やれること、やること
「一ついいですかウォンダー」
リビングで持ち物を検分していたウォンダーに、ルイスは声をかけた。午前中から都市内の水路を調査して帰ってきたところだった。
大きな鞄を床に置いて中身を机に並べていたウォンダーは掴んだ瓶を机に置いて顔をこちらに向けた。
「どうした」
「都市外居住区への水路の調査についてなんですけれど、詳しい人に聞いてみるのが近道ではないかと思ってご相談に」
あわよくば地表に出ている水の流れを辿れないかと考えていたルイスたちであったが、実際に足を運んでみてそれはできないことがわかった。目的の水路は完全に地面よりも下にあったのだ。それに、ルイスの呪いの感知もできなかった。
ある程度距離があったり、間に遮蔽物があったりすると感知は難しいらしい。地表から地道に呪いをたどっていくという可能性が潰えたのである。
そこでルイスは考えた。水路のことは水路の専門家に。詳しい人に聞くのが一番だと。
すなわち、都市の水道を司る水道局の人間に聞くのがいい。
幸い心当たりがルイスにはあった。
「協力してくれる人物がいるのか」
手をとめて疑問を口にする声音は少し怪訝そうだ。
「私の友人なのですが、都市外の現状もよく知っていますし、協力してくれると思います」
「そいつは石の呪いを説明して、本当にそれを信じるのか?」
ウォンダーの疑心は最もだ。
「信じると思いますよ」
「簡単に言ってくれるな」
「簡単とは言いませんが、私は彼女の事を信じていますし、信じてくれるだけの信頼関係を築けていると思っていますので」
「……」
ウォンダーは沈黙で返した。ルイスが何でも信じるたぐいなのではないかと疑問視しているのだ。
「友人を見る目には自信があるつもりです。それに中央の情勢に変化があるのかどうかも気になりますし、私も中央に帰れるのかが気になります」
そういう情報を聞けるのは彼女とその護衛官が協力してくれるからだ。本当に感謝している。
「おい、あんた竜仕官なのに中央に帰れないとかあるのか?」
「あ」
口を滑らせた。良い耳で的確に情報を拾ったウォンダーの表情が、さらに剣呑なものを匂わせる。
まずいと思ったものの気を抜きすぎている自覚はある。家への帰り際においしい串焼きを堪能して満腹なのだ。調査は振るわなかったが、精神的な余裕はまだまだある。
昨日の夜は落ち込んでいたが、生来立ち直りは早い。
「『あ』とはなんだ?」
「いや、あのまあ少し事情がありまして。とある人物から恨まれているといいますか……」
「……あのときの傷もそれか」
「察しがいいですね」
「……」
正解ですと指を立てると眉間の皺がぐっと寄った。ごまかし方の方向性を間違えたらしい。
大きなため息をついたウォンダーが話を元に戻す。
「あんたの事情は詳しくはきかないが、あんたが中央に帰れないのにその友人とやらに渡りはつけられるのか?」
「少し時間はかかるかもしれませんが」
リリアナとのやりとりはアイクに任せることになるだろう。彼は彼でリリアナの護衛官を務めていて、この前は忙しい中ルイスに会いに来てくれた。あちらのやるべき事もあるだろうし、向こうの情勢が変わればまた連絡をくれるだろうが、それがいつになるのかは分からない。
となると、やはりあの女医を介して伝えて貰うのが有効だろう。手紙を使ってリリアナに直接事情を説明するのが適切かも。
万が一の事を考えて、ルイスが直接リリアナに手紙を書くという手段はやめておく。それにどれほどの効果があるかはわからないが。
そういえば、レイガートの家の方はどうなったのだろう。アイクによると、家の周りをうろつく何者かがいたという報告だけ受けているが、続いているのだろうか。ルイスをよく知っている人ほど、緊急時に実家を頼ることはないと知っているだろうけれど、それを市長の息子が知っているかと言われれば、知らないだろう。
「なんにしても方法は少ないな」
「私が直接動ければいいんですけどね。あまり目立つと中央に行き着くまでに邪魔が入りそうで」
「それなら仕方がないな。あんたも大変だな」
「そうですね。ただ、時間ばかりがあっても仕方がないのでやはりできる用意はしておきたいと思いまして」
祖父の書斎を調べるのはやりたいと思いつつも疎かになっているし、右腕の怪我の状態もみてもらいたいから手紙を頼むにしろそうでないにしろあの女医のところには行っておきたい。
「ふむ、なら新調したいものがある」
「それなら南大通りにも寄りましょうか。商人たちの必需品はそこでそろうはずです」
「個別行動した方が早いのでは?」
「……」
言われてみればそうだ。目的地がばらばらなのだから個人で行動した方が早い。
「確かに」
ぽかんとした後に納得したルイスはなんで一緒に行動するものだと思っていたのだろうと疑問を抱えながらも、自室に戻ってリリアナへの手紙を書き終える。
再び階下に戻ってきたときにウォンダーを見れば、まだ荷物整理の途中だった。
もう少ししてから大通りに足を運ぶというウォンダーに声だけで見送られる。裏口の鍵はしっかりと閉めておいた。二つある鍵の一つをウォンダーに渡してある。祖父が使っていたそれは金属がややざらざらしていてしばらく使っていないことが実感できた。
裏通りから正面玄関の方に回ると、祖父が石細工師として店を出していた時には開けていた扉が目に入る。閉められっぱなしの扉は開けるとベルの音が鳴って来客を告げる。それを聞かなくなってからはや数年。店の方も掃除しないと埃だらけだ。短い里帰りでできる事は少ないが、時間が許す限り手を出してもいいだろう。
でもその前に書斎の本だ。
竜仕官長として勤めていた頃から祖父はこの家を持っていて、その時からの集めた本は全てここの家にそろっているはずだった。
昔からレイガートの家とは折り合いが悪いのだ。竜仕官長をやめたときにも一悶着あったみたいで完全にこちらに住むようになったようだが、その経緯を実はルイスはよく知らない。
お爺ちゃん子だったルイスが母の反対を押し切って祖父と一緒に住むようになったから母の言い分を聞く機会もなかった。
幼い頃の思い出を引っ張り出そうとして、母の怒った顔と叱責する声を思い出したから思考を振り払う。切り替えよう。
凹凸の多い石畳を進むには、思い出にひたっていてはすぐに躓いてしまうだろう。
*
医院の扉をくぐれば、女医がああ、あんたかとでも言いたげな表情でこちらを向いていた。
淡々とやるべき事をこなす彼女は、そのまま椅子にルイスを座らせると傷口の確認を始める。
「予想以上に治りが早いね。これならもう大丈夫だろう」
そういう彼女にお礼を言う。他に患者も来なかったので少し雑談をした。初めて壁外に行ってみたこと。物見遊山で行く場所ではないといい顔はされなかったけれど、想像とは違っていたこと、感じた無力感を話していると、相槌をうちながら聞いてくれた。
流行っている病気以外にも壁外は衛生面でよいとは言えず、他の病気もあるし栄養状態もよくないことも教えてもらった。貧困層が集まる居住区に一度居着いたら抜け出すことは難しいことも。
リリアナの護衛官であるアイクは一時期壁外にいたらしいが、それでもその時の生活のことについて話した事はない。興味本位で聞くことでもないと思っていたし、日頃生活していて話題にのぼるような話でもない。
今の市長は都市内の事業を積極的に推進するが、壁の外の事は都市の事とは切り離して考えている。公的に彼らが支援の手を差し伸べることは現状では可能性が低いだろう。
「そういや数日前にあの護衛官がやってきたが、その後会えたのかい」
「ええ、おかげさまで無事。その節はありがとうございました」
「そりゃよかった」
「そうだ、今回は手紙を頼みたいのですが」
鞄から封をされた手紙を取り出して皺がやった女医に手渡す。
「そりゃいいけど」
「私が出すよりも確実なので。色々と無理を言ってしまってすみません」
「いいよ。自分でできる事ならあんたは自分でやる。そうできないから頼むんだろ?」
しょうがない孫をみるような目で女医はこちらをみた。それにただ頭を下げた。




