第211話『部活動も楽じゃない!!撃退編』
「イヤァァァァァッ!!」
「うおぉぉぉぉ!!」
「ヤバイヤバイ終わった終わった……!」
六人は一か所に固まり、身を寄せ合ったまま動けなくなってしまう。
「……」
「……?」
やがて、音が途絶えて静けさが戻る。恐る恐る顔を上げた六人が、ようやく緊張を解こうとしたその時。
『『バンッ!!』』
「「ギャーーーーッ!!」」
二か所ある出入り口から、ほぼ同時に爆音が響いた。
それは美術室を占領され続けた鬱憤と怒りが、そのまま爆発したような一撃だった。
「扉蹴るのは聞いてない……!」
「うるさい。早く退散するよ」
遥と部長は中にいる六人がいつでも出られるように鍵を開ると、一目散にその場を後にした。
そして一分後。
「うえぇぇぇぇ……」
「もう無理もう無理……」
「グスッ……ズズッ……」
「ヤバすぎ……」
「もぉ何か気分悪い……」
「眩暈ヤバ……」
不良グループ六人組は、もつれ合うようにして廊下側の出口から脱出する。美術室から遥の痕跡が消えていることにも気づかずに――荷物を引っ掴んだ六人は、逃げるように校舎を飛び出していった。
「……やったかな」
「副部長それフラグ」
「あたしだったらもう近寄らないけど……どうだろ」
遥たち三年美術部員は無人となった美術準備室で、仕掛けに使った道具を手分けして回収していた。
布を引き上げるための糸に、演劇部から借りた小型スポットライト。不気味な足音を流したスピーカーに、一部始終を撮影したスマートフォン――。
「撮れてる?」
「バッチリ」
彼女たちは片付けそっちのけで、不良グループの絶叫シーンを撮影した動画の確認に夢中になっていた。
「えっ片付け……」
その様子を横目に、遥は自分が描いた作品の前に立つ。
――でも、本当にこの方法で良かったのかな……。
筋肉がぶくぶくに膨れ上がり、目が半分飛び出した生首をキャンバスいっぱいに描き込んだ一枚――『不良グループ追い出し作戦』のために、土日と昼休みを費やして完成させた力作である。
――これで解決するといいんだけど。
時は遡り、不良グループが美術室を占領し始めてから一週間が経過した頃。
大人しい性格の女子が集まる美術部といえど、最高学年である三年生たちにはそれなりの責任感が芽生えていた。
『新入生も入部してきた以上、この状況を見過ごすのは嫌だ……皆はどう思う?』
『そりゃ何とかしたいよ。でも先生に言っても駄目なんでしょ?』
『チクったら報復来るかな……』
『AIに聞いても、すぐ他の先生に相談しろの一択だよ……。そりゃそうなんだけどさ』
『遥!学年一位の頭脳で何かいい案出して!』
『へ。まだ三年になってから一位取ったことな……あ、ハイ。今その話関係ないですよね。うーんそうだな……』
――とにかく、あの一年生たちが美術室に寄りつかないように……。
誰もが頭を抱える中、遥はとある策を思いついた。そしてやや言いづらそうに口を開く。
『ちょっと……いや大分陰湿な方法でよければ、美術部っぽい撃退方法が思いついた』
『聞こうか』
遥がひねり出した案。それは『怖い絵を効果的に披露して、不良グループに恐怖のトラウマを植えつける』という、実に破天荒で美術部らしい作戦だった。
『勿論、懸念はあるんですけど……。逆上した一年生が報復に出るかもとか、そもそもヤンキーがホラーを怖がるのかとか……』
『グロ怖い絵かぁ……でもこういう目的があるなら楽しく描けそう』
『やれそうなら新入部員と一緒に描く?』
『描いた絵は文化祭のお化け屋敷やるクラスに提供すればいいし』
『一年の不良共の泣きっ面見てぇー。演出方法は演劇部の友達に相談したらイケそう』
遥は先にリスクを提示したが、三年女子たちには思いのほか好印象だった。
『駄目元でも……遥の案やってみよう。どうせ絵を描くんだから』
『『おっけー』』
――マジか……採用されちゃったよ。
彼は標的の動向を見張る役を任され、美術室に残ることになる。他の部員たちは早速、恐怖を演出するための絵の制作に取りかかった。
――本当は先生も交えて直談判するのが一番いいんだけど……。
遥には、まだ説得によって解決したいという気持ちが残っていた。
――あの不良たちと同じクラスだっていう子も、先生に相談したところでほぼ確実に逆効果になるって言ってたし……。まぁこれが失敗したら先生に言うけど。
そうして遥は枝垂桜の絵を後回しにして、例の『筋肉がぶくぶくに膨れ上がり、目が半分飛び出した生首』を描き上げたのだった。
『――これで部長が外から糸を引くと……』
『おおー!布が全部落ちた!』
『リハーサル要員で演劇部の子が標的役やってくれるって』
『もう皆ノリノリじゃん……テンションが完全に文化祭……』
作戦の舞台である美術準備室では、部長たちがうきうきと仕掛けを整えていた。呆れ顔の遥がぼそりとコメントすると、全員の視線が一斉に集まる。
『誰が美術室に落ちた菓子クズ掃除してんだよって!』
『誰が部活に関係ないゴミまとめて捨ててんだよって!』
『こっちが陰キャしかいないからって調子に乗りやがって!』
『腹立って当然ですよねその気持ち凄い分かりますごめんなさい』
どうやらこの作戦には美術室を占領されたことだけでなく、積み重なった細かな鬱憤も込められているらしい。
こうして――最高学年としての意地と恨みを乗せた撃退作戦は見事に成功し、不良グループ六人組は強烈な恐怖を味わうこととなった。
「――僕はまだ全然ビビってるけどね?」
「一週間経った今でも?」
「流石にもう大丈夫じゃない?」
「あの後すぐ学年主任と校長にも、たむろしてる写真見せてチクったし」
「ならあの撃退作戦は完全に意趣返しじゃ……また何かあったら絶対に教えて」
「平気平気。もうすっかり平和な部活動そのものよ」
「一応ビビり動画も握ってるし」
「それ弱みになるの?」
「まぁほぼ記念やね。よっぽどプライドの高いヤツじゃないと、交渉材料としては弱いかなー」
「…」
――うーん。
遥はもう大丈夫だと楽観的に笑う同級生たちを、どこか不安そうに見つめていた。
――もしあのグループが部員の誰かに何かしてきたら……その時はシェンさんに頭を下げよう。
遥は、この件が綺麗に収束してくれることを心の底から願った。
情報の神が、彼等の真の弱みを握って潰しにかかる前に――。
おまけ『中学校生活も楽じゃない!!翠羽編』
「――はい。それじゃあ今配った『日本の気候・自然災害』のプリントを班で協力して進めてみてください」
――はぁ……。
社会の授業。翠羽は憂鬱な気分を抱えながら、机を動かして班の形に並べた。
「「…」」
――あーあ。嫌だなぁ……。
彼女は、社会の授業そのものが嫌なのではない。
「「…」」
翠羽は改めて自分の班に視線を向け、気まずそうに目を伏せた。
――私の班の人たち喋らなすぎる……!
大舞学園中学では三年間クラス替えが行われないため、全員が顔見知りになってから既に一年以上が経っている。
それにもかかわらず――翠羽の班は不運にも、互いにそれほど親しくない生徒ばかりが同じ班になってしまった。さらに全員が内気な性格のため、班活動では毎回誰も仕切らずに沈黙が流れ続ける。
――絶対この後答え合わせで順番に当てられるのに!誰かがやるだろって待ってる雰囲気もキツい……これならまだ仲良くない子とペアワークする方がマシだよ……。
翠羽は互いに役目を押しつけ合う独特な空気を前に耐え切れず、これまで何度も班の舵取りを担ってきた。
無論、誰かに頼まれたからではない。ただ誰も動こうとしない状況を前にすると、どうしても自分が何とかしなければと思ってしまうのだ。
――損な性格ってこういうのを言うのかな……。
「つらい!」
「お疲れ」
「結局今日も私が代表して言った……問五の答え……」
班活動のたびに居心地の悪さを感じている翠羽は、授業が終わると決まって友人である草重の席へ避難していた。
「何か私がやらなきゃって思っちゃって……。他の皆も絶対『小椿さんがやってくれるから任せればいいや』って思ってる……」
「翠ちゃんも人前で話すの得意じゃないのにね」
「たまには誰かやってよー!はぁ……」
――勝手に不公平だって不満感じちゃってる……私が一人で勝手に……。
「発表を誰かに任せてる人代表として、翠ちゃんに言いたいことがある」
「音緒ちゃん……」
草重もまた大人しい女子であることに甘えて、発表の役目はいつも活発な生徒に任せている側の人間だった。
「いつもホンマごめん。でもこれからも任せた」
「私もそっち側行きたいー!」
とはいえ翠羽の悩みは、結局のところ班員たちに直接伝えなければ解決しない問題だった。
――嫌だしどうにかしたいけど……そんなこと言えないよー!
結局、意見を押し通せない翠羽は――次の席替えまで発表役を請け負い続けることになるのだった。
プリント中のやり取り。
幸樹「おい日新。机動かした後に寝直すな」
日新「ちょっと時差ボケでぇ……俺と服部の間に時差があって……」
幸樹「お前どこの国にいんだよ」
日新「えーーと台湾」
幸樹「一時間しか変わんねーじゃねーか。ボケてんのはお前の頭だ」
残りの班員「「あはははは!」」
翠羽(後ろの班めっちゃ盛り上がってる……いーな……)
敦斗「あ、テディ。この問四テストに出そうな気配がする」
糸哉「お、じゃあ絶対覚えておかないとね。『地震・津波・洪水・土砂災害などが発生したときに、どの地域が危険なのかを地図上に色分けして示したもの』を何て言う?」
敦斗「バイオ……」
糸哉「うんもう違うね」
本多「犬飼君アレだよ。パンク……」
糸哉「の方でもないよ本多さん」
翠羽(敦斗君と熊本君の班もちゃんと話し合いながらプリント進めてる……いいなぁ!)




