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どこへ行くか


 宿舎の入り口付近にはルイスたち以外は誰もいない。見張りについていた市長側の護衛官たちを拘束してから、その後の増援はやってくる気配もない。一応エレクシオン家の護衛官が外の警戒にあたってはいた。

 水道局と竜仕官の長が向かい合う。

「これからあなたは白亜宮に戻るつもりですか?」

「その通りじゃ」

「それではやはり言っておかなければなりません。白亜宮に戻ってどうするおつもりですか、と」

「……」

 竜仕官長はその問いに口を開いてまた閉じた。ロイの眼光が鋭くなる。彼はこの中で冷静だった。

「状況の説明から始めた方がよろしいですか?」

「いいや。大丈夫じゃ」

 言葉を濁す竜仕官長に、リリアナとルイスは顔を見合わせた。リリアナはもちろんルイスも、オリクトが言いよどんでいる理由がわからなかった。いや、わかっていたけれど、なんとなく目先の目的を第一にして、考えないようにしていたのかもしれない。

「私たちの第一目標は、『呪いの石が竜に与えられないようにする』でした。しかし、それが果たせなかった上に、竜の庭を市長に占拠されてしまっています。竜が暴れているのなら、その状況をどうにかして阻止する必要があるでしょう。しかし、市長は何らかの方法を使って竜を制御している。私たちがそこへ向かったところで、何かできることがあるのでしょうか? むしろ市長を妨害する事で、竜が再び暴れ出し、今度こそ都市全体を巻き込む大きな騒動に発展してしまうのではありませんか?」

「ここは市長に従っておとなしくすべきじゃと?」

 ロイが静かに首を振る。

「不測の事態を回避するために、どちらかと言えば近隣の避難を優先すべきではないかと言うことです」

「なるほどの……」

 確かに暴れてしまっている竜をどうにかする方法を、ルイスたちは持っていない。竜の庭に行くことが、場を混乱させるだけなのなら、他の事をすべきだと水道局長は提案している。

 優先順位を付けるならば、ロイが言っていることは正しいことだ。

「しかし、避難したところで再び竜が暴れ出せば、逃げる先はなくなるじゃろうな。竜の暴走をおさえている力が、どの程度有効なのかわからんからの」

「それなんだか、ひとついいか?」

 決断の進退が窮まった状態で声を上げたのはウォンダーだった。ロイがどうぞと言葉の先を促す。

「竜を操っている石についてはあまりわからないが、暴走した竜がどういった行動に出て、結果どういう状況になるのかは、教えることができる」

「それは……。どうなるのじゃ?」

 呪いの石を追ってきたウォンダーだ。ここにいる誰よりも未来を予測できる。

「石を飲んだ竜は、まず仲間を呼ぶ」

「他の竜をか?」

「そうだ。おそらく、竜の庭には昨夜のうちに竜がやってきているし、これからもやってくる。昨日の夜、雨が降っていたのはその証拠だ。竜が集まってくる時にそういう現象が起こる。そして、集まった竜たちは、最初に暴走した竜に同調して暴れ始めるだろう。市長が持っている竜を操っている石は竜一体の暴走をおさえられているが、それ以上にやってくる複数の竜をおさえることはできるのか?」

 ウォンダー以外の面々が顔を見合わせた。表情には各々不安が宿る。ウォンダーの言っていることが本当なら、昨日の夜にきこえていたという大きな音は竜の庭に竜がやってきた時の音だろう。手薄になった見張りの護衛官たちは市長の命令でその対処に奔走していることになる。

 誰もしゃべらないのを見て、ウォンダーは続けた。

「これはただの予想だが、全ての竜を操ることは難しいだろう。今まさにやってきている竜が全て暴走し始めたら、本当に手を付けられなくなる。避難したところで何人が生き残れる? 厳しいことを言うが、この都市は人の住める状態で残るのか?」

 都市の崩壊が、現実味を帯びてきた。

 ただ、少し思うところもある。ルイスは第三外周にいたときに、ウォンダーが言っていたことを思い出していた。

 彼は言っていた。二十年前にも同じような事件が起こりながら、都市への被害は少なかったと。ウォンダーが今まで訪れてきた都市との違いはそれだ。それには原因があると、ルイスは感じていた。

 祖父はそれを日記に記していなかった。ウォンダーのように今までの経験と比較する対象がなく、それを自然であると受け入れたからかもしれない。祖父はもうこの世にはいないけれど、目の前にいる長二人は、その時の事を覚えているはずだった。

「私もよろしいでしょうか?」

 気まずい沈黙の中、手をあげたルイスに視線が集まった。

「二十年前の事です。第三外周に避難している間、祖父の日記を読んだんです。そこで、二十年前に起きた出来事について書いたページを見つけました。そこには暴れている竜が、どのようにおとなしくなったのか、書かれてはいませんでしたので、知っているお二方のお話を聞くことができれば、ヒントになるのではと」

 二人は顔を見合わせる。

 ルイスの言葉を援護する様に、ウォンダーも少し考えてから言葉を続ける。

「呪いの石の影響を受けてしまった竜が、一つの建物を破壊するだけでとまるはずがない。あんたたちはあのとき何を見たんだ?」

 今度は視線が彼らに集まる。ただ、彼らは困惑していた。「そこに本当に答えがあるのかわからないが」と前置きして、当時彼らが見たことを、話してくれる。ルイスにも、リリアナにもそれが何を意味するのかわからなかった。


 しかし、それを聞き終わったあと、ウォンダーだけがぽつりとこぼした。

「もし、それが本当なら、状況を覆し得る作戦が、ひとつだけある」と。


 *


 一行が宿舎を出たのはそのすぐ後だ。白亜宮への侵入経路はどうするのだと聞いたロイに、オリクトは竜仕官長しか知らない経路が内部に続いているのだと説明した。その通路は何年も前に使われなくなった地下の水路だった。都市の黎明期に作られてからずっと使用されていたけれど、都市が成長するにつれて主要な水道が作られて使われなくなったのだとか。

 整備用の出入り口がそれとわからないように蓋をされていて、中に入る場所もわかりにくければ、目的地到着時に見えた重そうな扉は竜仕官長が持っている鍵でしか開かないようになっているとオリクトは教えてくれた。

 リリアナの護衛官が数人宿舎に残った以外は、行動する人数は変わらない。高さの低い水路の中の移動は、高身長のアイクやウォンダーそしてロイにはきつそうだったが、元々白亜宮の近くにある宿舎だ。水路の入り口まではそう長くかからなかった。

 移動中のおしゃべりは皆、少なかった。

 全員がわかっていたからだろう。この行動が目標までたどり着かなければ、都市の存続すら危ういと。

 水路を進んで終着点まで到着したとき、ルイスはほっとした。そこがよく見慣れた場所だったからだ。自分がこの都市で好きな場所をあげろと言われたら、おそらく三番目には上がってくるだろうと言う場所だ。

 そこは息吹の間だった。

 水路の端と息吹の間の間には鍵のかけられた鉄の扉がある。外側には他の壁と同じ塗装、装飾を施されていて、閉まっていればぱっと見てもそこに扉があるとはわからないようになっている。カモフラージュは完璧だ。数年間この部屋に出入りしていたが、気がつかなかったもの仕方がない。

 ここに入ったことのないリリアナやアイク、他の護衛官、そしてウォンダーは薄暗いこの部屋を見渡していた。

 息吹の間。竜の息吹を納めるための部屋であり、都市内へと水を供給する部屋でもある。壁は整列した棚が並べられ、そこにはまだ使用されていない竜の息吹が納められている。中央の盆には水が張られ、流れ出す。盆の中をのぞけばそこにも竜の息吹が複数水没しているのがみえるだろう。部屋の中はひんやりとして、絶えず水音がしていた。

 大きな光源の見当たらない室内が、ものの形がわかるほど明るいのは、竜の息吹がそれぞれ程度の差こそあれ、淡く発光しているからだった。

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