第71話『これ以上ない提案』
「僕も最初はオンライン上のゲーム友達として接していたんですけど……遊ぶ時間が増えるにつれ、ユイガとの関係を発展したいなって思ったんです。それを実行に移したのが……今年の一月頃でした」
「……!」
――まさか……でもそれなら全ての謎が……いやでも、そんなことがあっていいのか……?
糸哉は自分の正体を明かし、山根父がその事実を呑み込むのを待ってから続ける。ユイガを自分のゲーム実況グループに誘いたい旨を切り出し、これまで整えてきた条件を一つずつ説明した。
自分自身も中学一年生として学業と部活、活動を両立していること。
チャンネルの所有権は父の知人にあり、その人物が運営とコメント管理を一括して担っていること。
メンバーは全員同い年で、大舞学園に通う生徒であること。
身元が特定されないようボイスチェンジャーを使用し、SNSの代わりにブログで情報発信を行うなどの対策を取っていること。
さらに学業と私生活を最優先とし、過度な撮影は行わない旨の同意書を交わしていること。
チャンネルはその知人によって法人化され、税務処理も適切に行われていること――そして後日、責任者本人を交えて改めて説明の場を設ける意思があることも伝えた。
山根父は一つひとつを確かめるように問いを重ねる。
「責任者はその知人か」
「はい。連絡先もお伝えできますし、より詳しい点は直接ご確認いただければと思います」
「今は週にどれくらい時間を割いているんだ?」
「週二日で二、三時間くらいです。まぁ二人共ゲーム好きなんで、撮影外でも結構やってるっぽいですけど。それでもし成績が落ちたら参加を停止する契約になっています」
「収益の扱いは……その知人に聞いた方がいいか」
「あ、電話しましょうか?多分出れますけど」
「……いや。後日、妻も同席した上で聞こう」
山根父はここまでの話を聞き終え、内心で小さく唸っていた。
――ものっ凄いしっかりしてる……最早趣味の延長じゃないな。しっかりしすぎて逆に怖い。この子本当に十三歳か……?
責任者の入れ知恵があるにせよ、それだけでは片付けられない。
糸哉自身があらゆるリスクを理解し、自分の言葉で組み立てているからこそ成立している提案だ。完成度は舌を巻くほどに高い。
何より大きいのは、十三歳の彼がこの話を主導しているという事実だった。本来であれば最大の障壁となるはずの年齢が、寧ろ説得力として機能してしまっている。
――いくらなんでもウチの息子には早すぎる年齢だ。という断り文句が使えないとは……恐ろしいな。ここまでの話を、初対面に近い大人相手にここまで通してくるか……。
純粋に感心せざるを得ない。だからこそ山根父は昼食も忘れ、糸哉の話を最後まで聞き続けた。
――仮にあの子がいずれ配信をしたいだの、どこかの企業に声をかけられただのと言い出す可能性を考えれば……同じ土俵の中でも、管理の行き届いたこの環境に置く方が遥かに安全だ。
野放しにするよりは、よほどリスクは低い。
「驚いたよ。君との話だけでも、十分検討に値する内容だ」
「あ、ありがとうございます」
「ただ」
山根父は表情を崩さぬままゆっくりと口を開く。その声音には、揺るぎのない硬さが滲んでいた。
「ネットでの活動はトラブルの温床になりやすい。あの子は不登校も経験しているからな……君たちと同じ基準で考えるのは難しいかもしれない」
「SNSやコメントの管理はすべて責任者が行っています。過度な発言については統制されますし、内部でもお互いにケアし合う前提で活動していきます」
「あの子が学校に通えなくなった理由は知っているか」
「……様々な要因が重なってしまったとだけ、聞いています」
「話していれば分かるだろうが、あの子はお世辞にも人付き合いが得意な方ではない。人見知りで頑固で負けず嫌い。どこで身につけたのか、言葉の選び方も鋭くて……」
「僕はユイガのああいう尖り、結構いいなって思ってるんですけど……」
「そういう見方ができる人間は限られている」
『テディも面白いけど二番目ではないって言っとったが』
「…」
糸哉のフォローは二人の大人に一蹴され、彼は黙ってミルクコーヒーを飲むしかなかった。
「周りの空気を読むのも得意じゃない。だからクラスという集団の中ではどうしても浮きやすい……結果として、ネットに居場所を求めた」
山根父は視線を外さず、問いを重ねる。
「そんな状態のあの子が、君たちのグループに見合っているとは思えない。父親として言わせてもらうが、まだ未熟すぎる」
「っ!それは――」
「親父に言われることじゃないんだけど!?」
糸哉が感情を乗せかけたその時。テーブルの下から声が被さり――ぴょこっと、ユイガが隣に現れた。
「えっユ、ユイガ!?」
「……!?」
――気配がなかった……またこそこそ盗み聞きして。
父の表情が驚きから怒りへと切り替わる寸前、ユイガは塾で発行された志望校判定模試の結果表をテーブルの上に叩きつけた。
「……正論だよ。俺だってそんくらい分かってる。だから主席取る気で受験勉強やって、結果出そうとしてんじゃん。それまではゲームも減らす。てか減らしてるし。条件も全部守る。これが俺の……活動したいって覚悟だけど?」
「謬見を振りかざすな。お前のそういう反発さが人間関係を瓦解させているんだ」
「んグっ!」
――ユイガのお父さんキッッツ!!
手厳しい言葉に糸哉は思わず息を詰まらせる。それでもこれまでの会話から、山根父がゲーム実況そのものを軽んじているわけではないことは理解していた。
「お父さんから見た息子さんと、僕たちから見ている『ユイガ』はかなり違うと思います。僕は彼とゲームを通じて関わる中で、技術だけじゃなくて人として信頼できると感じました。ちょっと抽象的ですけど……そう思えるだけの魅力がユイガにはあるんです」
「…」
「未熟なのは僕らもチャンネルも同じです。まだ全然未完成で……。だからこそ、その中で一緒に成長していける相手として、ユイガが必要なんです」
「テディ……!」
糸哉は一度息を吸い、決定的な一言を口にする。
「それに僕は将来――アマゾナストライクの陣形をユイガと組みたいんです!」
「テディ?」
糸哉は目を輝かせて戦闘用陣形の名を挙げる。某RPGで強力とされるその配置は、山根父も知っているものだった。
「一人足りないじゃないか」
「あ……」
『アマゾナストライク』――前衛三人、後衛二人。計五人で完成する陣形である。
「まさかのテディにブチ壊されたんだけど。どーしてくれんの?」
「大丈夫大丈夫!まだまだ挽回できる――」
「君たちの情熱は伝わった」
「伝わってた!よかったねユイガ!ところで何でここに?いつからテーブルの下に隠れてたの?」
ユイガは二個目の質問には答えず、無言で右耳に触れる。するとワイヤレスイヤホンから『俺が教えた。近所じゃけぇユイガ爆速でチャリ漕ぎよーたで』と犯人の自白が流れた。
☆彡
「――お待たせいたしました。ランチのオムライスセットと和風ツナパスタセット、ミックスサンドセットです」
ユイガが合流したこともあり、このまま三人で昼食を取る流れになった。
「テディ。紫玉ねぎと水菜食べて」
「ん」
父の圧に慣れきっているユイガは、平然とした顔でオムライスに添えられていたサラダをテディの皿へと押しやる。
――やっぱユイガ図太いよ!十分やってけるよ!
テディは内心でそう確信しつつ、山根父の無言の怒気を浴びた状態でサラダを口に運ぶ。
その味は、いつもより少しだけ苦くて、やけに辛かったとか――そうでもなかったとか。
「途中で乱入者が入ったが……」
ユイガがお手洗いで席を外した隙を見て、山根父は静かに切り出した。
「まさか君の熱意が、陣形を組みたいからだけではないだろう」
「ですね」
「君自身のことを知りたい。そこまでして、こんな早くから活動を始めた理由は?」
「それは――」
糸哉はふと視線を落とし、ステンレス製のジョッキに触れる。
『――あのさ。やっぱり、一刻も早くキモ父さんから母さんを助けるためにお金が必要だからゲーム実況始めるって、普通じゃないよね』
『さぁ。俺に一般的がどうとか聞くな』
『だよねー!』
『お前も十分キモいよ』
『隠した方が……いいかな』
『知らね。楽しそうだからとか友達とやってみたいとか。無難なこと言っとけば?迷ってんなら。嘘でもないだろ』
『うん……つまり君を理由にしていいってコト?』
『俺の後ろに隠れるのはいーけど……仇なしたらお前も仕留めっから』
『分かった。じゃあ君以外の人にはこう言おうかな――』
刹那、記憶を振り払うように顔を上げた。
「この話は各メンバーの親御さんにしかしていません。ユイガには、どうか内密に――」
親友の存在を軸に据えた結成の理由は、驚くほど整った『綺麗な物語』へと姿を変える。
それは他の親たちと同じように、山根父の胸にも確かに届いていた。
「――孝太……これプロのマギナインファイトになってあげなさい」
「いやアンタの好きな陣形言われても困るんだけど……」
後日、山根家でさらに具体的な話し合いと保護者同意書の手続きが行われ――ユイガは来年三月から正式にデビューすることが決定した。
糸哉「やっぱ普通はユイガのお父さんくらい手こずるよね!前二人の親の考えが柔軟すぎるよ!」
シェン「否定はせんけど。残りも都合良い親の方がえーわ。てか成人にせん?」
糸哉「まぁ縁があればね……」




