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石と昔の話


 宿に戻ったのはこのあと合流する水道局長と、竜仕官長を待つためと言うことだったが、二人がやってきたのは昼を大きく回った時間だった。窓から見上げる空は少し雲があって外にいたときよりも多くなったなと感じる。ルイスの胸に少しの不安が去来(きょらい)した。


「どうしたルイス」


 近くにいたウォンダーに声をかけられる。視線を室内に戻すと、他の人はおもいおもいに時間を過ごしているようだった。護衛官の多くは確保した男の引き渡しと情報の聞き出しにいってしまったし、水道局員は宝石店でルイスたちが去ったあとも、帳簿を調べたり他の店員を調べたりと動いている。今回の突入指揮に関わったリリアナは先ほど帰ってきたばかりだ。部屋の真ん中にあるソファーでくつろいでいる。報告を聞こうと思ったが、水道局長と竜仕官長が合流してからにしようと言われた。確かに一度に話した方が効率はいい。


 石はルイスの手の中にあった。じわじわと感じている呪いの気配は箱越しにも伝わっていた。多分今感じている不安も、そのせいだ。

 静かな水面のような瞳に微笑んだ。


「大丈夫ですよ。少し不安はありますが、多分石のせいだと思います」

「それか?」

「はい。ウォンダーは何か感じませんか?」


 ルイスの言葉を受けて、ウォンダーは箱の上蓋を触ってみる。しばらく無言で触ってみていたが、首を振った。


「何も感じないな。こんなに近くにあるのに」

「そうなんですか」


 そんなやりとりをしていると、リリアナが興味深そうに近づいてくる。アイクも一緒だ。


「私も持ってみてもいいか?」

「はい。どうぞ」


 彼女は両手で箱を受け取る。そして傍らのアイクにもやってみろというように手渡している。


「蓋は開けない方がいいんだよな?」


 いぶかしげに箱を傾けたのはアイクだ。蓋には金具があって上下逆さまにしても蓋が開くことはない。

「はい。どういう影響があるのかわかりませんから。あまり推奨しません。ウォンダーはどう思います?」


 今まで石を追ってきたウォンダーの方が詳しいだろうと質問する。


「同意見だな。少しみるくらいなら問題ないとは思うが。保証はできない」

「なるほど」

「呪いを感じ取れるのはルイスだけなんだろうか」


 箱を返却したリリアナが、そうつぶやいた。


「どうなんでしょう? 今のところはそのようですが、竜仕官はわかるような気もします。石に対して第六感のようなものが働くのは、全ての竜仕官がそうですから」


 祖父が見習いの制度を見直したのも、そこにあるような気がした。見習いの時、石の選定の試験は厳しかった。見習いには二段階あって、まずは正しく石を選定できるようになること。その試験に合格してから、竜の前に出られるようになる。そこから竜に選ばれなければ竜仕官にはなれないから、竜仕官は非常に狭き門だ。現在は都市にやってくる竜の数に合わせて二十人くらい。見習いはその倍の四十人ぐらいだろうか。石の選定試験に合格した見習いはそのうち三分の一程だった。


「ああ、そうだ。あなたにはこれを返しておかなければ」


 リリアナからウォンダーに袋に入った何かが手渡される。


「水質検査に使用した石だ。約束の通り返却する。一応こちらでも数えたけれど、石の数があっているか一度確認をして欲しい」


 受け取ったウォンダーは袋の口を開き、中を確認すると「確かに受け取った」と頷く。返却された石はウォンダーが自分の荷物の中にしまっていた。


 彼が荷物を背負い直したちょうどその時、扉がノックされる音が響く。四人が全員扉の方を向く。代表してリリアナが外に声をかけた。内に向かって開かれた扉を、扉前に待機していた護衛官がおさえている間に、二人の人物が入室する。


 一人は白い官服とローブ。もう一人は通常の文官服の上から暗い青に染められたローブを着用している。リリアナと同じような服装だ。

 一人の顔を見て、ルイスは背筋を伸ばし、深く頭を下げた。


 オリクト・エバリー。竜仕官長だった。頭を上げながら考える。一人が竜仕官長ならば、もう一人が水道局長だ。リリアナの直属の上司で、今回の件の協力者。そして、宝石に対して竜仕官長と同様、なにやら思うことがある。

 扉が閉められる音がして、床を歩み寄ってくる足音がきこえる。


「頭を上げてくれんか?」


 久しぶりに聞いた低めの優しい声。間違いなく竜仕官長その人の声だった。顔を上げる。

 目が合う。白髪の交じる眉毛がいたわるように下がっている。心を砕いてくれている表情にルイスも同じような表情になった。


「良く戻ってきたの」

「はい。皆様のご尽力のおかげです。本当にありがとうございます」

「こちらこそ、おぬしに不便を強いてしまってすまんかった。大変だったろう?」


 上司からの謝罪にルイスは恐縮する。


「いえ! そんな!」


 報告を怠って中央から逃げ、無断で業務を休んでいたのはルイスの方だ。本当なら侵入者の報告と石の報告を上げて、白亜宮の保安課に情報を共有し、再発を防ぐための策を講じるべきだった。冷静になればやるべき事は考えつく。身の安全を第一に第三外周へ逃げるべきではなかった。


「それに、きちんと報告は受け取っておったよ。第三外周の女医を頼るのはいい判断じゃった。彼女経由で送ってくれた手紙は確かに受け取った。あの夜、おぬしが侵入者に対応しておっては、その場で口封じをされる可能性もあった。傷は大丈夫か?」

「はい。ご心配をおかけいたしました。もうすっかり治っています」


 女医を最初に頼った時、彼女にはリリアナへの伝言ともう一つ手紙を頼んでいた。その手紙はあの日の深夜に起こった出来事を綴ったものだった。女医の手からリリアナを経由して、その手紙は竜仕官長へと届けられたと言うわけだ。

 竜仕官長は優しい顔をして頷いてくれる。


「第三外周に逃れる事で、明らかになった情報も大きい。おぬしは独自に大切な情報をもたらしてくれた。私も、そして水道局長殿も大変感謝しているぐらいじゃ」

「そうだね。水道管の破損と、水の流出は都市の一大事だ」


 言葉を継いだのは水道局長だった。職場は白亜宮で一緒だけれど、やや職場の区画が違う。ルイスはこの人には会ったことがなかった。リリアナの上司で、水道局の一番上。第三外周にも、第二外周にも区画ごとに置かれている水道局は大きな組織で、それをとりまとめる人。


 賢そうな見た目、表情は豊かなのか、目尻には笑いじわがある。そろえられた短めの顎髭が特徴だ。竜仕官長よりも少し若いが、年齢的に大きくは離れていないだろう。

 身長は水道局長の方が高かった。


「ルイスは初対面じゃったな。こちらは水道局長のロイ・フルグス」

「お初にお目にかかります。ルイス・レイガートと申します」

「ロイ・フルグスだ。よろしく頼むよ」

「はい」

「さて、そちらの紹介もしてくれないか?」


 細められた目が、ルイスの後方にいたウォンダーに向けられる。質問されたルイスがまず、ウォンダーの事を紹介する。


「彼はウォンダー・ストーレン。旅の者です。今回の事では色々と助言をもらっています」

「ウォンダーだ。よろしく頼む」


 続いてウォンダーが軽く頭を下げた。


「君の事は多少は調べたよ。イルマーニの商隊についてやってきたみたいだね」

「詳しいな」

「商隊護衛の仕事を主に請け負って、個人的な荷運びもやっている。仕事の評価は悪くない。都市入場の名簿がきちんと残っているからね。幸いにも商隊はまだ都市に残っていて、聞き取りもできた」


 仕事が早い。


「中央へ入る許可を出すのに、なんの根拠もなしでは難しい。勝手に調べたのは悪く思わないで欲しいな」

「いや、当然のことだろう」


 にっこりと笑顔を作った水道局の長に、ウォンダーは淡々と返した。両者は軽く握手を交わす。そのあと竜仕官長とも同様に握手をする。


「紹介が終わったところで、回収した石はみせて貰えるか?」

「はい」


 ルイスは返事をして、箱を差し出す。受け取ったのは竜仕官長だ。彼は受け取った瞬間に眉をひそめた。留め金を外して蓋を開く。

 入れたときと同じように、綺麗な紫の石はそこにあった。


「ああ、間違いなさそうじゃ。二十年前に聞いた石の特徴と一致しておる。まさかこの目で見ることになろうとは。フルグス殿も、見たことはなかったじゃろう?」

「はい。これがその石、なんですね」


 オリクトは頷いた。


「石は見たことがなかったが、その気配だけは何度か感じた事がある。ああ、覚えておる。この気配じゃ」


 二十年前、既に竜仕官として働いていたオリクトは、石の呪いを感じた事があるらしい。その石を持っている見習いと何度か白亜宮ですれ違っていたのだろう。 


「懐かしい。そしてこの感じ……。やはりテソロ様は正しかった」


 竜仕官長の口から祖父の名が出てくる。


「君のお祖父様、当時竜仕官だったテソロ様は、事件が終わったあと、このような事件が二度と起こらないように、『秘石を見抜く』という竜仕官に必要な特性を強化すべく見習い制度を見直された」


 昔を懐かしむように目を伏せる。


「二十年前、石を竜の庭に持ち込んだのは見習いなのだったかな?」


 水道局長が口を挟む。竜仕官長は頷いた。そして、その目はルイス、ウォンダー、リリアナをみる。


「身内の恥をさらすようじゃが、二十年前、訓練を終えていない見習いが、石の納品についていき、偶然その石を見つけてしまった。見習いが周到だったのは、その石をその場で持って帰ったのではなく、同行していた竜仕官と離れてから、別で購入した事じゃった。そして、竜の庭に新しい竜がやってきたその日まで、決して他の竜仕官にはみせんかった事。多少の違和感を感じながらも、その時が来る直前まで、石の事には誰も気がつかんかった」


 竜仕官長は石に手を伸ばす。しかし、触れることはない。


「触れずとも気がつくのにのぉ。現在の竜仕官ならこの気配に気がつくじゃろう。そして決して竜に与えようとは思うまい」


 リリアナが躊躇するように手をあげた。


「あの、二十年前とは何のことでしょうか?」

「若い者たちは知らされておらん。それどころか、あのとき事件に遭遇した者たちにしか真実は公開されていないからの。五家とはいえ、リリアナ様が知らんのも無理はない」

「どういうことでしょう?」


 彼女の形の良い眉がしかめられた。そうだ。リリアナは知らない。ルイスが祖父の後悔と共に見つけてしまった真実を。


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