第72話『熊犬鶏に続く猫』
「――てことで、新メンバー(準備中)のユイガ君です!拍手ー!」
「ユイガー!いらっしゃい!」
「よろしく」
「……どーも」
一週間後。ボイスチャットアプリ『スカイコード』にて、テディはホットとタンドリーへユイガの正式加入を報告していた。
当の本人――ハコビネコ・ユイガは、ウェルテックスで顔を合わせた時とほとんど変わらない。
黒と緑を基調とした配達員風の長袖制服に、黒のスニーカー。同系統のキャップを深くかぶり、長い黒の前髪で猫目をさらに隠している。モデルはボンベイだった。
「タンドリーの字幕が赤で……ユイガは?」
「緑だけど」
「得意なゲームは?」
「FPSやストラテジーゲームも好きだけど……絶対に負けないのは音ゲー」
「ユイガは俺らのことどれくらい知ってんの?」
「三人の本名と大舞学園中等部一年生ってのと割と近くの実家に住んでることしか知らない」
「ほぼ全部じゃねーか」
「ガチの配達員なの?」
「ううん。ユイガのジョブは僕が直感で決めた」
「テディかよ」
「ユイガユイガ!じゃあ――」
「まだあんの?」
三人より一回り小柄な無口の青年に、ホットの興味は尽きない。初対面の黒猫を見つけたダックスフンドさながら、遠慮もなく追いかけ回す。
その様子を、鶏とテディベアはいつもの表情で眺めていた。
「ユイガもボイチェン使ってんの?」
「身バレ怖いから」
「どこ住み?」
「……皆とそれほど遠くない場所。それ以上は秘密」
「同い年?」
「はぁ?違うけど?この世界において年齢とか関係ないし歴でマウント取りたいなら先輩のやり方に合わせますけど?」
「急に牙見せたな」
「別に普通でいいよ……!地元近いならさ、今度集まってユイガの歓迎会する?」
「暑いしぬヤダしぬ無理しぬ」
「そんなに!?」
「あはは僕と一緒」
「お前も夏苦手なのかよ」
「なら秋頃に……」
「ホットの近くいたら女の人にジロジロ見られて絡まれるし盗撮に巻き込まれる」
「そ、そんなことは……ねぇ二人共?」
「それだけじゃねぇ。ホットと間違えて触られたうえに叫ばれて周りから痴漢扱いされるぞ」
「あれは理不尽が過ぎたよねー。僕らが中学生じゃなかったらお縄だったよ」
「絶対リアルでホットに会いたくないんだけど。見つけても話しかけないで」
「ううっ……こんな顔でごめん……二人もいつもホントごめん……」
ホットが自滅気味に撃沈し、質問コーナーは終了する。
ユイガは自分が一つ下であること、シェンのマンションの近くにある実家に住んでいること、そして大舞学園を受験予定であること――それらをひとまず、ホットとタンドリーには伏せておくことにした。
――まだテディ以外には話したくない……怖いし。あくまでこれプロの一員として接してほしいし。
「チャンネル開設三周年でお披露目する予定だから、まだ当分三人実況にを続けるけど……まぁそれまで何回か、練習も兼ねて撮影に参加してもらうよ」
「えっ来年!?」
「俺の時は速攻で出した癖に」
「タンドリーはご両親のブーストがあったから……。ホットが今年の三月でタンドリーが六月にデビューしたでしょ?これ以上これプロが変わると視聴者もビックリしすぎてついてこれなくなっちゃうよ」
「俺も同意見。俺がリスナーの頃はタンドリー加入からのウェルテックス祭出場だけでいっぱいいっぱいだったし……。だから来年でいいって言ったの」
――よし。これで『受験だから参加できない』って理由は誤魔化せた。
そして話題は自然と、テディとの付き合いの長さの話へと移っていく。
「ホットってまだテディと一年ちょっとしか付き合いないんだ。俺はこれプロチャンネルが開設した年から追ってるからもう二年超えてるけど?」
「で、でもネットの話でしょ?リアルテディ込みだと俺の方が濃いから!」
「……俺は部活も一緒で定期配信も一番多く出演してるけどな」
「み、皆!いかに僕と付き合いあるかでマウント合戦しないで!」
「おめーらなんしょん。俺の前で頭が高ぇぞ跪け」
「シェン!煽ってないで流れ変えてよ!」
テディがどこかヒロインめいた台詞を口にした瞬間、シェンが堪えきれずに参戦する。
そして――
「ではテディクイズ第一問」
――半ば強引に、自分に関するクイズを出題することで場を収めた。
「僕が読書感想文に選んだ課題図書でも当ててもらおうかな。選択肢は三つね」
「「うわ」」
絶妙な難易度でタイムリーすぎる内容に、学生三人は揃って渋い顔をした。シェンも仕事の片手間に、中学生の課題図書を検索している。
「A『放課後、音楽室の窓からだいだらぼっち』。あらすじは『周りに馴染めず、読書が日課の少年ケビン。ある日、窓の外の空を巨大なだいだらぼっちがバタフライで泳いでいるのを目撃する。二人は現実の窮屈さを忘れるため、とあるゲームを始めることに――』って内容。亜米利加が舞台の青春譚かな。少年少女のひと夏の成長物語みたいな」
「テディそれ読んだの?」
「課題図書は全部読んだよ。クラスの皆がだいだらぼっちのために校庭にツイスターゲーム作るシーンが面白かった」
「あっネタバレ」
「どういう状況でそうなった?」
ユイガが尊敬の眼差しを向け、タンドリーが物語にツッコミを入れ、ホットがネタバレだと騒ぐ中――テディは構わず、次の課題図書を挙げた。
「B『つぶこし戦争~つぶあん派とこしあん派の徹底抗戦~』あらすじ『日本は【粒あん派】と【こしあん派】に分かれ、互いを否定し合う戦争が続いていた。そんな中、あんこを好きになれない姉弟・裕子と佐吉は、徴兵や空襲で離れ離れになった両親を探すため、故郷を離れることを決意する。旅の途中で出会うのは、つぶあん派だけれど白あんも好む人、こしあん派なのにたい焼きは粒あんが良いと嘆く人、そして二人と同じく、どちらも選ばなかった人々――。分かれた世界を生き抜く、少女と少年の旅と成長の物語』って内容」
「ふざけてんのか?」
「タンドリー?ストレートな酷評やめてね?」
「俺これで感想文書こうかな……あんこ嫌いとか分かりみしかない」
「ホットも良い感想文書きそう」
「うぐいすあんも白あんもこしあんよな……ならこの戦争、止められるのは小倉あん派か?」
「シェンもネタバレサイトで満足しないでたまには本編読みなー?」
「『違いの中で現実と正しく向き合い、生きることを描いた物語』……って紹介文はいい感じに書いてるけど……テディどうだった?」
「ハンバーグや豚の角煮にこしあんを乗せて食べるって理由で追放されたお姉さんが姉弟を助けるシーンはアツかった」
「あ、それは追放なんだ……」
「逆に真のこしあん好きとして崇拝されそうだけど」
「は?全ての食材に対する冒涜だろ」
タンドリーが戦争を起こす前に、テディはさっさと最後の課題図書を読み上げる。
「C『キオノフォビアと銀花』。あらすじは『小学生の頃、ある出来事をきっかけに雪に強い恐怖を抱くようになった少女・穂高。雪とは無縁の土地で、中学生活を静かに過ごしていた。ある日、クラスメイトの白洲が描いた一枚の絵を見つける。思わず綺麗と口にする穂高。だが彼の描いていたものはあまりにも精緻で、触れれば呼吸ひとつで溶けてしまいそうな雪の結晶だった――。壊れそうなほど繊細で、それでも確かに残る、ひと冬の青春の記録』って内容」
「雪恐怖症……?」
「割とあるらしいよ」
「えっ最後めっちゃよさげじゃない?」
「ボケはなかったね」
「これ穂高は克服するの?」
「それは……まぁ、ユイガも読んでみて。個人的に」
「Aでだいたらぼっち、Bはあんこ戦争、ならCは……白洲が最後裏切るな」
「どうにかしていちゃもんをつけようとしないでよ」
テディがシェンを咎めたところで、回答フェーズへと移る。ホットとシェンはB、タンドリーとユイガはCを選んだ。
「テディは絶対Bのつぶこし戦争だろって!」
「読書感想文ってこと理解してる?Cの雪恐怖症しか有り得ないんだけど!?」
「正解は――」
テディは一拍置き、貸し出し中の一冊へと目をやった。
「――A!『放課後、音楽室の窓からだいだらぼっち』でしたー!」
「「はぁー!?」」
「えーっ!?何で大ブーイング!?」
真っ先に切り捨てたAが正解だと知り、四人は一斉に不満をぶつける。テディは慌てて、その理由を説明した。
「Bはラストが……」
「あ、ごめんホント待って。俺これ読むから」
「分かった」
ホットの制止を受け、テディは口をつぐむ。
『姉は弟を逃がすため、自らこしあん派に身を置くことを選ぶ。しかし逃げ延びた弟は記憶を失い、粒あん派のもとで保護される』――そんな衝撃の結末はホットを除く三人にだけ、チャットでしっかり共有された。
「Cは開いたら劣化臭?で牛乳臭くて……」
「「は?」」
「読了したけどそれしか印象残らなかった……」
「嘘だろテディ……」
「消去法マジか」
結局――テディを本当に理解できる者は、未だ現れないのであった。
『つぶこし戦争~つぶあん派とこしあん派の徹底抗戦~』は続編があります。でもバットエンドです。




