第194話『頻脈スリープオーバー』
――まだ恋愛的な意味での好きには至ってないんだ。堕ちるのもすぐな気がするけど。
「でもお嬢がもっと頑張ればいっ君もワンチャン……」
「所詮『頑張る』などというのは精神論に過ぎません。それだけで彼の気持ちが変わる程、事は単純ではないと思います」
「あー。そんな斜に構えてるとすみーちゃんがあの手この手の頑張りでいっ君を……」
「べ、勉強の続きがありますので!」
純花の名前を出され、カレンは勢いよく立ち上がる。その後ろ姿に目をやりながら、ライアンはふっと笑う。
――リアル中学生の恋愛事情おもろ……ドラマみたい。
揺れ動く糸哉の女性関係を眺めていると、ライアンは無性に酒が恋しくなるのだった。
☆彡
二十二時を少し回った頃。実況を終えた糸哉は就寝の準備を整え、布団に入ろうとしたところでふと動きを止める。
「あっそっか。今日先輩いるんだった……」
すでに眠気が勝り始めた声で呟き、ベットの方に移ろうとしたその時。
「……ちょっと」
背後から、長袖シャツの裾をくいっと引かれた。
「貴方の布団でしょう?わざわざ譲る必要はないわ」
「はぁ」
言われるまま糸哉が自分の布団へ入ると、カレンも来客用の枕を抱えて潜り込んでくる。
「またですか……」
「貴方の所為よ。まだあのゲームの刺激が残っていて……頭が勝手に色々と想像してしまうの 」
不安げなカレンとは裏腹に、糸哉の意識はすでに眠りへと落ちかけていた。
「そですか……。じゃー限界まで起きてるとか、別のこと考えるとか……。そーすれば悪夢も見なくなる……」
「…」
――別のこと……。
照明を落とした部屋には、二人の呼吸以外に音はない。そんな静寂の中で、カレンは以前から気になっていたことを呟く。
「熊本君は、純花さんのことどう思っているの……?妹的な存在ということを抜きにして」
「そりゃ……大好きに決まってるじゃないですか」
「……!」
暗闇に少しずつ慣れてきた目で、カレンは勢いよく隣を見る。だが糸哉は仰向けになったまま、微動だにしていない。
――きっと、その『好き』は恋愛的な意味じゃない。彼があの子に惚れているなんてこと……。
「……じゃあ、早く付き合ったらいいじゃない」
気づけば、そんな言葉が口から零れていた。
「良かったわね。私から見ても、純花さんは貴方に好意を寄せているみたいよ?」
カレンは糸哉に背を向ける。本当に聞きたかったことは胸の奥へ封じ、代わりに強がった言葉を並べた。
すると糸哉は、半ば夢の中にいるような耳で彼女の言葉を断片的に拾う。
――メンバーとも年上か年下かで議論したな……僕は断然……。
「付き合うなら……やっぱ僕も年上彼女派だなぁ……」
「……え?」
思わずカレンが振り返るが、返事はない。
「zzz……」
「ちょっと待ちなさい!まだ寝ないで!さっき言ったことは本当!?」
「圧倒的ストライクゥ……」
「……!!」
それだけを言い残して、糸哉は完全に眠りの世界へ旅立ってしまう。だがカレンにとっては、とても寝るどころではない状態だった。
――え、な、何?やっぱり純花さんには親愛以上の感情は持っていなくて、そのうえ熊本君がもし彼女を作るなら……年上が好みってこと……?
「っ……!」
カレンは恐る恐る視線を糸哉の方へ向ける。そこには、鼻ちょうちんを膨らませて爆睡する糸哉の姿があった。
「…」
しばらく迷った末、カレンは熱のこもった目で手を伸ばす。そして――そっと糸哉の右手に自分の左手を重ねた。
「…」
一方その頃、寝室の外ではライアンが扉の前で立ち尽くしていた。
――静かになった……え、これどうなったの?いっ君は寝た……っぽいけど。
入ろうとした足が止まる。先ほど中から聞こえてきたやり取りが蘇り、ぐっと眉を寄せた。
――えー怖い。今入っていいの?
それから一分ほど経っても、部屋の中から会話が聞こえてくる気配はない。意を決して、ライアンは寝室の扉をゆっくり開けた。
――どっちも寝てる……そんでやっぱお嬢はいっ君と同じ布団で寝てる……。
数秒間、無言で二人を観察する。しばらく迷ったのち、ライアンはこのまま放置しても構わないだろうと判断した。
「……いっ君は年上派か」
――でも、それはお嬢を意識してるからじゃなくて……。
そこまで考えを進めたところで、ライアンは言葉で形容するものではないと首を振り、さっさと風呂へ向かった。
☆彡
翌朝。アラームの音で目を覚ましたカレンはぼんやりと天井を見上げる。そして、自分が布団に一人で入っていることに気づいた。
「……!」
昨夜の出来事が一気に蘇り、頬が熱くなる。
――熊本君は……朝食の仕度かしら。
今すぐ昨夜の件を確認したいのを我慢し、カレンは急いで身だしなみを完璧に整える。そしていつもの『糸哉の先輩』としての顔を作り、颯爽とリビングへ入った。
「……あ、先輩おはようございます。朝ご飯はもうちょっと待ってください」
「……おはよう」
予想通り、キッチンにはエプロン姿の糸哉がいた。胸の高鳴りを感じつつ、カレンは糸哉をじっと見つめる。
「ねぇ。寝る前のことは覚えているの?」
「へ?」
――なにそれ。
糸哉が首を傾げる。どうやら、カレンが聞いている部分はほとんど寝言同然の発言だったらしい。
――シラを切っているのか、それとも本当に寝ぼけているのか……どちらもありそうなのが実に厄介ね。
「……『付き合うなら年上がいい』って言ったでしょう?」
「!?」
糸哉の肩が跳ねた。手にしていた菜箸が『カランッ!』と盛大に床へ落ちる。
「……え。いつ」
「だから寝る前よ。私が軽く恋バナを振ってみたら、半分寝ぼけながら答えてくれたわ」
「…」
――オーマイガァ……。
「いやまぁ、それは……」
糸哉は無言で菜箸を拾い、床を綺麗にする。そしてカレンから顔を背けたまま、しどろもどろに言い訳を口にする。
「あくまで僕個人の好みであって、特定の誰かを意識しているとかじゃ……」
「ふーん……年上派なのは否定しないのね?」
「まぁ……別に恥ずかしいことでもないんで」
「どうして?どうして年上の方がいいの?」
「っ……」
――それ先輩の前で言わなきゃいけないの!?どう答えても『じゃあ私のこともそういう目で見てたのね。うわぁキッショ』って曲解されるやつじゃん!
カレンに恋愛感情を抱いている訳ではない。それでも、目の前にいるのは自分の好みに嵌まる年上の女性なのだ。糸哉はそんな相手に自分の恋愛観をあけすけに語ることに、どうしても気まずさを覚えた。
「……もし彼女にするなら、って仮定の話ですから!」
「ええ」
糸哉は明らかに面白がっているカレンをじろりと睨みつけると、出来上がった朝食を載せたお盆を差し出した。
「好きな人が年上だから年上派ってワケじゃないですからね!」
「ふーん?じゃあ余計に理由が気になるわね」
「朝からうざいなぁ……」
おもちゃを見つけたように揶揄ってくる先輩を、糸哉は反抗的にあしらう。
そしてこれ以上問い詰められてはたまらないと、糸哉は逃げるように朝食をかき込むのだった。
おまけ『一度はやってみたいと憧れること』
専門委員会の日。図書委員に入った敦斗と幸樹は、さっそく学校司書に男手としてこき使われていた。
一方、糸哉は翠羽と共に保健委員である。
「――ところで、二人はどうして図書委員に入ったの?あ、服部君はよく料理関係の本を借りてくれるよね」
「…」
幸樹の顔が露骨に曇る。
――うわ。幸樹、認知されてるの嫌そ……。コンビニ店員とかにもあんま顔覚えられたくないタイプだしな。
敦斗はそんな彼の様子を横目に見ると、代わりに満面の笑みを浮かべた。
「俺はズバリ!体育祭の借り物競争でゴールテープを持つ係になるためです!」
「……え?」
大舞学園中等部の体育祭では、各専門委員会にも競技ごとの役割が割り振られている。
その中でも図書委員は、希望者二名が借り物競争のゴールテープ係を担当することになっていた。
「一回ゴールテープ持つ人やってみたかったんですよ!」
「た、体育祭?そういえば毎年そうだけど……そんな理由で委員会を選んだ人初めて見た」
「アホだな」
「いーや?俺ちゃんと考えてるし。生活委員は部活対抗リレーのゴールテープ係。保健委員は二人三脚のゴールテープ係……俺どっちも競技の方に出たいから、借り物競争の図書委員にしました!」
堂々と胸を張る敦斗の目は、しょうもない動機を語っているとは思えないほど輝いていた。
「俺はそんなアホに誘われたのか……」
「残念イケメン……」
幸樹が遠い目をする横で、学校司書もまた哀れむような眼差しを敦斗に向けていた。
大舞学園中学の委員会……学級委員、給食、生活、体育、図書、美化、放送、保険
敦斗「あと本をバーコードでピッてするヤツやってみたかった!」
幸樹・司書「……(上手くスキャン出来ない時の軽い苛立ちと結局読み取れなくてJANコードの13桁の数字を手打ちする面倒さを早く味合わせたいという顔)」




