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石について


 時刻は昼の鐘が鳴ってしばらく。空腹を訴える体に、品薄になった屋台通りで昼ご飯を詰め込んで、石畳の道を足ばやに通り過ぎる。

 宝石屋を営んでいるのは南大通りだ。近くには、外から来た商人たちが泊まる宿が軒を連ねていた。商人たちはその向かいの通りに店を出していて、目新しい商品が店先には取りそろえられる。彼らを飾るのは商品だけではない。店には店の主を示す布が飾られる。都市と都市を行き来する彼らには、名前を売るときに、彼らの看板である幟デザインも共に売るのが常識だ。色とりどりに染められた布は風にはためいて、彼らの存在を大きく主張していた。


 ルイスの目的は祖父も贔屓(ひいき)にしていた宝石商だった。近場の鉱山とのパイプがある上に、外の商人たちとの繋がりが強く、大通りに店を構えられない者たちへ、場所も提供するやり手である。土地代の高い大通りに店を構え、宝石と共にときに情報のやりとりもする。そういう店だ。


 傾き始めた日に照らされた宝石たち。ガラス窓を通りから覗けば、店の中にはちらほら客が商品を眺めている。案内する店員は物腰柔らかで笑顔が見えた。中央にもあっておかしくない店構えだ。

 戸を開くと扉脇には警備の男。軽く会釈をして店の奥のカウンターを目指す。


「ヤーヤリムさんはいますか?」


 カウンターの店員は丁寧に入店の挨拶をして頭を下げた。


「奥にいらっしゃいますよ。お呼びいたしましょうか?」


 はいと答える前に、店の奥からは老人が歩み出てきた。

 背は小柄。歳は確か祖父よりもいくらか下だったけれど、もう七十は超えているだろう。立派な白髪頭に、黒いおしゃれなベレー帽をかぶっている。手には曲がった杖。こつこつと音を響かせて、にっこりと笑った。

 ヤーヤリム・クロイツ。このクロイツ宝石店の店主である。


「久しいな。ルイス!」

「ご無沙汰しております」

「半年は顔を見せんかったんではないか? 待ちかねたぞ!」

「中々顔を出せずにすみません」

「いいのだよ! わしとおぬしの仲ではないか!」


 豪快に笑ったヤーヤリムはルイスを手招きする。控えていた店員に目配せをすると、店員はそのまま小さく会釈を返し、自分の仕事に戻っていく。ヤーヤリムは機嫌良さそうに口元を緩めルイスを奥の部屋に促した。


「さあ、みてもらいたいものが溜まっているのだ」

「石ですか? 付き合います」


 床につく杖の音も陽気に聞こえる。


「助かるよ。やはり知り合いに竜仕官資格の所有者がいるのは助かる」

「代わりになんですが、一つ教えてもらいたいことがあるんですかよろしいでしょうか」


 ヤーヤリムが口角を上げるのと一緒に髭も上下した。


「何でも聞くとよい! 知っている事ならば答えられようさ」

「助かります」


 招かれた部屋には品のいい調度品が並んでいた。右手側には机と椅子がこちら向きに供えられ、部屋の中央には対面のソファーとその間にローテーブル。ヤーヤリムは奥のソファーに座った。ルイスも促されてその対面に座る。ふかふかのソファーがルイスの体重で沈んだ。

 自分の仕事に戻ったはずの店員が、今度は革張りの箱を持って入室した。どうやら仕事に戻ったわけではなく、ヤーヤリムの要望を察して動いていたらしかった。

 テーブルの中央に置かれた箱はルイスの方に向き、うやうやしく開かれる。中に入っていたのは複数の石だった。


「さあ、この中の石を調べてくれるだろう?」


 にっこりと笑んだ老人は自分の持ち物を誇らしげに自慢するようだった。

 ルイスはその一つを手に取る。手の平で転がして、目を閉じる。手は石のほんのりとした温かさを感じている。しかし、これは違う。ルイスはその石を箱の元の位置に戻した

「この石は陽包石(ようほうせき)ですね。残念ですがこちらは秘石ではありません」

 陽包石。通常の石の色は白。しかし太陽の光に一定以上の時間当て続けることによって徐々にその色を黄色に変化していく石だ。そして仄かに温かくなる。手に取った石は純度が高いのか、均一な色に染まり、接触したところから人肌以上の温度を感じた。

 この暖かみを竜に与える石の温度と勘違いする見習いは多くいる。


「そうか、難しいなぁ」


 そう、この男はルイスに竜に与えられる石がこの中にあるかどうかを調べて欲しいのだ。


「陽包石は難しい部類ですね。この判断ができると一流と言われています。温度の高い石はそれだけ選定の時の感覚に狂いが出ますから」

「プロじゃのぅ」

「その力で仕事をしていますからね」


 ははぁと感心するヤーヤリムに苦笑する。


「さあ、次じゃ次じゃ。今ある分に付き合って貰うのが、お願いを聞く条件じゃぞ?」

「わかっていますよ。付き合います」


 老人はまたにっこりと笑って続きを促した。種類も様々な石を一つ一つ丁寧に手に持っては元に戻す。残りが半分ほどになった時に、それを見つけた。


「これは、あたりですね」

「おお! そうか!」


 手元を覗き込むように身を乗り出す彼の手に、その一粒を渡す。手に残る温かさが離れて彼の皺のある手の平に転がった。ヤーヤリムはそれを大事そうに持つと、目元を細めて微笑んだ。何度もうなずく。


「これじゃな」


 彼はこの年になるまでずっと商人として生きてきたが、ほんのわずかに秘石を選ぶ才能があった。その精度は不確かで、竜仕官になれる人材ではないけれど、誠実さと根気強さをもって石を選び、その答え合わせをすることが趣味だった。自分が選んだ中に正解があると、まるで子供のように顔をほころばせて喜ぶのである。


「そうかそうか! はははっ!」

「お見事です」


 ルイスもそれにつられて微笑む。石を覗き込んだり、手の内に握ったり忙しないヤーヤリムを横目に、ルイスは他の石をまた手に持っては戻してを繰り返す。結局正解の石は他に二つ。全部で三つだけだったが、老人は大層な喜びようだった。


「今回もありがとう。次に顔を出すまでにまた選んでおくでな。またつきおうてくれ! それで、約束通り次はおぬしのお願いをきく番じゃな。聞きたいこととはなんじゃ?」


 テーブルの上を陣取っていた箱を閉めて、椅子に深く座りなおす。

 ルイスとしてはこちらが本命だ。


「石の事で、聞きたいことがありまして」

「石の事か、めずらしいのう。おぬしに必要な石の知識は、竜仕官の方がよく知っておろうに」

「それは竜仕官として扱う石ならば、ですね」

「扱わぬ石なのか」

「そうです」

「断言するか」

「はい」


 竜仕官が扱う石は千差万別。竜に必要な石が、その見た目ではなく、内包される何かに起因しているためだ。それを選ぶための竜仕官であり、竜仕官に必要な才能であるが故に素質を見るための試験がある。

 しかし、あの宝石をみたのは今回が初めてだった。


「紫色の石です。中にオレンジ色の火花のような光を持っている石を、ヤーヤリムさんは知りませんか?」

「炎を持った紫の石じゃって?」


 老人の体がやや前のめりになる。


「はい」

「おぬしそれを見たのか?」

「ええ」

「どこでじゃ」

「詳しくは言えません。しかし仕事の内で、と……」


 ヤーヤリムは顎に手をやると少し考えた。


「おぬしが言っているその石。市場に出ているのは滅多に見んが、噂くらいは聞いたことがある」

「そうなのですか?」


 思わず、乾いた口の中のわずかな唾を飲み込んでしまう。


「願い石、幸福石、希望を叶える石、奇跡の石。色々な呼び方はあるが、持った人の願望を叶える石と言われておる石があっての。ルイスは知っておるか?」

「聞いたことはありますが、それは石を売る時の謳い文句の類なのでは? パワーストーンの類いの」

「それが信憑性の高い噂での」


 ヤーヤリムは背もたれに深く体重を預けた。


「わしはみたことはないが、その噂だけは知っておる。見た目は炎を宿した紫色の石。手に入れた者の周りでは噂が立つんじゃ。どこぞのものが手に入れて、たいそうな大金持ちになっただの、好いた男の元へ嫁にいっただの、そういう話が耳に入ってくるわ。人の口に戸は立てられん。そして、こう言われる。あの者は、少し前に奇跡の石を手に入れたんじゃと」

「持った本人の願いを叶えるのですか?」

「そう言われてある。小さな願いも、大きな願いも。それが本人の願いであるなら何でもな」


 願いを叶える奇跡の石。

 ルイスは考える。あの石が本当にそんな幸福を運ぶ石なのかと。でも、伝えられている石の特徴は一致している。ルイスはさらに質問する。


「あの、他の話は聞いたことがありませんか? 嫌な噂、不穏な噂、そういったものは……」


 ヤーヤリムは顎に手を当てて唸った。


「うーん、あまりそういうのはきかんなぁ。実際に確かめようにもほれ、手に入れるルートがない。このクロイツ商会にも難しいじゃろうな。大都市に店を構えるとはいえ第三外周の一店舗に過ぎん。もしかしたら中央には何かしらパイプを持つもんがおるやもしれぬが」

「そうですか」

「役にたてんですまんの」

「いえ、大丈夫です。その石を知っている人がいただけ」


 実在する石だとわかったことが、今は大きい。それに『願望を叶える石』という側面は、ルイスの感覚とは乖離しているのが気になる。あの石の嫌な予感はそういった類いのものではなかった。

 もしヤーヤリムが実際に石を手に入れた事があって、触れたことがあるのなら、ルイスが抱いたこの感覚にも共感してもらえるのかもしれないと思ったけれど、そううまくはいかないみたいだ。

 ルイスは最後に感謝して頭を下げる。


「また来とくれよ」


 見送ってくれるヤーヤリムと店員に別れを告げて店を出た。

 大通りで思わずため息をついてしまう。当てが外れてしまった。

 目の前を、大荷物を積んだ荷車が通り過ぎる。人の往来も多く、ルイスの落胆は雑多な音の中に消えていく。

 通行人に唐突に腕をとられたのは一歩を踏み出そうとした時だ。


「あんた、ちょっとこっち来い!」


 抑えていてもよく通る声が聞こえて、手首が強引に引っ張られる。


「ちょ! なんですか!」

「いいから来い!」


 手首はがっちりと捕まれて離れそうにない。こちらに背を向けている人は、くすんだ灰色の髪。ルイスよりもいくらか高い身長。膝丈の長い外套に黒い手袋をして、背には大きな荷物を背負っている。

 理由に関しては皆目見当がつかないが、とても見覚えのある男がルイスを強制的に連行しようとしていた。

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