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扉の先


 扉を開いた先には誰もいなかった。警備の人間は任を解かれたのか、混乱の中でいなくなってしまったのかは分からない。

 外の光景はいつもと違っている。それだけは分かった。部屋前の廊下は、本来はもっと薄暗い。竜の庭に面している壁に採光用の窓が設けられていないから三階より下の廊下は常に暗くなっている。

 しかし、今はどうだ。陽の光がどこからか差し込んでいて、常よりも明るい。

 ひとまずすぐには危険はないと判断した護衛官たちの導きによって一行は部屋の外に出る。

 明るさの原因はすぐに分かった。廊下の先の壁に亀裂が入って、竜の庭の景色が一部のぞいていた。壁が壊れているのだ。人の力ではこうはならない。

 建物を揺らすような竜の咆哮が耳を(つんざ)いた。

「まずいぞ」

 竜の庭には大きな生き物の姿が見える。艶やかな鱗に大きく広がる翼、それらを支える大きな手足。竜だった。

 見えるだけで、竜は五体。それぞれが睨み合って牽制しているが、その中心にいるのは呪いの石を飲んだ竜だ。力なく頭を垂れていた最後の姿から一変して、同胞である筈の竜に対して爪を振るい、牙をむき、尾を振り上げる。その向こうには市長と思われる人影。竜同士の諍いに巻き込まれない位置ではあるが、危険な場所ではある。

 興奮した竜の尾が壁に当たり(ひび)を作る。

 竜の庭全体が危険だった。最初の竜はおそらく市長の持っている石で操られている。他の竜と敵対しているのはそのためだろう。竜の庭で竜同士の諍いをみたことがなかったから。

 竜に対応しようとしているのは市長と、その護衛官たち。一部の研究員らしき人たち。でも、危険に慣れていないものは腰が引けて、今にも逃げ出しそうだ。

「周囲の人たちを避難させましょう」

 竜仕官長が水道局長と短く話をする。

「一人ついていってくれ」

 その動きに気がついたリリアナは自身の護衛官をあっさりと彼らに付けることを決めた。いいのかと目で問う二人に、彼女は頷いた。

「退路の確保は必要でしょう。あなかがたの方が白亜宮のことを知っているから。それに、私にはアイクもいます」

「竜にはかないませんけどね」

 彼女が信頼する護衛官は鼻をならす。リリアナは表情をやや柔らかくして苦笑した。

「分かっている。私だって危険に突っ込んでいく趣味はない。だが」

 軽口を叩いたアイクにリリアナは笑って返したあと、庭の中を睨んだ。

「ここで巻き込まれる人たちをみているだけなんてできないだろう。彼らは叔父様に賛同した人たちかもしれない。それでも、死んでいいなんて思わない」

 陽の光の中で金髪が翻る。アイクは同意も否定もしないまま、そんな主人をまぶしそうな目で見つめていた。


 ルイスは彼ら主従から目を離すと、傍らを通りすぎようとするウォンダーを視界に入れる。ここにいた最後の瞬間、彼がみせていた姿は、石に影響されてぐったりとしていた姿だった。今もまだ、その影響が強く残っているのなら、たとえ彼自身が決断し、実行しようとしていたとしても、その役割は別の人が担った方がいいんじゃないかと思った。

「ウォンダー、体調はどうですか?」

 出ようとするウォンダーの手首を掴んで止める。聞いておかないといけない、そう思ったからだ。

「どうした?」

「竜を操る石の効果です。昨日は具合が悪くなったでしょう。今はその、どうですか?」

 ウォンダーはふっと目線をうろつかせる。自分の内にあるものを捕らえようと、口を噤む。ややあって、彼は応えた。

「今は大丈夫だ。おそらく、石の効果が落ち始めている。だから」

 彼が竜の方をみた。暴れている竜は、仲間を傷つけることなどお構いなく爪や牙を振るう。

「あの竜以外はある程度の抵抗ができてる。もちろん俺への効果も少なくなっている」

「そうなのですか? 竜の暴走の方は?」

「それこそもっと少ない。竜混じりとはいえ人間だからな。これまでも暴走に巻き込まれたことはない。だが」

 彼の翡翠がルイスを見る。

「やはり石からの影響がないわけではない。さっき説明した作戦通り、まずは石を壊すことが必要だ」

「竜の意思を阻害している要因を排除する、ですね」

「その通りだ」

 それでは行こう。そう続けたウォンダーが竜の庭へと踏み出す。目指すは市長のところ。彼が持っている竜を操っていると思しき石のところ。

 五匹の竜の周りには、人がほとんどいない。誰も彼もが、遠巻きにみている。荒れた竜の群れに突っ込む勇気はないらしい。

人は竜にはかなわない。体の大きさも、その力も。操る術を研究して力を得たとしても、目の前にしたときの恐怖は変わらない。

 前方にいた男に近づく。武器を持っていない男は、護衛官のように体を鍛えている様には見受けられない。

 尻餅をついたその男にかけ寄る。彼の名前はわからないけれど、市長の他の部下と同じ服を着ていたので、仲間なのだろう。手と腕に怪我をしているようだった。擦り傷、切り傷程度でたいしたことはなさそうだが、竜の方をみて、怯えているようだった。

 背後からきこえるルイスたちの足音に、ひっと悲鳴を上げて振り返った。

 恐怖に見開かれた目がルイスを捕らえる。

「石が、砕けて……」

 震える声が訴える。

 足元には元々一つだったと思われる石のかけらが散らばっている。キラキラと光るこれも元は竜を操るための石、なのだろうか。

 その石からは感じなれた嫌な気配がしている。石のかけらは、見てみると二色あった。これまで見た呪いの石と同じ紫色と、そして――。

「た、助けてくれよ。こんなの、人がどうにかできるもんじゃなかったんだ」

 ルイスの思考がまとまる前に、男はルイスの腕にすがりついた。必死の形相で、口をぱくぱくとしている。ただ、何を言っているのか、わからなかった。男が、竜がたてる音にいちいち敏感に怖がって肩を跳ねさせているのを、ルイスの頭の冷静な部分が状況判断していた。

 やや形は変わっているけれど、これも見慣れた石だ。

 ルイスは地面に転がったかけらをすくい上げる。

 色は無色、透明な中に、雲か煙でも入れたような靄が見える。元々は雫型をした貴重なものだ。竜が人に与えてくれる、竜の心そのものだ。

 こんなもので、竜の心を操ろうとしたのか。

「なあ、あんた竜仕官なんだろう? どうにかしてくれよ、なあ」

 開いた口をルイスはきつく噛みしめた。今、口を開ければ、罵倒がいくらでも飛び出てきそうだった。膝を立てて立ち上がると同時に、ルイスはその男の腕を振り払った。これくらいしても罰は当たらないだろう。

 数々の言葉を飲み込んで、ルイスは男を見ずに「避難するならあちらへ」とだけ言葉にした。男の姿が視界から消えるのを追わず、ルイスは立ち尽くした。竜の息吹は変わらず綺麗に手の中に収まっている。

 誰がどう言おうとも、彼らには絶対に賛同できない。どれだけ竜を悪く言おうとも、どれだけ憎もうとも、同情だけはできないと今ここでルイスの心が決まった。ルイスが大切にしたいものを、彼らは絶対に大切にしてはくれないだろうと思ったからだ。

 ルイスは自分のお守りを服の襟元から引っ張り出した。

 冷たくて温かいその石を、壊さない程度に握りこむ。

 顔を上げた先には、走って行くウォンダーの背中が見えた。見上げた空は晴れている。

「カルセドニー」

 乳白色の鱗に青灰色の瞳、好奇心に溢れたその竜が酷く懐かしかった。



 ウォンダーは足を止めなかった。ルイスと男のやりとりを背中越しに聞きつつも、ただ一つの目標へと足を向けた。

 ルイスには強がったが、石からの影響がないわけではない。未だに頭を押さえつけるような何かの声が、自分の行動を制御しようとしている。しかし、その声は小さい。こうして自由に行動できるほどだ。

 多分、多くの竜がこの場所にやってきて、石の影響が分散したのだろう。自分が半端ものである事も今の状況、功を奏している。

 竜の庭を回り込んで、いけ好かない男の元へと進む。トゥレ・イリュジオ市長の下へ。彼の操る竜は他の竜たちが相手をしている。翼は動いても空へ舞い上がる事はできず、他の竜が絶えず発している声も、届かない。届かない声が、竜の庭には満ちていた。日常的に同族の心を共有し、共鳴する竜にとっては、鎖で縛られ、耳目を防がれているようなものだ。

 市長の傍には未だに二人の護衛官がついていた。

 市長が近づくウォンダーを認識する。

「お前は……」

「名前を覚える必要もない、あんたの考えに賛同しない一人の旅人だ」

 宿舎で拝借していた剣を抜く。周りの護衛官が抜き身の剣をこちらに向ける。彼らはためらいなくこちらの間合いに踏み込んだ。訓練を積んだ、統率された連携。容赦も躊躇いもない剣筋。枷を付けられたような自分には少し荷が重い。

 自分のものではない剣が重たい。だが、やらねばならない。数合打ち合い、おしつおされつ、トゥレの気を削ぐように立ち回る。が、決定的な隙を作れない。精鋭の護衛官たちの壁は厚い。

 背後からの足音。

「自分から勝負を仕掛けてそれか!」

 怒号が飛んだ。

 右からの一人を受け流し、もう一人の剣を鱗のある左手で受けようとしたところで、それを受け止めたのはアイクだった。褐色の目がウォンダーを射貫く。どこまでもこちらを見る目には険が含まれる。

「お前こそ、主人の側を離れていいのか!」

「問題はない。信頼できる護衛官の仲間がいる。それに我が主人は物事に首を突っ込みがちだが、危険への判断を誤る方ではない」

 もう一人の護衛官に守られ、少し離れてこちらを見守っているリリアナがいた。

 前方から舌打ち。それは彼女の血縁である市長から発される。アイクの眉間の皺が一気に深くなった。手元を誤ったら一息に殺してしまいそうな勢いだ。

 だけど、アイクの剣筋に殺気はなかった。ただただ、自分が今すべきことを成すための剣。感情と達成目標は完全に分けて考える。この男の護衛官としての在り方を体現する。

 剣が空を舞う。手から離れたのは向こうの護衛官の剣だった。

 アイクが牽制につきだした剣は、ぴたりと市長の首元手前でとまる。彼の仕事はここまでだ。ウォンダーはその隣を抜ける。剣の角度を変えると、石を持っている右腕をすくい上げる。手のひらにのっていた石は、離れて宙に浮く。

 しまったという顔をするがもう遅い。地面に転がる前に、石の中心に向かって剣を振り抜く。元々強度はなかったのか、罅が入っていたのか、石は細かな破片を散らしながら真っ二つに割れた。

 竜の庭の空気が変わる。

 呪われた竜は自由の身だ。

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