朝
次の日の朝のこと。寝られないかと思ったけれど、意外にもというか、根が図太いのかあっさりと眠りについて、物音で目が覚めた。部屋は薄暗く、朝がきていないのかと思ったが、白亜宮の影になって日が差し込んでいないだけで、窓に顔をつけて見上げた空は既に明るくなっていた。昨日の晩に降っていた雨は止んでいるらしい。窓から下をのぞくと、少しだけまだ湿っている地面を見ることができる。
ルイスがそんなことをしている間に、ウォンダーが扉に張り付いて、外の状況をうかがっていた。しゃがんだ体勢で扉をほんの少し開けて、その隙間から見える情報と、元々耳がいいのでそこからも多くの情報を拾えるのだろう。鎖とそれを固定する南京錠で扉は閉められているため、ドアを押し開けば、ほんの少しの隙間くらいは開けることがことができた。
「どうですか?」
ルイスが近寄って質問すると、ウォンダーは開けていた扉を音もなく閉めた。
「騒がしくなっているな。夜の内に少し状況が変わったらしい。白亜宮の方から何回か大きめの音がしていた」
「きこえたんですか?」
「耳がいいからな」
知っている。もう何度も聞いた台詞だった。遠くの人の会話を拾い、小さな水の音を聞き分けるウォンダーの耳は、こうして監禁されている間にも、周りの事を良く捕らえる。その感覚が、ウォンダー自身の由来しているものだということは、昨日の夜に知ったことだ。
「複数で交代しながら監視を怠らなかった見張りが、夜が明ける前に少なくなった。それに、外に協力者がいるな? おそらくあの護衛官の仲間だ」
「アイクの?」
ウォンダーは頷く。
「水道局長の声もしている。あの後、捕まらずに機会を伺っていたらしい」
ウォンダーが得た情報から、状況が見えてくる。
昨日白亜宮に入った時に別れたままになっていた水道局長は、エレクシオンの護衛官と共謀して助けに来たらしい。アイクが内側から一枚噛んでいると共に、向こうの監視は何かの要因で混乱している上に数が減っている。この好機を見逃さなかったのだろう。
扉の外で何かが落ちるような金属音がした。ウォンダーが扉から素早く離れると、その扉は外側から開いた。
「やはり二人で一緒に入っていたか」
見慣れた茶褐色の短髪に同色の瞳。アイクだった。ウォンダーが何かを上着のポケットに差し込みながら立ち上がる。動作を見とがめたアイクが眉を動かしたが、何も言うことはなかった。一連の流れがわからず、ウォンダーにどうしたのかと聞くと「アイクが開けなければ、内側から鍵を外そうと思っていた」と話す。外の鍵は鎖と南京錠だ。解錠はそれほど難しくないらしい。
「旅をしているとこういうこともうまくなる」
「そういうところがうさんくさいんだ」
鍵開けがうまくなる旅ってどんなものだと思ったけれど、それを口に出す前にアイクが毒づいた。
相変わらず彼らの相性はあまり良くないらしい。
「アイク。無事みたいで良かったです。リリアナはどうしていますか?」
「私もいるぞ?」
アイクの後ろに隠れていて見えなかったリリアナが、ひょっこりと顔を出した。
「一緒だったんですね、良かった」
「ルイスたちもね。部屋は少し離れていたようだけど、同じ階だったみたいだ」
「ああ、夜明け前に近くの部屋がうるさかったのはもしかしてあんたたちか?」
ウォンダーの言い分にリリアナが意外な顔をする。そうだった。リリアナはウォンダーの耳の良さを知らない。
「よくわかったな。アイクがはめ殺しの窓を外してな? それほど大きな音は立てなかったと思うんだが。下にいた家の護衛官たちと情報の交換をしていたんだ」
「この窓外せるんですか?」
「意外だろう? 四隅の金具の外し方があるようなんだ。なぜかうちの護衛官は工具を忍ばせていたみたいで」
「へぇ! やりますね」
「だろう」
扉の錠を外そうとしたウォンダーと行動自体はどっこいどっこいだ。それどころか、こうしてアイクとリリアナが既に廊下に出ていることを考えると、アイクもウォンダーがやろうとしたのと同じ事をしているわけで、彼の言う『うさんくさい』のは一体どっちだろうと首を捻らざるを得ない。
まあ、それが脱出の糸口になったのだから特に指摘することもないが。
和やかに始まった会話に、隣では警戒心を解かないアイク。
当の本人は会話には参加せず、通路の奥を警戒している。主人を残して通路奥まで進むと、角から監視がいないかどうかを確認している。
「建物内の人員配置なら教えられるぞ」
辺りを探っていたアイクに先行してウォンダーも動き出す。人の動きは音で感知する。彼の脳内には宿舎ぐらいの大きさの建物なら、音で大体のことを把握できるのかもしれない
「あ、おい!」
小さな声で抗議の声を上げたアイクは舌打ちしながらも彼を追跡する。どうやら近くに脅威となるものはないらしい。自分の主人を戦力外のルイスと共に置いていくのはそういうことだ。
「ウォンダーがいると、昔のアイクをみられて面白いな。あれだけ毒を吐くアイクをみたのは数年ぶりだ。ウォンダーには感謝しなければな」
護衛官の主人たるリリアナはにっこりと笑ってウインクまでしてくれた。職務上仕方がないが、あの男はリリアナの前では堅い立ち振る舞いを自分に課しているところがある。
「それ、アイクに言うと怒られませんか?」
「そうかもしれん」
そういうリリアナの機嫌は良さそうだった。よかった。叔父の起こしたこと。自分の中では折り合いを付けたのかもしれない。本当は少し心配だったのだ。
「さて、二人に続くか。ここを出ないことには話す事もできんからな」
「はい」
本当にアイクは良き護衛官だ。前を行くリリアナの輝く金髪を眺めながら、ルイスはそう思った。
宿舎の制圧は迅速だった。耳のいいウォンダーがアイクに協力し、上階の安全を確保したあと、下の階の見張りを無力化する。ルイスたちがいたのは二階だったが、三階には竜仕官長がいたようで、階段を降りてくる二人の後ろを、ほっとした顔をする竜仕官長が追随していた。
他にも何部屋か人が入っていそうな場所があったようだが、安全確保と味方との合流を優先させたとか、身の危険があるわけではないので、監禁されている人たちは後で助けるとのことだった。
一方下階、宿舎の入り口に待機していた二人の見張りは、外から作戦に協力した水道局長とエレクシオンの護衛官数名によって攻略され、宿舎に配置されていた市長の協力者四名は、一階の個室に全員詰め込まれ、鎖と南京錠で何重にも鍵をかけられた。
流石に監視の目が少ないことを考えると、本当に異常事態が起こっているのだろう。その辺を答えてくれたのは合流した水道局長だった。昨日の夜から今日の朝にかけて、白亜宮周辺に潜伏し、情報を集めていたとのこと。その際に事態を知って動いていたエレクシオンの護衛官たちと遭遇し、協力したとか。
出会った瞬間はお互いに警戒したそうだが、リリアナが働いている部署の長だ。顔見知りも数人いて、警戒心も解けたらしい。その後水道局の人間だけが知っている部屋や整備用の道を、同行しているエレクシオンの護衛官にも教え、事態を知らない水道局員に接触し、白亜宮に近づかないようにと警告をしていたそうだ。優秀である。護衛官の隊長と思われる人物が賞賛していた。
「おぬしは無事じゃったようでよかった」
「オリクト殿も。市長の目的が危害を加えることじゃなくてよかったです」
「そうじゃな。しかし、竜を操る石を作り、竜を管理しようとするとは、大胆なことを考えたものじゃ」
「あの後、竜の庭では何があったのですか?」
合流が遅れ、詳細を掴みきれていないロイに、オリクトが竜の庭で起こったことを説明する。
「竜仕官が軒並み捕まってしまったのはそう言うことでしたか……。となると、この宿舎にはまだ竜仕官がいますね」
「アイク、どうだった?」
リリアナがアイクに状況を尋ねる。
「上階を調べてみましたが、いくつか鍵のかかった扉がありました。全て開けるのは時間がかかるので、竜仕官長がいるところのみを限定して開けましたが」
そう言いながらアイクがウォンダーに視線を滑らせる。それだけで、おそらくウォンダーの耳を使って探し当てたのだろうと言うことがわかる。当のウォンダーは元々見張りのものだった剣を拝借して感触を確かめている。自分たちの荷物はとられてしまったからだ。
「捕まっている他の人はどうしますか? 全部の部屋を開けるのには少し時間がかかりますができないことはありません」
その言葉に、リリアナは首を振った。
「閉じ込められた者たちは気に掛かるが、危険があるわけではない。それよりも、白亜宮の方が気になる。どうでしょう、竜仕官長様」
「そうじゃな。竜仕官たちをこのままにはしておけぬが、トゥレの事を優先させたいのが正直なところじゃ」
「それでは、家の護衛官を数人ここに残らせて解放のために動いて貰うというのはどうでしょうか」
竜仕官長はリリアナの提案に頷いた。
「そうしてくれるのならありがたい」
それを聞いていたロイが、律儀に手を上げる。
「少し、質問しても大丈夫ですか?」
「なんじゃ」
僭越ながら、と前置きして、彼は話し始めた。




