第172話『諸君!これが追跡と逃亡のプロである!!』
ネリスとりょくおーはすぐ身をかがめて息を殺す。彼等の視線の先――入口越しに見える通路を、追跡者のホットがゆったりとした足取りで通り過ぎていった。
「……ふぅ」
「怖すぎぃ……」
「神出鬼没や……」
運の良いことに、彼はそのまま立ち止まることなく二階へと上がっていった。
「!」
「ヤベっ!」
ホットは三人のランナーを見逃してしまったが、二階に上がった先で新たなランナーを発見する。
「ホットホット!どーどーどーどーどー!」
「俺は馬じゃない!」
鬼形ラセツはしつこく追いかけられると――急にその体がホットの目の前から消え失せた。
「え!?」
「……消えた!?」
テディも牢屋の中で驚きを隠せずにいると、背後に新たなランナーが転送される。
「……あれ!?」
「あれっ。何でここにいるんですか……鬼形さん」
何故かまだ捕まっていないはずの鬼形が牢屋の中にいるという事実に、両者は驚きのあまり固まってしまった。
「レゾクラが強制終了しちゃって……再起したらここに来ちゃった☆」
「あぁ……」
ゲームの仕様上、ランナーが途中で一度でもログアウトすると再ログインした時点で確保扱いとなる。
「嘘だ……!まだワンチャンあったのに!」
「ドンマイ」
まだ生き残れる可能性を残していた鬼形だったが、予期せぬ不具合によって強制的にリタイアとなってしまった。
――完全にこっちの都合だけど、鬼形さんがバグでこっちに来たとかじゃなくてよかったー。
「これで残り二十五人……おっと?」
モニターの視点を切り替えたテディが、思わず息を呑む。
「がるどさん。調子どうですか?」
「クッ、残り百分がなんだってんだ……!やってやろうじゃないか!」
空港エリア三階の送迎デッキにて。個人配信者のがるどは、現在進行形でタンドリーに追われていた。
「うぉぉぉぉぉ!」
芝生の敷かれた通路を駆け抜ける――かと思いきや、がるどはテラス席からマーケットパラソルの上へと飛び移る。
「届けぇぇぇぇぇ!」
「うぇっ!?」
「……!?」
そのままパラソルの上を足場にして屋根に駆け上がったがるどは、その勢いを殺さぬまま大きく跳び上がった。
「がるどさん!?ちょっと皆見て!今、何か凄いよ!」
一直線に飛んだ先は、送迎デッキを囲うフェンスがあり、がるどの足はその頂点へと見事に着地を果たした。
「ヤバ!」
「アスレのプロやん」
「意外……!」
稀に見るアクロバットな逃走劇に、観戦者たちから驚嘆の声が飛び交う。
「はーっはっはっは!どうだタンドリー!十五回目にしてようやく成功したぞ!」
依然としてタンドリーの視線は切れていない。だがフェンスの上という安全圏を確保したがるどは、勝利を確信したように口角を吊り上げた。
「いつの間にこんな開拓を……てか結構チャレンジしてんな」
「私はまだ捕まるわけにはいかないんだ……!それでは失礼させてもらうよ。ナマステ!」
落下ダメージが存在しないことを逆手に取り、がるどは三階から颯爽と飛び降りた。
「は?誰……がるどさん!?何で空から!?」
着地したのは駐機場エリア。そしてそこには寺岸神流が潜んでいた。突然空から現れたがるどに驚き、彼女は慌てて駆け寄る。
「おぉカンちゃん。いやなに、ちょいと屋上からの短いフライトを楽しんでいたところだ。空港エリアは身を隠すには格好の猟場だが、その分これプロどもの巡回も多い……背後には気をつけな」
「え……っ!?屋上からフェンス飛び越えたってコト!?ヤバ!あそこ登れないよね!?」
「フッ。俺じゃなきゃ捕まってたね」
「か、かっこよ!」
興奮と称賛の入り混じった声を上げる神流。だが――
「背後に気をつけるのはそっちだろ」
「ァーーー!」
「えーーっ!?」
――その直後、空からタンドリーが舞い降りてきた。着地と同時に警棒を鋭く振るい、がるどを仕留める。
「まさかレゾクラ勢以外であのルート行くランナーがいるとはな……」
「へ……?ドリーもあそこから飛んだの!?」
タンドリーは神流に軽く目をやると、多少の温情から送迎デッキから駐機場エリアへ抜けるルートを彼女に教える。
「他の奴だったら何回も失敗して取り逃がしてただろうが……相手が悪かったな」
「エグイって……」
――ドリーも一発でキメて追いかけて来たんだ……くぅっ!メロい!
予期せぬタンドリーのかっこよさに悶絶しかける神流。しかし彼はそんな彼女へ視線を向けると、移動速度上昇の感覚を得る。
「……さて」
「あ」
彼女もまた、警棒の一振りを見てすぐに理解した。
――アタシもう煙幕ない……!
「っ……」
「…」
思わずその場に固まってしまう神流だったが――タンドリーは一瞬だけ彼女をロックオンしたものの、クルッと背を向けた。
「このタイミングは流石に見逃してやる。俺以外に見つかる前に逃げろ」
「ぇっ……や、優し……!」
――そして声がいいーー!
神流と視聴者が大いに沸き立つ中――『ミッション③』という新たな通達が、残るランナーたちへ一斉に送られた。
「ミ、ミッション③追跡者放出を阻止せよ」
「残り八十分になると駐機場エリアに飛行機が着陸し、新たな追跡者が一名放出される……これテディやん」
駐機場エリアで顔を赤くしている神流と離れた位置にいるまくれなが、その内容を読んで気を引き締めた。
「阻止するには空港エリア一階、国際線到着ロビーに設置されたコインロッカーから搭乗券とパスポートを入手し、二階の国際線搭乗ゲートを通過」
「その先にあるボーディングブリッジを封鎖しなければならない……ならない……」
「何で最後エコーかけた?」
駐車場エリアでお互い声が聞こえる範囲にいる布施、ワカオミ、曙ひかりはほどなくして、オープニングステージのモニターに飛行機が飛んでいく映像が映されていることに気づいた。
「おー凄い」
「あの飛行機でテディ来日するんだ?」
「ど、どうします?」
「「…」」
ひかりが遠慮がちに尋ねると、布施とワカオミは先程までいた立体駐車場へ戻った。
「おーい!空港エリアは反対方向ですよー!」
「やっぱこういうのって若者に任せた方がよくない?」
「布施さん流石っすわ!俺も同じこと考えてました!」
「捕まるのにビビって撮れ高潰してるじゃん!いいんですかそんなゴミ配信流しちゃって!」
「ぬぐぐ……稲作娘のクセに痛いとこ刺してくるな」
「俺の視聴者はアレだから。チル求めてるから。それにどーせレゾクラ勢がやってくれるって」
「ぐぬぬ……二人が行くなら行こうと思ってたのに!」
「あ、正体現したな」
「応援するわ!俺と布施さんの意思を持って行け!」
「キィー!」
言葉にするのは簡単でも、ひかりは捕まるリスクを考えて一人では決意できずにいた。そんな三人のように、我が身第一でミッションに消極的なランナーがいる一方――
「追跡者いる?」
「……よし!一階クリア!」
「俺見張ってる!」
――深°やさがん、らむらすのように、果敢に挑戦するランナーもいた。
さがんと深は、五十ある中型コインロッカーを片っ端から開けまくる。
「これプロ村空港のクセにロッカーの数多っ……」
「調子乗ってるわ。神京国際空港かよ」
「待ってユイガ来た!近く通るわ!」
しかし運悪く、そこへ追跡者のユイガが迫ってきてしまった。
「残り時間八十七分でランナーは二十四人……アピールはペース上げて引き続きやっていきたいんだけど……」
奥にある手荷物受取所まで逃げた三人だったが、その先は行き止まりである。加えて運悪く、ユイガも一階全体を捜索し始めてしまった。
「何でだよ早く二階行けよ……!」
「どうする?隠れる?逃げる?」
「いや……」
らむらすは懐から煙幕を取り出し、二人の一歩前に立った。
「俺がアイツを引き付ける。ここは俺に任」
「俺に任せて先に行けって?」
「オイさがんテメェー!台詞潰すな!」
渾身のキメ台詞を邪魔されて激怒するらむらすと、ギャハハと下衆な笑い声をあげるさがん。そんな二人をよそに、深は腕組みしたまま深く頷いた。
「痺れるゥー!っぱらむらすなんだよ……!俺もう煙幕使っちゃったからさー」
「ミッションは俺たちに任せな……!」
「……まぁいいだろう。じゃあアン、ドゥ、トロワで行くね?」
「「何でバレエのカウントなんだよ」」
深°とさがんのツッコミが綺麗に重なると同時に、らむらすはあえて声を出してユイガの注意を引いた。
「ユイガコラァ!俺はこっちだ!」
「あっ!らむらす……じゃなくてオタク君じゃーん。ちょっとアピールして欲しいんだけどー」
「お前追跡者になってからキャラ代わりすぎだろ!」
空港を出るとすぐに、らむらすは駐機場エリアへ向かって駆け出す。ユイガもそれを追いかけ、空港エリア一階は再び静寂に沈んだ。
「……よし。アイツが秒で捕まる前に見つけるぞ!」
「流石にやめたれよ。めっちゃカッコよく囮になってくれたのに」
神京国際空港……大日本帝国の首都にある、最も大きい空港。




