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祖父の横顔


 慰霊の供養塔に向かう道すがらには花屋が数軒ある。そこでルイスは白い花を一本買った。花に顔を近づけると花の甘い匂いと、植物の青い匂いが同時に香った。


 供養塔の周りには腰掛けがあって、奥には水がはられている。その流れがどこからきてどこへ行くのかはわからないが、近くに行くと水の音が聞こえる。腰掛に止まった小鳥が水を飲んでいた。献花の台には既にいくつもの花がある。ちょっとした建物みたいな供養塔の前には蝋燭(ろうそく)が並べられて細い煙の糸をくゆらせていた。


 大きい石畳をとんとんと歩いて花を台に乗せる。手を組んで祈りを捧げた。

 祖父にはしばらくぶりですという挨拶と、不思議な縁があってあの家に人を住まわせていることの報告をする。祖父は静かにいいよと言うだろうと想像した。

 ふり仰げば供養塔からのびる煙が一筋と、程よく晴れた空。陽気は暖かい。供えられた花が風に揺れている。茎の緑が花弁の色に覆われてほとんど見えなくなっている。


 数日間にわたって行われる慰霊の最終日はいつもこんなものだ。

 そういえば、祖父と初めてここにきたのもこんな陽気の日だったように思う。

 手前の花屋で二本買った花のうち一本を持たせてくれて、こうやるんだよと手本を見せながら長いこと手を合わせて祈りを捧げていた。見様見真似で同じことをするルイスは何を祈ればいいかわからなくて、手を組んだまま隣の祖父の横顔を盗み見ていた。


 空が青かったこと、嗅覚をくすぐる花の匂いはよく覚えている。

 祖父は家に帰ってあとは自分の部屋に籠もると、表紙を開くこともなく一冊の本をずっと眺めていた。あの本を書斎で見たことはないから、もしかしたら祖父の部屋にあるのかもしれない。帰ったらウォンダーに言って中を確認させてもらおう。


 祈るものができた今は、当時の祖父な思いがわかるかもしれないから。

 その場を離れて少しすると昼の鐘が鳴った。都市に響く時報の鐘だ。

 そういえばこちらに来てから竜鐘をきいていないなとふと思う。まだあの竜の庭には竜が来ていないということだ。それがよかったとほっとするべきか、不安に思うべきかはわからない。


 石の話をした時に、都市が滅ぶぞと言ったウォンダーの顔を同時に思い出して背筋が寒くなった。

 第三外周でも中央よりにある供養塔からルイスの家まではしばし歩く。昼時の通りからはあちらこちらから食事の匂いがする。空腹を刺激するいい匂いだ。

 労働者の多い第三外周は屋台があちらこちらに出る。本来なら昼の雑踏は避けたいところだが、空腹が導くのならば仕方がない。食欲に忠実に行動しなければ、大きな後悔を残すだろう。

 ウォンダーはお昼をどうするのだろう。同居を始めて彼の作るご飯がおいしいことに感嘆したものだ。もてなしのできていない現状を考えれば、家主としてのつとめを十分に果たせていないことは少し引っかかっていた。お昼を買って帰ろうか。行き違いになって余ってしまったら夕飯として食べればいい話だし。


 今空腹を刺激している匂いにはあらがいがたい。

 ルイスは行儀は悪いが、少し食べ歩いた後に、何かを買っていこうと決意した。足は自然と匂いにつられて屋台通りへと向かうことになった。

 ふらりと通りを歩く。


 やはり人が多い。通りの隅っこを、人を避けながら歩いていると、食事の屋台に紛れるアクセサリーのショップがあった。昼が終わればこちらにも客が来るだろうが、今は店を覗く人はいない。

 なんとはなしに売っているお守りを眺める。竜の鱗を模したそれは一様に平たく削られて、波紋状の模様が描かれる。素材となった石は様々で、白いフェルト生地の上にずらりと並んでいる。この一つ一つも、祖父のような職人に丁寧に作られたものなのだろう。

 そんなことを考えていた時、後ろから声がかけられた。


「あなたがあの時の竜仕官ですよね」


 低く抑えた抑揚のない声が、仄暗い目と共にこちらを捉えていた。数日前にみたことがある。竜の庭で、市長の息子の後ろにいた文官だった。



 空腹を抱えると碌なことがないと言うことはこれまでの経験上身に染みている。体質からそれほど栄養を必要とするわけではないが、食事という行為は好きだった。

 研ぎに出したナイフを受けるため、ウォンダーはここ数日ですっかり馴染んでしまった家を出る。

 あっさりと部屋を貸したルイスについて思うところがないわけではないが、初めてきた都市において、拠点となる場所と協力者が得られたのは行幸だった。

 本当にあの人間の警戒心はどうなっているのかと問いただしたいところはあるがそれはまあいいだろう。


 通りに並ぶ店には腕のよい鍛冶屋も研ぎ師もいる。綺麗に研ぎ上がったナイフを受け取ると、右の腰、上衣に隠れるくらいの位置に固定した。

 視界の端を見慣れた姿がよぎる。ルイスだ。屋台通りの方に歩いていっているようだ。背筋は真っ直ぐでしゃんとしているが、興味が右に左に移るのか、雑踏に押されたら簡単に倒れそうだ。通りの隅の方を歩いて人波を避けているようだが、視線は食べ物の屋台を見ていて注意力は散漫になっている。地面に木箱でも置かれていたら足をすくわれそうだった。


 こちらからは表情がよく見えない。数メートルあった距離を詰めようとしたら、人に声をかけられた。


「一つ質問したいのだがいいだろうか?」


 慎重に観察する褐色の目がこちらを覗いていた。

 体格のいい男だ。ただ立っている様に見えるのに、隙のない立ち姿にウォンダーは警戒する。思わず自分の身を守るナイフの位置を確認したほどだ。しかし、その仕草は向こうにわかってしまったらしい。決して友好的とは思えなかったが表面上取り繕われていた表情がすっと色をなくして敵をみるものに変わるのがわかった。


 質問したいと言いながらよく切れる刃物を首筋に当てられたような緊張感が漂う。


「……してもいいが、答えられるとは限らないぞ」

「それならば問いただすまでだ」


 返答によっては剣を抜くと目が物語っていた。注意深く間合いに入らないようにしながらも、無言で次の言葉を促す。

 男は口を開いた。


「おまえは何者だ?」

「……旅人だ。この都市に来て数日になる」

「何を目的にここへきた」

「商隊の護衛でついてきた」

「……本当の目的は?」

「本当の? 妙なことを聞くな。護衛でと言っただろう」

「それだけか?」


 矢継ぎ早に繰り出される質問と、相手の疑いの目に気分はよくない。


「要領を得ないな。他に聞きたいことがあるのを別の質問でごまかしているんじゃないのか?」

「……」

「あんたこそ何の目的で質問をする」


 しばし沈黙した相手は、警戒をそのままに口を開いた。


「ルイス・レイガートとの関係は? 数日前に都市にきたばかりの人間が、どしてあいつの家から出てくる。それも裏口から」


 どうやら見られていたらしい。

 純粋に驚く。しばらく追跡されていたとは思わなかった。人の気配には敏感なつもりだ。そういえば、この男に話しかけられたときも、警戒の外からやってきた気配に驚いた。この人間はまぎれるのがうまいのだ。人の波、人の気配、街には溢れているそれらの中に、自分の事をまぎれさせるのが途轍(とてつ)もなくうまい。そんな人間には初めて会った。どんな雑踏にあっても見つけられるルイスとは正反対だ。


「あんた、あいつの知り合いか?」

「……質問に答えろ」

「……。宿として彼の家を間借りしている」

「何の経緯があってそんなことになる」

「それについてはあいつ自身に聞いた方があんたは納得しそうだ」

「何だって?」

「負傷していたところを助けた縁だ」

「それだけで?」


 それだけでもないが、と心の中でつぶやきつつ頷いておく。必要以上に本当の事を話すと、事実を言っても余計に嘘くさく聞こえそうだ。

 うさんくさいと顔に書いてある男を前にそう思う。それに、今まさにウォンダーを疑いの目で見ているこの男はルイスの敵というわけではなさそうだった。


 早くルイスに接触して、男が抱いている誤解と警戒心を解いて貰いたいところだ。

 男から視線を外してルイスの方をみると、こちらも別の人に話しかけられているところだった。相手はフードを被っていて、どのような人物なのかはわからない。

 話しているだけかと思ったら手首をつかまれ、それを振り払っている。思わずそちらへ足が出た。 


「おい、変な行動を起こすな」


 話しかけてきていた男の声が追いかけてくるが、そちらに構っている余裕はない。

 フードを被った男は体幹はよくないようで、ふらりと後ろに下がる拍子に露天の屋根を建てている柱にぶつかる。男がそこに立てかけてあった木材を手に取るのが見えた。

 振りかぶろうとしている動作に、ウォンダーは走り出す。

 静止の声が飛んだ。


「止まれ!」

「それどころじゃない!」


 ウォンダーが不審な男を指さすと、状況を察した相手も同じ方向に向かって走り出した。

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