第213話『カタカタカタ……ッターン!後編』
ちょっとだけ短いです。すみません。
「何で!この流れだったら普通ナンバーワンの俺でしょ!」
――たった今証明されたんだから!
ユイガは、自分がタイピング上級者であるという自覚があった。だからこそ自分が指導役に選ばれるのは当然だと、微塵も疑っていなかったのである。
「そういやメトロいたなって思い出したわ。どう見てもアイツの方が強いだろ」
「確かに。俺も一緒に教わろうかな」
「いやいやあんなAIもどきっ……!どーせ大したことないから!」
「該当の発言は看過できないエラーを含んでいます」
「あ、メトロ来た」
聞き捨てならないと言わんばかりに、メトロが通話へ参戦した。
憤慨するユイガと冷静ながらも明らかに反論の意志を示すメトロ――早々にネット上で火花が散り始めた。
「じゃあ勝負だ!かかって来いよ低スペ!」
「その挑戦は受託可能……ですがデータベースを照合した結果、ユイガさんには私よりも戦闘適性の高い対象が存在します」
「戦闘適性の高い相手?」
ルゥーアが首を傾げたその時、チャットルームに新たな人物が入室した。
『お疲れ様です』
「「ラクト!?」」
「私のリソースを割く段階ではありません。まずは彼女がユイガさんの処理を担当します」
『メトロさんが手を下す価値すらありません。コイツは私が責任をもって排除します』
メトロに呼び出されたラクトは、音声ではなくチャットで参加する。彼女は挨拶もそこそこに、淡々と煽りを織り交ぜた文章を送りつけた。
「あはははは!ラクト言うねぇ!」
「お兄ちゃんをコイツ呼ばわり……」
「確かに入力速度早いな」
「ふはっ……凄ぇ悪役じみたセリフ吐くじゃねぇか」
「いきなりバチバチだ……!」
「不衛生の塊のクセして……!駆除されるのはそっちだけど!?」
こうして、ユイガ対ラクトによる『ディナー打』対決が始まることとなった。
「――では、上級者コースの『ビュッフェ』で……いただきまスタート!」
「「カタカタカタカタ!」」
テディの合図と同時に、二人の指がキーボードの上を走り始めた。
ユイガもラクトも、画面を睨みつけながら鬼気迫る勢いでキーを叩いていく。
「いや料理名長いな!」
「上級ってこんな感じなのか……」
『ビュッフェ』は制限時間九十秒。十五文字から二十文字程度の長い料理名が次々と出題される、上級者向けのコースである。
画面には『スモークサーモンとアボカドのマリネ』や『パイナップルとココナッツのパンナコッタ』といった、入力するだけでも一苦労しそうな料理名が並んでいた。
「「…」」
ユイガとラクトは長い料理名を流れるように入力し、皿が冷めてしまう前に次々と完食する。ときおりミスタイプが発生しても、すぐさま修正して次の料理へと移っていった。
「どっちも早ぇ……!」
「頑張ってください!」
観戦する面々が固唾を呑んで見守る中、二人は無言のまま一歩も譲らぬ勢いで皿を積み上げていった。
「はい終了ー!」
「はぁ、はぁ……」
「ふぅ……」
終了の合図と共に、二人は荒い息を吐く。譲れないプライドを懸けた真剣勝負で、お互いに持てる力の全てをぶつけたようだった。
「さぁ結果は……!?」
『ビュッフェ』の平均スコアは二十五皿。しかし二人の成績は、どちらもその数字を大きく上回っていた。
テディが画面に表示されたスコアを確認し、結果を読み上げる。
「――ユイガ三十五皿、ラクト三十九皿で……ラクトの勝ちー!」
「「おぉー!」」
「はぁーーー!?」
思わず叫んだユイガをよそに、周囲からは歓声が上がった。
――確かに『ラクト』と初めて顔を合わせた時もチャットを打つスピードが早いなって思ってたけど……!
ユイガが開いた口を塞げずにいると、追い打ちをかけるようにラクトからチャットが届いた。
『NTNT!他愛なくて楽しかったw!!』
『……ダンッ!』
「あはははははは!」
「クッソ煽られてる!」
「オォイ!」
ユイガの無言の台パンが炸裂し、テディとホットとナキは堪えきれずに爆笑する。
「……よっしゃユイガ!俺とホットでディナー打部作ろうぜ」
「一緒にやろ!俺もビュッフェ食えるようになりたい!」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
『草』
ラクトの煽りチャットにシェンが返信したのを見て、タンドリーがふと呟く。
「……シェンとメトロだったらどっちが上手いんだ?」
「俺」
「私です」
「あれぇ」
「ん?」
「おや?」
ほぼ同時に自分の名を挙げた二人に、テディとホットとルゥーアが思わず聞き返した。
「あはは!どっちも自分が上だと信じて疑ってないみたいだねぇ」
そしてタンドリーが何の気なしに投げかけた質問は、新たな火種を生むこととなった。
「おーおー。自信だけは立派じゃな……ディナー打起動しろ」
「ニコチンジャンキーの挑戦意思を確認。難易度を『フルコース』に設定してください」
「フ、フルコース!?」
「嘘、だよな……!?」
最難関コースの名前を聞いた瞬間、テディとユイガの顔が引きつる。
しかし闘志に火が点いたシェンとメトロは、周囲の反応など気にも留めず――堂々と豪勢なテーブルに腰を下ろした。
「キーボード諸共、埋葬しちゃるわ」
「貴方の発言を有効な情報として処理することができません」
「えっ『フルコース』ってそんなにヤバいんですか?」
「まぁ見たら分かるよ。それでは、シェン対メトロで『フルコース』……いただきまスタート!」
超上級者コース『フルコース』の制限時間は百二十秒。出題されるのは、二十文字から三十文字にも及ぶ複雑な料理名ばかりである。
「名古岡産車海老のアメリケーヌソース……腹減ってきたんだけど」
「タンドリー『鴨モモ肉のコンフィと白インゲン豆のグラティネ』って何?こんなん俺知らない」
「皮パリパリに焼いた鴨肉と白インゲン豆のグラタン」
「え?でもさっきのイラスト多分チーズなかったよ?」
「本来のグラタンはホワイトソースやチーズ使わねーんだよ」
「「へぇー」」
観戦する側は、呑気に料理の話で盛り上がっていた。その間にもシェンとメトロの指は止まらない。
「いやもう凄い凄い凄い」
「これがプロか……」
皿が消えると同時に新たな料理が現れ、二人は間断なく胃に収めていく。もはや人間業とは思えない速さだった。
「飲んでるんだけど……コース料理なのに」
「世界レベルだろ!」
『フルコース』の平均スコアは二十八皿とされている。だが目の前の二人は、その平均値などとうに置き去りにしていた。
「三……二……一……終了ー!」
そして、百二十秒の制限時間がついに終わりを告げた。
「……えー。メトロとシェンの結果は……」
六人が息を呑んで見つめる先で、二人対戦モードの結果が表示される。
「……どっちも四十五皿で……引き分けだぁー!」
「ヤバすぎ!」
「何食ったらそんななるんだ?」
「バケモンなんだけど」
「次元違いすぎて笑えねぇ……これが神ってヤツかよ!」
「背筋震えてきました……流石は双竜……」
六人は驚異的なスコアを前にただただ驚くばかりだったが――
「引き分けだぁ!?オイもっかいやるぞ!」
「同意見です。このまま終了することは、私の論理が許容しません」
――負けず嫌いの大人たちは、早くも再戦の準備を始めた。
「えっまだやるの?」
こうしてテディたちが解散した後も、シェンとメトロの勝負だけは延々と続くのだった。
(ディナー打の結果見て)
シェン「ナキお前ほんま……対人戦以外クソじゃな」
ナキ「う、うるせぇ!!」




