表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/51

友人の訪問


 その日のうちに第三外周にやってきたのはリリアナの護衛官であるアイクだった。裏口をどんどんと叩く音に心臓が飛び出そうになりながらも近づき、友人の声が聞こえた時には心底ホッとした。

 よかった、中央からの追手ではなくて。


 扉を開けて招き入れた友人は、普段のビシッとした緊張感のある姿を少し陰らせて、眉間に皺を寄せていた。

 ルイスの姿を頭のてっぺんから爪先までじっと眺めると、服で隠しているはずの怪我に目ざとく気がついた。

 理由を聞いたら血と消毒の匂いがした、と。犬よりも鼻のきく男である。

 降参して傷の具合を話すついでに、アイクがここにやってくるまでの経緯を聞くことになった。


「とりあえず水でも入れますね」


 喉が渇いたというアイクにはコップに水を入れて運ぶ。お茶なんて洒落たものはここにはない。

 喉を鳴らして飲み干すと、友人は色々と喋ってくれた。

 第三外周に来たアイクがあの医者を訪ねたのは、ルイスの家が第三外周にあると常々学生の頃から口外していることから推測したためだという。あの女医とアイク、リリアナが知り合いである事は、ルイスとはほとんど関係がないけれど、ルイスと女医が知り合いだとアイクは情報として知っていた。

 中央にはいない友人を探すのに、彼女が糸口として浮上してくるのは当然だった。


 彼女から伝言を貰った彼は、その足でここを訪れたというわけだ。

 その速さに、ルイスは感心する。

 ルイスがいなくなった後の事もアイクにきいた。どうやら中央では、行方不明になっている竜仕官、そして残された血痕が事件として調査されているらしい。竜仕官は自分で言うのはなんだが都市にとって重要な職で、一人いなくなったら大事になる。徹底的な調査がなされるのは当たり前だ。


「警備記録に問題がなかったことも問題になったな。その日のその時間、巡回は滞りなく行われていたらしい」


 その情報どこからとってくるのだろう。友人の情報収集能力にも感心するが、それについては訂正する必要がある。


「確かに警備には会いませんでしたが、必要な場所にもいませんでした。記録は正しくないですね」

「そうだろうな」


 アイクは深くため息をついて額に手を当てる。もう片方の手ではコップの縁をなぞっていた。


「あの夜、何があった?」

「……話してもいいのでしょうか」

「ためらう必要はないだろう。俺はルイスの事を信用している。それはリリアナ様も同様だ。何もなかったはずの白亜宮で怪我をしてここまで逃れてきた友人の言葉を信じない非道さは俺にはないよ」

「……そうですよね。あの夜は本当におかしかったんです」


 ルイスはたった数日前の事を思い出して口を開く。必要なところにいなかった警備の人間。そして、竜の庭に侵入していた男たち。彼らが持っていた竜仕官長の名前のない許可証。そして持っていた石。


「石から変な気配がして、それを竜に口にさせる訳にはいかなかった」

「それは、竜仕官だからこその感覚か? 竜に与える石を選ぶという……」

「どうでしょう。確証はありません。でも、クイーズや、彼の周りの人がそれを感じているようには思えませんでした」


 石を竜に与えさせないために空に逃がしたこと。激怒した彼らに追われたことも話す。

 途中、喉が渇いて水を飲んだ。頭に蘇る映像。話しているとあの夜の緊張が感覚として戻ってくるようだ。

 許さない、と恨み言を込めて放たれた言葉をその声のトーンまでよく覚えている。だが、今になって思うこともある。


 どうしてそこまであの男は自分を呪ったのだろう。

 話し終えたルイスに、ややあってアイクが唸った。


「大変だったな」

「……ですね」


 生きているからこそこう言えるのだ。苦笑したルイスに、アイクもまた複雑な表情を作った。


「話が聞けてよかった。いろんな動きが不自然だとは思っていたが、なんとなく腑に落ちたしな」


 テーブルの上の灯りが静かに光を揺らす。


「結論から言うとおまえはしばらく中央に戻らない方がいいと俺は思う」

「それはどうしてでしょう」

「レイガートの、おまえの実家の周りで色々と不審な動きがあるらしくてな。十中八九あの息子の仕業だろうな。竜への接触を断たれたことと、奴の個人的な竜仕官への感情も含めておまえへの恨みを募らせている可能性が高い」

「竜仕官への感情ですか?」

「ああ、今年の竜仕官見習い登用試験、奴はそこで落とされている」

「なるほど」


 竜仕官への登用試験は筆記試験と石選びの素質をみるための試験だ。筆記試験を隠れ蓑に、石の選定で素質がないと判断された人は落とされる。いくら筆記の点数がよくても、素質がなければ受からない狭き門だ。

 石を選べないという言葉には、そういう意味があったのか。

 ルイスを恨む理由も、個人的なものではなく、その辺に起因しているのだろう。


「彼の竜の庭への侵入について言及すれば、彼の行動をやめさせることはできないのでしょうか」

「そうしたいところだが、あの日の警備には()()()()()()。そう記録されている」

「しかしそれは……」

「その記録は、既に上役へと報告されて承認を受けている。夜が明ける前にな」

「……撤回はできないのですか?」


 明らかに不正だ。たとえそれが正規の手順を踏んで承認されたものだとしても、その記録がおかしいことをルイスは知っている。そして実行犯たちや、この事件に関わった者たちもまた、それを知っている筈なのだ。


「撤回できる証拠を持っている人間がいないからな。正しくはいても名乗り出ていない。権力を持った人間の力が働いているだろう」

「もしかしてですが、市長の?」

「おそらくな」

「しかし、息子をかばって不正を行うような人間でしょうか? 少なくとも、都市の政治に関しては誠実な人だと思うのですが」


 都市外のことは別にしても。

 ルイスの言葉にアイクはため息をついた。


「そこなんだ。どこまでの思惑が動いているのかわからない。わからないからこそ、ルイスは権力の届かないこの場所にとどまった方がいい」

「……」

 納得はできるが、懸念点もある。侵入者と石のことを竜仕官長の耳には入れておきたかった。

「竜仕官長様には会えますか?」


 会ってルイスの無事と、あの夜の事を伝えられたらいいのだが。それがあの竜仕官長に伝われば、彼は動いてくれるはずだ。あれほど、竜と竜仕官について深く考えている人はいない。だからこそ、長という立場に就いているのだと、ルイスは信じている。


「リリアナ様が動いている。直接は会えないが、言伝ぐらいはできるだろう」


 彼女の五家の力は中央だと振るいやすい。


「ありがとうございます。よろしくお願いします。その、リリアナにも心配はしないようにと伝えておいてくださいますか?」

「わかった。必ず伝えよう」

 休む間もなく、中央にとって返すアイクを見送る。通りの奥に消えていく友人の背中をみながら、明日から自分が何をすべきかを考えていた。



 次の日にしたのは祖父の収集品を確認する事だった。祖父は色々な石を集めることが趣味だった。そのため、書斎は書籍よりも石の標本の方が場所を占める。

 上段は高価なガラス戸。腰より下の段は薄い引き出し。開けるとずらりと石が並ぶ。石と共に石の名前を書いた紙が固定されている。


 青、緑、紫、オレンジ、黒。研磨もカットもされていない原石たちだった。

 ルイスが探すのは紫の石だ。中に炎を宿したようなその宝石を、ルイスはよく覚えている。そして、その石に遭遇したときの嫌な感覚も。


(ここでは嫌な感覚はない)


 棚の横を奥まで歩く。石に近付いても肌が粟立つようなあの感覚はない。

 祖父の標本の中にはないかもしれない。しかし、見ない内から『ない』と断定するのももやもやしたやりきってない感じが残る。

 ルイスは覚悟を決めて一番端の棚から検分を始めた。



 結果を先に行ってしまうと該当する石はなかった。落胆しないと言えば嘘になる。これだけあればあの宝石もあると思ったんだけれど、紫の石はあるものの、独特の炎をもった石は見当たらなかった。やはりあの石は別種なのだ。

 竜仕官としての業務でもたくさんの石をみるけれど、その中でもみたことはない。


(あれはなんの石なんだろう)


 俯いてばかりいた首が痛みを訴え始めている。左の手で揉みながら首の疲労を散らす。正午の鐘はとうになって下の通りにはちらほらと人通りが見える。標本以外のところには本が詰め込まれているけれど、これを今日中に確認するのはやめておこうと思った。


 外に行って、宝石屋を訪ねた方が早いかもしれない。思い立ったら行動だ。日が落ちる前でないと店はやっていない。使い慣れた鞄をひっさげて、ルイスは家の外に出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ