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水路へ


 時間にして三日。アイクが去り際に『数日はみてくれ』といった言葉通り、と言うより想像よりも早く、アイクは再び第三外周にやってきた。他の人はおらず、案内役は彼に任されているらしい。中央への抜け道を案内してくれるという。そればかりか、アイクはその手にウォンダーの中央へ入る許可証まで携えてきたのである。法に反しない方法ではあるが、五家の権力を押し通したとのこと。


「リリアナ様には感謝するんだな」


 丸めた許可証を投げ渡しながら、アイクは言った。それをこともなげに受け取ったウォンダーはありがとうと伝える。堅物の護衛官は眉をしかめるだけだった。普段リリアナの後ろで職務に徹している時は、あんなに無表情を貫いているのに、ウォンダーと関わり始めてから、初めての表情をよく見る気がする。鉄仮面が崩れる様は少し面白いが、仲良くはしてほしい。

 まあまあと仲裁に入ると、小さな矛がこちらに向いた。


「元はと言えばおまえが頼んだことだからな」

「ですよね」


 恐縮するが、彼の言葉に表面上以上の棘はないので曖昧な笑顔でごまかしておく。ごまかされたふりをしてくれるのが優しいところだ。


「それで、おまえたちの準備はできているのか?」

「はい。いつでも出発できるように準備はしておきました」


 ウォンダーは私的な荷物の整理と補充を欠かしていなかったし、ルイスも数日の間に、外で買い足したものもあるし、家にいる間は書斎に籠もっていた。おかげで少し目が悪くなった気がする。休憩がてら一階の掃除も少しはできたし、有意義な時間が過ごせたと思う。


「それで、どうやって中央に入るんですか? 許可証を持っているから正面から堂々とって訳にはいかないですよね」

「まあな、息子の起こした侵入事件に市長が絡んでいる可能性がある以上、中央に入ると何かしらの妨害を受ける可能性があるからな」

「じゃあ」

「下から行く」


 アイクは床を指さした。正しくは地中だ。都市の全てに竜の息吹から生まれた水を行き渡らせるため、都市の下には水路が張り巡らせている。中央から届く太い水路は、点検で人が入ることを考慮して作られているそうだ。本来その入り口は秘匿されているが、アイクはその出入り口を知っていると言う。


「第三外周にある入り口から入り、枝道から主要水路に入る。あとはほぼ一本道だ。俺は道案内役を、お前は後ろについて後方の警戒。ルイスは水の状態を見ながら進む」


 出発する前に、それぞれの役割を決めておく。ルイスもウォンダーもそれに頷いた。水に含まれる呪いの気配は、地上からはわからなかったからありがたい。この移動は、中央へ秘密裏にいくことを目的にしているけれど、呪いの発端を知るための調査という側面もあった。

 このメンバーでその呪いの気配を感知することができるのは、ルイスひとり。


「休憩を挟みながらほぼ一日移動に費やすことになる。あまり気負いすぎるなよ」

「ありがとうございます」


 肩に入った力を抜けと言ってくれるアイクに、ルイスは深い呼吸をひとつした。

 家を出発したのは朝の早い時間だった。他の家からは朝食の煙が立っている。人が外で活動する前の時間に、早めの朝食をとり、移動を開始した。家の裏口にはしっかりと鍵をしていく。これで事が収まるまではここに帰ってくる事はないだろうと確信があった。

 一時の休息場所を設けてくれた祖父に感謝する。


(いってきます)


 記憶中の祖父が、静かに頷いてくれたような気がした。

 通りに人の気配は少ない。その中を迅速に案内してくれるアイクに従って移動する。ついたのは、住居と住居の間だ。もう少し、それらしい施設があるのかと想像していただけに、本当にここかと一度聞いてしまったけれど間違いではないらしい。

 何でもない家と家の間を通ると、裏手には下に降りられる階段があった。


「ここから下に降りる。元はこの家の食料庫に繋がっていたんだが、そこを改修して水路への出入り口として使っているんだ」


 階段は数段程度だが、中は灯りがあるようには見えない。人が使っているようには見えなかった。水路の点検などで定期的に人が入るのなら、もう少し整備されていると思うのだが、もしかして正規の出入り口ではないのだろうか。


「ここってその、法規外の抜け道とかではないですよね?」

「ああ、あまり使用しない出入り口ではあるが、ちゃんと水道局管轄の場所だから安心してくれ」

「管理者とかいないのか」


 口を挟んだウォンダーにアイクは近くの家を指さす。


「一応この家が、公営で管理される水道局の出張所だ」

「え、ここがですか?」

「第三外周本部の水道局は都市東部で遠くてな。南側の活動拠点はここって訳だ」

「へー!」


 初めて知った。リリアナもここに来たことがあるのだろうか。あるのだろうな。入局してから仕事の話を詳しく聞いたことはなかったが、アイクが町歩きに苦労しないところをみると、この辺も護衛官としての仕事でよくやってくるのかもしれない。


 アイクは抜かりのない男で、リリアナが訪問する先々の地理情報を完璧に頭に入れる。


「地図いらずは健在ですか?」

「当たり前だ。それにこれは水道局も絡んだ任務だからな。使用の許可は局長以下数名に知らされて。ほら」


 手のひらには何かの鍵がのっている。


「扉の鍵も入手済みだ」

「おお」


 本当に頼りになる友人だ。


「有能だな」

「当然だ」


 思わずといったようにつぶやいたウォンダーの言葉にアイクは反応して応えた。やや、嫌悪感が抜けているところをみると、褒められて悪い気はしていないらしい。この旅路もうまくいく、とは断言できないけれど、少なくとも二人の喧嘩が起らなさそうで安心した。


 腰に吊っていた角灯を取り外す。種石はしっかりと持ってきている。暗がりを進む事になると知って、必要だと用意したものだった。階段を進む前に、鞄から一つの石を取り出して、薄布にくるむ。そして、レンガ造りの地面に打ち当てて中身をたたき割った。石が細かくなるまで数回繰り返すと、布にくるんだまま角灯の中に納める。


陽包(ようほう)石か?」

「そうです。いくらか余分に持ってきたので、水路での滞在が長くなっても安心です」


 陽包石は宝石として取引される事も多いが、含有量の低い斑な石はこうして光を生み出す資源として取引される事も多い。太陽の光を取り込んだ石は、こうしてたたき割ることで夜の間の光源として活用する事ができるのだから。


 商隊護衛で移動が多かったウォンダーはよく活用しているのではないだろうか。


「助かる。それでは行こうか」


 音頭をとるアイクに二人はそれぞれ頷いた。

 最初は枝分かれが多いから迷いやすい。主要水路に出たらそれほど警戒する必要はないが、地下に入ってすぐは離れるなよと念を押される。数段の階段をおり、食料庫だったという小部屋に入る。水路への扉はその奥にある。角灯を掲げて鍵を開けるのを手助けする。扉を開いたときに、蝶番が軋んで音を立てた。小さな部屋と、扉の奥の空間に音が反響する。


 踏み入れた空間は水の匂いがした。足元はやや濡れている気がする。掲げた角灯の光に照らされる空間はそれほど高さはない。せいぜい人が頭を下げずに通れる程度しかない。身長の高いアイクやウォンダーはぎりぎりかもしれない。最後に扉をくぐったウォンダーは天井を手で触れて高さを確かめていた。普通に歩いて頭をぶつけるのは怖いだろう。どれぐらい余裕があるのか確認は必要だ。


 周りを見渡すと、とは言っても見渡せるほど広い空間ではないのだが、水音はするけれど、水路はなさそうだった。

 扉に内側から鍵を掛けていたアイクはその疑問に答える。どうやらここは点検用に、地下に入るための移動用通路であるらしく、水路まではもう少し歩くとの事だった。


 なるほどと納得して、案内をしてくれるアイクについていく。段々と水音が大きくなった。アイクの歩幅が狭くなり、とまる。後ろを歩くルイスとウォンダーを手で制して足元を指さした。


「ここから水路の側道を移動する事になる。狭いから足元に気を付けろ」

「わかりました」

「わかった」


 反響する音が少し広い空間に出たことを知らせてくれた。見上げると、天井も先ほどよりは上にある。角灯の光が天井に反射して、歪な模様を作り出していた。


「この辺は第三外周全体に水を供給している水路の一部だな」

「水の状態は、特になにも感じませんね」


 ルイスは水に手を伸ばしてみるけれど、壁外居住区で感じた嫌な呪いの感覚はなかった。呪いの影響は第三外周にはないという証拠だ。


「南の壁外区画に繋がる水路に案内してください、アイク」


 アイクは無言で頷くと、こっちだと言って進み始めた。

 壁外区画に向けて繋げられた水道は、その昔都市を広げようという活動の中で推し進められた計画の一つであったらしい。しかしその後、その活動はどういうわけか頓挫(とんざ)し、作られた水路だけが残ったと言う。中央から直接繋がるという水道は、そのまま放置されて水道局が管理することになる。


 本来であれば、水も止めて壁外区画への水自体の供給も止めてしまえばいい話なのだが、長い年月を掛けて、そのおこぼれに預かる壁外居住区ができてしまったことによって、人道に反すると水はそのままになっているのだとか。


 確かに百人規模の居住区の住民は、市長の言によると都市の人間ではないというが、生きている人がいることには変わりない。彼らが(すが)る、その水を止めてしまうということは、彼らへの引導を渡すことそのものだから、水道局長もそのままにするしかないのだろう。


「広いわりに水はそれほど流れていないのですね」


 その場所に出て、はじめに出た感想はそれだった。先ほどみた第三外周の水路よりも大きな空間。でも水量自体はそれほどない。それが、問題の水路だった。


「もともと使われていない水路ではあるからな」

「使われていないという建前のな。実際には都市外に流しているだろ」

「そのとおりだが」


 やや声が低くなったアイクには触れずに、ウォンダーはルイスに近づく。


「ルイス、ここの水はどうだ?」

「……」


 憮然としたアイクをまあまあと宥め、ルイスは水に手を近づけた。少ししゃがんで手を伸ばしたらわかる気配。触れなくても感じる。水に含まれた、呪いの気配。首筋が泡立つような。背筋を冷たい手がなぞるような。心臓に針を向けられるような嫌な感じ。

 間違いなく、この水は呪われている。


 視線は水の流れをたどって、光の届かない、これから進む暗がりの道を注視する。

 見下ろすウォンダーとアイクに、ルイスは立ち上がって告げた。


「間違いなく、呪いの影響を受けている水です。……行きましょう」


 この道をだとって石の存在を明らかにするのだ。今日一日、この道を進みながら、呪いの気配をたどる旅になる。根気の必要な作業だろうが、成し遂げてみせると決めたのだ。

 ルイスは今一度決意を新たに、気を引き締めた。

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