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諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

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 第82話『山根純花はお礼がしたい』

ユイガと同学年、年子の妹である純花(すみか)には一つ心残りがあった。


約半年前(11話参照)。熱で倒れかけた自分を、通りすがりの糸哉が家までおぶってくれた――あの時の礼を、まだきちんと伝えられていないのだ。


三カ月前の参観日(46話参照)で再会は果たした。だが緊張に気を取られ、結局その話を切り出せなかったのだ。


――お兄ちゃんがちょっと顔見て話しただけで帰るって言うから……まぁ終わるまで待ってても構ってもらえるかは微妙だったし。しょうがなかったけど。


そう自分に言い訳はできたが、胸のつかえは残ったままだ。


――別に、会わなくても伝える手段はあるけど……。


『テディ』のSNSのDM(ダイレクトメール)、兄のPCを借りて通話。文章で一言『ありがとう』と送ればいい話である。それでも純花は、どうしてもそうする気になれなかった。


理由は上手く言葉に表せない。ただあの件だけは、顔を見て直接伝えたいと思っていた。


その想いは消えないまま――修学旅行の最中ですら、彼女の頭の片隅に居座り続けている。


そんな折、一人でデジカメを片手に、やたらと写真を撮り歩いている(ユイガ)を発見。


ユイガはこれプロの裏スタッフであるナイアの依頼で、古都の街並みや神社仏閣の資料写真を集めていた。


――背景の参考にしたいんだっけ……何の企画で使うんだろ。


血を分けた妹に気づいても、彼は一瞥すらくれない。視線はずっとファインダーの向こうだ。


「……俺テディに抹茶のバームクーヘン買ったから。被せないで」


「ん?」


「お土産」


それだけ言い残し、さっき人が多くて撮れなかった場所へと戻っていく。純花はしばらく、その場で立ち尽くしていた。


「純花ー!こっちー!」


「……あ、はーい!」


友人に呼ばれてようやく我に返り、移動中のバスでは寝たふりをして考え込んだ。


――そっか。お兄ちゃん来年からこれプロだから……テディに直接お土産を渡せるんだ……。


純花にとって糸哉は、ただ一つ上の男子ではない。


大人気ゲーム実況グループ『諸君!これがプロである!!』の『テディ』――その本人だ。


けれど、その『テディ』の中身が、比較的近くに住む中学生の糸哉であるという事実は、まだ彼女の中で上手く結びついていない。


ついでに、来年三月からゲームと勉強以外何の取り柄もないあの実兄がメンバー入りする事実にもついていけていない。


――やばい……お土産……!ママとおじいちゃんおばあちゃんの分しか……。


お小遣いの上限があるため、家族の分は事前に兄妹で分担していた。


兄は父と父方の祖父母、純花は母と母方の祖父母――それぞれの分を用意すると。


――お金足りるかな……でもお土産があれば直接渡しに行けてテディと話せる……。


頬にじわりと熱が集まる。まだ純花の中で、糸哉は『超最高の推し』という色合いの方が強い。


――買おう。お兄ちゃんが用意してて私が無いなんてあり得ないし。足りなかったらお兄ちゃんからふんだくればいいし。


そう決めた瞬間、迷いが消える。純花は残りの修学旅行の間、できるだけ多くの土産物店を巡ることになるのだった。


☆彡

修学旅行が終わり、帰宅してすぐのことだった。純花は母の前でボストンバッグのファスナーを開ける。


「これママのあぶらとり紙。で、こっちがじーじとばーばの抹茶最中」


「ありがと……ん?その袋は?お兄ちゃんの?」


「っ」


不意に核心を突かれ、純花の肩がぴくりと揺れた。心の準備もないまま見つかってしまい、気まずそうに視線を泳がせる。


「……テディ、の」


少し間を置いてから、たどたどしく名前を出すと、母の表情がふっと柔らぐ。


「純花も買ってたの」


「ぅ……」


純花は視線を逸らして逃げ道を探す。彼女の温かい目が、今は少しだけ居心地が悪いと感じた。


「お兄ちゃんが渡す時に、一緒に渡す……」


そう言ってその場を離れようとした時、母がふと思いついたように声を上げた。


「ねえ。糸哉君にはママもちゃんとお礼したいなって思ってたの」


「え?」


「今度、海行くとき糸哉君も誘わない?」


「!?」


純花は思わず顔を上げる。山根家では春と秋に一度ずつ、車で三十分ほどの場所にある海の見える道の駅へ出かけるのが恒例だった。


食堂で昼を済ませることもあれば、余裕があるときは弁当を持参して、ちょっとしたピクニックになる。そんないつもの家族行事が――


「糸哉君の分の海苔巻きも作ってあげようか」


「作る!」


――推しとのお出かけに早変わりした。


ただ土産を渡すだけじゃなく、一日一緒に過ごせるかもしれない。そんな妄想だけで純花の心臓がバッコンバッコンと暴れ狂う。


――でもテディ編集で忙し……いやっ!インドアで旅行も滅多に行かないって言ってたからリフレッシュさせないと!ブログのネタにもなるし。お兄ちゃんが一緒なのは不本意だけど!


ぐるぐると思考を巡らせながらも、結論は決まっていた。


その話を兄にも伝えると、彼もまた似たような思考に辿り着いた末、賛成に回る。


そして当日。メンバーの母親からの誘いを断るという選択肢は、糸哉の中には最初から存在しない。


「こんにちは。今日はありがとうございます」


二つ返事で了承した彼は、自宅まで迎えに来た山根家の車に乗り込むのだった。


父が運転席、母が助手席。後部座席には子供たち三人――そして当然のように、糸哉は運転席の真後ろに座らされていた。


前の席では、両親がちらりとバックミラー越しに様子を伺っている。


――私も糸哉君と色々話してみたいけど……二人が独占しちゃうかな?


普段なら後ろの二人は無言で、それぞれ音楽かこれプロの雑談配信をイヤホンで聞いている。


――取り合いで喧嘩しないといいが。


両親の期待と不安が漂う車内で、ユイガが口を開いた。


「テディって乗り物乗るとすぐ寝ちゃうって本当?」


「え!? あ、まぁ……本当」


「全然寝ていいから!」


「いやいや。今日は起きてるよ? 昨日ちゃんと寝たし」


「「えぇ……」」


「な、何で二人とも『寝ないのかよ』みたいな顔してんの!?」


兄妹そろっての落胆顔に、糸哉が思わず声を上げる。


「……糸哉君」


その時、低く落ち着いた声が運転席から飛んできた。


「実況と学校生活で疲れているだろう。遠慮せずゆっくりしていなさい」


「全然寝ていいからね」


「そ、そんなお父さんお母さんまで……」


山根家全員の許可に挟まれ、糸哉は一瞬だけ抵抗の姿勢を見せたが――すぐに観念した。


――まぁ正直助かるぅ……。


「……寝た?」


「うん。即寝」


目を閉じてから鼻ちょうちんを膨らませるまで十秒フラット。配信で聞いた通りの寝姿を目の当たりにし、兄妹は満足げな表情を浮かべた。


☆彡

「――テディ着いた」


「ん」


ユイガに軽く肩を揺すられ、糸哉はゆっくりと目を開ける。


――マジで寝てしまった……これ帰りも寝かせられるヤツかな。


到着したのは『道の駅大舞賀(おおまいが)』。海に面したその場所は平屋ながら開放感があり、目の前には一面の海が広がっていた。


建物に入ればすぐに直売所があり、地元の特産品や名産品が並ぶ。新鮮な野菜や魚が所狭しと並び、奥にはドリンクやアイス、ワッフルなどを扱うテイクアウトショップ。さらに食堂では、海鮮を中心とした定食や丼が楽しめる。


「糸哉君って家事もしてるんでしょ?帰りにお野菜も買ってく?」


「はい!さっきチラっと見えたんですけど、玉ねぎ一個二十円って破格すぎません?」


「そうそう!ここ野菜も魚も安いの!鮮度も良いし!」


「テディこっちこっち!」


兄妹に引っ張られるようにして、糸哉は建物脇の展望スペースへ向かう。


ベンチが並ぶそこは、海を一望できる特等席だった。


潮の香りと、穏やかな風が肌をかすめる。九月末の晴れ空はどこまでも高く澄み、真夏の熱気をすっかり洗い流した海が静かに陽光を返していた。


「海……!綺麗だねぇ……晴れててよかった」


「ここ、パパとママの思い出の場所だから」


「へーそうなんだ。いいね」


「…」


――違う。声も見た目も全然『テディ』じゃない。ただのそこら辺にいる知らない人なのに……。


海を眺める糸哉の横顔を、純花はそっと盗み見る。


本来ならこの後に『ここでパパがママにプロポーズしたの』と言おうと思っていた。


しかしいざその瞬間になると、喉の奥で言葉が引っかかってしまう。代わりに胸の鼓動ばかりがうるさくなって、どうしても口に出せない。


――え?あれ?ただパパとママの惚気を話すのが恥ずかしくなったとか……そうだよね?


逃げるようにその場を離れ、純花は両親の元へと向かう。今日はいつもより早起きして、母と一緒に弁当作りをしてきたのだ。


――とにかく、このスペシャル海苔巻きとお土産で感謝を伝えなくちゃ!

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