第195話『春眠暁を覚えず』
『ウェルテックス』――三人一組のチームで戦う、ハイスピード型FPSバトルロイヤルゲームである。
四月下旬。温暖化が進むこの世界では――春がまだ名残を残すうちから、初夏の気配がじわじわと広がりつつあった。
「――ヤァ視聴者諸君。本日二十時はユイガとさがんさんでウェルテックスのフルパ(ーティ)配信だよ」
「ねぇナキビー」
「何だいユイガ」
「さっきフルパーティーって言ったよね」
「そうだよ。ウェルテックスのフルパは三人だからね」
「でもボイスチャットには、俺とナキしか……」
もっとも、一部のゲーム実況・配信者には季節の移ろいなど無関係である。年がら年中エアコンで快適な自宅にこもっていれば、春眠暁を覚えずといった有様だった。
「困ったねナキビー」
「そうだね。まさか誘ってくれた本人が未だに応答なしなんて。ドッキリかな」
本日二十時。これプロチャンネルでは、ユイガ視点でナキとQH所属のさがんを加えた三人による『ウェルテックス』の配信が予定されていた。
ところが配信開始時刻になっても、肝心の三人目がボイスチャットに現れない――そして現在の茶番に至る。
「生放送でこんなアクシデントは初めてだねユイガ」
「そうだねナキビー。さがんさんはきっと、先輩として俺らに試練を課したんだよ。プロ配信者は突然のトラブルに見舞われても動じずに対応してこそだって」
「カッケェ……。確かに撮影は結構やってきたけど、配信は俺まだあんまやれてないわ」
二人はノリで始めた裏声のまま、幼児向け教育番組さながらの口調で場を繋ぎ始る。コメント欄も『さがん寝坊?』『これどういう状況?』『大丈夫?』など、困惑と疑問の声で埋まり始めていた。
「さがんさんはきっと、夢の世界で俺たちとウェルテックスしてるんだね」
「そっかー。じゃあ俺もそっちに行かなきゃ」
「駄目だよ。こっちの世界でウェルしようって言ってくれたのは向こうの方なんだから」
「グループ実況者だったら、急遽代打で空いてるメンバーねじ込めるのにね」
「ナキビー。QHはあくまでプロゲーミングチームだから。グループ実況者とは距離感の性質が違うんだよ」
「へぇ!要するにアレだろ?これプロが家族なら、QHはビジネスライクな距離感ってコトだろ?」
「……そうだね!俺は『戦友』っていう聞こえの良い表現を使うけど」
『合ってるけどw』
『ぶっこみすぎ』
『確かにあーいうミスに対しての責任は薄いか』
「……アー。『さがん来るまでずっとフリートーク?』ってコメントが来ちゃった……っし、じゃあそろそろ始めるか」
「あ、待って。まだ(地声)戻んないで」
「ン?」
「今、俺たちの配信を見た心優しいヒーローが『俺入ろうか?』ってチャット送ってくれたよ」
「ヒーロー誰だよ」
「スーパーヒーローGIBA。あとTEDDYも」
「ッフ……。さがんさんが謝罪する相手を増やそうって魂胆かい?」
「でもそれで穴埋めちゃったら、さがんさん出るに出られなくなっちゃうかな。俺だったらそのままスーパーヒーローに任せて二度寝キメるけど」
「最低カスッ!それにTEDDYも来るなら四人になっちゃうよ。ウェルテックスは三人までなのに」
「なら四人がフルパのサトナやろ」
「ゲーム変わってフルパしたら流石の俺も寝たフリかますわ!さがんさん可哀想すぎるだろ!」
『やりすぎ』
『それはやめたれ』
『寝坊した方が悪いけどそれはグロい』
流石に寝坊しただけの相手にそこまでするのは酷だと判断し、ユイガは二人のヒーローの救援を丁重に断った。
「さて……」
「さて。茶番で五分使いましたが、未だ浮上しておりません」
「ま、やってたら時間溶けるだろ!」
「じゃあ……一人野良入れてやるかー」
二人は地声に戻り、野良――ランダムでマッチングした見ず知らずの味方メンバーを一人加えてウェルテックスをプレイすることにした。
こうしてさがんを待つこと一時間。マッチングを待つ間、ユイガが裏声で会話を始める。
「ねぇねぇナキビー」
「どうしたのユイガ君」
「配信開始から一時間経ったよ」
「あれぇ。今日って俺とユイガで突発ウェルの日だっけ」
「ねーさがん視聴者に聞きたいんだけど、こういう時さがんさんって体調不良とかじゃないよね?普通に寝坊だよね?」
「……あ。『一時間はわりとよくやってる』『前もそれくらい遅刻したことある』……視聴者がこう言ってるってことは結構やってる?」
「さがん視聴者の間では、一時間はギリ大遅刻じゃないんだね!」
「どうする?一回電話かける?」
「……いや。俺は自然に起きるの待ちたい」
「記録伸ばそうとしてやがる……。ならさがんさんが起きるまで待って、三人でウェルテックスができるまでやるぞ!」
「言うてまだ二十一時だし……俺は全然やれるけどナキはいけんの?昼行性でしょ?」
「俺ぁいけるぜ!配信温めとくからなさがんさん!」
「何か耐久配信になっちゃったんだけど」
『キター!』
『夜明けまでやろ』
『ついていきます!』
二十二時ごろに撮り終えるのが常で、遅くとも二十三時までには解散する。中身が夜型のユイガはともかく――昼型のナキは、いつも撮影終了が近づく頃には眠たそうにしていた。
――でも流石にもうすぐ来るでしょ。
ユイガはそう楽観し、二人は再び荒廃した戦場へと身を投じた。
☆彡
「――ねぇカオスすぎんだけど!一人殺った!」
「ナイス!終わらせるぜ……うらぁ!」
『Your team is the Champion』
「おっしゃぁー!」
「はいGG~」
喜んだのも束の間。二人は未だ一人足りないボイスチャットへ視線を向けた。
「ねぇねぇナキビー」
「っ……ユイガ君。どうしたんだい」
「三時間寝坊ってやってる?」
「うーん……。寛大な俺の目から見ても、文句なしの大遅刻だね」
――ぐ……早く戦わねぇとスイッチ切れそ……。
試合を終えてアドレナリンが切れた途端、ナキは強烈な眠気に見舞われる。
配信開始から三時間が経ち、時刻は二十三時を少し過ぎたところだった。
「……零時までやる?」
「やるか……!」
こうして時間を決めた二人は、残された二試合を本気で回した。そして、いよいよ時間的にラストとなる試合を迎えたその時。
「……え!」
「どうした!?ついにか!?」
何かに気づいたユイガが、歓喜の声を上げる。
「見て!三人目の名前!」
「ん?」
「『さがん早く起きて』さんだ!」
「……はははははは!ヤベェ!『これ以上見ていらんねぇ!』つってさがんの視聴者が来てくれたのか!」
「しかもランクディザスターだし……これはチャンピオン取らないと許されないんだけど!?」
「テンション上がって来たァ!全員ブッ殺すぞ!」
こうして配信を見ていた一人の視聴者と協力し、部隊を次々と刈り取っていく。
「起きてさん復活サンキュー!」
「起きてさんマジプロなんだけど!あっ手前いる!」
「ユイガ左めっちゃ瀕死!」
「……っ!」
『Your team is the Champion』
「「ナイスーー!」」
そして最後の試合で、無事チャンピオンを手にすることができた。
「はぁ……」
「ふぅ……」
配信開始から間もなく四時間。それでもスカイコードには何の通知も届かない。ユイガはその画面を眺めながら含み笑いを浮かべた。
「ねぇナキ」
「どうしたユイガ」
「俺は……二時間くらい経った時『そろそろ申し訳なさそうに来てくれてもいいな』って思ってたんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
「でも三時間あたりで『もういっそ来るな』とも思ってた」
「はははは!もういっそすっぽかせって?たまーに誰かが遅刻する切り抜きあるよな。でもそれって大抵、動画の後半になったら来てんじゃね?」
「やっぱそれは……俺たちの配信力が足りてなかったからだと思う」
「あー。配信者力高い人の集まりだったら今あたりに来ると」
「うん。でも俺とナキはまだペーペーだから、ラストの試合で『さがん早く起きて』さんを召喚するので精一杯だったと……」
「それはそれで面白いからいいだろ」
『頼むから起きて!』
『さがんー!』
『寝すぎぃ!』
視聴者たちもSNSやコメント欄で必死に盛り上げる。だが結局、彼が声を発することはなかった。
「悪ぃユイガ、もう限界だ……」
「俺も明日仕事だし……ごめん。さがんさんと視聴者諸君……今日は『ユイガとナキのウェル配信』にタイトル変えるね」
「クソ……起きた時のさがんの絶望の声聞きてぇのに!」
「最後に後でこの配信を見るかもしれないさがんに伝えよ」
「さがんにメッセージ残すか……」
『ん?』
『呼び捨てw?』
『まぁ妥当』
異変に気づいた視聴者がざわつく。だが二人は構わず配信の締めに入った。
「やっほーさがん見ってるー?俺とナキは全然怒ってないヨ!また近いうち禊……じゃなくてやり直そうネ!」
「さがんすまねぇ!俺たちの配信者力が足りてねぇばかりに……マジもっと気合入れ直すわ!」
こうして最後の最後まで、さがんは眠りについたまま――四時間近くに及んだ配信は、二人の謝罪と意味深な決意表明をもって終了した。
☆彡
そして、さがんのSNSに『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……』という謝罪文が連投されたのは、それからおよそ四十分後のことだった。




