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協力するか否か


 中にいたのはリリアナと、その護衛官アイクだった。リリアナは緊張したところもなく、自然体に思える。護衛官がややこちらを警戒しているけれど、その警戒はまっとうなものだと思うので特に指摘する事もない。


 ルイスに教えてもらったところ、このリリアナという女性は、都市の中で特に有名な家の出であるという。日々の生活に護衛官がつくのは当たり前で、彼女自身はまだ政治的立場としてはそれほど高くないと言うことだったが、そうはいえども家としての発言は組織の長を動かすに足りるとの事だった。

 目の前にいる女性は、友人がもたらした情報を元に組織を動かし、対処することぐらいはできてしまう。こうして逗留先として、高級な宿をおさえることだってできる。自分の持っている手段を惜しげもなく使うところを見るに、搦め手を使って人を動かすことだってできるのだろう。


 今回の件では、協力を申し出てくれているが、その理由は、ルイスの存在が緩衝材になっているからともう一つ、自分と彼女の利害が一致しているからだろう。それくらいはウォンダーでもわかった。

 奇妙な沈黙が流れる。


「あまり警戒してくれないで欲しいな」


 彼女は苦笑してそう伝えた。

 話をしようと手招かれた手前、廊下で話すわけにも行かず、ウォンダーは部屋に足を踏み入れる。しかし、距離は十分に保っておく。人が大きく手を伸ばしてひとり十分に入るくらいが限界だ。自分にとっても、彼女の護衛官にとっても、必要な距離だろう。


 この二人はよくわからない。しかし、わからないなりにわかっている事もある。一つ言っておきたいことがあることも事実だ。

 息を細く吐く。さっきよりは軽くなった口を開いた。


「先ほどは話題にし損ねたが、ここにくるためにあなたが許可を出したと聞いた。それについての感謝を伝えておきたい」


 食事時は彼らの会話に口をほとんど挟まなかったから、こういった個人的なやりとりはしていなかった。そのままでも特に気にしない者もいるだろうが、ウォンダーはそうではない。


「ありがとう」

「どういたしまして、と言ってしまうには打算もあるのだが、そうだな。感謝は受け取っておこう」


 リリアナは頷く。


「そして、こちらこそ、ルイスを助けてくれてありがとう。これだけは言っておきたかった」


 ウォンダーもまた、その感謝を受け取った。

 ウォンダーは怪我をしたルイスを一時的に介抱した程度の助けしかしていないけれど、彼女のルイスへの信頼をみて、自分が思うよりもそれを大きく受け止める人もいるのだと思った。それは、中央に帰ってきたルイスとリリアナのやりとりでもよくわかる。彼女がルイスとの再会に抱擁を交わした光景は記憶に新しい。それほどお互いがお互いにとって大切で、替えのきかない存在なのだと思った。


 そういう相手はウォンダーにはいない。

 出会っては別れる旅は、ひとりで気楽なものだが、人との強い繋がりを意識することはそうなかった。それ故に、ルイスを大切に想うものが中央にいることに思い至らなかったのも、衝撃の大きさに繋がっていた。


「それで、ここで呼び止めてどうしたんだ? 感謝を伝えるだけなら、夕食の席で伝えるだけでよかっただろう」

「うん、そうなんだが。そうだな」


 今までウォンダーを真っ直ぐに射貫いていた目は、迷うように斜め下に逸らされる。


「私は、ルイスが信じるといった人間と、直接話したかっただけなのかな」


 自己分析。


「私は、ルイスを信じている。信じられるだけの時間を過ごしてきたからだ。だから協力も惜しまない。だが、不安がないわけではない」


 青玉は曇らない。空よりも青く澄んでいる。


「やはり信じたものを、信じると言ったものを、自分の目で確認しておきたかったのだ」


 なるほど。そういう理屈ならよくわかる。彼女が間接的に中央区にウォンダーを招いてくれたのは真実、彼女に打算があったからだ。協力的な自分を取り込むことで、自身の問題を同時に解決しようとしている。目的と利益が合致しているからだ。『信じる』という言葉は協力する上で、実に便利な言葉だった。


 ただ、そこで終わらないのが彼女の人間性だった。この点は幼いというか、若いというか。後ろの護衛官の気苦労がうかがえる。同じ人間性を持つ主人とその友人を後ろから険しい目で見ていたのが、彼なのかもしれない。人を利用できる人間でありながら、真っ直ぐだ。


「俺に何かききたいことでもあるのか?」

「ききたいこと、か。明確に有るわけではないが。うーん。私は回りくどいことは苦手でな。端的にきくと、あなたはどうルイスを利用するつもりなのかと思ってな」


 リリアナは一呼吸。


「ルイスが傷つくような事だろうか? そうであったならば、私は止めるぞ」


 ルイスも、リリアナもとても素直だ。彼らは実に相性がいいのだろう。


「もしそうだったとしても言うと思うか?」

「その通りだ。だけど、嘘を見抜く目くらいは持っていると思う。慢心ではなく、冷静に自己評価した結果だ」


 その素直さにほだされた部分が大きい。ルイスの事も、リリアナの事も。そういう人の事を突き放したりできないのだ。


「傷つけるつもりはない」


 ウォンダーはそう口にしていた。自分の目的のために、人を傷つける意図はない。だけど、ウォンダーは自らの思いに反して現実が動いてしまうことも知っていた。それに、言っていないことがないわけではない。聞かれてもいないことを、積極的に言おうとも思っていない。そういうことだ。

 ただ、彼と誠実に向き合っていない訳でもない。人と人との関係性は難しい。

 リリアナは考えに沈むウォンダーを眺めて口を開く。


「わかった今はその答えで十分だ。今のところは協力しよう。それくらいは信じられる。あなたも気がついているだろうが、ルイスは人がいい。こうして私がバランスをとるくらいがちょうどいいだろう?」


 口の端を上げて笑う。

 この人は護衛官と揃って同じ事をしている。護衛官の方が露骨ではあるけれど、同じ事だ。嘘を見抜こうとする目がこちらを覗いている。


「お互いの目的を達成するその時まで、しばらくはよろしく頼む」


 差し出された手を握るか一瞬だけ躊躇した。


「こちらこそ、よろしく頼む」


 しかし、その手を取ることに決めた。協力者としてこれ以上にいい条件はない。目的が一時的にも一致している以上、手を取らない選択肢は考えつかなかった。


 繋がれた手は強く握らないうちに離された。リリアナの後ろでアイクがじっとこちらを見ていた。目が語る男だ。一言もしゃべらなかったのにずっと存在感があった。

 部屋を出たウォンダーは静かな廊下で息をはき出すと、肩から力を抜いた。扉から漏れ出る光を避けるように廊下隅にある影に体を預ける。


 ようやくだった。

 ようやく動き出した。いつものように石を追って回収する役割。その道筋の隣に誰かがいる事が奇妙だ。だけどいつだって変わらない。これからが本番だ。影から出て、ウォンダーは歩き始めた。



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