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決意


 ありがとうございますとウォンダーから本を受け取って、もう一度そのページをめくる。祖父の苦悩はまるで自らを呪うように書き連ねてあったが、竜仕官長としての祖父は必要な情報を正しく書き出すことを怠ってはいなかった。


 ルイスが予想したように、白亜宮の一部が崩れたことも記してある。暴れた竜が原因で、建物の方がそれに耐えきれなかった結果である。暴れ出した竜は人の力では止められなかった。警備の人間をものともせず、静止の声をかける担当の竜仕官の言葉も届かないようだったと、日記には書かれている。竜に近づいた数人が死傷し、壊れた建物の下敷きになった人が数人亡くなった。


 時間がたった後、暴れていた竜は沈黙して動かなくなったという。その竜におそるおそる近づき、死亡を確認したのは当時竜仕官長であった祖父だった。竜が暴れるということもそうだが、竜が竜の庭で死んでしまうことも相当に衝撃をもたらしたはずだ。それがたった一つの石によって引き起こされたというのだからなおさら。


 その事実は深い悔恨となって祖父の記録にこうして残っている。

 ルイスにとってもそれはショックだった。祖父が石の事を知っていたという事実もそうだし、本当にあの石が竜を呪うこともそうだ。

 ということはあの日、あの夜、ルイスが侵入者の手からカルセドニーを守ったあの行動がなければ、カルセドニーも同じ道をたどった可能性がある事に気がついて、なおさら恐ろしかった。口の中が、もうずっと乾いている。


「暴れた竜が出した被害はそれだけか?」


 だけど、ウォンダーの感想は違ったようだ。


「それだけ?」


 白亜宮を壊し、人を殺して『それだけ』といってしまうのはどうなんだと思ったけれど、彼が出会ってすぐに口にした言葉が引っかかった。『都市が滅びる』。石の影響で、都市は滅びるとそういわなかっただろうか。二十年前の時点で、石が竜を呪い、その脅威を振るったというのなら、この都市は既にその時点で滅びているはずだ。


 しかし、そうではない。

 それ以降も健在で、水不足などの多少の困難は発生しつつも、継続して竜はやってきて、都市機能が麻痺する事は起っていない。変わらずもたらされる竜の息吹によって繁栄している都市は、滅びとはほど遠い。


「その通りだ。石は竜と人を呪う。暴走した竜は周りのものを破壊して壊し尽くす。こうして都市が残らないほど、人の住む地域を破壊し尽くすのが、竜の掛けられる呪いだ」

「だから都市が滅びると」

「ああ」


 ここに来て純粋な疑問が、ルイスの脳に浮かんだ。でもこれは当たり前の事だ。ずっと深く追求してこなかった事でもある。


「どうして、ウォンダーはそんなに石の特性を知っているのですか?」


 気になった上で、そういうものだと流していた部分でもある。アイクにも言われた。ルイスは人の事を深く追求しないと。

 石は滅多に手に入れられないものだと宝石店の店長は言った。その噂だけが、一人歩きしていると。そしてその効力は、呪いをもたらす石の特性とは反対で、持っている人の願いを叶えるだとか、幸運をもたらすだとかいわれている。


 でも、ウォンダーは初めから違っていた。石の呪いを理解して、正しく警戒していた。その理由を今は知りたかった。

 ウォンダーは目を合わせた。翡翠の色の奥に、小さな揺らぎがあった。それでも強い光だと思った。小さめの瞳孔が真意を見透かすようにルイスを覗き込んでいた。ルイスがひかないとみると、その薄い唇から出たのは小さなため息だった。


「今更かと思うところはある」

「え」

「だが、まあいいだろう。その疑問ももっともだ。あんたが石を悪用しないだろうということもわかっている。だから、まあこれは、俺が石を探し始める前の昔話だ」


 日記を手にしたまま、ルイスは姿勢を正した。これは片手間に聞いていい話ではないとなんとなく思っての事だった。しかし、ルイスの体が強ばったのを見ると、ウォンダーはもう少し力を抜けと(たしな)めた。


「ですが……」

「そう構えられては、俺も話しづらい」

「わかりました。でも……」


 そうはいわれてもどうすればいいのかわからない。おろおろとしていると、とりあえずベッドに腰を下ろせばいいのではないかと提案された。ウォンダーは持っていた石細工を棚に戻すと、窓辺に歩いていく。話をするのに、対面はしない。面と向かっては空気が重くなりすぎることを危惧したのだと、話を聞いたあとになってから思った。それはルイスの反応をできるだけ見ないようにした故なのだと。


「最初にいた都市を出て、都市と都市の間を渡り歩くようになってからしばらくの事だったと思う。とある者から石を探して欲しいという依頼を持ちかけられたんだ。だけど断った」

「どうして」

「自分には関係のない話だったからだ。依頼とはいっても稼ぎになるようなもんじゃなかった。ほぼ無償の依頼で、その時生活が苦しかった俺としては受ける理由がなかったからな」


 ウォンダーは窓から下を覗いている。窓の外は静かで風だけが舞い込む。窓枠に置かれていた手が、太ももに移動した。座りが悪いのか、指を開いたり閉じたりしている。


「依頼者とは一旦それで縁が切れた。荒野を移動し疲れた俺は、とある集落に行き着いた。都市にもならない小さな村だった。それでも一匹の竜と、竜の巫女がその村を支えていた」


 ルイスは想像する。都市を離れる決断をしたあと、流れて小さな逗留地を見つけたウォンダーは、その村で一息ついたのかもしれない。竜の庭のような隔絶した空間で竜を招く制度もなく、竜と村人は非常に近い距離で生活していたのだろう。


「村の人間は優しかった。部外者である俺に、小さな家を与えてくれた。竜も人に友好的で、竜の巫女との関係も良好だった。だけど、今思えばその娘の素質は足りなかったのだろう」

「素質……。『竜仕官としての素質』ですか?」

「その通りだ。娘は手に入れた石を竜に与えた。石を与えられた竜は突如として暴れ初め、まずは目の前の竜の巫女を殺した。なおも止まることはなく、丸五日暴れ続け、村は滅んだ」


 ウォンダーは結論を一気に言い切った。そして大きく、しかし静かに深呼吸した。


「暴れる竜を見てすぐに、俺は村を離れる決断をした。ここにいては命がなくなると思ったからだ。そして数日を荒野で過ごして、戻ってきた」

「戻ったんですか?」

「戻ったさ。誰か生きているかもしれない。逃げたことをそしられるかもしれないが、俺を中に入れてくれた人たちだ。せめて生きている人の助けになりたかった」

「どうだったんですか?」


 聞く前から答えの想像はついていた。滅んだ村がある事を、前にウォンダーには聞いていたから。そうでなくとも、表情でわかってしまった。

 ウォンダーは静かに首を振った。誰もいなかったのだ。村は竜が暴れて滅んでしまった。


「俺は竜が暴れる原因に心当たりがあった。娘が直前にとある石を大事そうに持っていた事を知っていたからだ」

「その石が、呪いの石だと」

「その通りだ。後に、前に断った依頼者からまた声をかけられてな。一も二もなく頷いたよ」


 この話は、この男の後悔の話だ。


「もう何年も前の話だ。それからずっと、旅をしながら、石を探している」


 何年前の話だろうか。語る男は大昔を語るようでありながら、刻まれた後悔はずっと胸の中で燻り続けているのだろう。石が竜を呪う前に、呪いを受けてしまった竜が都市を滅ぼしてしまう前に、石を回収する。


「石を追う内に石の特性にも詳しくなったし、竜の事にも多少は詳しくなった。おまえの質問に答えるとすれば、そういった理由からだよ。石は竜と人を呪う。石に触れた水は汚染され、生物にも影響を与えるようになる。石自体もまた、長く所有している者の心と、その周りの人に影響を与え、心に大きく抱く願望を周りを巻き込む形で顕在化させる。ずっとずっとそうなる様を見てきた。知識を蓄えても、救える者は極わずかなんだ」


 ウォンダーは頭をかく。咄嗟になにも言えないルイスの事を見て、眉をしかめた。表情が、こんなに空気を重くさせるつもりはなかったと物語っている。だけど、こんな話を聞かされて、ルイスは返事のための言葉を思いつくことができなかった。だってルイスは生まれたときからこの都市でなんの不自由なく過ごしてきたのだから。生活に影響する不安を持ったことすらなかったのだから。


 口を開いても伝えるべき言葉が出てこないのだ。

 しかし、ウォンダーは言葉を続けた。それをきいたルイスの言葉は自然と上を向いていた。


「最初に行き着いた場所は石によって滅んだ。だからこそ、これは希望の話なんだ」

「希望の話?」

「その通りだ」

「言葉を飾らずに言うと、二十年前に、この都市は建物が一部壊れて、人が数人死んだ。それだけだ。滅びはしなかった」

「ウォンダー」

「今回の騒動の発端だってそうだ。竜仕官であるおまえが、未然に大騒動を防げた。そして今、この時点で、都市は滅んでいない上に、中央に行って呪いの石を回収すれば、最悪な事態は起らない」


 確かにその通りだ。それに、竜が暴れた時間もウォンダーの話した過去と二十年前とでは齟齬(そご)がある。


「それをいうと、二十年前、竜の暴走はどうやって収まったのでしょう」

「それもそうだ。石の効力が弱かったのか、それとも他の原因があったのか……」


 祖父の文字をなぞる。とある記述を見つけて指が止まった。


「一匹の竜が、暴れている竜に近づいたようです」


 再度文字を追う。


「祖父の竜、名前はアゲート……。二匹が近づくにつれて暴れ竜は静かになって、動かなくなったと」

「竜が近づいて呪いが解決する?」

「そんな事があるのでしょうか? 竜と竜の間にある何かが作用したとか……」

「いや、そんなことは聞いたことがない。それどころか……」


 言葉尻は独り言のようで、ルイスにはきこえなかった。

 自己の中で反芻(はんすう)するように、沈黙したウォンダーは険しい顔をしていた。思考は言葉にならず、まとまらない考えを、ウォンダーは話そうとはしなかった。言葉をためらっているというよりは、自分の中で祖父の記録を消化しようとしているように見えた。


 ウォンダーと同じように、ルイスもまたそんなことが起こりうるのか半信半疑だった。しかし、日記に書かれている事が嘘だとも思えない。竜に関する記録は祖父もいくつかの予想を立ててはいたけれど、結論は出なかったみたいだった。


 日記のその後は、竜仕官制度の変更すべき点、見習い制度の見直し、新しい制度の確立についての記述が連なる。もう同じ事が起らないように、繰り返されることがないように。

 最初の方に書かれていた願いを具現するかのように、ひとつひとつ変えていった事が綴られている。

 ルイスは最後まで日記を読み終えると、それを閉じた。ざらざらとした表紙の感触を手のひらで感じてみる。装丁をなぞりながら、祖父が思っていたことを想像しながら。


「とめましょう、必ず」


 そう決意を声に出す。打ち明け話をしてくれたウォンダーに報いるためでもあるけれど、ルイス自身が、自分の竜と、都市を脅威から守るために。たった一つの石が、随分と規模の大きな危険をもたらしてくれたものだと思う。それでも、そんな空想みたいな話だけれど、話してくれた滅びの話の方がずっと恐ろしい。自分の竜がその被害を受けてしまう方がずっと恐ろしい。祖父が、そうならないようにと願った想いが崩れてしまう方がずっと恐ろしい。

 ウォンダーの戸惑いを秘めた目が、ルイスを見る。

 彼に呼応して決意したわけじゃない。これはルイスの心からの願いだった。


「中央に戻って、石を回収しましょう。最悪の事態を止められるように努力します」


 ふっとウォンダーが笑った。


「俺こそだ」


 肩から力を抜いたウォンダーは窓枠から腰を上げた。


「まあ、あの男とご主人様が許可してくれないことには中央へ行くのも困難な訳だが」

「それはまあ、私の友人を信じてくださると嬉しいです、としか」

「なんだ、いきなり弱気だな」

「信じていますけど、ほんの少しの不安は残るといいますか……」

「しゃんとしろよ。ここではおまえが頼りなんだから」


 呆れたように眉を下げた男の顔は、リラックスして見えた。

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