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諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

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 第90話『テディベアズ・デー』

五日間の職場体験を終え、大舞学園中等部二年生は通常授業へと戻っていた。そんな日の昼休み。


『ガラッ』


祐東(ゆうとう)カレンは迷いなく一年二組の扉を開ける。


「二年生……?」「え、あの人って……」


ざわめきが広がる中、彼女は後方へ視線を走らせ――目当ての人物を探した。


「あの、祐東カレン先輩ですよね?」

「誰に用が……」


すると、傍らから探るような好奇心と善意を含んだ声がかかった。だが彼女は彼等を見向きもせずに一言。


「退きなさい」


局所的なブリザードが吹き荒れる中、カレンは不機嫌を隠さず歩を進める。そしてある男子生徒の机の前でピタリと足を止めると、爪で机の端をコツ、コツと叩いた。


「少しいいかしら……熊本君」


「……あれ」


糸哉は糸目で彼女の無表情を捉え、ただならぬ気配を察する。心は警鐘を鳴らしていたが、この場で拒絶し逃走すれば命に関わると理解した。


人気のない階段裏まで連れ出されると、カレンは腕を組んで糸哉を鋭く睨みつける。


「職場体験から戻ったら、妙な噂が流れているのだけど」


「ほぅ」


「小椿さんが貴方と浮気しているって……どういうことかしら?」


「は!?それは真っ赤な嘘なんで気にしないでください。あ、誰から聞いたかだけ教えてもらっていいですか?」


「……火のない所に煙は立たないわ。本当に思い当たる節はないのね?」


「ん」


――確かに色々接点は多いけど、周りからはそう見えてもおかしくなかったのか……!?本当にお互い何とも思ってないのに!


糸哉は言葉を濁すように視線を外す。心当たりがないこともないが、全面的に非があるわけでもない。その中途半端さがかえって判断を鈍らせていた。


ここで素直に謝るべきか、それとも曖昧なままやり過ごすか――答えを決めきれないまま口を閉じる。


「…」


そんな煮え切らない態度に、カレンの表情がわずかに曇る。眉間にシワを寄せたまま、詰め寄るように一歩踏み出した。


「私がわざわざそれを確かめに訪ねてきて……貴方はどう思ったの?」


「どうって……」


逃げ場を失ってもなお視線を逸らしたままの彼に対し、カレンは真正面から見据える。その無言の圧が、言い訳すら許さない空気を作り出していた。


――ん?


「今日の先輩いい香りですね。何かのお花みたいな……」


「……は!?」


ふとした拍子に、カレンからほのかに漂う優美なホワイトローズの香りに気づく。


糸哉の一言に彼女は一瞬きょとんとしたが――すぐに今朝、友人から新作のヘアミストを分けてもらったことを思い出した。


「こ、これは友達の……って違う!」


――論点を逸らそうったってそうはいかないわ!


カレンが慌てて首を振り、再び問い詰めようとしたその時。


「熊本君!」


壁際から、こそこそと様子を窺っていた翠羽が勢いよく飛び出した。つられて敦斗も顔を出す。


「お……誕生日おめでとう!」


「「え?」」


糸哉とカレンの声がぴたりと重なる。翠羽は言葉どおりの意味を、必死な視線でカレンへと押しつけた。


「……ありがとう? 朝にも言ってくれたけど……」


「そ、それだけ!じゃあ!」


「お邪魔しましたー」


逃げるように国宝カップルが去っていく。残された糸哉が首を傾げる一方で――カレンは、これまで見たことのない表情のまま固まっていた。


「……先輩?」


「……っ!」


――誕生日……!?今日!?聞いてないわ!


「どういうこと!? 貴方、私の誕生日にはスコーンくれたじゃない!?どうして自分の時は何も言わないのよ!」


「は……」


――確か四月?先輩におから米粉のチョコスコーン渡したけど……。


「先輩その日誕生日だったんですか!?」


今度は糸哉が目を丸くする番だった。


時はお互いが出会って間もない四月に(さかのぼ)る。糸哉はシェンの使いで駅ナカのポップアップストアに立ち寄った帰り、偶然カレンと鉢合わせた。


『――今日が何の日か分かる?』


『わぁ(かりません。って言ったら腹パンされるかな)』


答えに詰まった糸哉は、誤魔化すように買ったばかりのスコーンを差し出した――それが、結果的に彼女の誕生日祝いになっていたのだ。


「えぇすみません……それならスコーンじゃなくてケーキの方がよかったですね」


「…」


糸哉は今さら気づいて素直に謝る。だがカレンは、次々と押し寄せる情報に処理が追いつかない。


――な、何から言えば……。


その判断すらつかず、彼女が選んだ行動は――


「……失礼するわ!」


――踵を返し、その場を離脱することだった。


「……参ったな」


取り残された糸哉は、教室に戻るや否やスマホを開く。


『今日は親と食事があるのでタワマンには行きません。スコーンは本当にたまたまだったので、気にしなくて大丈夫です』


――グルテンフリーのスコーン一個ぽっちだし。深く考えないでほしいな。


糸哉がそんな意思表示を送ったその頃。


――気にするわよ! 確かに三百円程度のスイーツだったけれど……。


カレンは机に肘をつき、内心で強く反論していた。


――だってあそこのスコーンかなり並んでいたし……。人気店で、しかも私にくれた苺味は期間限定だったわ。それに小麦粉も卵も使っていないのに、ちゃんと美味しかったし……。


『艶やかね……』

『お美しい……』

『憂いを帯びたお姿も可憐だ……』


周囲の妄信的なクラスメイトから見れば、静かに思索に(ふけ)っているようにしか見えない。だがその実、彼女の頭の中は完全にお祭り騒ぎだった。


――スカッシュ部の先輩として、後輩をささやかに祝うのはごく自然なことよね。それに、私もそれなりにお世話になっているし……。


カレンは何となく次の授業で使う英語のワークを開く。そこに描かれていた笑顔の少年を見て――彼の表情が、ふと糸哉の笑みに重なった。


「…」


無意識にシャーペンでその顔を塗り潰す。


――簡単なプレゼント……食べ物は被るから却下ね。どうせなら、あの眠たげな目が開くような……。


「ヒッ!」


たまたま通りかかった糸目の女子がその光景を目撃する。執拗に塗り潰されていく少年の顔に驚き、その細い目が思わず見開かれた。


当のカレンは気づかないまま、次のページをめくる。


――男性への贈り物なんて、お父様と名ばかりの婚約者くらいにしかしたことがないわ……庶民の男の子には何を選べばいいの?


クリスマスツリーとプレゼントボックスのイラストにも、同じようにシャーペンが走る。


授業が始まっても、彼女の頭を占めているのはただ一つ。糸哉へのプレゼントのことだけだった。


――やはり今回の件は、同じ目線の者に助言を仰ぐべきね。確か彼女はこの時間……。


掃除の時間、カレンは翠羽を探して給食室前へ向かった。そこでちょうど彼女が糸哉と来月の合唱コンクールについて話している場面に出くわす。


糸哉の翠羽への接し方を見れば、恋愛感情が無いことは明白である。カレン自身も、あの噂をそこまで信用してはいなかった。


――でも……でもじゃない?小椿さんって彼氏より熊本君と一緒にいる時間の方が長くないかしら?


あながち間違いではない。出席番号の並びの都合で、掃除場所、美術室や技術室の席も同じテーブル。加えて学級委員同士――接点の多さを思えば、カレンの心に薄暗い霧が立ち込めるのも無理はなかった。


――まぁ……あれだけ整った顔立ちの彼氏がいるんだもの。犬飼君に比べたら熊本君なんてノミみたいなものでしょうけど……。


そう自分に言い聞かせながらも、カレンは糸哉の様子をじっと観察していた――穴が開きそうなほどに。

彼の様子を見る限り、翠羽はあくまで親しいクラスメイトだ。自分との距離感と比較しても、そこに有意な差は見当たらない。


――そうよ。彼はただの親切心で老若男女問わず時間を割けるタイプなんだから……やはりプレゼントで、私が他と違う存在だと示す必要があるわね。


二人が別れた隙を見計らい、カレンは翠羽の背後へと歩み寄った。


「きゃ……えっ! カ」

「しーっ」


驚く翠羽を、ほとんど拉致する勢いで物陰へ引き込む。


――!?!?カレン先輩!?ふぁっ綺麗……。


至近距離で放たれる色気という名の圧に、翠羽は顔を真っ赤にして何度も頷いた。


「いきなりごめんなさい。少しお願いがあるの」


「ぇ」


「小椿さんは、彼氏さんに贈り物をしたことがあるかしら?」


「うぇ? まぁ……はい」


カレンは一拍置き、翠羽の反応を弄ぶような視線を送ってから続ける。


「実は、同い年の親戚の男の子にお礼を渡さないといけなくて。でもその子、私と違ってごく普通の家庭だから……何を選べばいいのか当惑しているの。放課後、少し付き合ってもらえないかしら?」


「は、はい……!」


「助かるわ。ありがとう」


そのまま去っていくカレンを見送り、翠羽はその場でぽかんと立ち尽くしたまま熱くなった頬を押さえる。


――え、お礼って……絶対熊本君のことだよね!? 流れで部活サボることになっちゃったけど……これは行くしかない!


戸惑いはあったが、それ以上に――初心で奥手そうなカレンに協力したいというお節介心が顔を出した。

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