第200話『三年分の執着』
満士が遠い目をする反対側で、糸哉も遥の肩に手を置く。
「そうそう。ナキは決断早かったよー?」
「それに比べてナイアは……みたいな空気出さないでください。僕は慎重派なんです……!」
遥は頭を抱え、それから恐る恐る顔を上げた。
「じゃ、じゃあ……一回ちょっと親に相談してもいいですか」
「そうだね。やっぱりご両親の許可がないと」
そんなこんなで、四人は一階へ降りることにした。リビングのドアノブに手をかけた遥は、一度静かに深呼吸する。
――裏プロとこれプロじゃ活動量が全然違うし、そもそもウチには実況できるような空き部屋なんてないし……。やっぱり難色を示してくるだろうな……。
それでも覚悟を決め、勢いよくドアを開けた。
「……お母さんお父さん!僕これプロに入ってもいいですか!」
「「おめでとー!」」
「ありがとう……って、えぇ!?」
すると予想に反し、父も母も姉も満面の笑みでこれプロ加入を祝った。
「よかったねーテディ君!今日はお祝いのピザパーティーだ!」
「いやーやっとか。テディ君も粘るの頑張ったなぁ」
「えー長かったねー。いつデビューするの?来週?」
「ちょっと待って!?」
――あまりにも話が早すぎる!
遥は慌てて、昼食の宅配ピザを広げ始めた家族に割って入った。
「何でそんな冷しゃぶみたいにあっさり!?もっと懸念すべき事項があるでしょ!?」
「テディ君はね?遥に断られてから、お父さんとお母さんが安心して活動に賛成できるように色々頑張ってくれてたんだよ?」
「身バレされない工夫とか、チャンネル自体も子供の趣味の延長じゃなくてちゃんと法人化してるってさ」
「え、えぇ……」
――初耳……!シェンと絡んでそんなところまで!?
それも単なる説得ではない。未成年の遥が安心して活動できる環境を整えたうえで、家族の理解を得ようとしていたのだ。
――それって僕が断ったから……?
遥はそこまでして自分をグループに入れようとする糸哉の執念じみた努力に、別の意味で寒気を覚えた。
「二番目は無理だけど六番目ならいいって言ったのは遥でしょ?友達との大事な約束も守れないでどうするの!お姉ちゃんはそんな弟を持った覚えはありません!」
「でも!お、お姉ちゃんだって困るでしょ!僕が実況を始めるってなったら子供部屋はどうするの!?今までは裏方だったから軽い会話で済んでたけど……」
すると姉は『なんだそんなことか』とでも言いたげに肩を竦めた。
「お姉ちゃんはいいよ納戸で。机くらいは置けるし、夏はベッドの部屋のエアコンつけるから」
「納戸ぉ!?」
家入家の納戸は、二階の寝室と引き戸で繋がっている。そして両親と姉は遥がこれプロに加入した場合、彼女の私物を納戸へ移すところまで話を進めていた。
「お姉ちゃんが移るの!?僕を『お前は納戸で実況しろ!』って追い出すんじゃなくて!?」
「遥がそこで実況したら皆寝られないよ」
「あ、確かに……」
あっさり論破され、遥は口を閉ざした。
「ほら、話の続きはご飯を食べながらね」
母に急かされ、遥は渋々いつものダイニングテーブルへ着く。
「うっま……!これどこのスーパーのピザだ!?」
「ナキ。世の中には『宅配ピザ』っていう出前サービスがあってね」
「テディ。このピザにピーマンとマッシュルーム乗っけといたから」
「あ、ありがとう……わぁこのピザだけ茶色と緑色だぁ」
リビングテーブルでは、三人が和気藹々とピザを頬張っている。その光景を眺めながら、家入母が感慨深げに息を吐いた。
「遥がお友達を連れてきたのなんていつぶり?」
「やめてよ」
――連れてきたかどうかは微妙だし……。
「いつも織歌の友達ばっかだもんなぁ」
「僕が向こうの家に行くことの方が多いだけ……って今そんな話したいんじゃなくて。え、もうこれプロに入るかどうかは僕の気持ち次第だったってこと?」
「「うん」」
「家族って何……?最初から僕に味方はいなかったんだ……」
「だって裏プロ?に回った時点でもう半分入ったようなものだと……」
「本当にそう。あんなゴツいPCとデュアルディスプレイと液タブまで支給してもらってさ?私の友達や彼氏も凄く羨ましがってたもん。使いたそうにしてたの宥めんの大変だったんだから」
「ごめんなさい……」
「謝るくらいだったら、有名になって芸能人のサインもらってきて」
「お父さん?」
「いつかこれプロで始球式に出てほしいなぁ」
「いやゲーム実況者ってそういうのじゃないから」
――でも正直……。
「お父さんがこんなあっさり納得してくれるとは思ってなかった……。将来がどうとか一番うるさそうなのに」
父はおしぼりで口元を拭い、眼鏡の奥の瞳を瞬かせる。その時彼は、数年前に糸哉と話した内容を思い出した。
『――遥君が僕の絵を描いてくれた時と、直接話した時に思ったんです。この人は肝心な場面でも本当の僕から目を逸らさない。きっと本当の僕を正当に見てくれるって……』
――遥以上に苦しい過去を乗り越えてきた子が、目標のために息子を必要としてくれてるんだ。遥もそれが満更でもなさそうだし……なら親の俺が口を挟むことじゃない。
「テディ君が創った組織なら大丈夫」
彼は全てを語ることはせず、ふっと肩の力を抜くように息を吐いた。
「遥も、ナキ君とユイガ君にキャラ呑まれないよう頑張れ」
「地味に気にしてるのに……でも分かった」
「「…」」
家入家の会話は、耳のいい糸哉と孝太にしっかり聞こえていた。二人とも肩を震わせ、笑いを必死に堪えている。
「お前等……何ニヤニヤしてんだ?」
「いやー?遥が入ってくれて嬉しいなって」
「俺は別にしてないけど?」
こうして――糸哉が心待ちにしていた六人組のゲーム実況グループは、四年の時を経てようやく実現したのだった。
「――あ、でも一個だけお願いが……」
「うん?」
遥は指先をもじもじさせつつ、きっぱりとした口調で頼みを伝えた。
☆彡
今回これプロが実況するゲームは『ティーコーヒーショップ・シュミレーター』――プレイヤーがカフェの店員や経営者となり、客からの注文を受けて料理や飲み物を提供しながら、店舗の管理・拡張を行っていくシミュレーションゲームである。
最大六人までの協力プレイにも対応しており、次々と押し寄せる客を皆で協力して捌いていくのが基本的な遊び方だ。
「次々と訪れる客の注文を受け、カフェスタッフの仕事を疑似体験するゲーム――諸君!これが『ティーコーヒーショップ・シュミレーター』である!!」
そんな華々しい口上と共にオープンしたのが、今回の舞台となる『KP's Coffee』。
テディ、ホット、タンドリー、ユイガ、ナキの五人は一丸となって注文を処理し、得た利益で次々と新メニューを開放していく。
「俺たち……カフェ店員いけちゃうなぁ!」
「五人も必要ないな」
「楽勝なんだけどー」
「簡単簡単!」
忙しくはあるものの、五人で役割を分担してしまえばどうということはない。
そして順調に店舗レベルが上がり、店舗に新たな設備としてドライブスルーが解放された。
「さぁ……ウォーミングアップはここまでだ」
テディはドライブスルーの仕様を確認した後、スタッフルームに全員を集める。
「スタッフ諸君!ここからはゲームモードを『ハード』から、どのプレイヤーも三日で音を上げると言われている最高難易度『津波』に変更するよ!」
「つ、津波?」
「了解」
「……(ダッ!)」
「(ガシッ!)ユイガコラァ!無言で逃げんじゃねぇ!」
店内に戦慄と緊張が走る。しかし、これこそが今回の実況における本当のスタートだった。
これプロの動画では様々なジャンルのゲームを取り上げ、その魅力や攻略法を紹介している。中でも、高難易度のゲームを限界まで突き詰める実況は彼等が積極果敢に挑戦している分野の一つだ。
だからこそ『ティーコーヒーショップ・シュミレーター』でも、ただ仲間と楽しくカフェを経営して終わるつもりはない。
――普通に遊ぶだけなら、他の実況者や配信者と何も変わらないからね。
誰も本格的には踏み込んでいない領域――ここから先こそが、これプロにとっての本番だった。
「「いらっしゃいませー」」
早速始まった、難易度『津波』での営業は――
「はい22番!トールリストレットダブルショットノンファットミルクエクストラホットカフェラテ!」
「お待たせしま……えぇ!?ドライブスルーの客が目の前で帰ったー!」
「くそっ、ハニーソースの在庫がねぇ……!おい誰だ昨日発注した奴!」
「俺だけどっ……って欠品欠品欠品!あーもうタンドリーが急に言うから22番のヤツを23番のテーブルに置いちゃった!」
「オイ22番と23番に低評価ついたぞ!どっちもダメになってんじゃねーか!」
――怒号と嘆きが飛び交い、初日から未知の領域の殺人的ラッシュに呑み込まれていた。




