第89話『諸君!これがハードコアである!!』
スペチャへの感謝も交えながら、三人はたっぷり百万人達成という現実を噛み締め続けた。
「じゃあ最後にお知らせして締めまーす!」
「はーい」
二時間喋り続けた空気感もあり、二人ともかなり肩の力が抜けている。しかし、そこでテディが意味深に笑った。
「実は明日投稿される動画なんですけど……」
「?」
ホットとタンドリーが首を傾げる。次の瞬間、配信画面に『新メンバー登場!』の文と共に、猫のシルエット入りのスライドが画面へ表示された。
「四人目の新メンバーが登場します!」
「「えぇーーっ!?」」
ホットとタンドリーの反応が完全に素だった。そしてコメント欄も一拍遅れて大爆発する。
『は?????』
『新メンバー!?』
『ええええええ!』
『嘘だろおおおお!!』
「このシルエットまさか……!」
「はぁ!?アイツ……おい待て聞いてねぇぞ!?」
「まぁまぁ色々ありましてね!ずっと温めてたんだけど……百万人いくしってことで来てもらいました!」
『うわあああああ!!』
『絶対強キャラじゃん』
『気になって寝れん』
最後の最後で特大の爆弾を落とし――
「ということで今日はここまで! ありがとうございましたー!」
「おつかれー!」
「また明日の動画で」
――配信は、半ば悲鳴のようなコメントに包まれながら終了した。
「……お兄ちゃん!」
その配信を家のリビングで見ていた少女が一人。山根純花は勢いよく階段を駆け上がり――兄の部屋のドアをバァン!と遠慮なく開け放った。
「何で明日からこれプロデビューすることになってんの!?」
「……何か知らないけど、父さんから許可下りた」
「なっ……!」
淡々とした声に、純花の目が見開かれる。
「パパァァァァ!」
「おいっ扉……チッ」
純花そのまま嵐のように階段を駆け下りていった。ユイガは小さく舌打ちし、開け放たれたドアを閉める。
――まだ撮影は全然参加してないし。明日以降の動画全部に俺が出てるってワケじゃないけど……。
机へ向き直って鉛筆を握る。だが国語の文章はまるで頭に入ってこなかった。
「……っ」
心臓がうるさい。頭の奥が熱い――。
「はぁ……全然まだ先だったのに……」
ユイガは強く目を閉じる。指先でこめかみを押さえ、溢れそうになる高揚感を無理やり押し込めた。そして目を開き、開いていた問題集へ視線を落とす。
湧き上がる興奮を全て、受験勉強へ叩き込むように鉛筆を走らせるのだった。
☆彡
十月十七日。ユイガが最初に動画へ登場したゲームはFPSの『クレイジーサバイブ』だった。
「わーいわーい!」
「テディが喜んでる」
「嫌な予感しかしねぇ……」
「やーっとこのゲームが出来る……!これ四人プレイ必須だからさ。まさか身内とやれる日が来るなんて……!」
テディは防護服姿のままロビーを駆け回り、無駄に重いブーツ音を響かせる。ホットもイヤーマフを装着し、その後をノリで追いかけ始めた。
一方ガスマスクを首元にぶら下げたタンドリーは、ロビー画面を見ながら眉を寄せる。
「四人プレイ必須……あと一人は」
「ふっふっふ……出でよ!」
テディが元気いっぱいに合図すると、空いていた最後のプレイヤー枠にとある人物がログインする。
『シュコーシュコー』
「誰ー!?」
「準備万端かよ」
『危険区域を探索する』という設定上、このゲームのプレイヤーキャラクターは全員、防護服・イヤーマフ・インナーキャップ・ガスマスクを装着した状態になっている。
そのため、装備を完璧に着込んだユイガは世界観的には満点だったが――初登場としては致命的だった。
「タンドリーにもとうとう後輩ができたねー。それでは自己紹介をどうぞ!」
「シュコーシュ……ハコビネコ・ユイガです。得意ゲームは……いっぱい。お手柔らかに対よろ」
「今回は新メンバーのユイガと一緒に!四人で『クレイジーサバイブ』αステージの攻略をやっていきたいと――」
「「思います!」」
『クレイジーサバイブ』――略称クレサバは、極限の緊張感と連携を要求される高難易度協力型FPSゲームである。
舞台となるのは、地下深くに築かれた巨大研究施設。プレイヤーたちは、正体不明の企業に拘束された処理班として『キメラ』という名の危険生物が蔓延る区域へ送り込まれる。
主な任務は『施設内に残された機密データや試作兵器を回収し、生還すること』。しかし封鎖された施設内では、実験事故によって生み出された『キメラ』という異形の存在が徘徊していた。
本作最大の特徴は慢性的な物資不足と、一瞬で全滅へ直結するキメラの大規模ラッシュが何度も発生する点だ。襲撃地点と敵の出現量は毎回ランダムで総数こそ一定だが、配置次第で難易度はイージーにもベリーハードにも変化する。
そのため重要になるのは仲間との連携だ。誰か一人の判断ミスが、即座に部隊壊滅へ直結してしまう――。
「人間の理解を超えたハードコアで死の恐怖に耐え、仲間と共に生き延びろ――諸君!これが『クレイジーサバイブ』である!!」
「激ムズそー!」
「既プレイの僕とユイガに任せて全クリ目指そう!」
テディは以前、αステージ全六面のうち四面までをコラボ配信内で攻略済みだった。そのため、本番は五面からとなる。
「ユイガも経験済か」
「俺も最初のαだけだけど。全部やったの」
「へー!それは普通のゲーム友達と?」
「いや俺以外全員ボットでやった」
「あっ……」
ボット(bot)とは、プログラムによって自動的に操作されるキャラクターのこと。ユイガはプレイする際、秒で三人分の枠にボットを突っ込み、ソロ同然の状態でクレイジーサバイブを始めていた。
それはごく自然なプレイスタイルであり、何一つ悪いことではない。だがホットはつい『あっ一緒にやってくれる友達いなかったんだ……』といった反応をしてしまい――
「……コロス!」
「ゴメンゴメンゴメン!痛ぇー!」
――ユイガは試し撃ち用の銃を構え、彼をハチの巣にした。
「ボットはホットより銃上手いし指示飛ばしたら聞いてくれるし消耗品アイテム独り占めしないから!」
「分かった……分かったから俺に爆弾張り付けるのヤメテ……!」
「今のはホットが悪い」
「だねー」
そんな横でテディとタンドリーは黙々と初期装備を選び、ミッション開始へ備えていた。
「最初のステージってどんくらいムズい?」
「三時間かかったってパーティもいたとかいないとか……」
「え」
「じゃあ俺らは五十分くらいか」
「これRTAじゃないんだけど」
最初のステージα1の遠征目的は『培養液の回収と脱出』。施設の最深部にある培養液が入ったポッドを脱出地点まで運ぶとクリアだった。
「このゲームはね、視界に入った敵を片っ端から掃討してったらクリア出来ないんだよ」
「バーサーカーが何か言ってんな」
「僕と違うのが、大体のキメラが音や光に反応する特性を持ってて……じゃあユイガ。まずは普通にやって」
「ラジャー」
テディがドア前のキメラを指差す。ユイガは一度だけライトを点灯させてすぐ消し、物音一つ立てずに接近していった。
「これ音って俺らが喋ってる声も?」
「ううん。足音とか銃声とかシャッターの作動音とかに反応する」
「……終わった」
「ええ!?もう!?」
「手慣れてんな……ってかユイガが返り血でヤベーことになってる。まだ開始一分だぞ」
ホットがテディへ質問を投げかけている最中、『ドガッ』と鈍い撲殺音が鳴る。数秒遅れて、キメラの血をべったり浴びたユイガが姿を現した。
「こんな感じで進行方向に四、五体程度のキメラしかいなかったら銃じゃなくて鈍器で処理しよう」
「オッケー」
近接戦のレクチャーをした矢先、次のエリアでは二十数体もの敵がまとめて押し寄せてきた。
「うわいきなり!?」「さっきのアドバイスどこいったんだよ!」
ホットとタンドリーは慌ててマシンガンを構えると、弾薬を気にする暇もなく撃ちまくった。
「最初のラッシュをどれだけ体力と弾薬を温存したまま切り抜けられるかが、パーティの実力を測る基準だと言われてるみたいだよ」
「あ弾無くなった!」
「ハァ!?テディが言った傍から……ホット下がって!」
ユイガは隙だらけになったホットを即カバーし、その後も一発ずつ確実にキメラの急所を撃ち抜いていった。
「タンドリー回復薬いる?」
「いる」
「ホットよく生きたね。絶対さっきの弾切れで惨たらしく死ぬかと思ったんだけど」
「言い方グロ……」
――しかも台詞とイメージが合ってねぇ!
ユイガはほのぼのとしたキメラにホットがお腹を割かれ『いひーん』と目を×にして泣いているイメージを想像したが、彼を余計ドン引きさせるだけだった。
「僕奥のキメラ殺るね!」
「俺今9!ライフ残り9で逃げてる!」
「そのまま引きつけろ!グレネード投げるぞ!」
「うぇー最悪……血と体液で何も見えないんだけど」
テディが終始パーティを牽引し、ホットは瀕死寸前になりながらもしぶとく生き残る。タンドリーは不得意な暗所でも鮮やかにキメラを倒し、ユイガは全身をキメラ撃破の証で汚しながら――四人は四時間の末にαステージをクリアした。
ボット……人間ではなくプログラムによって自動で動くキャラクターやプレイヤーのこと。
ポッド……密閉性の高い容器。
ホット……プライベートでサムろうと遊んだテニスゲームで「今朝寝ぼけてティッシュ食ったから負けた」と言い訳した犬。




