第91話『美少女からの贈り物一つで男はいくらでも勘違いする』
そして放課後。部活を休んだ二人は電車に乗り、この辺りで最も栄えている大舞賀駅へ向かう。
「先輩! 私も熊本君にぴったりのプレゼント見つけられるように頑張ります!」
「……私がいつ彼の名前を出したかしら」
「えっ、あ……すみません」
「……まぁ、雰囲気の参考にすることは許すわ」
反射的に謝る彼女から、カレンはすっと視線を外して先を行く。素直になれないその背中を、翠羽は慌てて追いかけるのだった。
☆彡
小椿翠羽は、入学当初からずっと引っかかっていた。糸哉は、どうしてここまで自分に靡かないのか。
彼はいつも笑顔で、感情の起伏が読み取りにくい。誰に対しても分け隔てなく優しく接するその態度は有難い反面、時折こうも思ってしまう――自分には魅力がないのではないかと。
――それは服部君も同じなんだけど……あっちは単純に女の子が苦手そうだし。
しかしカレンという存在が糸哉の傍に現れたことで、その認識は瞬く間に覆る。
――熊本君は……ブルベ冬骨格ストレート綺麗系のツンデレお嬢様がタイプだったんだ!
脳内でカチッと納得のいく結論が弾き出される。ならばイエベ春骨格ウェーブの清楚可愛い系である自分に強く反応しないのも当然だ――と、翠羽の恋愛センサーはこの時点で大きく反応していた。
カレンはおそらく、糸哉に特別な感情を抱きかけている。そしてそれはあと一押しで恋に変わる段階にある。
――小学生の頃は友達が片思いしてる男子が私に惚れるとか、そんなのばっかりで散々だったし……。今度こそ誰かの恋を応援したい!カレン先輩の恋バナ聞きたい!
半ば願望込みで、翠羽はカレンの味方に回ることを決めた。もっとも当人に恋愛経験があるかといえば、ほぼ皆無だったが。
敦斗との関係もあくまで偽装で、プレゼント選びですら一緒に買いに行った程度である。
それでも、常識のラインだけは辛うじて保たれていたらしい。
「せ、先輩! 買うのは食べ物以外ですよね!?税込み三百円くらいのスコーンのお返しに百貨店はちょっと!」
思わず声を上げる翠羽に対し、カレンは――当然のように高級フロアへ直行しようとしていた。
翠羽はどうにかカレンを説得し、駅近くの大型ショッピングモール『マイガーモール』へと連れ出す。館内には、同じように制服姿の学生たちがちらほら見えた。
「……ここには何があるの?」
「え? 先輩マイガーモール来たことないんですか!?」
「馬鹿にしないで」
「ごめんなさいっ」
カレンは横目で鋭く睨む。その視線の余波で、背後で声をかけようとしていたナンパ男子高校生まで凍りついた。
「友人や両親と映画やランチで何度か来ているわ。九階のブルターニュ料理店のガレットは、なかなか悪くないわよ」
「ぶりゅ……?」
八階と九階がレストラン街だということは知っていたが、翠羽が利用するのはもっぱら三階のフードコートだった。
「……あら? もしかして貴女、上の階には行ったことがないのかしら?」
「ぅっ」
――さすがお嬢様……! 私と行く場所が全然違う……!
思わぬ形で差を突きつけられ、翠羽は改めて育ちの違いを痛感する。
「ま、まずはここどうですか? 最近オープンしたばかりなんです」
「ふぅん……」
翠羽は気を取り直して、新しくできた生活雑貨店へ案内する。カレンはモダンな雰囲気の店内を一瞥したあと、すぐにリードディフューザーの棚へと足を向けた。
――そういえば彼、意外と嗅覚鋭かったわね。
彼女はヘアミストの件を思い出しながら、ふと糸哉の好きな香りを思い出す。
「カレン先輩、ファブリックミストとかどうですか? あ、でもこれも消えものか……」
「ホワイトティーの香りは……あぁ、これね」
「テスターありますよ。よかったら試してみます?」
「えぇ」
カレンは一本のファブリックミストを手に取ると、翠羽はにこやかにハンカチを差し出した。カレンは軽く噴きつけて香りを確かめる。
「ふーん……」
「先輩、この香り好きなんですか?」
「いいえ。前に彼の家でお風呂を借りたときのタオ、ル……」
「……!?」
――え?今なんて?タオル……お風呂!?カレン先輩、熊本君の家でお風呂借りたことあるの? その時のタオルの香り覚えてるの!?
実際には、熊本家のランドリーラックに置いてあった洗濯ビーズを見ていただけなのだが――翠羽の中では、もはや誤差の範囲だった。
「次のお店を案内して頂戴……!」
何事もなかったかのようにミストを棚へ戻すと、カレンは視線を合わせることなく店を後にする。彼女の耳が真っ赤になっていることに気づき、翠羽は内心で悲鳴を上げた。
「あのっ先輩。プレゼントを選ぶ前に、一個だけ確認しておきたいことがあるんですけど……」
翠羽は一度息を吸い、真面目な顔でカレンを見据えた。
「その『男の子』って彼氏ですか?それとも友達ですか?」
「……いいえ。どちらにも当てはまらないわ。借りがある、ただの知り合いよ」
「成程……」
――いやそれ、どう考えても熊本君では!?
喉元まで出かかった言葉を、翠羽は必死に飲み込む。ここで刺激して感情を逆なでするわけにはいかない。ならばと、彼女は切り札を出すことにした。
「その、凄く優しい人なんですよね?だったら、こういうお店も合うんじゃないかなって……」
「…」
翠羽が次に案内したのは、ファンシー文房具店の一角にある国民的人気を誇るキャラクター『スミックマ』のグッズコーナーだった。カレンは自分の反応を窺うように声をしぼませる彼女へ露骨な呆れ向ける。
――熊本君じゃないって言ったのに。『スミックマ』ね……彼もあだ名の由来になるくらい好きで集めているって言ってたわね。
とはいえ実際には、母親の趣味で仕送りに紛れ込んでくる文房具や雑貨をそのまま使っているだけなのだが。
「……そうね。値段的にも、さっきの店よりは現実的だし。少し見てみるわ」
渋々ながらも店内へ足を踏み入れ、一分後。
「……彼の趣味って幼いのかしら」
カレンはピンクを基調としたファンシー全開のクリアホルダーを手に取り、眉をひそめた。
「こっちにも沢山ありますよ!このマスコットバッチとか可愛くないですか? あ、でもちょっと値段が……」
横で翠羽が、比較的シンプルなデザインのボールペンやクリップマスコットを次々と差し出す。
「落ち着いたデザインもあるのね」
――前に借りたTシャツもこんな感じだったかしら……。
スミックマは子ども向けから大人向けまで幅広く展開している。
そのラインナップに感心しつつ、カレンはスミックマがテディベアを抱いたデザインのキーホルダーを手に取る。それを見た瞬間、翠羽はバッと視線を逸らした。
――もう無理……!気づいてないフリとか無理だよ!聞きたい!でも普通に聞いても絶対答えてくれない……!
今のカレンはどう見ても、糸哉へのプレゼントを選びに来ているようにしか見えなかった。
「想定していた値段は超えるけれど、これに……」
「せ、先輩!そのペアキーホルダーは『借りがあるただの知り合い』にはちょっと……その、可愛すぎます!」
――というか先輩も可愛すぎるよぉ……!あわよくば熊本君とお揃い持ちたかったの!?
あまりにも分かりやすい意識の仕方に、胸の奥がむず痒くなる。翠羽は恋愛へ踏み込もうとする衝動を押し殺し、あくまで親愛の延長にある感謝として伝えられる品を選ぶよう導いた。
「――助かったわ。連れ回してしまって悪かったわね」
「いえいえ、全然!」
なんとか無難なプレゼントに着地し、翠羽は内心で大きく安堵する。価値観のズレを埋めながらの買い物は骨が折れたが、それでも充実感の方が勝っていた。
――自覚ナシで始まる恋って、こういう感じなんだ……私もいつかこんな風に……。
お手洗いを済ませたタイミングで、翠羽は思い切って口を開く。
「その『借りがあるただの知り合い』さんも、凄くいい人なんだと思いますけど……熊本君も、その人に負けないくらい素敵な人だと思うんです。一緒にゲームした時カレン先輩とお似合いだなーって……」
「…」
一瞬、カレンの瞳が僅かに見開かれる。それだけの反応で、翠羽は言ってしまったことを早くも悔い始めた。
――踏み込みすぎたかな……!ゴシップ好きみたいに思われたらどうしよう……!
「す、すみませんもう言いません!カレン先輩にはもっとカッコよくて家が太い人の方が釣り合ってますよね!」
「…」
慌てて言い直した翠羽に対し、カレンはむしろ不満を強めた表情を見せる。
――彼女の言う通りよ。なのにどうして……こんなに引っかかるの?
自分でも説明のつかない不満を抱えたまま、カレンはそれを誤魔化すように時刻を確かめた。




