友人との再会2
「さて、今後の話をしようか。座ってくれ」
ソファーを指し示したリリアナの背を、ウォンダーの声が追いかける。
「すぐに石の捜索に行くわけではないんだな」
「その通りだ。そういうのは手間がかかるものなんだ」
ソファーの背に掛けられた布のフリンジを持ち上げる。いたずらっぽい表情だ。
「都市のルールを無視してしまってはこちらの正当性が失われてしまうだろう? 煩雑で面倒だと思うのもしかたない。急いでいるとき、どうしてもその手順をすっ飛ばしたくなることもあるだろうが、それは最終手段なんだよ」
リリアナの真っ直ぐな金色の髪が、背中を流れる。自然な動作で彼女はソファーに身をゆだねた。柔らかな座面が細い彼女の体を受け止める。アイクが自然に彼女の後ろに立った。
促されるままに、ルイスとウォンダーも向かいに腰を下ろす。
「そういうわけで、動けない今の時間に、これまでのこちら側での動きと、明日以降の行動を話させてくれ。ルイスもいいだろうか」
「わかりました」
サイドテーブルにはグラスと水差し。室内の弱い灯りがテーブル上面に複雑な模様を作る。
「では現在中央の協力者は何をしているのか、というところかな。ルイスが特定してくれた水の発生源は、本来、壁外に流れ出る水道に合流するものではない事がわかっている」
「それでは、どこか別の流れから染み出しているという理解でいいんですか?」
「その通りだ。水路、水道管の繋がる地域の特定まではできるから、そこからは水道局員が地図とにらめっこして原因の根本を探っている」
リリアナは肯定する。
「絞り込みはできるのか?」
「その辺は信用して貰うほかないな」
ウォンダーの質問に、リリアナはそう返した。
「それに、別方面からの特定もできる」
「それは?」
「ルイスの言葉を信じるならば、壁外居住区で病を広げている原因は石だろう? ああ、もちろんそれを疑うわけではないよ」
他意はないと示すリリアナにルイスは頷いて先を促した。
「つまり、特定の地域に存在する『石を取り扱う場所』なら、原因となる呪いの石が存在する確率も高くなるというわけだ」
「確かに、その通りですね」
「その裏付けと、他の候補地が本当に存在しないのかという可能性の排除。その辺の作業を行った上で、建物に強制的に踏み込むための書状を用意することになる」
「候補がいくつかあるのか?」
「ある。少なくとも今の時点では五カ所。全てに突入をかけるにしては多い」
ふうと息をついたリリアナに、アイクが水をさしだす。彼女はそれで唇を潤した。
「まあ、中央区から第三外周まで続く水路の付近をしらみつぶしに探す必要はなくなった訳だから、少なくなった方だよ」
ルイスが第三外周から水路を遡って中央に原因があるとしたからこそ、五カ所に絞れたということだ。そう思うと、今日一日歩き続けた意味もあるというものだ。
「その五カ所から絞るには、どうするんですか?」
「そこがネックになる部分でもあるな。一応水質検査をするように要請はしているが、それで水質差が出るのかは予測できない。ルイスが感じている嫌な気配は私たちには感じられないし」
「呪いを感じるのは、私が竜仕官だから、でしょうか?」
リリアナは頷く。
「その可能性が高い。そうなると水道局員が頑張っても呪いの気配は追えないだろう」
「確かに……」
沈黙。再度口を開いて自分が協力を申し出る、そう言おうとしたそのとき、ウォンダーが方法を提示した。
「呪いを確かめる方法ならある」
「それはどんな?」
「少し待て」
ウォンダーは荷物の中身を漁ると、何かを取り出した。
それは白い扁平の石であった。リリアナの白い手のひらにころりと乗るそれ。見た目はなんの変哲もない石だ。形はルイスが持っている竜の鱗の形をしたお守りに似ている。
「これは?」
加えて、説明のためにウォンダーが取り出したのは、水の入った瓶。きちんと蓋がされて密閉されているのは、ルイスが壁外居住区でみたことのあるものだった。居住区のパイプから採集した水がはいっている。かすかな呪いの気配がした。
中には同じ形の石が入っている。しかしその石は、机に置かれた石とは違う色をしていた。最初の白い石は透明度がないのに、中の石は水とその向こうの景色を透過している。それに、薄い紫色をしていた。
「これはなんの石なんでしょう」
「水にこうしてつけると、呪いの有無を見分けてくれる石だ」
「そんなものがあるのか? みせて貰ってもいいだろうか?」
驚きを隠せないルイスの前で、リリアナはソファーに埋めていた身を乗り出した。無造作に瓶を手渡すウォンダーから慎重にそれを受け取り、目の高さで観察する。青い目がまじまじと水と石を見比べる。
「この石の効力の確かさを聞きたい」
「ではこの水にそこの石を落としてみるといい。この石に浄化の能力はない。水の呪いはルイスが判断してくれる」
リリアナの視線に、ルイスは深く頷いた。水は確かに呪いに影響を受けた水で間違いない。
「使ってしまっていいのか?」
「いいさ。石はまだある。入手手段が限られるというだけで、俺にとって珍しい石ではない」
「わかった」
リリアナがローテーブルに瓶を置いて開けようとするのをアイクがとめた。そのまま瓶を持ち上げて蓋を開ける。水は一滴も零れなかった。白く平たい石を彼の手がつまんで、水の中に静かに落とす。一滴も水は跳ねない。
変化はそう長くはかからなかった。
水に浸かった場所から徐々に石は変化する。白は徐々に透明度を増し、水に触れた外側から紫の色に染まっていく。布を染めるように鮮やかに変わっていった。水は無色なのに変な感覚だ。
目の前で行われている変化に、主従が目を合わせた。
「是非、この石を我々に提供して貰いたい。いいだろうか」
「問題ない。俺も呪いの気配がわからないからな。十分な量は持っている」
気負うこともなく、ウォンダーが頷く。彼の大きな鞄の中からは小袋に入れられた石が無造作に出てきた。
「ただし、一つだけ条件がある」
「聞かせてくれ」
「変化した石は必ず、一つ残らず俺に返すこと。それだけだ」
「わかった。約束しよう」
取引は成立した。一見ウォンダーにはなんの利益もない条件。そのことが、ほんの少しルイスの心に引っかかった。
ウォンダーは机の上の瓶を回収し、鞄にしまう。数個の石だけがリリアナに渡されていく。
「提供に感謝します」
彼女は借り受けた石を大切に布にくるんだ。必ず大切に扱い、役立ててみせるという意志が見える。
「さて、夕飯にしよう」
気分を切り替えるように。リリアナは声を明るくする。
「何はともあれ行動は明日だ。一つ頭を悩ませていた事が解決してすっきりした気分だよ。ありがとう」
真剣な表情を見せていたその顔でカラッと笑う。切り替えの良さにルイスは微笑む。彼女の責任感の強さも、友人思いなのも魅力ではあるが、こういうところも外せない魅力の一つなのだ。
辞退しようとするウォンダーの手をひいたのはルイスだ。このまま部屋に引っ込ませたりなんかしない。彼女を好きになって欲しいとは言わないけれど、知って欲しいとは思うから。
部屋を移動した先はこれまた豪勢な食堂のような場所だった。カトラリーがきっちり四組用意されているのをみて、主人にわからないようほんの少し萎縮するアイクを横目で眺めつつ、険しい顔を隠さないウォンダーの背中を押す。
温かい料理が運ばれてきて、ルイスは久しぶりにリリアナとの会話を楽しんだ。お互いの近況報告が主だった。距離のあった時間が埋まる感覚。白亜宮の四阿の下で話している時のような心地の良さを感じて、心が弾むようだった。
翌日から始まる大仕事の前の、休息時間だった。
*
廊下の突き当たり、花瓶が品良く置かれた窓の近くにウォンダーは立っていた。月明かりと、廊下を照らす室内の灯りが影を落としている。薄灰色の髪は、光を受けて白にも金にも見える。窓の外には等間隔に並んだ街灯。灯りを携えた人が行き来する。夜になっても中央の住民は忙しいらしい。第三外周ではみられない人の動きを興味深く眺める。豊かな都市だと思った。
ここ最近同じ屋根の下で暮らしていたルイスと言えば、歩き疲れたのか既に眠ってしまった。ここに与えられた部屋でウォンダーもすぐに休んでも良かったのだが、知らない場所、周りの安全がどう確保されているのか曖昧で、それでも安全そうに見える場所。旅をしていて入れるはずもない高級な場所に落ち着かないのは確かで、こうやって外を眺めている。廊下を選んだのは、個室よりも装飾が少ないという一点が理由だった。
でも朝になるまでこうしている訳にもいかない。これ以上は明日に障ると部屋に戻ろうとしたところ、左手側の扉の中から話し声が聞こえてきた。前を通らないことには自分の部屋には戻れない。生まれたときから精度の高い耳は、自然と会話を拾ってしまうが、人がいることを中の人にもわかるように、やや足音を立てて近づいた。聞かれたくない話なら、会話をやめるだろうと判断したからだ。
しかし、ウォンダーのその考えに反して、中の声は彼の名前を紡いだ。開いた扉の間から、部屋の奥にいる女と目が合った。
「話をしないか?」
彼女はウォンダーにそう声をかけて、友好的に微笑んだ。




