第215話『タンドリーは店手伝い、ルゥーアは塾』
敦斗は竿を握ったまま、ちらりと糸哉の様子を窺う。
――テディってあんまり祐東先輩と何があったのか話したがらないし……かといって特に好意を向けられて悩んでる風でもないんだよな……。俺も幸樹も恋愛系は全く頼りにならないけど……。
「でも悩み相談くらいはしてほしい……もし彼女ができたら一番に報告してほしい……!」
「えぇ?ホット心の声出てるよ」
「いつも俺の話ばっか聞いてもらってるしさ!」
「ホットが悩んでるのなんて、声聞けば分かるからね」
「俺もすぐ気づくからな!勘で!」
「うん。まぁ……支障が出るようなことがあったら言うよ」
「またドライになってる……」
「自立心が高いって言ってよ」
あっさりと返す糸哉に、敦斗は不満げに口を尖らせた。
それから二十分後。敦斗が二個目のクリスタルクリオネを釣り上げ――裏ボス召喚に向けた下準備は、開始から一時間も経たずに完了したのだった。
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『ハーシュ』とは――自然豊かな異世界を舞台とした、サバイバルアクションゲームである。
過酷な環境を生き抜き、素材を集めて巨大な拠点を築く。さらには、百種類を超える怪物を討伐したり手懐けて仲間にしたりと、遊び方は多岐にわたる。
そんな『ハーシュ』で今回テディ、ホット、ユイガ、ナキの四人が挑むのは、つい最近のアップデートで追加された裏ボスの討伐だった。
「えー手順としては、まず海で釣りをして……0.4%の確率で出現する希少アイテム『クリスタルクリオネ』を二個入手しましょう」
「は?」
「待って?」
開幕早々あまりにも高いハードルを突きつけられ、ユイガとナキは揃って絶望した。しかしその反応は織り込み済みだったのか、テディは態度を変えずに続ける。
「ウチは耐久とか作業ゲーを苦行だと感じるメンバーばっかりなので……クリスタルクリオネは事前にホットが釣ってくれましたー」
「ナイスミラクル!」
「よくやった!」
「操作楽で楽しいじゃん作業ゲー」
「タンドリーとユイガとナキは基本的に一か所に留まれないからねぇ」
テディは笑みを浮かべ、クリオネ型の透明な結晶を皆の前に掲げる。
「で、このクリスタルクリオネを『オヴィラの洞窟』に持っていくと『怪鳥オーアンズー』が出現します。こいつはクリスタルを狙って襲ってくるので、殺されて奪われる前に討伐しましょう」
「俺たちはこっからスタートすんだな?」
「そう。正確にはクリスタルクリオネ一個につき一匹出現するんだけど……」
「あ、そうなの?」
「うん。でも全滅するとクリスタルクリオネを奪われちゃうから、保険としてホットに二個用意してもらったんだ」
「チャンスは二回……いけるでしょ」
四人は準備を終えると、オヴィラの洞窟に向かいながら手順の続きを共有する。
「オーアンズーを倒したら、頭頂部に生えている『アプリコットの角』を折ります。それを『ナウマンの祭壇』に捧げたら裏ボス『ナウマティス』を召喚できるんだって」
「へぇー!楽しみ!」
「裏ボス……」
「燃えてきたァ!」
オーアンズーと裏ボスは、いずれも高い難易度を誇るモンスターである。だが四人の表情に不安はなかった。互いの実力を知り尽くしているからこそ、難しい戦いにも迷いなく臨めるのだ。
「よーし!じゃあまずはオーアンズーを倒すぞー!」
「「おー!」」
「アプリコットの角、取るぞー!」
「「おー!」」
「実はこのクリスタルクリオネ、売却したらー」
「「おー金持ちー!」」
「ふざけてねぇでさっさと行くぞ!」
そんな陽気な茶番を挟みながら、四人は自然の営みが刻まれた『オヴィラの洞窟』へと足を踏み入れた。
『バサッ……』
「!」
洞窟の奥へ進み、視界の開けた空間に出たその時。微かな羽音を捉えたホットが、反射的に頭上を見上げる。
「あれがオーアンズー!?」
四人の前に立ちはだかったのは、常識外れの巨体を誇る『怪鳥オーアンズー』だった。
『ギャァァァァァッ!』
「うるさ」
「ボリュームでか」
耳をつんざくような奇声が洞窟内に響き渡る。
「最初のターゲットはクリスタル(クリオネ)持ってるナキだから気をつけて!」
「おーし!」
怪鳥は、威嚇するかのように大きく翼を広げる。ぎょろりと見開かれた眼差しは、ナキの懐にあるクリスタルクリオネに真っすぐ向けられていた。
光り物が好きなオーアンズーにとって――日差しを浴びて透明に輝くクリスタルクリオネは、是が非でも手に入れたい獲物だった。
「っ!」
『ドガァンッ!』
「ナキ!」
次の瞬間、怪鳥が猛烈な勢いで突進してきた。
ナキは間一髪、地面を転がって回避する。すぐに体勢を整えると、メイン武器の両刃斧を構えた。
「お前もニワトリ野郎とそう変わんねぇなァ……ってオイ!テディにユイガ!ボーッとしてんじゃねぇ!」
「「……っ」」
「え?二人ともどした?」
ナキが怒鳴りつけても、テディとユイガは反応しない。二人はホットの呼びかけにも気づかないまま、純白の羽とサックスブルーの角を凝視した。
「ま、マジか……!」
「嘘でしょ……」
「えっ何!?」
「どうしたんだよ!」
初めて相手にする怪鳥の攻撃を、ホットとナキは懸命にいなす。やがて、テディがわななく唇をゆっくりと動かし始めた。
「ホット、ナキ。落ち着いて聞いてくれ……。オーアンズーは討伐における上級者の登竜門みたいな怪鳥なんだ。割とメジャーな敵対生物だしドロップアイテムも美味しいから、プレイヤーには結構人気で……」
「で、アレは間違いなくオーアンズーなんだけど……」
一拍の沈黙の後、テディとユイガは息を合わせて衝撃の事実を叫ぶ。
「「色違いだぁーー!!」」
「「えぇーっ!?」」
なんと通常のオーアンズーとは異なる色彩を持つ、出現確率0.02%の超希少個体――『色違いオーアンズー』を実況中に引き当ててしまった。
「絶対ホットのミラクルの所為だ!どーしてくれる!?」
「俺ぇ!?えっ待って、ユイガどゆこと!?」
「色違いオーアンズーは通常個体よりも倍強くて、その分超激レア素材が手に入るんだけど……」
「今回の裏ボス召喚に必要な『アプリコットの角』は、通常のオーアンズーからしか手に入らないんだよね……」
「てことはアレか?俺らは今回、あのオーアンズーはお呼びじゃねぇってことか?」
「クッ……そうなんだよー!何でよりによって今なんだ!」
テディは悔しげに歯噛みしながら、色違いオーアンズーの連続攻撃を避け続ける。
本来ならば、遭遇できただけで大歓喜ものの超レア個体だ。しかも、討伐すれば通常個体では手に入らない貴重な素材まで獲得できる。
だが今は状況が異なる。四人の目当ては『サックスブルーの角』ではなく、裏ボス召喚に欠かせないアプリコットの角なのだ。色違いを倒したところで目的は叶わないのである。
「えっ!じゃあ俺たちもう一回普通のオーアンズーを倒さなきゃいけないってコト!?」
「うん」
「えーー!」
希少な敵と遭遇するという幸運が、今回に限って目的の妨げになってしまった。
「そうだよ二度手間なんだけど!ホット早く責任もって倒して!」
「そんなー!」
ユイガから理不尽極まりない発破をかけられ、ホットは悲鳴を上げながらもメイン武器の片手剣を振るう。
こうして四人は、当初の予定にはなかった超高難易度の戦闘へと巻き込まれていった。
「とにかく戦闘だー!」
テディはオーアンズーの背後に回り込むと、メイン武器である弓を構える。
三本まとめて放たれた矢は、狙った箇所を正確に射抜くが――
『グアァァァ!』
「ぐわぁぁぁ!」
「テディ!」
「怪鳥と同じ悲鳴出すんじゃねぇ!余裕か!」
「あ、気づいた?」
――突如として正面に回り込んだオーアンズーに頭突きを食らい、テディは勢いよく壁へと叩きつけられた。
その隙を逃さず、反対側にいたホットががら空きになった背中へ片手剣を振り下ろす。
「皆!オーアンズーは頭と首が弱点だよ!」
「色違いだと弱点も違うってことはねぇだろうな!?」
「同じ同じ」
「オッケー!」
――頭と首……!
テディとユイガのアドバイスを信じ、ホットは怪鳥の首に一太刀浴びせるが――
「えっ待って。堅そう。これ堅いかも!?」
――色違いのオーアンズーは通常個体を上回る強さを誇り、ホットの攻撃はほとんど手応えを感じられなかった。
「普通のオーアンズーなら倒したことあるんだけど……!」
「行け経験者!」
ユイガはメイン武器の双剣を手に、怪鳥の攻撃を見切りながら鋭い連撃を叩き込む。
「ユイガこのモンスター倒せたの!?」
すると、ホットが何気なく尋ねた。
「誰と?」
「ソロだけど?」
「あっ」
「は?」
聞き捨てならない一言を聞いた瞬間、ユイガの矛先は怪鳥から失言したダックスフンドに変わった。
ホットに悪気は100ないです。おバカなだけです。




