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方法と役目


 この場所は変わっていなかった。荒らされた気配もない。それにほっとした。

 整然と壁棚に並んだ竜の息吹。薄く発光する雫型の石は、今回の騒動をまるで感じさせない。部屋の中の安全を確認しおえた護衛官が戻ってくる。彼らの足音が部屋の中に反響した。

「中に人はいませんでした」

「わかった、ありがとう」

 リリアナに、護衛官の一人がそう報告する。廊下への扉の内側では一人が外を警戒していた。

 ルイスの隣にはウォンダーが音もなく立っていた。

「綺麗なところだな」

 彼はそうつぶやく。竜の息吹に視線を走らせる横顔は、雫型の宝石の中に浮かぶ霞を不思議そうに眺めていた。都市の根幹。水を生み出す宝石。なくてはならないもの。それだけではなく、命が息づいたようなその宝石に目を奪われるのはルイスにも分かる。

 竜の相棒ができて、竜仕官となり、初めて石を与えて竜の息吹を手にしたときの感動は、いつまで経っても覚えている。

「贈り物がたくさんだ」

「贈り物、ですか?」

「ああ。これの事をそう言わないか?」

 ウォンダーは竜の息吹を指さす。触れた宝石の内側が、少しゆらゆらと動いたような気がした。中の霞が光に反射した結果だろうけれど、彼の中の竜の力に反応したのかと思った。

「言っていませんでしたっけ? この都市では竜からもらったこの宝石の事を、竜の息吹と呼ぶんです」

「そうなのか。そういう呼び方もあるんだな」

「ウォンダーのいたところでは、贈り物と言うんですか?」

「ああ、竜への献身の報いとして竜から下賜される贈り物だと」

 竜仕官、竜の巫女。竜の神官。竜仕官すらも色々な呼ばれ方をするのだから、竜の息吹の呼び方もその都市によって変わるのだろう。贈り物という呼ばれ方は初めてきいた。

「あんたのお守りと同じ気配がする」

 ウォンダーの指が棚の縁をなぞった。翡翠の瞳がルイスをみる。視線は少し落とされて、ルイスの身に着けているお守りをみていた。

 服に隠してあるお守りを引き出す。簡素な紐に、竜の鱗を模した橙色と乳白色の平たい石がぶら下がる。祖父テソロが作ったルイスのお守りと、祖父自身が亡くなるまで身につけていたお守りだ。

「呪いの石の気配はわからないが、贈り物の、竜の息吹の気配なら分かる。竜それそれが自身の力を込めて作り出すものだからだ」

 ウォンダーの指が、石に触れるか触れないかのところで止まった。

「力とは竜の心のかけらだ。それを身につける石に込めたというのなら、それは竜が心を預けているのと一緒だ。あんたのお守りからは、その気配がする」

「まさか。竜の息吹がこの中に宿っているんですか?」

「そういうことになる」

 知らなかった。驚いて石をまじまじと見つめても、石は普段と変わりない。一体いつから竜の息吹がこの中に宿っていたのだろう。少なくとも、祖父がお守りを作ってくれた時、この石は普通の石だったはずだ。なんせルイスが本当に小さいときの事なのだ。いくつかの石から祖父が選ばせてくれたもの。

「おそらく、おまえの相棒のだろうな。あんたに近しい気配がする」

「カルセドニーの」

 乳白色の鱗を持った綺麗な相棒。ずっと友人の様になりたいと思っていた。それがルイスからの一方的なものではなく、カルセドニーからもそう思われているのなら、それほど幸福で嬉しいことはない。

「だからこそ、竜の暴走をとめうるものだと俺は思う」

 そういいながらも、ウォンダーは目を伏せた。普段の力強い瞳は陰りを見せ、逸らされる。彼は迷っていた。自分の判断が間違っているのか、そうでないのか。

 宿舎を出る前の話し合いで、ウォンダーは二十年前にどのような事が起こったのか、当時を知るオリクトと、ロイに訪ねた。その解答は漠然としてそれ自体が答えになるようなものではなかった。

 曰く、暴走する竜に、ルイスの祖父であるテソロが、自身の竜と共に近づいたのだという。一人の竜仕官と竜は寄り添うように暴れる竜に近付いて行ったと。そうすると手の付けようがない、暴れていた竜が次第に静かになり、そして沈黙したのだという。

 その話は、ウォンダーが知っている『これから起こりうる未来』とは違っていた。そして、彼は数秒迷いを見せた後、告げたのだ。ひとつ可能性がある、と。そして、「もしかしたら、ルイスと彼の竜ならば、同じ事ができるかもしれない」と。

 ただ、確証はないようだった。口に出すのも迷っているようだった。いくつもの門がその言葉が外に出るのを押しとどめていたようにも見えた。それなのに、彼は口に出すことを選んだ。

 今隣にいるウォンダーはほんの少しの後悔を滲ませていた。

「迷っているんですか?」

「……」

 白い顔を、竜の息吹の光がより白くみせる。体調が悪そうに見えるのは、胸の内の靄が晴れないからなのか、竜を操るという石の影響をまた受けているからなのかルイスには判断がつかない。

「……。市長の持つ石を壊し、竜の意識を解放した後、私が竜を呼ぶ。そういう手はずですよね」

 竜と人、揃っている事が重要だと。二十年前、当時の光景を想像する事しかできないけれど、確かな絆を持った一人と一体がそこにいたことで、竜は秩序を取り戻したんじゃないかと、彼は言っていた。

「そうだ。だが、俺はあんたに、一番不確かな役割を押しつけたんじゃないか、とおもっている」

 小さな声だった。翡翠の瞳が揺らめく。ここに来て初めて、彼の心のとても柔らかい部分が、差し出されている様な気がする。石の影響で不安定な体調不良の中にあってさえ、彼はルイスを気遣っていた。強く、目標と、自分へ課した役割を背負い歩みをとめない意志があった。

 それが少し揺らいでいる。

 ルイスはその両手をとる。右手は柔らかく、手袋に包まれた左手は少しかたい。こうして触れてみると、その違いは顕著だ。

「私には、その役割がありがたいです」

「……怖くはないのか? 成功するかわからない賭けにのるんだ。あんたは今、先の見えない細い糸の上に立っている様なものだろう」

 どこに繋がっているのかもわからない命綱。あるいは、いつ切れるのかわからない綱で行う綱渡り。根拠のない話を『信じていますから大丈夫です』と言ってしまうのは簡単だけれど、その言葉で目の前の男が納得するとは思えなかった。

 納得。いや、そうではない。安心して欲しいのか。どうだろう。ルイスは今の自分の心を上手く表現する術を持たなかった。しかし、これだけは言っておきたい。

「提示された小さな希望を、闇雲に信じている訳ではありません。ですが、信じたいとおもったことは本当です」

 形のよい眉が、ぎゅっと歪む。ルイスはウォンダーの手を離さなかった。先ほどよりほんの少し力を加えて、言葉を口に出した。

「あなたが掴もうとしている可能性を、一緒に信じたいんです」

 細い糸だとしても。

「やり遂げましょう。全ての答えは、走った先に出るはずです」

 ウォンダーの口は何かを言いかけて開いた後、また閉じた。しょうがないものを見るように眉尻が下がる。繋がったままの手に、少し力が込められて、どちらともなく離す。ルイスとウォンダーは向かいあったままほんの少し笑った。


 息吹の間の入り口付近にルイスたちは自然と集まる形になった。扉の向こうを気にしているのはエレクシオン家の二人の護衛官だ。何事かが、その向こうから襲ってきたとしても、中の人は守るという役割を、自らの課したかのように動かない。

 場を仕切るのは水道局長であるロイだ。オリクトは彼に話の進行を任せている。立場的にはどちらかというとオリクトの方が上ではあるが、話すと感情が先立つ自分よりは、ロイの方が冷静な状況判断は得意だろうとのことだった。逆に人と人の間を取り持ったり、すりあわせをしたりといったことは、オリクトの得意することだった。適材適所である。リリアナは五家としての家格としては大きな力を持っているといえるけれど、官としての立場は未だに弱い。そこは本人も気にしているところだ。使える家の力は使うといっているので、エレクシオンの護衛官は全面的に味方をしてくれる。宿舎に残った護衛官たちは他の竜仕官たちの解放に動いてくれているし、何かあったときにエレクシオン家を避難場所に提供する事も(やぶさ)かではないと断言していた。

「簡単に確認しておこうか。現状を変えるために私たちができる事は一つ。トゥレ・イリュジオが持ち込んだ石を壊し、竜の暴走をとめるために、二十年前の再現を行うこと」

 ロイはそう口に出してウォンダーに確認するように視線を滑らせた。彼はその視線を受け止めて頷く。

「竜の暴走は連鎖的におこるものだ。二十年前当時の竜仕官長と竜がそれに巻き込まれなかったのは、彼らの間に、確固とした絆があったからだ。ルイスにはそれができると、俺は思っている」

 宿舎でした説明の簡潔にウォンダーは述べた。ルイスは服の下にあるお守りを握った。祖父のお守りと、ルイスのお守り、その石には竜の息吹が込められていると言う。それは竜が心を傾けている証拠だと、ウォンダーは言っていた。それが、絆だ。竜と人との間に生まれた情。

 その言葉にロイが頷いた。

「その二つは、あなた方に任せるよ。私と先輩にできるのは、中にいると思われる人たちを、竜が暴れる前に遠ざけて、安全な場所に誘導しておくこと。今度こそ、犠牲は出したくない。二十年前の二の舞はごめんだからね」

「今度こそ、悲しいことは起こしてはいかん」

 遠くを見つめるようなオリクトに、ルイスは首を縦に振る。リリアナが続く。

「私たちはウォンダーとルイスの援護を行います。彼らが、役割を遂行できるよう、力を尽くすのが、今ここにいる私の役目です」

 護衛官たちはアイクを含め誰もしゃべらなかったけれど、その決意は主に準じているように見えた。

「それでは、行きましょう」

「はい」

 この先へと続く扉は開かれた。

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