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諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

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 第33話『好奇心は雛を動かす』

服部蓮夢(はすむ)には気になることがあった。三つ上の兄の部屋が、突然大幅に模様替えされていたのだ。


――糸兄と敦兄とゲーム実況始めるとか……幸兄が出るのは来月って言ってたっけ。


数日前。蓮夢の部屋に来た糸哉は少しだけ声を落とし、彼の目線に合わせてしゃがんだ。


『実はさ――幸樹、僕たちと一緒にゲーム実況を始めるんだ』


蓮夢が驚いたように目を丸くするのを見て、糸哉は間を空けずに続ける。


『このことは僕らもね、友達や先生や親戚に話してないんだ。知ってるのは家族だけ。だから……』


言葉を切り、にこりと穏やかに笑う。


『蓮夢なら、お父さんお母さん以外に話さないって信じてるよ』


『……!』


脅すでも、念を押すでもない。ただ当たり前みたいにそう言われて、蓮夢は胸の奥がくすぐったくなった。


『うん。絶対言わない!』 


『ありがとう』


真剣な顔でこくりと頷くと、糸哉は満足そうに立ち上がって軽く頭を撫でた。


蓮夢はそのことを思い出し、ぎゅっと拳を握る。まるで胸の中に秘密をしまい込むように。


――俺のクラスにもこれプロリスナーいるよって言ったら笑ってたな……。


自慢したい気持ちが全く無かったわけではない。それでも蓮夢は――これは糸哉との約束であり、守るべきものなのだと心の底で理解していた。


――あと幸兄に殺されそう。


感情を削ぎ落した怒りを想像して背筋に寒気が走る。それでも蓮夢は、まさに今その兄を激怒させかねない行動を取ろうとしていた。


――ちょっと、ちょっと触ってすぐ帰れば……。


一般的な男兄弟のいる家庭では、ゲームソフトやゲーム機は兄弟で共有していることが多いのではないだろうか。


だが服部家は少し事情が違っていた。


兄の幸樹がもっぱらPCゲームに没頭しているおかげで、蓮夢は家庭用ゲーム機をほぼ独占している状態だった。蓮夢のソフトもセーブデータも兄が触れることはない。彼が遊んでいる最中に横から口を出したり、邪魔をしたりすることもなかった。


その代わり、蓮夢も兄のPCには不用意に近づかない。それが、いつの間にか兄弟の間に出来上がった暗黙の了解だった。


もちろん、幸樹がよく開いているPC版レゾンクラフトに興味がないと言えば嘘になる。


――俺もプレスイ版(家庭用ゲーム)の持ってるし。ゲーム機は全然プレスイだけでいいけど。けどだよ!


蓮夢は、その一線を越えずにいられる程度には納得できていた。しかし兄がPCを新調してモニターを増設し、マイクを設置してゲーミングチェアまで導入し、壁に吸音材を貼り始めたとなれば――話は別だった。


駄目だと分かっていながらも好奇心が勝る。幸樹と両親が店で働いている間に、蓮夢は兄の部屋へ忍び込んだ。


――うっわーー!幸兄の部屋ちょーカッコよくなってる!ゲーマー部屋だ!


高鳴る鼓動に身を任せ、蓮夢はゲーミングチェアに腰を下ろしてヘッドホンを装着する。マットコーティングのモニターは彼の表情を映さない。それでも、口元が緩んでいるのは否応なく自覚できた。


――マイク!でもこのマイクはカラオケのアレじゃなくて電話用のアレか。


電源を入れると、初期設定の壁紙が二枚のモニターに映し出された。その味気なさがいかにも兄らしいと思いながら、蓮夢は小さく唸って声の調子を整える。


「――兄という存在は不思議なものです。三つ年上。ただそれだけの差なのに、ときに絶対的な上下関係を生みます。あなたにもいませんか?ずっと近くにいたはずなのに、いつの間にか距離が分からなくなってしまった相手が。それは触れてはいけない領域かもしれません。もしも、その兄があなたの知らない『顔』を持っていたとしたら……これはそんな兄弟の間に生まれた、(さび)の味がする物語です」


蓮夢が好きなオムニバスドラマを意識して話すと――


「でででででん、でででででん、でででででんでんでででででん」


「っっ!?」


――ヘッドホンを通して某ドラマのテーマ曲が流れ始める。しかも歌っているのは、聞き覚えのない男の声だった。


「このPCは起動と同時に俺とボイスチャット出来る設定にしとる」


蓮夢がヘッドホンを取らずに硬直していると、タンドリーのスカイコード起動を感知した神――シェンが言葉を続ける。


「よぉ次男。俺がお前んとこの長男にゲーム実況セットを与えてやった神じゃ。気軽にシェンと呼べ」


「え……シ、シェンはこれプロの人?」


「そ」


「ビビったー。世にも奇妙な物語が始まると思った」


「お前じゃい!店手伝い中の長男がいきなりストーリーテラー初めて何事かと思ったわ」


蓮夢は音声のみの通話であることと相手が兄の知人だという安心感から、警戒心が少し緩んでいた。


「あ、でも知らない人と話しちゃいけないって先生とおかあさんが……」


「長男の部屋に忍び込んでPCイジろうとしてる奴がんなこと気にしてどーすん。ここまでしたら好きなゲームやってみりゃえーが。俺が操作方法教えちゃる」


「おぉ……」


蓮夢はあっさりと納得し、ぱっと頭に気になるゲームを思い浮かべる。


「じゃ『ビカミング・ヒューマン』やりたい」


「渋っ!」


『ビカミング・ヒューマン』はオープンシナリオのアクションアドベンチャーゲームである。プレイヤーの選択によりシナリオ、展開、キャラクターの生死が劇的に変化するのが特徴で、この物語では誰もが簡単に救われるわけではない。善意は必ずしも報われず、正しさは状況次第で残酷な形へと変わる。それはプレイヤー自身の倫理観を試していくような内容だった。


「普通にやっても軽く十時間はかかるて。あと兄に内緒でやる系のゲームじゃねぇ!」


「えー!実況で見てたんだけど、俺が思ってたのと違う選択したから見るの止めた。俺あの時絶対ヘリコプターにはいてもらった方が良いと思ってたんだけど」


「俺はそんな選択できんわ。あ、お前にビカミングヒューマンやらせる選択な。小四がやるには重すぎる」


「シェンもやったことあるの?あれ神ゲーなんだろ?」


「うん」


――ある意味で。


シェンはそもそも全年齢向けではないと諭し、大人しくレゾンクラフトをプレイさせるよう誘導した。


「十七歳以上か。幸兄が高二になるまであと四年?なっげー」


「流石次男。アクションも洒落も上手いな」


「しょーもねー!つーかこのアスレマップ幸兄作の中だったら全然簡た、ん……」


「どうした?」


ガシッと後ろから頭を掴まれ、蓮夢はシェンの呼びかけに応えられないまま硬直する。ギギ……と錆びついたロボットのように振り返ると――


「おい」


「こ、幸兄……」


――そこには、表情を削ぎ落とした兄が立っていた。


「ちゃんと俺が見とるけぇ大丈夫じゃ。次男は余計なことしとらん」


時刻は二十時を回り、店の営業時間は終わっていた。蓮夢が時間の経過に目を丸くしている横で、幸樹はシェンのフォローを黙って聞く。彼の頭に置かれた手は、まだ動けない程度の力を残したままだった。


「成程な……ボイチェンソフト以外に色々変なアプリ入れてたのはこういうリスクにも対応できるようにってことか」


「こんなもんリスクの内に入らんわ。長男がこんな模様替えしたらそりゃ気になるじゃろ。なぁ次男」


「ごめんなさい……」


「何考えてやったのかちゃんと説明しろ。もし変にいじって壊したらどう責任取る気?俺がいないとき勝手に部屋入るなっていつも言ってるよな?俺が今までお前の部屋無断で入った事ある?おい目逸らすな。何が悪かったかちゃんと言え」


「タンドリー怒り方こっわ。これが触れちゃおえん領域か……」


「次やったら血を見せる」


「はい……」


「九歳にする説教じゃねぇ!」


半泣きの弟を容赦なく詰問し、シェンにお礼を言って部屋を出る。両親と夕飯を食べている間、幸樹の意識は実況用に与えられたPCへと向いていた。


――最初は引っかかったけど、結局ある方がいいってことか……。


メンバーに支給されたPCは、すべて経費扱いの業務用端末だった。


電源を入れればスカイコードの他に以下のソフトや管理データが起動する仕組みになっている。


声質を調整するためのボイスチェンジソフト。配信状況や動作ログを記録する、配信用・解析用の常駐ツール。それらを一括で管理するこれプロ専用の統合ランチャーなど……これらを導入時、シェンは淡々とした口調でこう説明した。


『配信の品質管理と録画ミスの検知、その他トラブル対応の為じゃ。消すなよ』


細かい仕組みまでは語られなかったが『スカイコードでの会話や撮影外のゲームプレイについてもシェンに共有される可能性がある』という点だけは全員が理解していた。


タンドリーは当初こそ多少の抵抗を覚えたが――他のメンバーが当たり前のように受け入れているのを見て、それは自分がまだシェンを信用しきれていないからだと結論づけた。


あくまで業務上の仕様であり、建前はあくまで解析と管理のため。


「服部兄弟……並ぶと結構似とんな」


もっとも――それがどこまで見られ、どこまで聞かれているのか。正確に把握している者は誰もいなかった。

・蓮夢はこれプロのことは名前くらいしか知りません。たまーに暇してる時に目に留まった動画や切り抜きをポチって見るくらいです。

・シェンは蓮夢がストーリーテラーを始めて間もなく本人が喋ってないことを見抜き、一時的にボイスチェンジャー機能を遠隔でオフにしました。

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