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地下の道行き


 地下に入ってからどれくらいの時間か経ったか。

 三人の足音が水路の中に反響する。角灯の揺れる光が映し出す暗い足元と、真っ直ぐに続く石壁。そんな風景にもいい加減見慣れてしまった。けれど、同じ風景の中で、同じ行動を続けていくと、どれだけの時間それを続けたのかがわからなくなる。


 最初はさくさくと足を動かしていたのに、集中力が切れ気力が徐々に減っていく。加えて、ルイスには呪いの気配があるかどうか、定期的に水の近くに手を持っていって確認するという作業も発生する。しゃがんで立っての単純な一動作ではあるが、手から伝わる嫌な気配が、心を少しずつ摺り減らしていくようにも思えた。


 そんなルイスの様子を前と後ろから逐一観察しているアイクとウォンダーは、この進行に定期的に休憩を挟む。水を飲むだけだったり、軽食をとる時もあったり、少し座って息を整えるだけだったりもするけれど、ルイスよりもこの状況に疲れをみせていない二人が、なんとなく気にしてくれているのがありがたかった。


 アイクに関しては自分が都市のどこにいるのか正確に把握しているらしく、今はどれくらい歩いたのか。目的地まであとどれくだらいだ。第二外周のどこへんだ。という細かい状況の報告をくれるので、それも気力を回復させる要因になっている。


 まったく、この男はそういう判断をどこでしているのだろう。日常的にこの水路を使って移動しているんじゃないのかと少し疑いを持ってしまった。ない話ではないなと否定できないからしかたがない。アイクの趣味は散歩だと知っているけれど、散歩の範囲がどこまでをさすのかルイスにはわからないからだ。

 ルイスは前後の彼らに少しとまってもらって、水面に手を近づける。もうこの動作も何度目になるのか分からない。


 しかし、わかることもある。ルイスが感じている呪いの気配の強さについてだった。呪いの気配は中央に近づくほど強くなった。手を近づける距離も段々と水面から離れていく。呪いが強くなっているのもあるし、ルイス自身の感覚が鋭くなっているのも、要因の一つだろうと思っている。気のせいかもしれないが、頭の片隅が少し痛むようになってきた気もしている。前後の二人が平然としているのが、信じられないくらいだ。こんなにも嫌な感じを発しているのに、わからないなんて。


 それだけの感覚の違いが、自分と二人との間にあるのだろう。

 それを不公平だなんて思わないけれど、辟易しているのは確かだった。



 何度目かの休憩が終わると三人はもうしばらく歩く。ふと、聞こえてくる水音が変化している事に気がついた。暗い足元を注視していた顔を上げると、目視できる奥の方に人の背丈ほどある段差と階段を見つけた。水はその段差の上から落ちてきているらしい。


「ここからが中央だ」


 先頭を進んでいたアイクはそう言う。

 かかげた角灯の光で遠くなった天井がうつされる。段になった水路を水が滑り落ちていく。階段は水が入らないように水路の段差よりも手前にある。


「中央区は地面が高いからな。こうして地中でも調整されているんだよ。地中にいるとそれがいい目印になる」


 説明に感心しながら階段を上る。中央に入ったけれど、水路はもっと奥まで続いているようだ。光が届かない奥の奥まで続いて、その先は見えなかった。暗い影の中に埋もれて見えなくなる。


「この水はどこから来ているんでしょうか」

「さあな。この終端までは俺も行ったことがない。おそらくそこまで行くには色々は許可が必要だろうな」


 こともなげにそう言ってアイクは先を急いだ。

 ウォンダーが水の流れをしばらく観察して、何も言わずに歩き出した。少し広くなった側道に、心も余裕ができたような気がして、ルイスもひたすらに足を動かした。

 しばらくすると、ついてきていた足音がとまる。後ろを振り返ると、ウォンダーが視線を巡らせていた。


「どうかしましたか?」


 今まで静かについてきていた彼の行動に、ルイスは質問する。


「違う水音が聞こえる」


 ここでもウォンダーの耳の良さは発揮されるらしい、反響音でどこから音が来ているのかも分かりづらいこの空間の中で、水路の音と、他の音を聞き分けたらしい。その音の出所を探るように首を回したり、顔を傾けたり、後ろを向いてみたりと忙しい。


「違う水音ですか?」

「今まで追ってきた水が本流だとすると、それとは別のものだ」

「そういえば足元、水溜まりみたいに――」


 靴の下に薄く張った水。少しずつ水路に流れ込んでいるこの水は。直接触れていないから気がつかなかった。ルイスはその水に手を伸ばす。しかし今までよりも強い呪いの気配に、とっさにそれを引っ込めた。


「これです。ここから呪いがやってきています!」


 ルイスは立ち上がると、確認のために、水路を少し進んでその水面にも手を伸ばしてみる。上流にあたるそこでは、呪いの気配はなかった。つまり、確信を持って言える。ウォンダーが見つけた、別の流れこそが、呪いがやってくる大元であると。

 アイクがその流れを目でたどる。頭の中には中央の地図を展開しているのだろう。


「この方向。別のところから混ざり込んでいるな」


 アイクが顎に手を当てる。アイクはこういうことが得意だ。方向感覚に優れ、一度歩いたところはその高低差まで正確に頭の中で地図を描くことができる。


「中央区南東方面だ。詳しい水道の分布状況はわからないが、地区が絞れれば、あとは水道局に任せるべきだろう。ここからは地表からの捜査になりそうだ」


 水溜まりの水は付近の壁から溢れていようだった。整備された水道ではなく、壁にある亀裂から漏れ出している。この向こう側にどうやって続いているのかは分からないが、原因はこの向こうにありそうだった。


「中央で使う水はもう少し地表の方を流れている。水路からの捜索はここまでだな。ここから出て、報告しよう」

「水道局に協力を取り付けられているんですか?」

「局長に話が通っているからな。五家であるリリアナ様に協力してくれているというよりは、くだんの石の事を気にかけてという感じだったが」

「石の事、知っているようだったと言っていましたね」

「ああ」


 竜仕官長と水道局長がそろって宝石の話に反応を示したと先の話し合いでアイクが言っていた。

 そのことについては気になっている事がある。祖父の手記に書かれていた二十年前の事件の事だ。今の竜仕官長と水道局長は二十年間に、もう既に竜仕官、水道局員として働いていたはずだ。そして、今も昔も、竜仕官と一部の水道局の職場は白亜宮の中にある。


 ウォンダーとルイスは顔を見合わせる。


「何にせよ、一度地表に出る。不本意だがウォンダー、あんたの事もリリアナ様は受け入れるとおっしゃられた。俺はその判断に従う」


 ここまで連れてきてくれた事がそれを示している何よりに証拠だが、アイクは口でもそれを示した。非情に顔は険しいが。


 今来た道をアイクの案内のもと少し戻る。第一外周と中央の区境いのところに、上がった階段とは別にもっと上に行ける階段が設けられていた。鉄の扉があって、それを開けて中に入る。足元に気を付けてのぼらないと躓いてしまうような高さのある階段で、通路幅は狭いので、左右の壁に手をつきながらゆっくりと足をすすめた。


「少しここで待っていろ」


 静止するアイクにルイスもウォンダーもとまる。角灯は少し光が弱くなっているが、まだしばらくは持ちそうだ。陽包石の持ち時間としては長い方だと思う。混ざり物の多い斑石の中でも陽包石の含有率が高く、長時間日光に晒したものだったようだ。流石あの店の取り扱うものである。綺麗な宝飾品が売りではあるが、有用(ゆうよう)石の取り扱いも一流だ。


 階段の上で金属音がする。扉の蝶番が音を立てたのだ。金属製の扉だろう。重たそうな音と共に、あまり使われないのだろう。錆が浮いているところまで想像できた。流れ込んでくる風の匂いに、懐かしい気持ちがこみ上げてくる。


 中央を離れていた期間はそれほど長くないのに、戻ることができたのだという安堵が胸の内に広がった。それをごまかすように細く長く息を吐く。


 いよいよだ。あの日に取りこぼしたものをようやく回収できる。そのために、ここまで戻ってきたんだから。

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