第199話『要求は直球で』
遥の二つ上の姉、織歌は――借りてきた猫のようになっている孝太に、背後から蕩けた笑みを浮かべて頬ずりした。
「ちょーっと逃げないように捕まえて、私がクリアできなかったミッションやってもらってるだけ」
「初対面の推しにさせることそれで合ってる!?絶対お姉ちゃんにビビってるよ!」
――怖すぎてゲーム以外の情報シャットダウンしてるだけだ……!ユイガごめんなさい……!
遥は内心頭を抱え、最後にダイニングテーブルへと視線を移した。そこで母と向かい合って座っている少年を見て、遥は目を細める。
――糸目だし……そうだよね?
「じゃあ……貴方がテディですか?」
「そうだよー。あ、これ神奈浜土産」
「あ、ありがとうございます」
「遥、聞いて聞いて。これねー五月限定の味なんだって。テディ君ね、お母さんが抹茶好きなの覚えててわざわざ買ってきてくれたんだって!」
「!?」
――覚え……え?仲良し?
その一言を耳にした途端、遥の指先はお土産の菓子の手前で凍りつき、体中から血の気が引いていった。
「何で……?お母さんとテディって……」
「たまーに連絡取り合ってるよ」
「えぇーっ!?」
「当たり前でしょー」
「やっ……えぇ!?」
――全然知らなかった……!許可下りてから今まで何も怒られなかったし……。
裏プロでの活動も、契約の枠組みはこれプロと同じである。異なるのは仕事内容だけだ。仕事に使うPCや液晶タブレットも、これプロの経費で揃えてもらっている。
「遥は最近このサムネ作りましたよーとか、新企画の準備手伝ってくれたんですよーとか。色々ね」
「えっお母さんそんな話全然してくれたことない……」
「だって『凄いねー。上手いねー』って褒めても全然『まだまだだから』とか言って嬉しがってくれないから。褒めがいなくてつまんない」
「それは……ごめんなさい」
――だって本当にそう思ってるから……!もっと上手く早くなれると思ってるし。
「お母さんとお父さん特に小言とか言わなかったでしょ?テディ君が色々話してくれるし遥のこと逐一気にかけてくれたお陰よ?」
「そ、そんな……」
――文句言われないのは僕がちゃんとしてたからじゃ……だけじゃなかったの……?
遥が中学の大切な時間をこれプロに費やしても口出しされなかったのは、自分自身が学業や私生活に抜かりなく気を配っていたから――そう思っていた。だが、それだけではなかったのだ。
「一旦さ、三人とも二階に上がってください!」
遥はその事実から目を背けるように、三人を連れて自分の部屋へ向かった。
「あ、ひょっとしてお姉さんと相部屋?」
「はい……」
「寝る場所ないんだけど」
「あ、寝室は別で……」
「え、凄ぇ!これアレだろ?液タブってヤツだろ!?」
「そうですね。皆さんのイラストを描く時もこれで……って、まず自己紹介いいですか!?」
部屋に入った途端、三人は思い思いに周囲を見回し始める。遥はそんな三人の前に正座し、丁寧に頭を下げた。
「初めまして!僕が裏プロのナイアです!えーと今回会いに来てくれたのは……」
「あ、僕テディね。隣にいるのが……」
「俺ぁナキだ!夜露死苦!」
「で、慣れない場所に緊張してナキの後ろに隠れてるのがユイガだよ」
「…」
「テディとユイガさんとナキさ」
「呼び捨てでいいっつってんだろ」
「ハイッすみません!」
――このタイミングでこの三人が来たってことは、絶対に連休だから遊びに来たってわけじゃない……!
知能が高く察しの良い遥は、ここへきてようやく三人が訪ねてきた理由に見当をつけ始めていた。
「……僕クビですか?」
「まぁ……移籍?裏プロからこれプロに。でも公式絵はこれからも描いて欲しいな」
「やっぱり……」
テディから直接コンタクトがあり、通話をしたあの日。絵を褒められた次の瞬間には実況へ誘われ、遥は反射的に断った。
『――つまり、時期的にまだ早いし僕と二人でやるのは嫌ってコト?』
『そうです……僕ゲームなんてほぼしたことなくて』
『僕、いずれ六人実況がしたいからチャンネルをグループ名にしたんだよ』
『え』
『だからいつになるか分かんないけど、いつか五人揃ったら六人目の枠に君を入れていい?』
『五人……全員プロゲーマーとかですか?』
『分かんない。まだ僕もゲーム実況の世界に入って二か月経ってないし。時と縁に任せて、僕が一緒に活動したいなーって思う五人を集めるよ。絶対に』
『……また、五人揃ったら考えます』
『仮で抑えとくからね!仮!仮だから!』
『わわ分かりました!』
それでも一度見つけた獲物を逃さないテディは粘り、裏プロの勧誘と同時にメンバー入りの話は後回しにするという約束を取りつけたのだった。
――あの時はどうせ僕以外で理想の六人目が出て来るかもとか思ってた……。
遥がガクッと項垂れる。すると、満士の背中越しに孝太が不服そうな顔で睨んできた。
「何でテディに誘われた時すぐ入らないで裏プロになったの?」
「いや僕にとっては裏プロに籍を置くこと自体も恐れ多くて……だって当時小六ですよ!?」
「俺は小六から入ったけど?」
「だからユイガさんのことは本当に尊敬してます。他の皆さんもそうですけど……あ、この前のウェルテックスの新キャラ解説凄い良かったです」
「む」
「お、子猫が寄って来たね」
「チョロくねぇか?」
直に褒められたことで、孝太はあっさり警戒を解く。彼が糸哉と満士の間にちょこんと座ったところで、織歌が四人分の飲み物を持って来た。
「「ありがとうございます」」
「いえいえ~」
そして当然のように自分の机の椅子へ腰掛けた。
「何でいるの!?空気読んでよ!」
「えー?だって今からテディと交渉するんでしょ?三対一じゃ可哀想かなーって。お姉ちゃんなりに空気読んだんだけど?」
「お気遣いありがとうございます……でも大丈夫」
一瞬だけ姉の同席を許しかけた遥だったが、すぐに考えを改める。
――僕の問題だから……ちゃんと向き合わないと。
「……じゃ、本題に入ろうか」
姉が部屋を出ていったタイミングで、糸哉は人の良さそうな笑顔を浮かべた。
「宣言通り、遥をこれプロの六番目としてスカウトしに来たよ」
「……はい」
「裏プロには補充が入るし、僕は君と一緒に、六人でゲーム実況したいから誘ってる。だから……お願いします!諸々の葛藤は捨てて入るって言って!」
「…」
「……俺も、ナイアなら別にいいと思うけど?」
「俺もお前がハンパねぇのは分かってっからさ。ウチの下に入りゃあしっかり面倒見てやるよ」
「ユイガさんとナキまで……」
――とうとう……ついに来てしまった……しかもそんな風に誘われたら『僕以外にももっといい人いますよ』なんて言えない……。
あまりにも真っ直ぐで、あまりにも遠慮のない勧誘に――遥はぐったりと肩を落とした。
「……でも僕、今年受験で」
「ユイガ。お姉さんの机の上にある紙取って」
「え?」
「……これ?」
孝太が躊躇なく手に取ったのは、遥の成績表や志望校判定が記された模試の結果表だった。
「どれもこれも九十点台なんだけど!一位の科目もいっぱい……」
「マジか!志望校も全部オールA判定だぞ!」
「ちょっ何でっ……!見ないで!?」
――何で都合よくそんな紙がお姉ちゃんの机に……!?
遥が慌てて取り返そうとする中、ふと先程の出来事が脳裏をよぎった。
「……っ!さっき飲み物を持ってきた時……え?お母さんだけじゃなくてお姉ちゃんもグル?テディ!?」
「やー本当、こんな隙のない成績表は初めて見たよー」
暗躍の片鱗を察した遥は、勢いよく糸哉を振り返る。だが当の本人は悪びれるどころか、感心した様子で遥の成績表を眺めていた。
「ナイアよぉ……どんだけ難関高校目指す気だよ!これで受験心配なら俺はどうなんだよ!」
「ぅっ」
「そうだそうだー!ナキの終わりっぷりを知っててよくそんなことが言えたな!」
「誰の頭が終わってるってぇ!?」
「にゃーっ!」
孝太と満士の騒ぎを横目に糸哉はカーテンを閉め、スマホのライトで遥の頭上を照らす。
「僕は君の成績も進路先も各ゲームの実力も把握している……さぁ他に加入を渋る動機は何だ!」
「そうだそうだー!吐いて楽になっちまいな!」
「いやっ……えっと……」
取調室を思わせる空気に追い詰められた遥は、助けを求めるような眼差しを満士に向けた。すると彼は、憐憫に満ちた眼差しで彼の肩に手を置く。
「ナイア。悪いことは言わねぇ……諦めろ」
「ナキさぁん!」
「俺の時も同じ感じだったぜ……会って数分で獲物認定された」
――俺もナイアみたいにうじうじ渋ってたら、外堀から埋められてったんだろうな……。やっぱテディ怖ぇ。
糸哉「お姉ちゃんいるのいいね」
遥「いや全然」
糸哉「そうなの?」
遥「汚れ仕事は全部押し付けられる……クモ出た時とか床に牛乳零した時の掃除とか検尿とか」
糸哉「待って最後」




