第187話『青天の霹靂』
結局三人という顔ぶれが変わらないまま、マンションに着いてしまった。カレンはどこか暗い気持ちを抱えながらエレベーターを待つ。
――別れて一人になるのは私の方……折角今日は……。
考えるだけで不快な感情に心が支配されかけたその時。
「先輩。僕からのプレゼントも一緒に入れちゃいますね」
「……えっ?」
カレンが顔を上げると、糸哉が自分の荷物にラッピング袋を入れていた。
「どうして……」
「どうしてって……今日でしょ?先輩の誕生日」
「そ、そうなんですか!?おめでとうございます!」
「ありがとう……」
本日の主役であるカレンは――頭がついていかないような表情のまま、覚束ない足取りでエレベーターに乗る。
紙袋の中には、朝から友人やクラスメイト、後輩たちにもらったプレゼントがぎっしりと詰まっている。その一番上に置かれたラッピング袋へ、彼女はそっと手を伸ばした。
「見ていいかしら」
「えぇ。まぁいいですけど……」
――面と向かって文句言われないようギリギリまで渡さなかったのに……。
糸哉は渋々といった様子で頷いた。カレンはすぐに銀色のリボンを解き、ナイロン袋をゆっくりとずり下げる。
「ステンレスボトル……?」
「ちゃんと先輩が今使ってるのと同じワンタッチボトルタイプですよ」
中に入っていたのは、五百ミリリットル入る青い水筒だった。女性向けのシンプルなデザインで、中央にはブランドのロゴが印刷されている。
――シンプルにお洒落なの……それでいて安っぽさがない……中々上等なものじゃない?
「先輩が今持ってるそれ、いつから使ってるのかは知らないですけど……まぁ予備ってことで。置いといてください」
「……ふぅん」
――ちゃんと私のことを見て……色々と考えてくれたってこと?
内側から溢れ出しそうな高揚感を悟られまいと、カレンは微かに口角を上げる。
それは作り物めいた微笑とは明らかに質の違う。もっと自然体で、飾らない笑顔だった。
「運がいいわね。これはまだ誰からももらっていないわ」
「よかったー。誕プレって被りが一番駄目ですからね」
その直後、エレベーターがカレンの住む階へ到着した。荷物を受け取った彼女は、先程までとは打って変わって軽い足取りで外へ出る。
「じゃあ、また明日」
「はい。お誕生日おめでとうございます」
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
素直に嬉しそうなカレンを見送る。
「何でカ、カレン先輩にプレゼント……!」
そして扉が閉まった瞬間、純花が勢いよく糸哉へ詰め寄った。
「日頃お世話になってるから。あの高級ケーキ美味しかったねぇ……」
「ぅ……でもズ、ズルい……!」
「純花ちゃんにもTシャツあげたじゃん」
「むむむむむ……!」
――確かに今までの誕プレの中で一番叫んだけど!
糸哉は先月迎えた純花の誕生日に、手作りのこれプロTシャツをプレゼントしていた。
テディがイラストを描いた、世界に一枚しか存在しない公式非売品グッズ。当然ながら、それを受け取った純花が狂喜乱舞したのは言うまでもない。
「でも何かもっと……食べ物とかの方が良かったんじゃ」
「それは成り行きで去年あげちゃったし」
「きょ……!?うぅ……」
――知り合ってから結構経ってるマジ!?それでも純花の方が長いけど……けど!
折角勇気を出して伝えた純花の気持ちも、糸哉にはまるで通じない。彼女はそのやり場のない感情を、シェン宅の掃除という行為に昇華させるのだった。
☆彡
翌日は職員会議のため、部活が休みだった。
――あれ不在着信……嫌な予感しかしないけど、しょうがないか。
糸哉は近所のスーパーで買い物を済ませて帰宅すると、マンションの駐輪場に自転車を停める。そこで彼は満士の幼馴染である陽菜莉からの着信に気づき、折り返しの電話をかけた。
「もしもし」
「ちょっとクマ!昨日の動画どういうこと!?」
駐輪場にスタンドを立てる金属音が響く。しかしそれをかき消さんばかりの勢いで、スマホから陽菜莉の不満が飛び出してきた。
「何ですか。今度は何が不満だったんですか?」
「な、ナキが……またナキが活躍してる動画上げてるじゃん!」
「あぁ……」
ナキがデビューして早一ヶ月。彼は動画や生放送のたびに新人離れしたプレイスキルと個性的なキャラを存分に発揮し、既存の視聴者の心を着実に掴んでいった。
「格闘ゲーマーの新人が来たらそりゃそういう系の動画上がるでしょ。今までも同じ感じでしたよ」
「それは分かるけど……やっぱあの生放送からアイツの人気エグいんだって!」
そんな新メンバーの人気に爆発的な火がついたのが、大型コラボ『BROレゾクラ』である。
新人らしからぬ場慣れした立ち回りと、持ち前の個性を遺憾なく発揮したナキ。加えて煽りスキルと賑やかなキャラクターが視聴者の目を引き、そのイベントをきっかけに彼個人を推す新規ファンが一気に増加した。
――そういえばあのイベントの後、陽菜莉さんナキに『配信外で女のブイチューバーと話したりしたの?』ってさり気なく聞いたらしいし……付き合ってないのに。
ここ最近の陽菜莉からの電話は、ほぼ十割がこの種の愚痴で占められている。そのため糸哉は、コラボで女性配信者とナキが接触しないよう調整していた。
「いつも言ってますけど、僕にとっては彼の人気が出ることは万々歳なんですよ。不人気で嫌われてるよりマシでしょう?」
「でもさぁ。SNSだとガチでメロついてる奴が増えてて……」
「別にいいじゃないですか」
「自由だけど!でもそーゆー奴ほどネットストーカーとかになるんでしょ?そうなったら心配じゃん」
「まぁ……」
糸哉は薄々気づいていた。つまるところ、陽菜莉はヤキモチを焼いているのである。ネット上で、他の女性たちからナキに対する熱烈な好意の投稿を目にするたび、彼女の心中は穏やかではいられないのだろう。
――それにしても彼女面がヤバい……。
「『ナキほまにカッコいい』とかに『それな!』って返してる人もいるし!他にも『ナキの愉悦ガチ好き』とかにも『分かる。つられてツボる』とか……『最推しがイキイキしてて可愛い。活躍うれしい』とか『気づいたらナキ推しから抜け出せなくなってく』とか!」
「でも彼SNSやってないからその投稿見ないですよ」
「ナキが活躍したらその動画のコメントにもいっぱい書き込まれるし!」
「いや多分そっちも見てなさそう……」
糸哉は買い物袋を片手に、マンションの入口へ向かおうとしたその時。
「!?」
背後から何者かが素早く近づき、糸哉の口を塞ぐ。声を上げる間もなく身体を抱え上げられ、そのまま近くに停められていた車へと押し込まれた。
「あとブログのコメントもやたら媚びててさぁ!SNSで『推しがブログでオススメしてた具でおにぎり作ってみた!』って文章と一緒に自撮り載せてる人もいんの!何でわざわざ自撮りなんか……」
陽菜莉は糸哉が通話中に誘拐されたとも知らず、徒歩で帰路につきながら延々と愚痴を零し続ける。さらに彼女の方でも、後方から自転車で近寄ってくる者がいた。
「陽菜莉!」
「……みっつ?」
「おう。そこのスーパーにキッチンカー来てたんだよ!陽菜莉の好きなチョコ味あったぞ!」
満士は自転車を止めると、手に持っていた袋を陽菜莉へ差し出した。「下のガキに内緒で食おーぜ!」と満士の曇りのない笑顔を見た瞬間、彼女の機嫌は秒で回復していた。
「やったラッキー!みっつは何味にしたの」
「俺キャラメル!」
「ふっ……」
――相変わらず甘党なんだから。
「何だよ。鼻で笑ってんじゃねぇ」
「あははっ!ごめんごめん。わ、まだあったかい……出来立てじゃん。ありがと」
「今日だけだってよ。もっとあーいうの来てくれたらいいのにな」
「ねー」
二人並んでベビーカステラを頬張りながら歩き出した矢先、陽菜莉がふとスマホの画面に目を落とした。
――あれ?いつの間にか通話切れてる……。
ついさっきまで糸哉と話していたはずなのにという違和感が陽菜莉の胸をかすめたが――口の中に広がる甘みに、その意識はあっけなく奪われた。
――ま、いっか。
かくして、糸哉との通話がいきなり途切れたという異変はベビーカステラの甘みに紛れ、陽菜莉の頭の中からいとも簡単に消えたのだった。
☆彡
一方その頃。糸哉は手にしていたスマホをひったくられ、買い物袋もろとも車内へと倒れ込んた。
「うわっ!?」
「手荒な真似をしてしまい、申し訳ありません」
「……!?」
糸哉は顔を押さえながら身を起こす。その隣には、自分とそう年の変わらない少年が優雅に足を組んで座っていた。
「出せ」
「ちょっ……!?」
誰なのか確かめる暇さえなく、車は滑るように走り出した。糸哉は慌ただしく座席に座り直し、反射的にシートベルトを締める。
――何だ何だこの状況は……マイルドな誘拐!?




