第32話『おいでよ!クリムゾン・トラップアイランド!』
アクションゲームとは……プレイヤーがキャラクターをその場で操作しながら、敵と戦ったり障害物を避けたりアイテムを集めたりして、ステージの攻略やクリアを目指すタイプのゲーム。
目を開けると、テディとホットは黒く焼けた岩肌の上に立っていた。足元からむっとした熱がせり上がり、彼方では真紅の溶岩が轟音を立てて流れ続けている。
「熱そう……」
ホットがそう言った直後、地面の隙間から噴き上がる溶岩のしぶきが答え代わりに弾ける。焦げた岩肌、熱を帯びた空気――空は煤け、少し離れた場所では火山弾が降り注いでいた。
「折角一足早いバカンスに来たのに。ホットの逆ナン集団から逃げた先が、まさかこんな島だとは思わなかった……」
「えっ。俺の所為でこの『クリムゾン・トラップアイランド』に来ちゃったってこと?」
崖の向こうには黒く焼けた足場が不規則に連なり、その間を溶岩の川がゆっくりと流れている。明らかに安全とは言えない場所に放り出され、二人は顔を見合わせた。
「やっぱりここで全ての元凶を潰しとかないと……」
「テディが暑さで頭おかしくなってる!やっぱぬいぐるみとはいえ熊だから!」
「せめて死に水は取ってあげるね……ちょっと赤いアレでいっか」
「それマグマ!生きたまま炭にしようとするな」
「だ、誰!?」
テディの気が触れかけたその時、背後から特徴的な低音の美声が響く。スタート地点に立っていたのは――二人よりやや背の高い男だった。
「俺はタンドリー・チキン。アクションゲーム力が平凡な二匹を導く為に生まれてきた鶏です」
「いや声!良っっ!」
「なんて僕らにとって都合が良い宿命なんだ……!あとツッコミがイケボすぎるよ!」
『諸君!これがプロである!!』新メンバーのタンドリーは赤髪のオールバックに色黒の肌。半袖のコックコートに白いエプロンを巻き、黒いズボンと同色のコックシューズを身につけている。モデルはブロイラーだった。
――まさかこんなイケボに仕上がっちゃうなんて……本人は何とも思ってないのがまた……!
幸樹の声を土台に、大人の声へと寄せた『タンドリー』のボイチェンソフト。テディとホット立ち合いの元テストすると、想像以上に整った美声が流れた。落ち着きと艶を帯びた声を聞いた二人は思わず身震いする。
――これが未来の幸樹の声だって思うと何か……何かドキドキする!
「ここのステージはセグメントディスプレイの5の形に添って進む。壁から生えた銀色のスパイクに当たったら即死だから……ってちゃんと聞いてる?ついて来いよ」
「ごめん。タンドリーの声が良いことしか分かんない」
「あとあまりにも攻略が鮮やかすぎて見惚れてた」
「こんなクソ暑いステージでカーディガンとスーツ着てっから頭イカれんだよ。ビズれ同色コンビが」
「クールビズのことそんな略し方する鳥いる!?」
「初っ端からエンジン全開やめて!?タンドリー君ホントに初登場?」
テディは字幕で『気にしてるかと言われたら気にしてます』と入れることを決め、改めてステージの説明に移った。
「ひとつのミスが命取り!瞬時の判断力と正確な操作で死の罠を躱していく――諸君!これが『クリムゾン・トラップアイランド』である!!」
『クリムゾン・トラップアイランド』とは、無数の即死トラップが張り巡らされた島からの脱出を目指す協力型アクションゲームである。プレイヤーは偶然この島に流れ着いた探索者となり、一人または四人までの仲間と息を合わせながらステージを突破していく。
主な舞台となるのは溶岩が流れ、地形そのものが牙を剥く火山島ステージ。ほとんどの壁には銀のスパイクが鋭く尖り、飛び交う火の玉や砲弾など――あらゆる場所に罠が仕掛けられている。
本作において失敗は前提だ。あまりの難易度ゆえ、複数人で協力してのクリアが勧められていた。初見では回避不可能な罠も多く、プレイヤーは何度も倒れながらその配置と即死圏内を身体で覚えていくことになる。
「仲間や自分の犠牲から学んで、根気強くやっていけば突破口は必ず見えてくるよ!」
「それが『クリムゾン・トラップアイランド』……!あっ痛い!」
「あそこのスパイク、ホットのケチャップ塗れになってんな」
ホットは火の玉を避けてジャンプしたが、その勢いのままスパイクに突き刺さってしまった。スタート地点に戻された彼は、改めて攻略ルートを慎重に辿り始める。
ステージ全体を俯瞰すると、攻略ルートははっきりしていた。足場は無機質な岩壁に食い込むように配置され、銀のスパイクと振り子状の刃が隙間なく待ち構えている。
「何だよこのコース……!」
上段を横切り、左へ落ち、中央を横断し、最後に下段へ――数字の『5』を描くように、ルートは露骨なほど意地悪に曲がりくねっている。
「ほらもっかい行くから見とけ」
二人の為にわざとスタート地点に戻ったタンドリーは迷いもなく飛び出した。
上段のトゲ床は、刃が引っ込む一瞬を正確に踏み抜く。吊るされた回転刃の下を最小限のジャンプで潜り、左への落下も壁に触れるか触れないかの距離で制御する。中央ルートでは血痕だらけの壁を蹴って速度を殺し、下段への最終落下は溶岩の熱風を背中に感じながら寸分違わず着地した。
「……!?」
「おぉー!諸君!これが新メンバーのタンドリーである!!」
タンドリーの神がかった動きを見て、ホットの声が半拍遅れる。
「……えっ天才?」
「自己紹介したろ。俺はアクションゲーム専門の鶏だって」
散歩帰りのようなトーンでゴールしたタンドリーが平然と言う。だが次に挑んだテディは、流石に同じようにはいかなかった。
「くぅ……。もし次クリアしたら、ツッコミタンドリーと一緒に高難易度のアクションゲームをどんどん攻略していくから皆よろしくどうぞって言うんだ……」
「世界一意味のないフラグ立てたな」
「テディ行け!でもまだ置いてかないで!」
「うーん。ここが最難関なんだよね……」
中央ルートの、縦に並んだ刃の間。タンドリーが一瞬だけ減速した地点で、テディは焦って踏み込んでしまった。赤い軌跡が宙に散り、テディはスタート地点に復活する。
「……あー、ここだね」
テディは溶岩に落ちるホットを眺め、ふっと目を細めた。
「焦るな。落下速度が速すぎると刃に切り裂かれるぞ」
「オッケー!」
二度目は同じミスをしなかった。跳躍の高さも、着地の位置も、さっきの失敗をなぞらない。テディは足場の縁でほんの一瞬だけ溜め、刃が引いた瞬間に踏み切る。今度は滑るように通過し、そのまま下段まで一気に駆け抜けた。
「ふぃー。やったー」
「あー無理無理死んじゃう!助けてぇ!」
最後に残ったホットは、半べそをかきながらスタート地点に戻った。
「ここ?ここがヤバいんだっけ?」
「一番死ぬのはそこだね。見た目より猶予ないから気をつけて!」
問題の区間は、数字の『5』が折れ曲がる下段中央にあった。縦のルートを降り切った直後、進路は強制的に横へと切り替わる。視界は開けているが、安全に見える余白は一切ない。
溶岩プールを超える為の足場は三枚。いずれも小さく、最初の足場に触れると頭上と背後の壁からスパイクがせり出してくる。跳躍の猶予は1秒未満で、踏み切りが早すぎれば天井のスパイクに刺さってしまう。
「一回感覚で行ってみろよ。ホットはそっちのが合ってそう」
通過条件は止まらないこと。考えすぎないこと。罠が出る前に動くこと。ホットはタンドリーの助言を聞き、深呼吸してから走り出した。
「そこは小ジャンプで行け!」
「はいはいはい!」
一連の動きは、ほぼ反射の域に達していなければ突破は不可能である。この区間は攻略というより、理解を許さない速度での通過を要求していた。
ホットは唇を噛み、ギリギリでスパイクの先端をかすめる。
「――っ!」
叫びそうになるのを堪え、そのまま下段へ。最後の刃を抜け、テディとタンドリーが待つ安全地帯に転がり込んだ。
「えっなんか行けた!」
「えぇ何で今の行けたの!?絶対かすってたよね!?」
「謎ミラクル見せつけてくんな」
ゴール地点で、ホットが振り返る。溶岩の熱も、トラップの殺意も、今は全部遠い。洞窟の奥で、次のステージが静かに待っていた。
「…」
難易度が一段階跳ね上がった『6』の形をしたステージを前に、ホットは言葉を失う。その横でタンドリーは迷いなく跳躍を重ね、気づけばゴールに立っていた。
「あっタンドリー。あそこの風車のとこ難しいからもっかいやって」
「おい!踏み殺してスタートに戻すな!」
「ああっ怖い……!死ぬの怖くて先進めないヘルプ!」
「お前は救助する側だろうが」
「俺そんな大層な宿命背負ってないから!お恥ずかしいことに!」
こうして新メンバーを加えた『諸君!これがプロである!!』チャンネルは三人実況という新たな形で、動画投稿を重ねていくのだった。
タンドリーのデビュー動画撮影の回です。字幕は赤色。撮影日は4月30日。投稿予定日は6月1日。




