やってきたのは
賑やかな通りの端で、その男だけは異様だった。ルイスは手に汗がにじむのを感じる。男はぶつぶつと何かを言ったが、口の中にたまってこちらまでは聞こえない。
「何ですか」
質問をするとこちらを見る。暗くなった瞳はくぼんでいて、顔色もわるい。ぎょろりと大きな目だけがらんらんとこちらを見据えていた。
話しかけられただけなのに、男からはずっと嫌な気配がしている。
「あなたはあの人の邪魔をしている」
思い起こしたのはとある気配だ。竜の庭で、壁外の水で、それはこちらに向かって不快な感覚を常に放っていた。
(なんでこの人から……)
呪いの気配だった。でも、それほど大きな気配がしないことが気にかかる。
彼の顔も覚えている。あの夜、市長の息子の後ろにいた文官だ。彼の後ろで小さくなっていた男だった。あのときはクイーズとその護衛官が目立っていて、随伴していた文官はあまり印象に残っていない。でも確かにそこにいた。
男が一歩踏み出した。
こちらに向かって伸ばされる腕。細い手首はとてもルイスを拘束できるような力を持っているとは思えないのに、背筋に落ちる冷たい感覚は消えない。
「あの人こそが、竜仕官になるべきなんだ。僕はその願いを叶える」
「願いを叶える? どうやって……」
「邪魔されたから、あの竜に宝石をあげて、あの人は竜仕官になれるはずだったんだ。その証明をあんたが邪魔したんじゃないか」
「宝石を与えても、竜仕官にはなれません」
「そんなことはない。竜仕官は、竜に宝石を与える仕事なんだから」
違う。
伸ばされた手を振り払った。
「竜に石を。自分の選んだ石を上げるのが、あの人の夢だから。僕はそれを叶えるだけだ。あんたは邪魔だ」
なおも追いすがろうとする彼の体を押す。細い体は簡単にふらりと後ろにたたらを踏んで、屋台の柱にもたれかかった。
「邪魔、するな。僕は、あの人の願いを……」
唐突に思い出した。あの石は願いを叶える石だと言われていることを。みることも少ない希少な石。手に入れた者は、自分の願いを叶えると言う。それがどうしてそう言われているのか理解した。そして感じ取れる呪いの気配。
石は人の願いを叶えるのだろう。それは偶然じゃない。願いだったものが、濁って、人を動かしている。持ち主も、その周りの人も巻き込んで。
相対している彼の目が語っている。
傾いだ体勢をふらりと元に戻した男は、人の腕ほどの太さのある木材を掴んでいた。
願いを叶える石だって?
これがそうだと言うのならその石が人のもたらすのは、呪いそのものだ。
きゃあと悲鳴が聞こえる。こちらの事態に気がついた周りの誰かが出した悲鳴だと、追って理解したけれど、肝心の体が動かなかった。
やってくる衝撃に体を丸くして腕で頭を庇う。
だけど、しばらく待ってもその衝撃はやってこなかった。
目の前には影ができていて、見知った薄灰色の髪が見えた。振りかぶられた木材は、彼の左腕でとまっている。そういえば、直前で殴られたような音はしていた。
「おい! わかるだろう! こいつの敵はそっちだ!」
「わかっている!」
「え? アイク?」
見知った護衛官が文官の男を押さえ込む。
「保安官を!」
体に馬乗りになって関節を固めたアイクは周囲の人間に叫ぶ。周りでみていただけの聴衆がはっとして動き始めた。
周りの屋台の店主が、状況を見て手を貸そうと動く。縄やら猿ぐつわにする布やら持ち出してきてこれを使えといってくれたのはそう言った人たちだ。
しばらくすると、保安局員が数人やってきて男を連れて行く。アイクが何かを指示していたのをみると、男の身元の確認を頼んだのと、リリアナの家への連絡を頼んだのかもしれない。
丁寧に礼をした彼らの内の一人が走り去っていく。
「どうして、ウォンダーも、アイクも。ウォンダーは腕、大丈夫ですか? 何か冷やすものは……」
「少し落ち着け」
その声はいつもよりゆっくりとしている。
「落ち着いています」
「いや、落ち着いていない」
強打しただろうと思われる左腕は服の裾と手袋に隠されて見えない。
「骨が折れたり、とか」
「痛みはない、大丈夫だ」
「あとから痛くなるかもしれません」
「大丈夫だから。あまり触らないでくれ。それよりほら」
アイクが歩いてくる。話を逸らされた気がするが自分で手当てはしてくれるだろうかと心配になる。大事になっていなければいいのだが。
「数日ぶりだな」
アイクが話しかけてきたのでそちらに注意を向ける。ほっとしたような表情はアイクには珍しい。大抵はリリアナの後ろで護衛官としての自分を保っている。
「無事か?」
「はい、おかげさまで助かりました」
騒動があらかたおさまってほっと力が抜けた。差し出された手を取ってようやく地面から手を離して立ち上がった。観衆も騒動がおさまったのをみると解散している。近くの屋台の店主だけはまだ心配そうにこちらを見ていたので、無事ですよという意味も込めて軽く会釈した。昨日串焼きを買ったところだ。また贔屓にしようと決めた。
全身を検分するアイクにこの前もこんな光景を見たなと思いつつも自由にして貰う。そういえばウォンダーがここにいるのは昼ご飯を買いに来たのかもと推測できるがアイクはどうしたのだろう。
「アイクはどうしてここに?」
「話せば少し複雑なんだが……」
なぜかアイクはウォンダーの方をみて顔をしかめるとこちらに視線を戻した。その意図はよくわからない。
アイクが重い口を開いたところで、腹の虫が鳴った。空腹である。
「ひとまずは昼飯にするか?」
そう提案したのはウォンダーだ。気まずそうなアイクをまあまあと宥めて一旦は家に引き上げることにしたのだった。




