第182話『ラストスパート』
事態が飲み込めず、テディは頭上に疑問符を浮かべる。
「……あのー。本当に状況が読めないんですけど」
「いーや?ちょっとテディと雑談したいなーって思って」
「割と早々に牢屋行って僕に会ったのに、イッサちゃんずっとBarで愚痴ってたじゃないですか」
「だから今よ!え、テディって今何年目?」
「最近四年目に突入したばかりですけど……」
テディはどんどん広がっていく会話にますます困惑する。
――イッサちゃんが捨て身で近づいてきた意図は読めないけど……。
彼は会話を続けながら、そっと警棒に手を置いた。
ゲームの残り時間も少ない。おそらくイッサの目的は時間稼ぎ――そう判断したテディは、適当なところで確保しようと考えていた。
「へー。イッサちゃんって来週デビュー九周年なんですね。僕のチャンネルは三月十九日で四年目に……」
――キタキタキタ!
巧みな誘導によって、テディ自ら活動開始日を口にした。喜びを隠して携帯を取り出したイッサは、ここぞとばかりに涙声を装う。
「ううっ、そろそろイッサの命も尽きるよね……」
「あ、察しちゃいましたか?」
「最後に……ネリスに一言伝えてもいいかな?」
「まぁいいですよ」
「ありがとう!すぐメールするね」
「あ、電話じゃないんだ……」
大人しく待ってくれるテディに、イッサは内心でしてやったりと喜ぶ。そして素早いタイピングで一斉送信用の文章を打ち始めた。
――よし書けた……!
『ピリリリリ!』
「……え?」
イッサが送信ボタンを押す寸前、彼女の携帯から通達を知らせる通知音が響いた。
――あれ、何か嫌な予感……。そういえばミッションあと何分で終わる!?
「……読んでいい?」
「僕が聞いてもいいならどうぞ」
胸の奥にざわつくものを感じながら、イッサは届いた通達文を読み上げていく。
「――ミッション⑥結果……zen9の活躍によりミッションクリア。エリア縮小は阻止された……!?」
「あ、やっぱミッション中だったんだ。おめでとうございます」
「…」
「ところでメール終わりました?」
「……???」
脳内を大量のクエスチョンマークが駆け巡り――そしてイッサは、渾身の本音を吐き出した。
「……你为什么要解开!?」
「え?」
テディが聞き返すより早く、これまでの苦労がすべて水泡に帰したイッサが取った行動は――
「ウアァァァァ!!」
――なりふり構わず喚きながら、テディから逃げ出すことだった。
「全く分かんないけど……またBarでおかしくなった頭を癒してもらってください!」
「アァーッ!何で……どうしてぇっ……!」
時刻は少し前まで遡る。イッサが自らを生贄にして、テディから活動開始日を聞き出していた頃――彼女が追われている隙に、zen9はデジタルロックへと駆けていた。
「……zen9さん!答え分かったんですか!?」
彼が数字のキーに手を伸ばそうとしたその時、合流したメアリが小声で尋ねる。彼は確信を宿した声で一時間ほど前の会話を振り返った。
「メアさんって空港二階の掲示板って見た?」
「いえ、ちゃんとは見てないですね」
「多分、俺と布施が見たそこにヒントがあって……」
そこでzen9は、布施の言葉を思い出す。
『――これプロ……KPも0319ってことは……この数字は活動を始めた日とかじゃない?』
「俺の記憶と布施の推理が正しければ、暗証番号は0319……メアさん、俺と布施に賭けちゃくれねぇか」
「サラッと布施さんまで責任の一端を握らせてるのヤバ……牢屋にいる布施さん、聞こえてますか……」
「どうせ聞いてないから大丈夫」
zen9は鼻で笑うが――
「大丈夫じゃねーよ!いない俺を勝手に巻き込むな!」
――牢獄のモニター前にいた布施は、しっかりと怒鳴り声を上げていた。
「私はサッパリなので……zen9さんお願いします」
「よしよし……!0319で……よろしくお願いしまぁぁぁぁぁす!」
感情の乗った声と共に、zen9がエンターキーを押す。すると『ピピッ』という電子音が鳴り、進行を阻んでいた鉄柵がゆっくりと開いた。
「キタァァァァァ!」
「や……やりました!やりましたねzen9さん!」
二人は喜びに胸を躍らせ、そのまま急いでプライベートジェットの中へ入る。すると通路の中央には『エリア縮小阻止ボタン』と書かれたボタンが設置されていた。
「これいっすか!?自分押しちゃっていいっすか!?」
「当たり前じゃないですか!本ミッションのファインプレイヤーですよ!」
「よっしゃぁーー!」
zen9が勢いよくボタンを押す。こうして、空港エリアが丸ごと封鎖されることは、無事に阻止されたのだった。
「あ、何でしたっけ。さっき布施さんのお陰でもあるみたいな……」
「え、違うけど。まるっと俺のお陰だけど」
「あれっ。でもさっき布施さんが『便名の数字はメンバーの活動開始日』って推理してたって……」
「そんな話……したっけ」
「うわぁ」
zen9は成功したと分かるや否や、手柄を十割自分のものにする。その強欲さに、メアリはついさっき上がったばかりの尊敬度を元に戻した。
「このカス野郎!こっち来たら覚えてろよ!」
「コイツやってるわ」
「手の平ドリルで草」
「喜びを返して」
一部始終を見ていた布施をはじめ、確保者たちから冷たいコメントが飛んだのは言うまでもない。
☆彡
ミッション⑥成功の裏で、犠牲となったランナーは多い。
「キティを隠すなら森の中……」
「いや全然隠せてないっすよ」
「ギエーッ!」
またまた少し遡り、残り時間九分の時点で――キティお気に入りの隠れ場所は、ナキによってあっさりと潰されてしまった。
「こ、ここでナッキーに耳より情報!」
「ん?」
逃げ切れないと悟ったキティは、ここからトークで時間を稼ぐ作戦へと切り替える。
「キティを見逃すと、美味しいセミ料理のレシピを教えちゃうぞ!」
「森野さん……俺のモデル、ミツバチっす」
「あ……」
昆虫であるナキに、キティは別の昆虫の食べ方を伝授しようとしてしまった。
「捕食者は牢屋行きだコラァ!」
「ごめんなさーーい!」
ナキは自ら墓穴を掘った捕食者、もといキティを容赦なく確保した。
「もうテト今日でどんだけ走ってんの?乳酸とんでもないことになってるって!」
「……!」
そして、ほぼ時を同じくして――空港エリア前のバスロータリーでは、テトヴィがユイガに発見されていた。
「あ、ここの下って……」
しかし彼女は、すぐ近くまで迫る追跡者の存在に気づいていない。隠れ場所の候補として、ベンチの下へ潜り込んたその時。
「ん?」
テトヴィの目の前に、黒いスラックスと同色のランニングシューズが現れた。
「…」
「……大丈夫ですか?」
「……スゥー」
ユイガの憐れむような声を無視し、彼女はベンチの下に這いつくばったまま一言。
「……ぅ、うるせえよ!」
「ま、限界まで足掻いた方じゃないですか?」
「哀れむなぁ!うぅ、テトがこの世になにしたってんだ……」
――這いつくばってでも一生懸命生きてるのに!
「では愛称テトさん。三不粘についてのアピールをどうぞ」
「さ……なにそれ?」
「……実に馬鹿なので失格です」
「エェーッ!おかしいっスよホントにぃーー!」
こうして冷や汗が止まらないテトヴィも確保。ミッション⑥終了時点で、残るランナーはネリス・ヴォーン、塩練メアリ、zen9の三名となった。
「さぁ、これでミッションは全て終了……いよいよラストスパートだ……!」
予測不能の展開に、キジーもまた高揚を隠せないでいる。
ミッション成功の歓喜も束の間、ゲームはランナー三人VS追跡者五人による、最後の攻防へと突入していた。
「残り時間は五分を切ったか……まだまだ油断は出来ないな」
これまで鋭い勘を頼りに、誰よりも早く追跡者の接近を察知してきたネリス。
――クッ。長官としたことが……警戒しすぎて何も喋れない!
だが追跡者は神出鬼没。後半のミッションにも果敢に挑んできたネリスの背後へ、追跡者のナキが忍び寄る。
「っ!」
「やっ……と見つけたぜ長官!」
双方がほとんど同時に相手の気配を察知する。ネリスはただちに身を翻して走り出し、空港内の階段を利用して追手の目を躱そうとした。
「……!」
「……あ、長官。お疲れ様です」
ところが一階へ降りた瞬間――不運にも、逃げた先にいたテディと鉢合わせしてしまった。
「あはは。何か懐かしいですね。『BRO・AD』では僕がやらかして長官から逃げてばかりでしたけど……」
「今回は逆だな」
――後方は直線の道……これまでか。
ネリスは逃走経路と追跡者との距離を頭の中で計算し、テディをじっと見据えた。
「お前如きに長官が捕まえられると思うか」
「……あははっ!ステータスも負けてて丸腰なのに。よくそんな大口が叩けますね!」
完全に悪役の気分となったテディは、嬉々として警棒を構える。
「このテディ・ベアが……全て終わらせてあげますよ!」




