第84話『落下は垂直だけじゃない 前編』
らむらすが『テディクリース』でのストレス発散配信に顔を出す前。彼は自身のチャンネルで『忍兵鬼ごっこ』の配信をしていた。
待機ロビーにはいつも通り五十人の視聴者。各々が好きにバラけ、開始の時を今か今かと待っている。
「はいはいーこんばんはー。やっと登山の熱が落ち着いたわ。カプットまじ神ゲー」
軽い調子で言いながら、らむらすはロビーをぶらつく。視線は特に定まらず、適当に人の間を縫うように歩いて――ふと足を止めた。
「おーインダックス!お前久しぶりじゃん。元気してたか?」
名指しされたのは凛々しいアヒルスキンの『inducks_tory』――その中身である幸樹は、一拍置いてから小さく首を縦に振る。
――久しぶりなのは俺じゃなくて忍兵鬼ごっこだろ。配信でやるの二カ月ぶりだぞ。
そうツッコミたかったが、その役はコメント欄に任せることにした。
『そっちかいw』
『インダックスさんは裏で割といるよ』
『配信が久しぶりなんよ』
案の定、画面の端は賑やかに流れていく。
幸樹はタンドリーとしてこれプロに加入してからも、時折『inducks_tory』というアカウントでこっそりとこの場に混ざっていた。
――隠したままってのも……いい加減マズいか。
頭では理解している。だが同時に、それなりの年月を共にしてきたこの名前を手放すことへの躊躇もあった。
従兄から譲り受けたID。ただの一参加者として、この場所に居られる最後の証。もし打ち明ければ――このアカウントでらむらすの企画に紛れ込むことは、きっともうできない。
――見た目もIDも何でもいいって思ってたのにな……意外と俺このID気にいってたのか。
テディに相談した時も何故か『すぐに言って』と強く迫られたわけではなかった。
ならば、今すぐ言わなくてもいいだろう。らむらすや他の参加者に迷惑をかけなければ問題ない――そうやって、都合よく結論を先送りにしてきた。
そんな曖昧さを抱えたまま、タンドリーのデビューから四カ月が過ぎた頃。らむらすからタンドリー宛てにDMが届く。内容はシンプルだった。
『寺岸神流とアスレやらん?明日二十時』
「…」
――ついに来たか……俺単体での誘い。
テディかホットがいないコラボ撮影は参加できない――そんな印象を持たれるのはあまりにもクソダサいので即座に了承する。
しかも今回は生配信。やり直しも言い訳も効かない、一切の気の緩みが許されない舞台だ。
「タンドリーは配信しなくていいから!それにシェンも裏で添えとくし!」
「誰がパセリじゃ」
「俺も隣でタンポポになっとく!」
「暇だし観てあげてもいいけど?」
仲間の声援を受けながら幸樹は――『諸君!これがプロである!!』のタンドリーとして、大手二人とのコラボに臨むこととなった。
☆彡
「はいこんば……え?」
「お疲……え?」
「あーあー。配信つけました……えぇ?」
「いやアンタだよ」
らむらすとタンドリーはレゾクラにログインしてきた寺岸神流の姿を見た途端、揃って訝しげな声を漏らした。無理もない。もう暦の上では十月だというのに、彼女は堂々と水着スキンで現れたのだから。
「ちょっと男子ー。どこ見てんのよ!」
「そーよそーよ!カンちゃんのペチャパイじゃなくて水着と髪型見なさいよー!」
「らむらす切り替え早すぎるだろ!」
「ワタシの名前はらむてゃよ!?間違えないでっ!」
「ちょっとらむてゃ!今サラッとアタシのバスト馬鹿にしたでしょ!アンタ自分がデカパイのデカケツだからって舐めてると痛い目みっから!」
「デ……ッふふふふふふふ!」
「あっはっはっはっは!」
音速でオネェキャラに転向し、タンドリーへヘイトを逸らそうとしたらむらすの目論見は――同じく即座に適応した神流によってあっさり崩壊した。
「今日は水に飛び込むアスレするって言われたからー」
「成程ね」
「それでわざわざ水着で来たんですか」
「そーなんですよー」
――本当は夏やったレゾクラ配信からスキンそのままにしてただけだけど。
「なら俺も……」
らむらすはひとしきり笑った後、以前リスナーに作ってもらった海仕様の格好に着替えて戻ってきた。
「えめっちゃいい!らむさんも今日のアスレ一緒にやるんですか?」
「しない。俺今日カメラ役」
「じゃあウェットスーツに着替える意味ないだろ。俺ら魚?」
「タンドリーは他のスキンないの」
「俺はこの服しかないんで……」
らむらすが元の服に戻している間、タンドリーのスカイコードにシェンからレゾクラのスキンが送られてくる。『ナイア作』という文を読んで、彼は肩眉を上げた。
――今更変えてもな……。
そう思いつつも中身を確認すると――そこには赤い防護服が入っていた。
――配信中に裏でボケんな!ナイアもどういう状況を想定して作ってたんだよ。
しかも、これプロのロゴ入りという妙な完成度の高さである。
――確かに俺、泳ぐのは好きでも濡れるのは嫌いだけど!ドライスーツ期待した俺が馬鹿だったわ。
「今日はタンドリーと寺岸神流が、雑談アスレしに来てくれましたー」
「いっぱいお話しましょー」
「よろしくお願いします」
内心で盛大にツッコミを入れつつも、表面上は何食わぬ顔で会話に戻る。当然スキンはそのままであった。
「今回二人にはこちらのアスレに挑戦してもらおうかなと。カンちゃんは『バーチカル』って聞いたことある?」
「なーい」
レゾンクラフトの落下型アスレチックマップ『バーチカル』――高所から飛び降り、障害物に当たらず最下層にある『一マスの水』の着水を目指すゲームだ。
落下中には壁から突き出たブロックや複雑な地形が待ち受けており、それらを空中制御で回避する必要がある。
加速し続ける落下スピード。視界をびゅんびゅんと流れていく景色――その疾走感とスリルが人気を博しているアスレチックマップだ。
今回使用されるのは、らむらすが所有するオリジナルのバーチカル(全十二ステージ)。
全てのステージをほぼリスナーと配信仲間三人が不眠不休で作った。というのが裏話で、表向きには『俺とリスナーで作った』『俺が泣きながら夜なべして一人で作った』と語られている。
今回の企画では、そのマップにリスナー七十人を招待。
さらにゲストとして女性ブイチューバーグループ『ユニオンストリーム』から寺岸神流、これプロからタンドリーという中々見ない組み合わせが実現していた。
「あ、タンドリーさん。ウェルテックス祭では大変お世話に……」
「それ二次会でも言ってましたよ。あとそろそろ俺のことは呼び捨てでお願いします」
「出たこれプロルール」
本来、活動者同士の呼び方は関係性や本人の希望に応じて徐々に定着していくものだが――
『年齢非公開の活動者が大半だけど、全員僕らより遥かに年上だから。そんな人たちにさん付けどころか敬語で気ぃ遣われるのってキツくない?この界隈も芸人みたいに上下関係が強いところあるし。色々嘘ついて活動してる立場ってのもあるし……郷に入っては郷に従えで、下手に回っていこう』
――テディの意向により、コラボ相手には例外なく呼び捨て&敬語無しで接してもらうことを共通ルールとしていた。
何故なら『諸君!これがプロである!!』は数字による評価だけが先走っており、この界隈ではまだ駆け出しも同然の新参者だからだ。
敬称付きで呼ばれるほどの立場ではない――少なくともリーダーはそう考えている。
「じゃあタンドリーさん……ドリーもアタシのこと名前で呼んでみてください!」
「!」
しかし神流や爆笑らむらすのように、相手のスタンス次第では空気が一気に砕けることもある。『そっちがタメ口でいいなら、こっちも敬語いらないよ』といった具合に、初対面にもかかわらず、そのままフランクな呼び方と口調で会話が始まるケースも珍しくなかった。
――らむらすと同じ呼び方……は論外だな。無難でいいか。
「……寺岸」
「ふぁっ!」
――声良っっ!
改めて神流が、タンドリーの低く艶を帯びた美声に悩殺されていると、リスナーの受け入れを終えたらむらすがニヤリと口元を歪めた。
「君ら二人、ウェルテックス祭で色々あったらしいじゃん」
「あぁー。ドリーがアタシをらむらすだと思って助けたあの……」
タンドリーがウェルテックス祭のソロマッチで神流を救った場面は、当時の音声ごとこれプロの公式切り抜きチャンネルに投稿されている。
神流はタンドリーがらむらすと同じ感覚で自分を助けていた事実と、彼とキャラが被っていると言われたこと――そのダブルパンチが思いのほか響いたことは、本人だけの秘密にしていた。




