第197話『テディの瞳は何の色』
しかし、それを見た蓮夢は余計に困惑する。
「黒目とか赤目とか金色の目とか……。え、公式はどうなの?」
「まだ一回も出したことないな。じゃけぇ視聴者も好きに予想して描いとる」
「予想……え、特に何も考えてないとかじゃないの?」
「一応ある」
「えー見たい!見して!」
「それは予想当てんと。今まで正解した奴一人しかおらんけど」
「一人!?ガチ!?どんな人?」
蓮夢が声を弾ませて食いつくと、シェンは愉快そうに笑う。
――丁度今くらいの時期じゃったっけ……。
「ナイア分かるか?これプロの立ち絵とかサムネのイラスト描いとる奴」
「え!ナイアってこれプロリスナーだったんだ」
「そー。アイツから急にSNSのDMでファンアート送ってきて。そっからテディが勧誘したって流れじゃ」
「ふーん……テディとナイアの出会いもっと詳しく!」
蓮夢がシェンから当時の経緯を聞いている頃――糸哉もまた、孝太と満士にほぼ同じ話をしていた。
「――と言っても、そんな深い話じゃないんだけどね。ナイアの方からDMで僕が開眼してるイラストを送られてきて、それがめちゃくちゃ好みで……。シェンに素性を調べてもらってから彼をスカイコードに引っ張り出したの」
「真ん中らへんに不穏なワード混ざってんぞ」
「…」
――俺も絵が描けてたらテディに直接スカウトされてたかな……。
孝太は、自分と同じくファンから繋がりを築いたナイアを少しだけ妬ましく思った。
「最初はメンバーとして勧誘してたんだけど……」
「へぇ」
「はぁ!?聞いてないんだけど!?」
「アハハ。初めて言うからね。でも食い気味に『無理です』って言われて取り付く島もなかった」
――あの時は普通に凹んだなぁ……。
「アレだろ?お前が怪しすぎて不審に思われたんじゃ……ってナイアはテディの視聴者か。じゃあ俺のケースとは違ぇな」
「まぁ理由はまさにそれだね。僕のことを知ってて尊敬してたから、自分には荷が重いって思っちゃったみたい」
「成程なぁ……」
「痛いくらい分かるんだけど」
断らなかったバージョンが自分という話を聞いた孝太は、激しく共感するように何度も頷いた。
「ナイアの年は知らないけど、例え何歳になっも崇拝してる人と同じグループに入ってしかも二人実況するとか普通にヤバイよ。もう四肢が爆散しちゃう」
「そんなになの!?」
「あー。憧れてたボーカルからいきなりバンドに誘われるみたいなもんか?」
「ナイアの中ではそうだったみたいだねぇ。でもこっちだって見つけちゃったから。もう彼を知らない頃には戻れなくて、このまま手放したくなくて……まずは専属イラストレーターとしてナイアを裏プロに引き込んだんだ」
――その交渉も大分骨が折れたけど。
「で、今回の招集は何だよ。『交通費出すからPWにナイアの地元遊びに行かない?』って……」
満士は老人ばかりが乗ったバスに揺られながら、初めて訪れる名古岡の景色を物珍しそうに眺めていた。その隣に座る孝太も、糸哉の話を聞いて今回の本当の目的を何となく察し始める。
「ナイアと約束したんだよね」
バスを降りた糸哉は、刻一刻と近づいていく目的地を前にふっと笑った。
「いつになるか分かんないけど……『もしこれプロが五人揃ったら、最後の六人目を君にするね』って」
「まさかお前、俺の時みたいに……」
――今からナイアの家に突撃してこれプロの枠にねじ込む気か!?
「マジでさぁ……それしかやり方知らねーのかよ!」
「ナキの時は本当に偶然だったけど、ナイアは決定事項だよ……三年前からの」
ようやく真意に気づいた満士が、目の前の一軒家を見上げながら一歩後ずさる。だがその肩を、意外にも力強い糸哉の左手がガシッと掴んだ。
「何で今回、僕がユイガとナキを選出したのか分かる?」
「…」
「俺がこれプロの四番目で、ナキが五番目……」
「そう!これから会いに行くのはナイア……これプロの六番目(確定)だから!後半組の顔合わせみたいなもんだね!」
「……俺はナイアが六番目に来るのは大賛成だけど。ナキは?」
「文句はねぇけど……ちゃんと本人の了承は取ってんだろうな?渋ってる奴を無理やり身内にする程、俺ぁ腐っちゃいねぇ」
「でもナイアってナキと同じ中三だよ」
「え!?」
「ちょっと待て。アイツ同い年だったのかよ!?」
――大分話変わってくるぞ!急に親近感上がったじゃねーか!
突然開示された情報に、満士は改めて考える。
――六人目が俺より年上なのはちょっとアレだな。テディがこの先ナイアくらい良い奴を見つけられるのかって話で……。
「……一旦うるせぇ!!!行こう!!!で行くか!」
「よーし!」
逃がす気など微塵もない糸哉を筆頭に――意思を揃えた孝太と満士は、ナイアが住む家へと乗り込むのだった。
☆彡
『――家入遥……じゃあナイアだ!フルネームはナイア・ドルフィン!』
これぞ、彼が本名を開示した折に生じた『ナイア』誕生の瞬間であった。
家入遥は、幼い頃から絵を描くことが好きだった。風景画、肖像画、静物画――ジャンルを問わず、描くことそのものに夢中になっていた。
鉛筆や色鉛筆が紙の上に残す線。絵の具を混ぜたときに生まれる色。道具によって変わる質感。その一つひとつに魅了され、気づけば同年代の子供たちとは一線を画すほどの腕前を身につけていた。
小学校五年生まで絵に全身全霊を注いでいた遥にとって、他の娯楽はほぼ眼中になかった。その姿は、同じ年頃の子供たちからすればどうしても奇異に映ってしまう。
『また花とか動物の絵ばっか描いてるー!女子かよ!』
『家入ってちょっと変だよな』
『……!』
――皆が皆、褒めてくれるワケじゃないんだ……。
初めて真正面から向けられた同級生たちの嫌悪に、遥はひどく落胆した。
その日は一日中しょげ返っていたが――後々不愉快さが湧いて来た彼は、揶揄ってきた男子たちがよく話題に上げているゲームや漫画を調べて模写の練習を始めた。
――何か違う?え、空想上の生き物って普通にイルカとかクラゲ描くより難しい……!
武器を構えて派手なポーズを決めるキャラクターは、比較的早い段階で思い通りに描けるようになった。
ところがモンスターは別次元の壁だった。無数の鱗、硬い甲殻、鋭い棘、複雑な皮膚の皺など――描き込むべきものが途方もなく多い。
これは小学五年生の十一月、遥が初めて直面した『絵の壁』だった。
「っ……!」
納得のいく絵にならない。何度やり直しても、思い描いた完成図には届かない。
「でも……」
――楽しい……!最初はこんな怖くてキモくて不気味なモンスターなんて全然好きじゃなかったのに。花とか建物を描いた方がずっと楽だけど……もっと上手にカッコよく描きたい!
それでも、筆を止める気にはなれなかった。
――とにかくもっと描くしか……。
そこからの遥は、ひたすら地道な練習を重ねた。
頭部の構造、翼の付き方、骨格、筋肉の流れ、鱗や甲殻の質感――そして立体感を生む陰影。
細かなパーツをひとつずつ研究し、描いては直すことを繰り返す。やがて、その成果は少しずつ形になっていった。
『えっ凄ぇ!ドリームボールのエメラルドラゴンじゃん!ガチ上手ぇ!』
『なぁなぁ!テンピースのロフィも描いてくれよ!』
『そうだ!誰が家入の絵で一番上手く塗り絵できるか勝負しようぜ!』
『えぇ!?俺の色鉛筆、全部折れてるって!』
『何でだよ買い直せ!』
『……あははっ!ちょっと待って!前に描いたヤツ渡すから!』
いつしか学校で遥が描くものは、写実的な絵だけではなくなっていた。
戦隊ロボット、銃火器、怪物、乗り物――男子たちが興味を持つものを片っ端から自由帳に描いていく。そして遥は、クラスの男子たちの心をがっちり掴むことに成功した。
――やっぱり絵って偉大なんだ……それに賞を取るより、クラスの皆が喜んでくれる方がいいな。
絵を通じて誰かと繋がれる。そのことを実感した遥は、さらにサブカルチャー方面の絵へとのめり込んでいった。
そしてついには、二歳上の姉に頼み込んで家庭用ゲーム機を借り、お年玉を使ってハンティングアクションゲーム『モンスターバスター』とバトルロワイアルゲーム『サートナイト』を購入する。
『絵の参考にするために買ったんでしょ?ならお姉ちゃんが遊んでもいいよねぇ?』
『いいけど……お姉ちゃん勉強は?』
『え??』
『ごめんなさい』
結局、実際にゲームをプレイするのは主に姉の役目だった。
遥はその横で画面を眺めながら、冬休み中ずっとゲームの世界を堪能した。
幻想的でありながら、どこか現実味のある風景。巨大なモンスターの質感。光の当たり方によって変化する色彩。
――もう超大作映画じゃん……!ゲームのグラフィックってこんなに異次元だったんだ!
それらは、遥にとって最高の資料だった。
孝太と満士 ファーストコンタクト
糸哉「あれ。満士の髪が黒くなってる」
満士「おー」
糸哉「(自分の後ろに隠れてる孝太を見て)ほーら孝太。ナキだよー。黒髪でもチンピラオーラ隠せてないけど怖くないよー」
満士「おい」
孝太「……全然弱い虫っぽくないんだけど」
満士「誰が弱虫だコラ。逆にユイガは眼鏡外せばまんまじゃねぇか」
糸哉「ホラ孝太。僕より満士の後ろの方が安心感あるよ。僕より背ぇ高くてガタイもいいし」
孝太「(スッと糸哉から満士に移動)……悪くない」
満士「……ガム食うか?飴もあるぞ」
糸哉「対応が完全に可愛い孫相手にしてるお爺ちゃん……!じゃ行こっかぁ」




