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諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

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 第64話『夏夜メディテイト』

糸哉はソファーの上で腕を組み、手がかりを一つずつ組み合わせていく。


――先輩がドレスワンピース着て夜まで行くとこなんてパーティか高級ディナーか発表会系かデート……。家に帰りたくないってことは原因は親……さっき僕が『母さん』ってワード出した時は普通そうにしてたから……。


「お父さんと喧嘩して気まずくなって家出した!でファイナルアンサーします」


「…」


「痛いよ!?背中の皮膚を抓らないで!」


カレンは寝る支度を完璧に済ませた状態で、無言のまま糸哉の背中を抓る。その表情は図星を突いていたが――彼はそれ以上何も言わなかった。


「触れてほしくない話題だと察するのが礼儀ではなくて?本当デリカシーないわね」


「そうですよね……先輩は気づいてる上で敢えて触れないでいてくれたのにすみません。先輩もこの家に血の繋がってないおっさんしかいなくてビックリしましたよね」


「お兄さんねー?」


「うわっライアンまだ起きてたの」


「怒ろうか?もう早く寝てくれ」


「…」


――熊本君のお兄様のような方が、上の階にお住まいなのは聞いていたけれど……まさか実家でも他人と暮らしてたなんて。


「ご両親は海外出張中?」


「いや。父さんの単身赴任に母さんがついていった形ですね」


糸哉もまた、カレンに父の友人と同居していることを明かしていなかった。その結果、ライアンは彼女の怪訝な顔つきを見て、やむなく自分から糸哉との関係性を打ち明けることになったのである。


「明日、きちんと話すわ。だから熊本君の事情も聞かせなさい。今の私なら……少しは理解できると思うの」


「さいですか。あ、先輩はこの布団で寝てください」


「……これ、貴方の布団でしょう?」


「よく覚えてますね。僕が布団派なの」


「なら貴方が寝なさいよ」


「はぁ」


――やっぱベッドがいいのかな。


糸哉は深く考えずにカレンに枕を手渡し、自分の枕を置いて寝転ぶ。するとカレンが隣に横たわった。


――ん?


電気のリモコンを掴んだまま、糸哉の手が止まる。すぐ隣に感じる体温と、衣擦れの音と共に――


「……私もここで寝る」


――小さな囁きが、彼の鼓膜を震わせた。


「…」


言い返す気も削がれ、返事の代わりに照明を落とす。


「…」


数分後。


隣のベッドの上で、ライアンは全神経を研ぎ澄ませていた。僅かな物音すら聞き逃すまいと、隣の布団の気配を探る。


――え?本当にあのまま寝た?


だが一向に、寝返りの音も、寝息も、声を潜めた会話も聞こえてこない。


生まれつきライオンや忍者のように夜目が利くライアンは、ついに上体を起こした。


――マジか。


糸哉はいつも通り、死んだように静かに――しかし鼻ちょうちんを膨らませて眠っている。隣のカレンもまた、大人しく、無防備な寝顔を晒していた。


ライアンは暫くの間セミダブルベッドの上で微動だにせず、熟睡している二人の姿を見つめる。


「……はぁ」


――そりゃいっ君も疲れてるか。あの子も何かショックなことがあったっぽいし。


今日は仕方がないと自分に納得させ、力なくベッドに倒れ込むのだった。


☆彡

二日前。カレンは小等部の頃からの幼馴染に、塾帰りの送り迎えの車中で――後部座席から目撃した奇妙な話を打ち明けられた。


『他人の空似かもしれませんけれど、実は偶然お見かけしてしまって……昨夜カレンさんのお父様によく似た方が、見知らぬ女性とご一緒に、その……そ、そういった目的で利用されるようなホテルからお出になられるところを』


『…………はぁ?』


カレンは一拍遅れて、すぐに眉を吊り上げた。カレンはこれまでずっと、父が母を大切に想っている姿を見てきている。少し気弱なところのある父だが、築いてきた信頼が『そんなことはあり得ない』と彼女の中で静かに言い切っていた。


――でも、彼女のことだから……ある程度の核心を持った上で尋ねてきたのよね。


だがカレンは、自分よりも青ざめた友人とも等しい信頼関係を保っている。さらにその日の父は出張帰りで、帰宅したのは夜も更けた頃だった。


『帰りは遅くなるから晩御飯はいらない』と家族に告げ、実際に帰宅したのは二十二時頃。


友人が目撃した時刻は二十一時半――時間の辻褄は合っている。その事実が、カレンの表情を険しくした。


――なんて運が悪いの。


反論できない自分に苛立っていると、悪い方に思い悩んでいると解釈した友人が、慌てたように口を開いた。


『ぁっ……や、やはり私の……』


『その方はおいくつくらいで、どのようなお顔立ちに、どのようなお召し物だったの?』


『え、っとそれほど年は離れていなくて、普通のスーツを……で、でも。やはり気のせいかもしれませんわ。どうかお忘れになって!』


そう言って友人は半ば強引に話を切り上げたが――その言葉は逆に、カレンの中に引っかかったまま残り続けた。


――見間違いよね。お父様のように仕事とお勉強以外取り柄もなくお酒も毛根も家庭内の立場も弱いけれど、いつも家族のために毎日身を削って生きている中年の既婚男性なんて……この大舞賀(おおまいが)には溢れるほどいるわ。


胸の奥に残った違和感を振り払うため、カレンはすぐに行動へ移ることにした。


――お父様と二人きりで話したい。ゆっくり話すなら休日の夜……あ。


そう考えた瞬間、ふと一つの予定が脳裏をよぎる。


明日の夜は母が勤める会社の創立五十周年記念パーティに、家族で同伴することになっていた。


――場所が難点だけれど……お父様とお話しするには、あの時が最も近いわ。


心の中でそう言い切ると同時に、別の感情が顔を覗かせる。


――もし最悪の事態が待っていたら……熊本君をしばき倒しましょう。


『……フェッショクン!』


『出た。テディの変なくしゃみ』


理不尽な怒りの矛先を一つ決めて、カレンは小さく息を吐いた。


そして当日。彼女は丁寧に身なりを整え、表情を作る――『祐東家の長女』としての顔を。


仕事を終えた父も合流し、カレンはその一挙手一投足を目で追う。彼は疲れた様子を見せず、寧ろ母の紹介する人たちと笑顔で談笑していた。普段母に止められている揚げ物をこっそりつまむところも変わらない。その様子が、余計にカレンの中の疑念を刺激した。


――やっぱり気の所為よ。お父様に限ってそんなこと……。


それでもカレンは、一度決心したことを覆さない。母が会社の役員と話し込んでいる隙を見計らい、彼女は父の腕を掴んだ。


『ちょっと来て……相談したいことがあるの。お母様には内緒で』


すると父は何も尋ねず、電話一本でホテル内の会議室を手配した。空調が急に稼働し、部屋の空気を冷やしていく。カレンは父の隣に腰を下ろし、ブラインドで覆われた窓をじっと見据えた。


『――木曜日の二十一時。『ホテルミラーリゾート』……どうして出張の荷物を置いて、そんなところにお母様以外の女性といたの?』


『……何でそんなことを聞くんだ』


当然、父は顔色を変えて否定の姿勢を取る。


それが身に覚えのない話を突然突きつけられたことによるものなのか、それとも図星を突かれた動揺なのか――齢十四のカレンには、見極めることができなかった。


確かな証拠はない。カレンの手持ちは友人の自信に欠ける目撃証言だけ――冷静に考えれば、分が悪いのは自分の方だと分かっている。


『……お母様にも話すわ。お父様の交友関係、行動・時間の整合性、お金の動き、第三者の証言その他もろもろを洗いざらい調べ上げて……お父様はお母様と同い年くらいの女性と仕事帰りにラブホテルを利用したことはないって証明してみせる』


カレンは母親譲りの凛とした瞳で、父の良心に訴えかける。その声音には、年齢に見合わぬ強さが宿っていた。


『……まさか、御堂(みどう)の娘さんから聞いたんじゃないろうな』


『っ』


『やっぱりか……あいつ、とうとう娘まで利用して来るとは……』


迷いなく友人の名を言い当てられ、カレンの喉が詰まる。言葉を失った彼女を見て、父は呆れを滲ませながら重く息を吐いた。


『前にも言っただろう。御堂の娘さんと仲良くするのは構わないが、あまり信用するなと』


『確かに御堂さんとお父様の会社は競合関係にあるけど、それだけであの子の言葉を嘘だと決めつける理由にはならないわ』


『向こうの社長の娘だ。何を考えているか分からない』


『だからって……!じゃあ、お父様は本当に私とお母様を裏切っていないのね』


カレンは思わず食い下がる。父は少しだけ言葉を選ぶようにしてから、静かに言った。


『当たり前だろう。見間違いか、あるいは――いずれにせよ、もう御堂とは距離を置け。これ以上同じようなことが続くなら転校も視野に入れる』


その言い方に、カレンの中で何かが弾けた。


『……冗談じゃないわ。あの子を悪者みたいに……都合が悪いからって全部遠ざければいいと思ってるの!?』


『カレンのためを思って言っていることだ』


会議室にカレンの声が響き渡る。自分でも抑えが利かない。父は眉をひそめるだけで、強くは否定しなかった。その泰然とした態度がかえって彼女の神経を逆撫する。


『……今日は友達の家に泊まる』


『!?ちょっとカレン!待ちなさい!』


気づいたときには、その言葉はもうカレンの口から零れていた。父が慌てて制止する声も耳に入らず、カレンはパーティバッグを持ってその場から逃げ出した。

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