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諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

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 第83話『口下手一家はよく逃げる』

スパム海苔巻き、キンパ巻き、ツナマヨ海苔巻き、照り焼きチキン巻き――カットされた色とりどりの海苔巻きが、ファミリーランチボックスの中に綺麗に並べられている。


「うわ美味しそう……!」


糸哉は思わず目を輝かせる。どれからいくか――そんな幸福な悩みに浸りかけたその時。


「テディお兄ちゃんはこれ」


「え?」


『ズシッ』


目の前に置かれたのは、明らかに特別枠の一品だった。


プラスチックのフードパックに収められたそれは、もはや巻きというより黒い大砲である。マグロ、サーモン、いくら、胡瓜、大葉――豪華な海鮮がこれでもかと詰め込まれ、恵方巻のように極太に仕上げられていた。


「純花が作ったの!」


「おぉ……」


思わず声は出たものの、内心はそれどころではない。


――デカすぎんだろ……。しかもユイガのお父さん、何でちょっと殺気立ってんの?


具材もはみ出しかけているそれを前に、糸哉はそっと山根母へ視線を送る。彼女は全てを察し、にこやかにプラスチックナイフを取り出した。


「食べづらかったら切るよ?」


「あ、じゃあ――」


「待って」


すっと割って入ったのはユイガだった。妙に真剣な顔で、その一本を見つめている。


「これ恵方巻でしょ?切ったら縁切れちゃうんだけど」


「は?」


「だから純花もあえて切らなかったんでしょ」


「……分かってんじゃん」


一瞬の沈黙。そして純花が満足げに呟いた。


「じゃ、じゃあ……いただきます」


『嘘だろマジか。僕だけコレ食うんか』というツッコミをサーモンごと呑み込む。


通りすがりの観光客が思わず二度見するほどの極太恵方巻きに、糸哉は真正面から挑むのだった。


☆彡

ムゴモゴムゴと――どうにかこうにか極太巻きを平らげ、糸哉は小さく息を吐いた。


――ふぅ……かなりギリだ……夕ご飯絶対入んない。


胃袋の中で確かな重量を主張するそれを感じながら、糸哉は静かに安堵する。


そんな彼の内情など知らず、純花はぱっと顔を上げた。


「いつもはね、ご飯食べたら向こうの公園行く」


指差された先を見て、糸哉は固まった。


長いローラー滑り台に、ターザンロープ。中央には大型の複合遊具――子供向けとは思えないほど本格的な設備が並んでいる。


「へー凄っ」


――ヤバい。この状態で走って登ってあの滑り台滑ったら確実にリバースする。


思わず声は漏れたが、内心はそれどころではない。一瞬で思考を巡らせ、糸哉は別の角度から探りを入れることにした。


「ユイガも公園行くの?」


「行く……ここでもゲーム始めたら父さんにインファイトされる」


「草タイプのユイガには効果バツグンだな……」


――僕も電気タイプだから、ぶちかまされたらひとたまりもないし……だったら。


糸哉はくるりと純花に向き直り、にこりと笑って人差し指を立てた。


「僕、今日描くもの持ってきててさ。折角だから純花ちゃんをモデルにしたこれプロの絵、描いてあげようか? シェンとかライアンを紹介した時に描いた感じのヤツ」


「!?」


――え!?!?


これプロや裏プロの初期立ち絵は全てテディが手掛けている。純花も、彼がSNSに上げたイラストは全て保存していた。


兄のキャラデザインが既にあることも知っていたが――自分が描かれる側になるなんて、考えたこともなかった。


「テディ女の子も描けんの?」


「そら描けるよ。ユイガの雌バージョンも描いたげよっか?」


「一生やめて?」


「描いてくれるなら描いて……あ、す、純花の絵の方だからね!?」


「おっけー」


こうして糸哉は、満腹直後の過酷な運動を回避し――山根兄妹に両側から覗き込まれながら、自由帳に線を走らせることになった。


「純花ちゃんはねー。こうこうこうしてあーでこんな感じで……」


下書きもほとんど取らず、みるみるうちに人が形を持っていく。純花が普段描いているものとは、比べること自体が失礼なくらいの画力だった。


「…」


最初は食い入るように見ていた純花だったが、途中でふと我に返る。


――これ純花がモデル!?


一気に恥ずかしさが押し寄せ、ぱっと目を逸らした。


――エグいエグいエグい……テディの生アナログ絵とか、そんなの現実じゃない……!


耳に入ってくるのは家族の声だけ。


「似てるんだけど」

「あら、可愛い」

「こういう絵も描けるのか」


どんな仕上がりなのか、想像だけが膨らんでいく。そして数分後。


「できたよー」


その一言に、純花は恐る恐る目を開いた。差し出されたスケッチブックを見る。


「わ、綺麗な……」


そこに描かれていたのは――しっとりとした色気を纏う、日本画タッチの着物美人だった。


「…」


――純花要素どこ?まさかの実写?


一瞬、思考が止まる。怒るべきか、それともテディの絵という事実に感動すべきか――判断が追いつかない。


「頭の上でNow loadingしてるんだけど」


「純花は本当これプロのテディが好きねー」


「あ、もちろん冗談だよ?」


さらっと言って、糸哉はページをめくる。


「こっちが本命。実は昨日、いくつかラフ書いてイメージ固めてたんだよねー」


二重瞼に、意志の強い赤い瞳。白い髪に、ネズミの耳を思わせる丸いお団子。可愛らしさの中に、どこかクールさも混じる顔立ち――モデルはアルビノのハツカネズミだった。


「『ラクト・アイス』ちゃんです」


「……ラクト?」


「うん。なんか純花ちゃん見たらこの名前が浮かんできた。皆に好かれてる感じとか?」


「……っ!」


糸哉を見たら何かが零れてしまいそうで――純花はただ、逃げ場のように絵を見つめ続けた。


――可愛い……これが、テディから見た私……?


「何でパンツスーツ?俺は作業服なのに」


「あーそれは……前ユイガ言ってたじゃん。純花ちゃんはお母さんがスーツ着て仕事してるとこが好きだって」


「あっ、テディそれ――!」


「え?」


「……っ!」


ユイガが慌てて口を挟むが、もう遅い。純花は声にならない悲鳴を上げ、勢いよくテーブルの下へと潜り込んだ。


「……ちょっと飲み物買ってくるわね」


頬を赤くした山根母がぽつりと呟く。目の前に水筒があるにもかかわらず、彼女はそれを完全に無視して立ち上がった。


「……髪型が少し子供っぽすぎるんじゃないか」


残された空間に、なんとも言えない空気が流れるが――沈黙を破ったのは山根父だった。


「あー。スーツも検察官イメージでデザインしちゃったから余計にお団子ヘアが浮いてるかも……でもラクトはこの髪じゃないとなー」


「職業が検察官なら猶更フォーマルな髪型にするべきだ」


山根父は腕を組み、しばし思案するように視線を泳がせる。


「例えばローポニーとか、下ろしたままとか、ハーフアップとか……」


「ふむふむ」


ぽつりぽつりと挙げていくその髪型は、どこか具体的で――


「お団子にしなくても、可愛い髪型はいくらでもあるだろう」


――その言葉に、財布を忘れて戻ってきた山根母がぴたりと足を止めた。


「あなた、それ……付き合ってた頃に私がよくしてた髪型……」


「…」


一瞬で空気が固まる。出産を機に定着した彼女のショートヘアが、ふわりと海風に揺れた。


「……ちょっと過去を買ってくる」


「え、あなた!?」


山根父は耳まで真っ赤に染めたまま、現実逃避をしに行ってしまった。


――あ、待って。今チャンスじゃない!?


両親が揃って席を外したその瞬間。好機と見たユイガは即座にタブレットを取り出して音ゲーを始めた。一方で純花はリュックを開け、大事にしまっていたお土産を取り出す。


「これ……修学旅行の、です」


「えーお土産まで……ありがとう。じゃあこの絵も、ちゃんと色塗って綺麗にしてから」


「ううん!このままでいいから……これ、ください」


お土産と引き換えに渡されたスケッチブックの一枚を、純花はまるで壊れ物のように扱いながら――丁寧にリュックの内ポケットへとしまい込んだ。


その絵がどこかユイガと似た雰囲気を持っていることに気づくのは、もう少し後の話である。


「はちみつチーズケーキ味の八ッ橋だー!黄金色で僕カラーだね」


「んんっ」


その一言に、純花の胸が小さく跳ねた。意識していたことが本人に伝わった事実が嬉しくて――勢いのまま言葉が零れる。


「熱出てた時……助けてくれて、ありがとうございました」


「えっ……ああ。どういたしまして」


少しだけ意外そうに、それでも自然に返される言葉。


その笑顔にはどこか『今さら?』とでも書いてあるようで――それでも、ずっと胸に引っかかっていたものは確かに消えた。


――でも何で?全然落ち着かない……。


名前のつかないそれを抱えたまま、純花は糸哉のお絵描きを見つめ続けるのだった。

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