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諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

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 第78話『熊本糸哉の災難』

職員会議で部活はなく、しかも五時間目までの短縮日。糸哉は上機嫌で給食室前の掃除をしていた。


――サトナの新シーズン楽しみー。早く全部終わらせてやらないと……!


ここでいう『新シーズン』とは、ゲーム内容が大幅に更新される節目のことだ。テーマやマップ、武器が一新される言わば特大アップデート。武器の強化や弱体化も入るため、上位を狙うプレイヤーにとっては見逃せない一大イベントである。


――やっぱダブルハマーショットガンはナーフ(下方修正)されちゃうかな。あれ鬼強かったもんなー。


そんなことに気を取られ、珍しく注意力が散漫になっていた。


『――ターゲット。細目媚売り畜生カス野郎を確認』


『これより捕獲に移る』


「……!?」


不運にも、彼が狙われたのはその瞬間だった。


☆彡

「もう終わっていいよね。(すい)ちゃん行こ」


「うん」


同じ掃除班の翠羽は草重(くさしげ)とほうきを片付け、並んで教室へ戻る。


糸哉の不在に気づいたのは、SHR前に配られたプリントを整理している時だった。


――あれ?熊本君まだ戻ってきてない……?


「……小椿さん。テディ腹痛くてトイレ行ってるから。帰りの会の号令お願い」


「あ……!分かった」


絶妙なタイミングで、同じ掃除班の(うしお)から伝言が入る。翠羽は頷き、心の中で号令の流れをなぞった。


「――起立。気を付け。礼」


「「さよーならー」」


委員長としての役目を終えても、糸哉が戻ってくる気配はない。一体どれだけ酷い腹痛に悩まされているのか――翠羽の表情はみるみる曇っていった。


「……いやおかしいって!」


当然、登下校が同じ敦斗は違和感を覚え、幸樹を巻き込んで糸哉を探しに出る。翠羽も同じ学級委員として、その捜索に加わることにした。


――あと今日は用事もないし。


「熊本君も私も給食室前の掃除だっから、そこら辺のトイレにいるのかな……?」


翠羽の情報を頼りに敦斗と幸樹は男子トイレへ、彼女は給食室周辺を捜索する。


「いた?」


「いや……幸樹は?」


「全然。ワンチャンすれ違ってんじゃねぇの」


しかし糸哉の姿は見当たらない。三人がひとまず教室へ戻ろうとした、その時だった。


「ヘイ、そこの三人!」


「待ちな!」


やや甲高い男の声が、行く手を遮る。


翠羽が思わず言葉を失ったのは――目の前に現れた男子二人が、揃ってマーモットの被り物をしていたからだった。


「ぐっふっふ……テディは俺らと遊んでから帰るから」


「このまま帰ることをオススメするぜ」


「だ、誰!?」


「しかも同じ声……」


顔は隠れているが、背格好も声質もよく似ている。翠羽と敦斗は困惑の色を浮かべるが――


左沢(あてらざわ)兄弟じゃねーか。まだハロウィーンには早ぇぞ。そんな仮装で茶番やってる暇があんならとっとと帰れ」


「「ギ、ギクーッ!」」


――その空気を、幸樹の一言が打ち砕いた。


「あ、ホントだ。名札つけたままだから苗字が……」


「「し、しまった!」」


あっさりと化けの皮が剥がれた双子だったが、それでもなお食い下がる。


「この学校で俺らを完璧に見分けられるのは、お前とテディだけだがよぉ」


「顔を隠した状態で、どっちがどっちだか分かるかな!?」


息ぴったりのポージングで、幸樹に照準を合わせる。


敦斗と翠羽は内心で『左沢兄弟は俺に任せて、お前らは教室に戻れ――とか言い出すやつでは?』などと期待していたが――


「そっちのなんちゃってサイドチェストが兄で、モストマスキュラーもどきが弟だろ」


「即答だと!?」


「兄ちゃん!俺コイツ怖い!」


――幸樹は眉一つ動かさず、正解を言い当てた。


「ええっ!幸樹ヤバ!凄ぇ!」


――いつもビビるくらい周囲に無関心なのに!


「何で分かるの!?」


――ねー!ドライすぎてクラスメイトのこと風景だと思ってる感じあるのに!


「……おい。今失礼なこと考えてただろ」


敦斗と翠羽が同時に目を逸らすと、幸樹は舌打ちしながら弟の被り物を引き剥がす。


「イヤーッ!」


「もういいだろ? テディどこだ。連れてけ」


「っちきしょう……」


「視聴覚室だよ!」


兄は慌てて被り物を奪い返し、弟を引き連れて撤退した――とはいえ。


「あっ行っちゃった……」


「ん?幸樹、視聴覚室ってあっちだよね?」


「また出くわすじゃねーか」


三人はため息混じりに廊下の向こうを見つめる。その先には面倒ごとの気配がじわりと広がっていた。


☆彡

「……?」


糸哉が重たい瞼をこじ開けると、視界は暗かった。窓は厚い暗幕で覆われ、昼か夜かも判別がつかない。


――ここどこ……何時……。


嗅ぎ慣れたあの独特な匂いに、年代物のエアコンの冷気が混ざる。背中にはカーペットのやわらかさが伝わってきた。


――人の気配はない……。視聴覚室かな、っ……痛。確か掃除中、籠目(かごめ)君に鳩尾を殴られて……しかも拘束されてんじゃん。


糸哉は冷静さを取り戻しつつある頭で状況をつなぎ合わせ――掃除中に籠目から鳩尾へ一撃を受けて気絶し、この視聴覚室に閉じ込められたのだろうと推測した。


――同じ掃除班の潮君も共犯臭いな……それにここも一年二組の掃除範囲だし。


糸哉はこの視聴覚室の掃除担当の男子と、籠目と潮の共通点を洗い出す。


そして今この場に誰もいない以上、まだ帰りのSHRの最中なのだろうと当たりをつけた。少なくとも、放置している間に自分を熱中症に陥れるつもりはないらしい。


妙に行き届いた配慮が、かえって気味の悪さを際立たせていた。


――こんなことでシェンの力を借りるのもアレか……。


手足を椅子に括り付けられたまま、糸哉はどうにか抜け出そうともがく。主犯が自分のクラスメイトである可能性が高い以上、委員長である彼は事を荒立てるわけにもいかなかった。下手をすれば自らの監督責任を問われかねないからだ。


そんな事情から――状況が動くまでは大声を上げず、ただ黙々と縄と格闘し続けた。


『キーンコーンカーンコーン……』と終礼のチャイムが鳴り、それから数分後。


複数の足音が、視聴覚室の前でぴたりと止まる。


横たわったままの糸哉は薄く目を開け、気配の正体を確かめようとしたその時。思わず声を上げそうになるほどの驚きが走った。


――えぇー何の冗談?


周囲を囲むのは、異様な集団だった。


小さな鼻と前歯が覗く、無機質な栗鼠(りす)面――マーモットの被り物をした男子生徒たちが、無言でこちらを見下ろしている。


――確か六月頃だっけ。演劇部が『101匹マーモット』って劇やってたな……そっから失敬したってことは。


『起きろテディ――いや熊本。これより尋問並びに拷問を開始する』


「その声は籠目君……と、ってうわ。マーモット結構いる……その被り物は演劇部の備品だから、少なくとも部員の月下(げっか)君と泰田(たいだ)君と、視聴覚室の掃除担当だった縄帯(なわおび)君と日新(にっしん)君は一枚噛んでるね?僕が一体何したってんだい」


『報告通りの図太さだな。この状況が理解できていないのか罪人』


「ブーメランだよ!」


軽口を叩きながらも、糸哉は足を動かそうとする。だが、きつく結ばれた縄が容赦なく自由を奪った。


『どうして自分がここに連れて来られたか分かるか?』


「分かりたく、ないなぁ……」


『仕方ない。最低最悪の危険分子であるお前に、直々に説明してやろう』


マーモットの被り物で顔を隠した籠目が、やけに仰々しい口調で続ける。


『来週のLHRは後期の委員会決めだ。調査によれば、小椿さんは一年を通して学級委員長を務めたいと希望しているらしい。そして……お前も兼任する気でいるとタレコミが入った。事実か?』


「まぁ……」


――そう小椿さんにお願いされたのは黙っておこ。


ここまでの情報から導き出される、一年二組の男子の共通点――それは『小椿翠羽の熱狂的なファン』であること。


『まるでメジロのように愛くるしい小椿さんと前期に続いて後期まで同じ席に収まろうなど言語道断!その愚かな考えを撤回した後に灰となれ!』


「愚かなのはどっちだよって言いたいけど……他の皆はそれでいいの!?僕が小椿さんに対して無害な存在なのは約四カ月の間で証明されたんじゃない!?」


糸哉は神経を逆撫でしない言い回しを選ぶが――


『うるさい黙れ!』

『そうだ!後期こそ代われ!』

『とにかく許せねぇんだよ!』


――マーモット軍団の炎は、そんな配慮で鎮まるほど甘くなかった。


『ここで辞退を宣言しろ。さもなくば八等分の刑に処す!』


「それ物理的な意味での八つ裂きだよね!?」


周囲のマーモットたちも一斉に同調する。


『お前を文字通り置物にしてやろうか……』

『死の鉄槌を下したい!』

『この憎き性格ブス野郎に制裁を!』


「悪意・偏見・妬み全部マシマシで殺意はチョモランマだぁ……」


あまりに赤裸々な主張にもはや恐怖は薄れ、糸哉の視線には憐れみの色が宿っていた。


「僕は一クラスメイトとして極力君らを刺激しないよう努力してきたつもりなんだけどな!?てゆーか小椿さんは敦斗の彼女――」


『ヒュッ』と空気を裂く音と共に、何か糸哉の頬すれすれを掠める。


「……!?」


一拍遅れて、それがビューラーであると認識した。


――理解が追いつかないよ!学校になんてもん持ってきてんの!?

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