第88話『100万人への感謝』
『諸君!これがプロである!!』チャンネルの登録者数が百万人へ到達したのは、木曜日の午前十時四十四分。
昼休みには早く、夜のゴールデンタイムでもない、何とも中途半端な時間だった。だがその瞬間、SNSは一気に祝福ムードへ塗り替わる。
『これプロ100万人!?』
『マジで歴史見た』
『実況界のバケモン』
『おめでとー!』
関連ワードが拡散され、ファンがこの時の為に用意した記念イラスト、祭壇、メッセージ動画が雪崩のように投稿されていく。SNSの通知欄は、もはやまともに追えない速度で流れていた。
さすがに大台突破となれば話は別だ。三人は急遽撮影の時間をそのまま記念配信へ変更する。
「祝!『諸君!これがプロである!!』チャンネル登録者数百万人突破ー!」
「いえーーい!」
「おめでとう」
配信画面の向こうで三人の声が重なる。するとコメント欄も即座に爆発した。
『おめでとうございます!!!』
『うおおおおおおお!!』
『わっしょいわっしょい!!』
そして当然というべきか、今日は普段以上の勢いだった。
「スペチャの量エグ!?」
「香港ドルに台湾ドル……英語圏も結構いるな」
画面右側ではメッセージとお金が贈れる『スペサルチャット』――略称スペチャが凄まじい速度で流れ続けていた。
「みんな本当にありがとう……!無理のない範囲でね!」
『最推しだから問題なし!』
『美味いもん食べろー!』
『これからも応援してます!』
本来テディは基本こういった投げ銭機能をオンにしない。記念配信だけ例外にしているのも、視聴者側の圧に半ば押し切られた結果である。
――僕の場合は動画見てくれるだけで十分だから必要ないんだけど……。
『#テディ祝わせろ』
『今日くらい投げさせろ!』
『ここで使わずいつ使うんだよ!』
『祝いたいんだって!!』
そんな声がSNSやコメントで異様な盛り上がりを見せ、最終的にテディが折れたのだった。
「顔出し無し、ゲーム一本でこの速度は相当ヤバいらしいぞ」
「まだ実況歴一年経ってないんだよな俺ら……」
「っ……」
――うわ改めて数字とコメント見ると……何かクるなぁ……。
ホットとタンドリーがしみじみ語っている横でテディの喉が詰まる。
脳裏に、ここまでの光景が一気に蘇った。
『――んなクソつまんねーこと考えてんだったら、俺とゲーム実況やれよ』
幼馴染との強引な約束に始まり、編集作業の苦痛、さらにシェンから浴びせられる容赦ない駄目出し、自信がある動画ほどあまり数字が伸びなかった空しさ、炎上の恐怖、それでも笑顔で動画を撮り続けた日々――その全てが一気に押し寄せる。
「こんな……なれるなんて……」
「テディさん!?」
耐えきれなかった。始めて『テディ』が零した涙に、コメント欄も大きくざわつく。
『えっ泣いてる!?』
『あーもう駄目もらい泣きした』
『もっと泣け』
『馬鹿泣くな馬鹿!!!!』
『こっちまで泣きそう!!』
「テディ……ホント、おめでと……っ、お前すげーよ……!」
「ホットまで泣いてんじゃねぇか……」
その空気に引っ張られるように、ホットも目頭を押さえ始める。対してタンドリーだけは比較的冷静だった。
まだ付き合い自体が半年程度なのもある。加えて、後で家族にこの配信を見られる可能性を考えると――どうにも全力で泣く気にはなれなかったのだ。
「コメントで『タンドリーも泣け』って来てるよ!」
「四万人も見てる前で泣けるか」
「……ふっ。はぁ……」
ようやくテディが笑う。一度深呼吸して感情を整えると、彼はパンッと手を叩いた。
「さて!じゃあ100万人突破記念に合わせて用意したお知らせ行きますか!」
『切り替え早www』
『さて』
『やったー!』
配信はRICHスタンプの告知パートへ移行する。
「スタンプは二種類あるよー」
涙を拭ったばかりとは思えないテンションで、テディが次のスライドを表示した。
「ナイアが描いてくれたやつと僕が描いたやつね」
まず映し出されたのは、ナイア制作のスタンプ群だった。
これプロ三人をモチーフにした二頭身デフォルメキャラとなっており、テディベア、ダックスフンド、鶏が全体的に柔らかく万人受けするデザインにまとまっている。
「可愛い!」
「これおっさんでも使いやすいな」
「そうそう! ナイアパターンは日常で普通に使える系を意識しました!」
挨拶や返事、お礼など年齢や相手を選ばず使いやすい構成になっており、まさに公式スタンプらしい仕上がりだった。
「んで、僕パターンがこちら!」
二種類目のスタンプは、普段動画で使われている人間版の立ち絵をそのままデフォルメしたスタンプ群だった。
テディのドヤ顔『諸君!これがプロである!!』やホットが『ホントに!?』と言ったりタンドリーが真顔で『ナイス』と言っていたり――動画で頻出する台詞を、三人+シェンがそのまま喋っている。
「いいじゃん!こっちのが視聴者向けって感じする」
「シェンの『あがめろ』いいな」
「『ボイスないの?』ないよ。嫌だよ」
『どっちも欲しい』
『これは買うしかない』
『ナイス』
コア視聴者なら、推し仲間との会話で絶対使いたくなる類のスタンプだった。
「まだ終わりません!」
完全に調子を取り戻したテディが、勢いよく次のスライドを表示する。
「お次はRICH着せ替え! こっちは両方ともナイアデザインです!」
まず公開されたのは、『シンプルなこれプロ』をテーマにしたナチュラル系デザイン。
背景色は薄い金、茶、赤を基調にしており、画面には二頭身になった三人がイメージカラーの前に立っている。メニューボタンや通話アイコンなどは、それぞれのイメージ動物仕様だった。
「普通にオシャレだな」
「プロフィールアイコン……何か喧嘩してない?」
そしてホットが、最後のプロフィールアイコン表示を見て吹き出す。丸型のデフォルトアイコンには、三人がぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
RICHのプロフィールアイコンは丸型表示で、未設定時はその画像がデフォルトになる。つまり着せ替え購入者は全員、この絵を初期アイコンとして使うことができるのだ。
「あんな小スペースで場所取り合うなよ」
「これはねーアイコンに映りたがらないタンドリーをホットが引き止めて、その隙に逃げようとした僕をタンドリーが掴んでる」
『何やってんだよwww』
『仲良く写れ』
その着せ替えを買ったユーザーの中には、あえてデフォルト状態のまま利用し続ける者も少なくなかったという。
「そしてもう一個の着せ替えがこちら!」
次に表示された瞬間、コメント欄の空気が少し変わった。
「かっこいい!」
「暗っ」
画面に映し出されたのは、黒を基調とした『ダークこれプロ』デザイン。先程のシンプルで日常向けな雰囲気とは真逆だった。
トーク画面の背景には、二頭身デフォルメされた三人が並んでいる。しかし可愛い寄りだった前デザインと違い、こちらは全員が銃を構えて本気の目をしていた。
メニューボタンや通話アイコンも丸っこい動物ではなく、凛々しいタッチで描かれたイメージアニマル仕様。
そしてデフォルトプロフィールアイコンには、黒背景に浮かぶテディベアの横顔――全体的にスタイリッシュに寄った雰囲気だった。
「こっちはカッコいい系だね。僕もう眩しいの苦手だから……暗い方が落ち着くんだ」
「分かるけど……」
「何かおっさんに配慮してる感すげーな」
「だってウチのチャンネルは八割が四十代男性ですから」
「「嘘つけ」」
『助かります』
『黒背景ありがてぇ』
『目に優しい』
『おっさんリスナー大歓喜』
「いやでもさ」
コメント欄も妙な方向で盛り上がる中、ホットがふと思い出したように言った。
「二人も当然スタンプ使うよな?」
「……ぼ、僕は使うよ!ライアンとRICHする時とか!」
「おいズルいぞ!お……俺RICHやってねーから」
「あっ嘘ついた」
『分かる(震え声)』
『やめろその話題は効く』
『トモ……ダチ……?』
図らずも一部視聴者の繊細な部分を深く抉る流れになってしまい、コメント欄が悲しみの声で埋まっていく。
「ま、今年も残り二ヶ月ですけども」
そんな空気のまま、テディは改めて配信画面へ向き直った。
「これプロはこれからも邁進していきたいと――」
「「思います!」」
『生ハモりキターーー!!』
『うおおおおおお!!』
『待ってました!!』
『ここ好き』
その後も配信では初投稿時の裏話。過去動画の振り返り。さらにはSNSに投稿された記念イラストや、他実況者たちから届いた祝福メッセージも紹介されていく。
こうして大盛況のまま、100万人突破記念配信は終わる――誰もがそう思っていた。




