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祖父の日記


 翌日からは外へ出るのは少なくした方がいいと判断して、書斎での調べ物に注力することにする。外に出て昨日のように襲われるのは勘弁だったし、元々祖父の記録は調べる予定だった。供養塔にいったときになんとなく思い出した祖父の思い出も気にかかっていた。


 祖父が残している記録は目的のもの以外でも竜仕官にとっては宝の山だ。

 祖父が接していた竜の特性。竜に共通している習性。どのような石を竜が好むかという話。旅人が語っていた他の都市と竜にまつわる話。


 『竜と英雄の物語』で記述されている竜と人との関係は多くの都市でみられるけれど、竜によって都市が滅んだ例もあるらしい。竜を害した人間がいて、その都市には、複数の竜が集まった。彼らは都市で暴れて、一つの小さな都市を滅ぼしてしまった。竜の仲間意識は強いのではという考察が祖父の字で小さく書き込まれている。


 資料をめくりながら、ルイスはカルセドニーの事を思い出す。カルセドニーは好奇心旺盛な竜だ。他の竜との交流も多く、気が向いたらすいすいと近寄っていく。特に近寄られた竜に邪険にされたところも見たことがない。他の動物であれば、気の強い同種の雄が喧嘩に発展するなんてこともあるみたいだけど、竜たちが喧嘩しているところは竜仕官になってから見たことがなかった。


 竜の庭にいる彼らは基本的には穏やかで友好的だったから、竜同士はそういうものだと疑問に思ったこともなかったが、それ以上の連帯意識、仲間意識でもあるのだろうか。

 ある日、一匹の竜が調子が悪そうにしていたことがあった。後に歯茎に棘が刺さっていたのだとわかったのだが、竜の庭にいた複数いた竜がみな落ち着かなかった。竜仕官が宝石を持ってきても口にすることがなかったほどだ。


 逆に一匹の竜が上機嫌だった事がある。その時も他の竜まで非常に状態がよかった。いつもは竜仕官と距離を取って接しているものが、すり寄ってきてどうしてかわからず変な汗をかいたと先輩が語っていた事があった。


 ぼんやりとそんなことを思い出しつつ記録を漁る。

 持っていた本を読み終わったので、次はどれを読もうかと視線を巡らせる。目当ての背表紙が見当たらなくて、ルイスは少し考えた。


 見つけたいと思っていたのは祖父が良く手元に置いていた記録だった。よく読み直しているのか、その外観は他の本よりも傷んでいたはずで、なんとなく記憶しているそれを思い起こしてみて探しているのだけれど、書斎の本棚にそれはなさそうだった。つまり、その記録は祖父の部屋にある可能性が高い。

 ルイスは本棚の前を離れて、祖父の部屋をノックした。中にいたウォンダーがすぐに扉を開けてくれる。


「どうした」

「祖父の部屋に入れて貰ってもいいですか? 少し探したいものがありまして」


 今現在の部屋主であるウォンダーに確認をとる。彼はすぐに「おまえの家だからおまえの好きにしていい」と招き入れた。扉の取っ手に手を掛けたままのウォンダーは閉めるのを躊躇(ちゅうちょ)している。


「外にでていた方がいいか?」


 遠慮がちなその言葉にルイスは笑った。


「いえ、大丈夫ですよ。ここの本棚を確認させて欲しくて。あと、今はあなたが使っているのですから、あなたに確認するのは当たり前じゃないですか」

「そうか」


 少し考えたウォンダーは扉をほんの少し開けたままにしていた。開いている窓と扉の間を風が通り抜ける。カーテンが揺れていた。


 向かって右の奥は本棚。その手前には様々な石が入れられている展示用の棚。扉のすぐ脇には簡素な机とその下に収まる椅子。机周りにはウォンダーが使用している大きめの鞄が置かれている。普段ウォンダーがこの部屋で過ごすのはこの辺りだろうか。


 部屋の左側にはベッドがあり、枕元には引き出しのついたサイドテーブルがある。テーブルの上には祖父手作りの竜の石細工が置かれていた。色味は濃いオレンジ色。太陽の光を閉じ込めたようなそれは窓から入る光を反射して生きているようにも見える。精緻に掘られた鱗の紋様が美しい。


 石細工に使用されている花瑪瑙(はなめのう)は祖父の形見のお守りと同じ石を材料としている。地層のような異なる色の重なっている石に、薄らと浮かぶ花の模様。大きなひとつの石を削り出したと話して貰った事がある。


 懐かしい気持ちになっている中、本来の目的を思い出して、ルイスはまず本棚を物色した。表紙の色はなんだったか。とにかく色あせていた事は覚えている。良く手に取っていたからか、金具の色がぼんやりとしていた。背表紙には何か書いてあったっけ。多分なにもなかった。


 書斎の本棚よりもずっと収容量の少ないこの部屋の本棚には、それっぽいものはない。ここにあるのはどちらかといえば記録よりも娯楽目的の小説が多く、その内容も統一性がなかった。床から低いところに置いてあるのは何度も読んだことのある『竜と英雄の物語』だった。下の方にあるのはまだ小さかったルイスが自分でとれるようにという理由だろうか。その本の手前だけ木が色あせている。


 ルイスが入ってきて手持ちぶさたのウォンダーは石細工の展示棚を物色していた。置物を手にとっては眺めている。この部屋にあるのは祖父が仕事とは関係なく趣味で作っていたものばかりだ。

 本棚の下の方を確認しているルイスにウォンダーは聞いた。


「あんたの祖父は何をしていた人なんだ?」

「ああ、言っていませんでしたっけ。ここに来てからは石細工を作る職人でしたが、昔は私みたいな竜仕官を束ねる竜仕官長をしていたんです」


 そういえば説明はしていなかった。この家のことも、祖父のことも。特に秘密にしようとしていた訳ではないけれど、なんとなく話をするタイミングを失っていた。それに、ウォンダーにはこの都市にきた目的があったし、都市外の病気の事も、その原因である石の事もあって、考えることがお互いに多かったのもある。なんたってまだ出会って数日だ。のんびりとこうして家にいるのは初めてかもしれない。


「その時には中央にいたんですが、何年も前にやめて、それからは趣味でやっていた石細工を続けていました。その時の店がここなんです」

「一階はそのためのものか」


 ルイスは頷く。一階はリビングがあるほか、表には店と、作業用の工房がある。大きな設備はないけれど、一階の半分はそれらで占められていた。今は店も開けていないし、工房で作業する人もいないからルイスがたまに掃除をする他は、誰も入ることはない。さみしいものだ。表の扉も、店を覗ける大きめの窓のカーテンも長いこと閉めきられている。


「ええ、祖父が亡くなってからは手付かずになってしまって。たまに掃除はしているのですが」


 埃が溜まってしまった部屋。そろそろきちんとあそこも掃除をしなければならない。


「竜仕官長だったということは、竜のことにも詳しいのか」


 ウォンダーが手に取ったのは竜の置物だった。サイドテーブル上のそれとは違って、大あくびをする竜の石細工だった。竜仕官をしているからこそ見える表情は生き生きとしている。親指が口元の牙をなぞっていた。


「そうですね。竜のことにも、石のことにも。だからこうして色々と昔の記録を漁っている訳です。なにか見つかればいいなと思いまして。時間があればいくらでも読みたいところなんですけど、それはまたの機会ですね」

「書斎の本も多そうだな」

「その通りなんです」


 石細工と共に並べられた石の標本は祖父が選んだものだ。複数ある石の内のいくつかには、竜に与える基準を満たした石もある。その気配と隣り合わせだからだろうか、この部屋はとても居心地がいい。

 会話を続けながら捜索を続けると、ベッド脇のサイドテーブルの引き出し中からそれは見つかった。引き出しの奥に隠すように、他の物に埋もれていた。几帳面な祖父には似合わないしまい方だ。


 日記だった。とりわけよく読み返していたのだろう。表紙と裏表紙は古ぼけていて、装丁は少しくたびれている。背表紙と表紙の繋がったところの糸が少し見えてしまっていた。丁寧に扱う必要がありそうだ。


 ぱりぱりと音を立てて表紙を開く。数年開かれなかった本は紙のにおいを閉じ込めていた。

 日記は自然と開く。まるでここを見て欲しいと言っているかのように。多分、その場所を、祖父はよく開いていたのだ。癖が残るくらいに。


「二十年前の日付だ」


 ページの一番上にはその日の日付が記載されている。

 字は祖父にしては荒い。何かを考えながらじっくり書いた文面ではなく、思い浮かんだことをそのまま書き綴ったような字だと思った。


 大きめの文字で始まって、ページを下にいくほどに小さくなる。押し込められた文字。白かったページは、上から下までびっしりと文字に覆われていた。


「『この後悔はどこが始まりだろう』……?」


 不穏な一文から始まった文章。なま唾を飲み込んだ。


(『竜が人を殺した日』……)


 続きの文章に目を動かす。

 ――どこかで気づかなかったのか、どこかで止められなかったのか。あの結末にならない方法はなかったのか。


 目を滑らせるごとに、祖父の苦悩が見えてくる。自分を呪うような文字の羅列。

 ――あれは事故ではない。ただ意図して引き起こされたことでもない。彼も彼らも不幸だったのだ。被害者は竜と、そして亡くなった人たちだ。

 漏れる息を殺す。祖父の声が蘇ってくるようだった。差し込む夕日に照らされていた横顔には深い皺が刻まれている。耳のそばでしゃがれた声の幻聴がきこえた。


「どうかしたのか?」


 顔色が悪くなったのを見てとったのだろう、ウォンダーが声をかけてくる。だけど、処理できない情報で頭は混乱していた。

 ――竜仕官の制度を考え直さなければならない。あんなことが起らないように、そうできるのならば私は何でもやろう。竜と、人と、この都市の未来のために。


 二十年前。一体何があったのだろう。穏やかな祖父がこんなに感情を乱した原因は。

 竜が人を害したという記録はない。だけど聞いたことがある。白亜宮が崩れた話を。白亜宮にある壁の新しく作られたところ。それが作られたのはいつだったか。二十年前ではなかったか?


「もしかして……」


 思い当たってしまった。

 白亜宮が崩れた原因が老朽化ではなかったのなら。秘匿されている真実がそこにあるのなら。そしてそれが、竜が原因であったのなら。

 酷い隠し事をしていると言うことになる。


「……あの石は竜に与えてはならない? 石を取り込んだ竜は正気を失い、暴走する。その石は……『火花を閉じ込めたような紫の石。もう、こうはならないように、制度を整える必要がある』」


 文字の意味を拾いながら読み進めるが、焦って本を取り落とした。

 手が震いていた。


「おい」


 本はウォンダーが拾ってくれた。本は閉じられて、その表紙を見ているうちに少しだけ冷静さが戻ってくる。


「何が書いてあったんだ」


 手渡された本を受け取りながら、ルイスは考える。


「もしかしたら、この都市は二十年前にもあの石によって竜が脅かされたのかもしれません」

「何だって?」

「火花を閉じ込めたような紫色の石……」


 目を閉じなくても脳裏に浮かぶ。とても美しいのに肌を刺すような嫌な感覚を覚えるあの石を祖父も知っていたのだ。

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