第196話『華麗なるフェスティバル』
プラチナウィーク――略称PWとは、四月末から五月上旬にかけて祝日が集中する期間のことを指す。
大舞賀駅前の公園では、その期間中の土日を利用して『大舞賀カレーフェス』なるイベントが開催されていた。
「翠羽。今日朝飯食べた?」
「サラダとバナナだけ……」
「やっぱそうだよな!俺も抜こうと思ったんだけど、母ちゃんにスムージーとヨーグルト流し込まれた」
「ふふっ!じゃあお互い万全だね!」
――このフェスで食い倒れる準備が!
『ヨリドリカレー』も出店する――そんな知らせを幸樹から受けた敦斗と翠羽は、友人が手伝う店に顔を出すついでに、フェスの会場に足を運ぶこと自体をデートとして設定していた。
「敦斗君はまずどこ行きたい?」
「カレーコロッケとカレーパンと牛すじカレーとカツカレーと、あとカレーうどんもアリ……!」
「全部ガッツリ系!ただでさえカレーって重たいのに!」
「だってもう腹減ってきた……」
「ふふっ!私は一旦、カレーポテトかカレー豚汁かな」
「あ、でもあそこ……!」
二人が入り口付近を見る。そこには見覚えのある屋台――『ヨリドリカレー』の看板が出ていた。
「幸樹ー!」
「来ちゃったよー!」
「……ご注文は?」
「えっアツトにスイハちゃん!?来てくれてありがとー!」
幸樹は友人相手にも一切の感情を見せず、完全に店員の顔で接客している。対して隣に立つ幸樹の母親は、息子以上に二人の来訪を喜んでいた。
折角だからと敦斗はカレーナンドックを、翠羽はタンドリーチキンとラッシーのセットを注文する。
「タンドリーチキンがオススメなんですか?随分目立たせてるから、つい選んじゃった」
「……まぁウチの屋台でしか出してないからな」
「え?それ言ったらナンドックだって限定メニューじゃん。こういうイベントでしか作ってないんでしょ?」
「そうだな……」
なぜか幸樹の返事は歯切れが悪い。そのまま視線を落とした幸樹の背後から、女性客たちの会話が聞こえてきた。
『ねぇ見て!タンドリーいるよ!』
『ホントじゃん!えー絶対食べる!』
『どうせなら三本買わない?アタシ二本食べる』
『あははっ!最高!やっぱタンドリーは3よね!』
「……!」
翠羽以外の全員の肩がピクッと跳ねる。だが幸樹はそんな空気をよそに、淡々と注文の品を差し出した。
「……はい。ナンドック単品とチキンとラッシーのセット(去年の秋のイベントでもタンドリーチキンを目玉で売ったら、視聴者っぽい客が結構買ってった)」
「サンキュー(ちゃんとタンドリー推し釣れててエグ……!大丈夫なのそれ!?)」
敦斗と幸樹が目だけで会話を交わす。屋台の奥では、幸樹の両親が『計画通り』とほくそ笑んでいた。
『諸君!これがプロである!!』は、今では登録者数百十一万人を数える大型ゲーム実況グループである。そこへ『これプロのタンドリー』の知名度が日々上昇している流れも重なり、両親は競合ひしめくカレーを売るよりも、名脇役のタンドリーチキンに集中した方が集客に繋がると踏んだ。
幸樹の両親は、息子の保身より売り上げを取ったのである。
「全然隣で食べてていいからね。グフフ」
「下衆笑いやめろ」
『――なぁ!あそこで超可愛い子が何か肉食ってる!』
『ガチじゃん!うわ、何か小腹空いてきたー!』
『えっ、待って?エグいイケメンいる!』
『はぁヤバッ!ちょ近く寄ろ!』
駄目押しとばかりに、屋台の横では敦斗と翠羽が並んで食事をしている。
思わぬ広告塔まで手に入れたことで――まだ午前十時だというのに、二人につられて『ヨリドリカレー』の前で足を止める客が少しずつ増え始めた。
「な、何か急にお客さん集まってきたね……!」
「余裕ある時ほど客来ないクセに来る時は一気に来るんだよな……」
「あーそれ俺もちょっと分かるかも。レジ空いてるラッキーって思ってたら、いつの間にか列できてる時ある」
二人はこれ以上目立つ前に幸樹へ別れを告げる。
「じゃーまた」
「頑張ってね服部君!」
「おー」
こうして敦斗と翠羽は、興味津々の視線から逃れるように屋台を離れ、二人きりの食べ歩きを楽しむことにした――が。
「……おい!」
「え?」
「服部君?」
二人が振り返ると、先程別れたばかりの幸樹が、険しい顔でズンズンとこちらへ歩いてきた。
「どしたの?」
「何かあった?」
二人が目を丸くしたその時。幸樹が手前にあるゴミ箱の裏へ手を伸ばした。
「何ストーカーしてんだコラッ!」
「ピィーーッ!」
「えっ蓮夢君!?いたの!?」
「服部君の弟君!?」
次の瞬間、悲鳴とともに首根っこを掴まれた蓮夢が引きずり出された。
「だって敦兄と小椿のおねーちゃんがデートしてるとこ初めて見たから!」
「そんな理由で許されると思ってんのか?」
「幸樹!俺たちは全然いいから!ねぇ翠羽!」
「うんうん!服部君、弟君の首締まっちゃうから!離してあげて?」
「……チッ」
幸樹は舌打ちしながら手を離す。解放された蓮夢は地面に着地すると、幸樹から「よそ様に迷惑をかけるな」と改めて叱られた。
「尾行するくらいだったら一緒に回ればいいだろ」
「え、蓮夢君って今日一人でここにいるの?」
「うん」
「そうなの!?なら私たちと……」
善意から誘おうとした敦斗と翠羽だったが、蓮夢は訳知り顔で首を横に振った。
「一人でも平気だって。それに俺はノンデリKYの幸兄と違ってデートの邪魔になるようなことしな」
「ごみ焼却場は何処だ……!」
「ヤメテ!怒んないで!」
「あ、『嘘』とか『冗談』とかは言わないんだ……」
「さっき怒られたばかりなのに全然懲りてない……!」
敦斗と翠羽は今にも弟を丸焼きにしかねない幸樹を必死に宥め、蓮夢は辛うじて焼却処分を免れた。
「蓮夢君、本当に一人で平気?」
「うん。一応ぼっちじゃないし」
そう言って蓮夢は、手首のスマートウォッチと耳元のイヤリング型ワイヤレスイヤホンを見せる。それは去年の六月、リトルワークスへ遊びに行った際に貸し出されたシェンとの連絡用ツールだった。
「あーね?じゃあ無問題だ」
「え?大丈夫なの?」
翠羽はまだ少し不安そうだった。会場にはかなりの人がいる。小学五年生とはいえ、蓮夢を一人で歩かせて大丈夫なのか――同い年の妹を持つ身だからか、彼女は人一倍そのことが気にかかった。
――まぁシェンのこと知らなかったら心配するよな。
そんな翠羽の視線を感じ取った敦斗は、蓮夢の頭を軽く撫でた。
「親戚のおじ……兄ちゃんと通話繋がってるから大丈夫だよな?」
「うん!ご飯買った後にーさんの家で食べるんだ!」
「ずっとここにいるワケじゃないんだね……。ならいっか」
――へー。服部君の親戚もこの近くに住んでるんだ。
「じゃあねー!」
無事にデートを邪魔せずに済んだ蓮夢は、二人へ手を振って別れる。
「後でホットは火ダルマにして殺すか……」
「シェンっておじさんなの?」
「……早くカレー買ってこい」
通話で指示を受けながら、蓮夢が向かったのはシーフードカレーの屋台――ではなく、カレーポテトの店だった。
「オイ俺のカレー!」
「ちゃんとこれ食べながら買うから!」
「……って言っといてジューススタンド寄るな!両手塞がったら買えんじゃろーが!」
見守り役のシェンから飛んでくるツッコミもどこ吹く風である。途中で買い食いをしながらも、おつかいはつつがなくこなしていった。
☆彡
「――はぁ、はぁ……はいっ!ビーフカレーパンとナンドックとシーフードカレー!」
「カレーパン買ってから急に走り出すけぇ転ばんか冷や冷やしたわ」
「だって揚げたてって言われたから!」
はあはあと息を切らす蓮夢から品物を受け取ったシェンは、まだ温かいカレーパンとナンドックを見てふっと口元を綻ばせる。
――シーフードカレーは夜飯ー。
満足そうに頷いたシェンは、買い物のお釣りを全て蓮夢に渡した。
「――ふぉー言えは糸兄って、今の俺くらいの頃にはもう実況者だったの?」
別々の部屋で昼食を取りながら、蓮夢はふと気になったことを話す。
「そうじゃな。小五に上がる直前で始めたけぇ……アイツ当時の連休中はずっと憑りつかれたみたいに編集とゲームやっとった」
「努力のバケモノじゃん。やっぱ凄ぇや……」
自室でパンを頬張っていたシェンは、尊敬の念に満ちた蓮夢の声を聞いて失笑する。
――アイツからゲーム実況取ったらただの化け物じゃけーな。
「でもやっぱ顔がよくないわ!『テディ』の!」
「びっくりした。急に顔面ディスしたんかと思った」
「声ものんびりしてるし、いつもニコニコ顔だからイマイチ強そうに見えないっていうか……。テディって目ぇ開けないの?」
「視聴者が描いたイラストならたまに開眼しとるの見るで」
「へぇ」
蓮夢がスマホを取り出し、『これプロ テディ 開眼』と検索すると――画像欄には、片目だけ開けたものから両目を見開いたものまで、様々なタッチで描かれたテディのイラストがずらりと並んだ。
――え……何だこれ。




