第184話『慣れ始めてきた新年度』
四月も半ばに入り、進級後の新しい学年での生活にも少しずつ慣れ始めた頃。
「……あら。純花さん?」
「あっ!お疲れ様です。カレン先輩」
三時間目後の十分休憩中。図書室前で、カレンは純花とばったり出くわした。
「貴女も返却?」
「は、はい。教室戻るついでに……」
二人は並んで借りていた本を返却ポストへ入れる。どこか緊張した様子の純花とは対照的に、カレンは以前から気になっていたことを自然な調子で尋ねた。
「そういえば貴女って、何か部活動に入っているのかしら?」
「えっと……私、二学期から生徒会に入りたいと思ってて。だから部活は一旦入らないことにしました」
「あら。そうだったの」
――成程ね。この子なら、てっきり熊本君を追いかけるような形で入部するものだと思っていたけれど……。
記憶力の良いカレンは、一年生の部活動見学に純花の姿がなかったことも覚えていた。だからこそ、以前から少し不思議に思っていたのだ。
「熊本君もそのことは知っているの?」
「はい。糸哉先輩に一年の学級委員長になったことと一緒に報告したら……『応援演説の候補に入れていいよ』って言ってくれました」
――分かってたけど、いっぱい褒めてもらったな……頭も撫でてもらったし……。
その時のことを思い出したのか、純花の表情がふわっと緩む。心の底から嬉しそうな顔を見て、カレンは綺麗に微笑んだ。
「そう」
だが次の言葉には、ほんの少しだけ別の意図が混じっていた。
「でも残念ね。スカッシュ部は女子部員がもう少し欲しいところだったの。彼は二年生だけれど、左利きの一年生を指導しているわ。三年男子は全員右利きだから……」
「ぅっ」
――み、見たい!教えてるとこも面倒見た人の成長を感じて感動してるところも余すとこなく!
「スカッシュ部もいいなーって思ってたんですけど……いいんです」
「……!」
カレンは微かに目を見開く。先程の発言は、糸哉に明らかな好意を抱く純花を揺さぶるための一言だった。
しかし純花はすぐに顔を上げる。先程までの動揺を振り払うように、その瞳には確固たる自信が宿っていた。
「『ただの部活の後輩』っていう関係がなくても……私は、それよりずっと近い関係をいっぱい作ってるので」
「関係……?」
「はい!あ、それじゃ……お疲れ様です!」
それだけ言い残すと、彼女は足早にその場を去っていく。残されたカレンもしばらくその背中を見送った後、自分の教室へ戻ることにした。
――熊本君と純花さんの関係って……ただの『友達の妹』というだけじゃないの?彼が特に仲良くしてるのは兄の方だって……。同じ小学校出身でもない。熊本君は今期、委員会にも所属していない。部活も違う……。
学校内での接点はほとんどない。そうなると、考えられる繋がりは限られてくる。
――プライベートで交流がある……?共通の趣味とか、家庭教師の類かしら。
カレンは以前、糸哉から山根兄妹と知り合った経緯を『ゲームセンターでクレーンゲームの景品を取ってあげたことをきっかけに仲良くなった』と聞いていた。
その説明自体を疑ったことはない。だが糸哉と純花を繋ぐものとして考えれば――
「……ゲーム、かしら」
――それが一番可能性の高い答えに思えた。
「…」
――熊本君と遊べるようにゲームの腕を鍛えてるっていうこと?私だって……部活の後輩で、同じマンションに身内がいて、彼の家に泊まったことだって……。
そして席に着いた途端、カレンはガクッと机に突っ伏した。
――二つも年下の女の子を相手に、つい張り合ってしまった……。
しかも冷静に考えてみれば、自分と糸哉の関係もそれほど特別に強固なものではない。
――一体私は、何をこんなにも気にしてしまっているの……?
「はぁ……」
考えれば考えるほど答えは見えてこない。ただ彼女の胸の奥にはモヤモヤだけが積もっていった。
「はぁ……」
「どしたん敦斗。話聞こかー?」
そしてモヤモヤを抱えているのは、どうやらカレンだけではなかった。
体育の授業中。敦斗と糸哉はステージ前に座り、幸樹のチームが行っているバレーボールの試合を眺めていた。
「せっかくこの前、孝太と初めて会って色々ゲームしたのに……」
敦斗は深々と溜息を吐く。
「孝太アルティメット部入ってくれなかった……!」
「まだ引きずってるの?」
先日。満士を除くこれプロメンバー四人はシェンの家に集まり、昼食を食べたりゲームをしたりして一日を過ごした。
敦斗と幸樹にとっては、孝太とリアルで初めて会った日でもある。
実際に会って楽しく過ごしたことで、メンバー同士の交流もさらに深まった――のだが。孝太は敦斗の部活の誘いをバッサリと断り、他の部活に入った。
「孝太にアルティメットは厳しいって。足は速そうだけど……」
「でも孝太に後輩になってほしかった……。兼部できないかな」
「できないでしょ」
孝太は軽音部に入り、現在はドラムやギターなど様々な楽器に触れている段階である。
糸哉は、敦斗が一方的に孝太へ抱いている友好的な感情につい苦笑した。
「まぁまぁ。部活紹介で敦斗の顔ファンがこぞって入部したんでしょ?何だっけ……『アルティメットって名前と、敦斗先輩の後輩ってだけでモテそうなので入部しました!』だっけ?」
「あぁ……その子まだ続けてるよ。流石の俺でも『理由バカすぎるだろ!』ってツッコんじゃったね」
「あははっ!ウチただでさえ生徒数を厳選してるから、新入部員は貴重だよねぇ」
「運動部は強豪のフェンシング部とアーチェリー部に吸われてるし……テディんとこの後輩はどんな?」
「六人入ってきたんだけど、みんな良い子だよ」
丁度そのタイミングで試合が終了し、チーム交代の時間となる。
「何の問題もないかな……今のところは」
そんな台詞を残した、その日の部活動。
「熊本先輩……『これプロ』って知ってます?」
「え?」
「正式名称は『諸君!これがプロである!!』なんですけど」
「……!」
休憩時間。糸哉は新入部員の男子二人から思いがけない質問を受けていた。その隣で、幸樹も僅かに反応を見せる。
「うーん……」
糸哉はわざと考え込むような仕草を見せ、いつもの笑顔を浮かべた。
「名前なら友達から聞いたことあるかも。ゲーム実況者……だよね?」
「そうです!」
「俺たちこれプロリスナーで……!」
二人の話を聞く限り、どうやら彼らはこれプロの視聴者――通称『これプロリスナー』のようだった。
糸哉はこれまでにも『テディ』というニックネームをきっかけに似たような質問を受けたことが何度かある。そのたびに当たり障りのない答えで切り抜けてきた。
――今回も『名前は知ってるけど特に興味はない』ってスタンスで……。
そう構えていたが、新入部員の追い上げによって流れが変わる。
「熊本先輩って、あの犬飼先輩と友達なんですよね!?」
「うん」
「それに服部先輩とも!」
「まぁ……よくその二人といるけど」
「熊本先輩がテディで、犬飼先輩は『犬』でモチーフがダックスフンドのホット!服部先輩にも『鳥』が入ってるから、モチーフが鶏のタンドリー!この三人のシナジーエグないすか!?」
「熊本先輩もテディと同じ左利きで、犬飼先輩はホスト級にイケメン!それに服部先輩の実家カレー屋ですよね!?」
「三人の特徴とこれプロの職業設定が結構近くて……これもうどう見ても……!」
「え、ひょっとして先輩たちNico・Tubeやってます?」
「あははははは」
「…」
――タンドリーの怒りオーラが凄い……。
糸哉は気配を消しながらもジロリとこちらを睨む幸樹の圧を感じ、困ったように笑った。
――『お前が安直な名前つけるから、俺たちが固まると視聴者にそういう目で見られただろ』って訴えてきてる……!
「Nico・Tubeは見る専門だけど、そんな被ってるんだ?」
「近いか遠いかで言うと近いです!」
「ふむ……」
――まぁ妄想が加速することってあるよね。前に同じようなこと言ってきた女子がいたし……。
もっとも、こちらとしてもその疑問を持たれること自体は想定内だった。
これプロチャンネルの視聴者層は、およそ六割が十代である。そのため、いくら比較的裕福な家庭の子が多い中学校とはいえ、これプロを知っている生徒は糸哉の周囲にも少なからず存在していた。
「確かにそんなこと言ってきた人……他にもいたっけ」
糸哉は余裕の笑みを崩さないまま、立ったままの二人へ座るよう促した。




