアの内情には踏み込まないようにして、ルイスは会話の流れを元に戻す。

「そんな方が、最近都市に戻って来たってことは、元々外に居たって事ですか?」

「実務補佐とはいえ、都市内で右腕のように振る舞うわけじゃないらしいからね。彼に至っては都市外にいる方が多いんじゃないかな」

 そう言うリリアナも内情にそこまで詳しいわけではないらしい。

「局長昇進と共に、補佐も一時タルテアンに呼び寄せられたのだとは思うけれど、何か考えでもあるんだろうか」

 リリアナは問うようにアイクを見やるが、護衛官は静かに首を横に振るだけだった。この二人にわからないなら、ルイスにはさっぱりわからない。

「まあ竜仕官長を通して何か後に通達があるかもしれないし、そう構えることはないんじゃないかな。竜仕官って言うのは、どちらかというと、都市内を基盤として仕事をするものだろう?」

「まあ、八割方はそうですね」

 都市外に関わる仕事がないわけではないからなんとも言えないが、形の見えてこないものに不安を抱くより、今できることをするしかないか、という面持ちになってきた。リリアナ様々だ。

「私の方でも少し調べてみるよ。都市外の事については、少し私も気になることがあるし、それに彼が関わっている可能性もないわけではないしね」

 彼女の引っかかる言い分に、ルイスは首を傾げる。

「何かあったんですか?」

 そういったルイスに、リリアナは少し迷うそぶりを見せてから姿勢を正した。そんな様子をアイクは静かに見ている。口は挟まない。

「叔父様の研究について少し調べていてな?」

 身を乗り出した彼女の肩の上から金髪が一房零れ出る。その上には木漏れ日が落ちていた。ここからは誰かに聞かれるといけない話なのだろう。身を寄せた彼女との距離が近くなる。ルイスも心持ち声をひそめた。

「竜を操るための研究、ですよね」

「そう。色々とわかってきたことも、わかっていないことも多いけれど、わかったことの一つ」

 リリアナは指を一本立てる。

「叔父様、トゥレ・イリュジオには研究においての優秀な協力者が存在していた。だけど、誰かはわからない。事件の時、おそらく竜の庭にはいなかった。叔父様も口を噤み、ほんのわずかに残された情報から段々と浮かび上がってきた人物だ」

「もしかして、竜を操る石の情報を元市長にもたらしたと?」

「そうみている」

「リリアナが気にしているのは、その協力者は都市外にいるからですか?」

「どうかな。何せ人面も名前も割れていない。関係者に聞き取りはすすめているらしいけれど、どうにも巧妙に自分のことを他者に知らせないようにしていたみたいだ。都市内では直接の協力者である叔父様以外に接触していない可能性すらある。けれどまあ、叔父様は……」

 リリアナは言葉を濁したが、その先に続く言葉はなんとなくわかる。それを素直に話すかどうか、というところだろうか。彼女は苦笑した。リリアナによると、元市長はこうと決めたら真っ直ぐに貫くところがあるのだとか。頑として沈黙を貫いているのも、そういった精神性が関係してくるのかもしれない。ただ、そうなれば、彼から情報を得るのは難しい。

「あとは、謎の協力者が都市外の人間だという考察とは別に、残されていた記録自体に、一部この都市では出来ない研究の実験結果があったことも気になっている」

 それは、元市長がタルテアンではないどこかで、竜を操るための実験を行っていた、もしくは、協力者がその実験結果をもたらした、ということだ。

だとすれば、都市内にある研究施設を取り壊し、情報を焼却したとしても、どこかにその結果が残っていて、また竜は危険にさらされる心配がある。

 どこかでまだ研究が続いているかもしれない。ルイスはそれを想像して身震いした。リンドウ石と竜の息吹を使って、竜を操るための石を作る。人と竜が確かに築いてきた友情を断ち切る行為だ。

「私はなルイス」

「はい」

 リリアナは前のめりだった姿勢を正す。綺麗な碧眼は真っ直ぐにルイスを射貫く。

「おかしいと思われるかもしれないけれど、叔父様のしていたこと、きちんと知りたいんだ。お父様が生きていた時、叔父様の事を時々話してくださったのだ。叔父様が、どれだけ奥方様を大切にしていらっしゃったか」

 リリアナと元市長のトゥレ・イリュジオは叔父と姪の関係だ。トゥレはリリアナの父の弟にあたる。エレクシオン家の次男であったトゥレは、同じ五家のイリュジオ家の令嬢を愛し、権力の偏る五家同士の結婚に難色を示されながらも、婿入りをした経緯がある。

「こう言ってはなんだけど、今回の事があるまで、私は父の言葉をあまり信じていなかったんだ。私からみた叔父様の印象は『仕事に生きる人』だった。内政を重視する人で、都市外の問題にはあまり耳を傾けてはくださらない。私が未熟なことも大きいとは思う。それでも、その執心ぶりは都市への献身の様でもあって、そういうところは尊敬していたが、人の情には欠ける人だと思っていた。それなのに……」

 トゥレは、復讐の熾火を心に宿し続けた人だった。それこそ、彼が持つ情だろう。それを彼女はまざまざと思い知った。ルイスでさえそう思うのだ。血の繋がった彼女の驚きは察するにあまりある。

「叔父様と同じ道を行こうとは思わないよ。ただ、知りたいんだ。勘違いしないで欲しいのはな、ルイス。私が竜を嫌っていないということだ」

 真剣な彼女の表情に、ルイスは少し笑ってしまう。

「リリアナ。心配しなくてもそんな勘違いしませんよ。あなたは私の相棒に、綺麗だといってくれたじゃないですか」

「……っ、そうか、それもそうだな」

「元市長のことを知る事は、彼の歩んできた同じ道を行くことと同義ではないと思っています。リリアナ。あなたはあなたらしくあれると、私は思いますよ」

「……うん、そのとおりだな。すまない、少し不安になっていた。ありがとう、ルイス」

「いいえ」

 少し、緊張していた面持ちが、ふわりとほどける。リリアナは肩から力を抜くと、アイクを振り仰ぎ、忠実な護衛官も、今はその硬さを崩して兄のように笑っていた。


 場所をかえて西館の食堂。夕飯時の食堂は人が大勢いた。夕飯は家でとる者も多いが、独り身の宿舎にいるものにとってはこうして近くにご飯が食べられるところがあるのはありがたい。

 リリアナはエレクシオン家に来るかと一度は誘ってくれたが、明日も朝が早いことを考えてやめておいた。話題はルイスの事にうつっていく。

「あれから第三外周には行ったのか?」

「いえ、しばらくは忙しいですし。帰る時間はとれなさそうですね。医院にはこの前の感謝も兼ねて挨拶に伺いたいのですが」

「あの女医なら、自分の仕事をしただけだといいそうだ」

 リリアナが小さく肩を揺らす。

 三人の目の前には食事が並んでいた。メインに鶏肉のロースト。バゲットにスープ、サラダがついた夕飯に舌鼓を打つ。リリアナの一言で、アイクも同じテーブルについていた。


「リリアナはあれから都市外には?」

「行けていない。手紙は出しているけれどね」

 スープにカトラリーを沈めるリリアナの隣で、アイクが大皿にのったローストを切り分けている。

「こちらも引き継ぎの業務が多くてね。しばらくは白亜宮に入り浸りになるだろうね」

 ルイスも頷く。

「そちらも、ですか。今までこの時期はそれほど繁忙期ではなかったのに、今年は……まあ、仕方ないとは理解していますが」

 そういうと、二人して遠い目をした。なぜか仕事が積み上がっている。いや、なぜかではないな。理由はわかっている。

肉を分け終えたアイクが、二人を気遣わしげに眺めた。

「水道局には人事異動で中央以外からの人員がきたよ。引き継ぎと自分の仕事で大変だ」

 やめた、もしくは事件に関係していてやめさせられた水道局員もいるという。割り振られていた仕事を再編するのに、少し時間がかかっているらしい。

「そういえば、実家の方には顔を出したのか? レイガート家の方だ」

 スープの水面をかき混ぜて、リリアナはそう切り出した。ルイスはそれに苦い顔をする。

「……」

「……もしかしてあれから一度も?」

 ルイスは無言で頷く。呆れたような彼女の表情に、首をすくめた。リリアナはため息を隠さない。

「折り合いが悪いのはわかっているつもりだけどね。また下の双子に顔を忘れられてもしらないよ」

「いや、それはないと思いたいんですけど」

 気まずいものは気まずいのだ。

実家、ルイスの中央区にある実家とは、それすなわちレイガートの家のことだった。二十年前の事件の後、祖父が第三外周に引っ越してから、中央のレイガート家はルイスの両親が守っている。

ルイスが祖父の元にいる間に、いつの間にか双子の弟と妹が生まれていて、学舎に入る前のルイスが久々にレイガート家に帰ったら、不審者と間違われて大騒ぎになった過去がある。学舎に入ってからもレイガート家にほとんど寄りつかないで生きてきたが、最初の頃は実家に顔を出す度に、誰だこの人という目で見られたものである。懐かしい。

 そんな弟と妹も今年で十六才。彼らが家にいる間はよかった。ルイスは二人の相手をし、あまり話したくない人と会話しないですんだから。

 だけど今、彼らは学舎の寮にいて、毎日家にいるわけじゃない。必然、家に顔を出すと、あの人に会うことになる。祖父テソロの一人娘。ルイスの実の母親に。

 ルイスがまだ小さな頃、母と祖父の折り合いは悪く、家で顔を合わせると口をきかないか口論になるかどちらかだった。ルイスはそれをよく覚えている。子供の頃に生まれた母親への苦手意識は、成人した今でも胸に巣くっている。

「また、時間をみつけて顔を出すようにはします。この前の事件の時に迷惑をかけてしまいましたし」

「そうだな。長男の行方不明の報を聞いて、心配していたようだと、使いの者から聞いている」

「その節は、ありがとうございました」

 ルイスは素直に頭を下げる。あのときに色々と中央で動いてくれた彼女には頭が上がらない。

 リリアナはそんなルイスをしばし見やって「気にするな」と返答した。

 ルイスは一呼吸すると、切り分けられたローストチキンを口に入れた。もぐもぐと噛みつぶしながらも、彼女の言葉を考え直す。

 中央にある自分の家。血の繋がった家族がいる家。祖父の家ほど愛着が無いのはその通りだけれど、自分の帰る家には違いない。

 ふっと零れたような息の音でルイスは斜め前を向いた。こちらを向いたアイクが、眉間を叩きながら笑っていた。ルイスは釣られて自分の眉間を触る。力の入ったそこには皺が寄っていた。


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