第67話『初めましての殴り合い二次会 後編』
次のステージはキッチンカウンターの上。右手にはIHコンロがあり、一定時間その場に留まれば発火する仕様だ。
「おらっ!何だテメェ!」
「ヴアッ!」
「アカン!燃える!」
「ギバさんも炎上しろ!」
「嫌だっ……あーーー!」
「パンチパーンチ!」
「いっでぇなぁ!コロスコロス……!」
「すいません!QHのコンプライアンス部の方ー!」
「助けてください!ハードパンチャーゴリラにボコされてます!」
各所で好き勝手に騒ぎながら争う中――最初に脱落したのは、誰よりも綺麗に身投げを決めたホットだった。
「おいまたホットかよ!」
「歌観月さんにポイってされた……」
「大丈夫!すぐに僕とタンドリーで全員天界に送ったげるからね!」
テディはしれっと初心者の神流を狙って気絶させる。だが彼女は場外へ落ちる寸前で目を覚まし――
「キャーエッチ!どこ触ってんのよぉ!」
『ゴッ!』
「ぬわー!」
――鉄槌のごときラリアットを一発。テディは見事に前転しながら場外へ消えていった。
「ほらわーっしょい!わーっしょい!」
その隣ではかくりがさがんを担ぎ上げ、落下ポイントまで連行中だった。
「易々と……捕まるか!」
「なー!?」
だが寸前でもがいたさがんは拘束を抜け出し、かくりに逆転の一撃を放つ。そして彼は流れるような動きで、足元に湧いた武器を掴み取った。
「おぅ来いよ。かかってこいやオルァ!」
「誰か助けてっ……さがんさん一旦落ち着いてください!?」
画面中央ではさがんが身体の半分ほどもある木べらを握りしめ、周囲を圧倒する勢いで猛威を振るっていた。
「ぐふっ!」
「ビャッ!」
「おぅ待てや寺岸ィ!」
「ひぃーー!」
勢いの衰えを見せないまま、さがんは神流の眼前でタンドリーとかくりを葬り去る。彼女は強気に荒れ狂うゴリラ――もといさがんから無様に逃げ惑うことしかできなかった。
「はーい。雑魚がこんなとこいたら危ないよー」
「イヴー!今アタシの雑魚って言ったか!」
「おいテディ!テメェ神流さんになんてこと言うんじゃあ!」
「僕もう墓場にいますが!?」
無関係のはずだったテディは強引に会話へ引き込まれ、懸命に弁明する。しかしファイヴiは悪びれる様子もなく平然と一言。
「何かあったらテディとさがんに他責すればいい」
「おい俺は仲間だろ!」
「これが憂さ晴らし……」
ホットが息を呑んで言葉を漏らす。その間にも盤面は、歌観月天対QH三人――覆しがたい絶望的な構図へと変わっていた。
「ギバこのっ……!天と髪色被ってんのよ!顔面崩壊しろ!」
「天ちゃん。もうしてるしてる」
「あっそっか。てへ☆」
「おい暴言罪だぞ!」
「尊厳が崩壊してる!」
ギバとホットが天とさがんの掛け合いにツッコミを入れる中、彼女はファイヴiを殴って気絶させ、そのまま不満をぶちまける。
「ちょっとぉ、ゲーム慣れしてない初心者狙うのやめてもらっていいすか」
「嘘つけ。この前二時間半やってただろ」
「知らん!天は永遠の初心者だぁー!」
「そーだそーだー!」
「禁じ手なのだー!」
「ゴネたら何とかなると思ってんな……」
「タンドリー!シーッ!」
三対一という逆転の難しい状況でも、天は懸命に抗う。
「外道がぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙!」
「ぶはっ!断末魔えぐ」
だが最後は醜い悲鳴を残し、二回戦の殴り合いはQHが制した。その直後、さがんが小言を言う体勢に入る。
「天ちゃんさぁ……この配信が初見の人いたらどうすんだ!」
「大丈夫。天のブランディングはリスナーが守ってくれる」
「恥知らずかよ」
「流石五年目……面構えが違う」
その後さらに一戦が行われ、流れは次の段階へ。今度は混合三チームによる対戦が幕を開ける。
まずはオッズが低い寺岸神流とファイヴiとテディのバーサーカーラーテルチーム。
「はい勝った」
「今から俺ら以外のチーム全員落としまーす」
「一人あたり倒すノルマは二人でーす」
反対にオッズが高い歌観月天と万世かくりとタンドリーの両手にプリティーウサギチーム。
「ん」
「タンドリーさん?美しいお声が濁ってらっしゃいますよ?」
「戦力差……?うーん!皆おんなじだぁ!」
「ホット変わって」
「俺だと余計オッズ上がっちゃう」
そんなホットが振り分けられたのは、さがんとギバが名を連ねる脳筋チンパンジーチームだった。
「俺全然勝てない……」
「気合い入れろ!ホットにはミラクルがある!」
「日頃の恨みぶつける勢いで行け!」
「確かに……練習でテディとタンドリーにハンドガンで負けた時の落とし前を」
「おい」
「ウチのホットを殺意で洗脳しないで!」
ホットは仲間二人から敵を必ず蹴散らすという意思を感じ取り、自らも闘志の炎を燃やすのだった。
「……何ここ!」
「トイレじゃん!」
「しかも和式かよ!」
今回は和式トイレでのステージ。前方の落下ポイントに落ちれば脱落となる。さらに便座は一定時間ごとに水が流れ、その際に落ちると流されて退場扱いとなるため注意が必要だ。
「おらどけどけどけ!」
「コイツ殴り慣れてる!」
「はいワンダウンー!」
「怖いよーー!」
「あっ落ちる落ちる!」
「勝ちたいでゴワス!」
「なんか力士いない?」
「ギャンッ!」
「えっ犬いる?」
いつものように乱闘が繰り広げられる中、そこかしこで悲鳴や怒号が響き渡っていた。
「ふんっ!ふんっ!」
「痛っ!?僕味方ー!」
「こいつ敵味方の区別ないんか!?」
武器アイテムであるスッポンの奪い合いを制したファイヴiは、無我夢中でそれを振り回していく。だがしかし――
「危なっ!?」
「逃げるなぁ……えぇぇぇぇ!?」
――ホットを夢中で追いかけていた彼は、その勢いを殺しきれないまま場外へと落下してしまった。
「タンドリー!から揚げ屋に納品してあげるよ!」
「テディやめろ!勝手に俺の出荷先を決めんな!」
「タンドリーさん危ない!露払いは天が……ギャー!」
天はデッキブラシを握り、タンドリーの元へ駆け出す。だがその刹那、視界の外から飛来したギバと衝突した。
「美味しいー!これが真の強者っすわ!」
「脳筋チンパンジーチーめ……!ご容赦ください!」
『ゴンッ!』
「ぐへっ!」
天は拳骨でギバの頭にタンコブをこしらえ、そのまま地面へ叩きつけた。ギバの頭上ではヒヨコと星がぐるぐると回っている。
「ふわぁーー!助けてぇーー!」
「強者の余裕どこいったんだよ。呪物で封印したんか?」
鮮やかな下剋上を横目に、タンドリーは冷静にツッコむ。その態度のまま――
「お互いメンバーの血の気が多くて……気苦労が絶えませんね」
「……寺岸さんもそっち側じゃ」
「ふふ。アタシはしっかり者で優しいお姉さん枠になって……もう五年ですよ?」
「今すぐ視聴者のコメント見に行きてぇ……」
――彼は敵チームの神流と穏やかに言葉を交わしていた。
「そこの二人何してんの」
「休戦中」
「おいそこ!敵同士でイチャイチャすな!」
「ブチ殺してやる!」
「トイレでやるな」
雪崩れ込むように群がり、一斉に襲撃する。乱戦の末、神流とかくりは――
『ジャーー。ゴボゴボ……』
「「いやぁーー!」」
――便器の奥へと流されてしまった。
時にトイレへ流され、時に場外へと弾き飛ばされ――残るはテディ、タンドリー、ホット、さがんの四人。
「ホットいくぞ!」
「えぇ!?何何!?」
「ちゃんと段取り――」
『ドガッ!』
タンドリーが言い切る前に、さがんの電光石火の飛び蹴りが彼を吹き飛ばす。そして――
「飛べー!」
「はぁ!?嘘だろっ……」
『バキッ!』
「えぇ凄いっ!」
「ヤバすぎ!!」
――着地地点で待ち構えていたホットの右ストレートが炸裂し、そのまま場外へと叩き落とされた。
まるで心が感応したかのような連携。並外れたキルコンボに、天界とコメント欄は一気に沸き上がった。
「やっぱホットが邪魔だな……!」
「うわーーっ!」
デッキブラシでホットをトイレへと流し込み、さがんとテディによる一騎打ちのゴングが鳴り響く。
「消え失せろぉ!」
「さがんがね!」
信じられるのは己の拳のみ。『バキッ!』『ドガッ!』と鈍い打撃音が重なり、やがて互いの顔面にクリーンヒットした。
「ぐっ!」
「痛!」
同時に崩れ落ちた二人は、無言のままトイレの天井を見上げた。
「はぁ……はぁ……」
「トイレじゃなきゃいい感じなのに……」
「この青春ロール何?」
「「あははははははは!」」
場は爆笑に包まれ、最後はさがんのチームが勝利を収めた。無秩序に戦っているようでいて確かな連携を見せたさがんに、ホットはぽつりと呟く。
「俺、さがんさんのこと世紀末系ヒャッハーキャラだと思ってました」
「未来から参戦してねーから」
「や、やめて……」
「ははははは……!も、戻れない……」
ホットの一言が追い打ちとなり、場は再び爆笑に包まれる。
「はぁ……いい感じに鬱憤晴れたわ」
「やばすぎる……」
「マジ死ぬほど笑った……」
QHの三人は震える息を吐き出し、どこか晴れやかな表情で笑った。
胸に引っかかっていたのは、新参チームにあと一歩で敗れたあの苦い記憶。それも今は、楽しい思い出に塗り替えられている。
こうして、過去の遺恨も因縁も静かに清算されるのだった。




