第159話『これプロ村の∞』
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カレンダーが一枚めくられ、三月が始まる。桜の枝先にはまだ蕾も見えないが、朝の日差しには微かな温もりが宿っていた。
「もうすぐ春だなー」
サンドボックス型アドベンチャーゲーム『レゾンクラフト』で制作した企画用ワールド――通称『これプロ村』。その木造の民家で、ホットは窓の外に舞う桜を眺めながら小さく呟いた。
「今日も平和だなぁ」
彼が散歩にでも出ようかと玄関へ向かったその時。
「キャーーーッ!」
テディの甲高い悲鳴が村中に響き渡った。
「えっ!?」
「どうした!?」
「どっからそんな声出してんの?」
ホットは勢いよく外へ飛び出す。同じタイミングで、隣家からタンドリーも走り出てきた。
二人が視線を向けた先――円形に並ぶ八軒の家の中央広場で一人の男が口元から血を流し、力なく倒れていた。
「……っ!」
「そ、そんな……」
ホットは唇を震わせて駆け寄り、茶色のカーディガンを羽織った茶髪の青年へ抱きつくように叫ぶ。
「ジョーンズーーッ!」
「誰だよ……ヒツジのジョーンズをこんな目に遭わせたのは!」
「もうお前の毛で編んだセーターは着られねぇのかよ……!」
「ヒツジのジョーンズ誰……」
ユイガが読者の心の声を代弁するようにぽつりと漏らすと、これプロメンバー五人が一斉に彼を振り返った。
「え?ヒツジのジョーンズをご存じでない?」
「ユイガ何で覚えてないんだよ!大事な仲間だったじゃん!」
「同じ陰キャ同士仲良かっただろ」
「まさかお前……『幻覚持ち』じゃねぇだろうな?」
「ち、違うって多分!あとタンドリーの所為でめっちゃ腹立ったんだけど」
ナキに怪しまれたユイガは焦って否定しつつタンドリーに殺気を放つ。
「『幻覚持ち』の話は後じゃ」
シェンが遺体へ歩み寄ると――倒れていたジョーンズの身体が淡い光を放ち、一冊の本へと姿を変えた。
「読め」
「ん」
テディは短く頷き、本の表紙に記された題名を口にする。
「『ジョーンズの遺書』」
ペラリとページを開き、慣れた調子で読み始めた。
「『僕はとある二人に殺された。姿は見えなかったけれど、彼等は自分たち以外の村人を皆殺しにするつもりらしい。彼等――反逆者は僕たち村人と同じ役職を持ち、正体を隠して紛れ込んでいる。そして僕が死ぬまでに集めた情報では、役職者の中に幻覚を見ている者が最低二人いるみたい。君たちが僕と同じ運命を辿らないことを願う。どうか反逆者を追放し、僕の無念を晴らして』」
「……脅威排除のため、犯人……用語を修正。反逆者の追放を推奨します」
「『反逆者』って……僕たち八人の中に二人も……!?」
メトロとナイアは遺体も血痕も消えた現場を見つめ、隠し切れない動揺を浮かべる。
誰もが突然の出来事を受け止めきれないまま時間だけが過ぎ、やがて空は群青から茜色へと変わっていく。
重苦しい空気に包まれたまま、一同はそれぞれの家へ戻るのだった。
☆彡
『村人』のホットは一軒家で一人、誰にも自分の声が聞こえない状態で役職が表示されたスマホを凝視する。
「俺は『観測者』……一回だけ、好きな相手一人の役職を知れる」
村人には一人ひとり異なる役職がランダムに与えられ、反逆者もまた村人と同じ役職を持つ。
「でもこれを使うには誰かの家に行かないとな……」
ホットは『観測者』としてリスクを顧みず誰かの役職を暴きに出るか、それとも疑いを避けるため一晩家に籠もるか――その二択を迫られていた。
一方で反逆者も夜になると『村人を殺す』か『その役職能力を使う』か『家に籠るか』を選択できる。
「外出るのは割と危険だけど、死ぬまでに使っといた方が絶対いいよな……」
ジョーンズが殺されたのは昨夜。つまり反逆者もまた、夜の闇に紛れて家を抜け出し、犯行に及んだということ。
夜の外出は反逆者を見つけ出すための行動であると同時に『反逆者ではないか』と疑われる要因にもなる。
「それでも行くっきゃねぇ……!」
ホットがそう決意しかけた矢先、ある可能性が頭をよぎる。
「もし俺が『幻覚持ち』だったら……って線も全然あるのか」
『幻覚持ち』――それは、反逆者には決して割り当てられない特殊な村人役職である。
一見すると、割り当てられた役職は正常に使用できているように思える。だが実際に役職を使った時の結果は、スマホに内蔵されたAIによって脳へ流し込まれた偽情報にすぎない。
たとえば『幻覚持ちの観測者』が能力を使い、『テディは反逆者だ』という結果を受け取ったとしても、それが真実である保証はどこにもない。AIがもっともらしく見せた幻覚にすぎない可能性があるのだ。
つまり村人たちは役職によって得られた情報でさえ『それは偽情報かもしれない』という疑念を抱えながら、反逆者を見つけ出さなければならない。
しかも自分が幻覚持ちであることは、殺されるか追放されるまで判明しない。本人ですら、自分の見聞きした情報が真実なのか、それともAIが植え付けた幻覚なのかをゲーム中に確かめる術はない。
「だから自分の行動結果や周りの反応を手掛かりに、自分が『幻覚持ち』なのかも推理する必要がある……普通にムズいな」
その頃。『張り込み』のテディは、ホットの家の近くで息を潜めていた。
この役職は指定したプレイヤーの家に残る訪問の痕跡を調べることで、夜に訪れた人物を知ることができる。
「ワクワク……」
一体誰がホットの家を訪れるのか――しかし結局、一晩を通して人影は一つも現れなかった。
「たまたま誰も来なかったのか……それとも僕が『幻覚持ち』で、張り込み自体が幻だったのか……まだ判断できないなー」
テディは難しい表情のまま帰宅し、ソファーへ腰を下ろした直後。
『トントン……ガチャ』
彼が返事をするよりも先にドアノブが回り、誰かが勝手に家の中へ入ってきた。
「き、君は……!?」
「…」
暗闇に立つ人影は何も答えない。ただゆっくりと、圧力をかけるように距離を縮めた。
「アァァァーーッ!」
そして村人の絶叫が静寂を切り裂く。
「えぇっ!?」
「誰だ!?」
「大丈夫かー!?」
二日目の朝。夜明けと同時に、七人はほぼ一斉に家を飛び出した。互いの無事を確かめるように視線を交わし、人数を数えるが――一人足りない。
「た、大変だ……!」
「ホットーー!」
広場の中央。色とりどりの花に囲まれるようにして、ホットはぴくりとも動かず横たわっていた。
眠っているだけにも見える、あまりにも穏やかな最期。シェンがそんな彼に近づくと、遺体は一冊の本へ姿を変えた。
「ホットの役職は『観測者』……。『幻覚持ち』じゃねーんか」
「マジかよ。観測者が初日に殺られたのキチぃな……強ぇのに」
「この中に昨日の夜、ホットの家に行って殺した『反逆者』がいる……!」
穏やかだった朝の空気は瞬く間に消え、広場全体を重苦しい沈黙が支配した。
誰もが隣の仲間を疑わざるを得ない。そんな中、テディがいつものトーンで切り出す。
「僕は昨日、外に出たよ。勿論『反逆者』じゃないけど……僕の役職は犯人探しの手掛かりになると思うから」
「俺も」
「あ、僕もです」
「現在、皆さんの役職は不明です。推論精度向上のため、夜間に実施した行動を順次報告してください」
異論を唱える者はいなかった。よってテディから時計回りに話すことになる。
「僕は『張り込み』で、ホットの家を見張ってたんだけど……」
「おいおい!いきなり重要情報じゃねぇか!」
「誰か来たのか!?」
タンドリーとナキが身を乗り出す。しかしテディは申し訳なさそうに首を横へ振った。
「実は……僕の目には誰も来てないようにしか見えなくて」
「え?」
「まさか?」
「寝てんじゃねーか」
「違うよ起きてたよ!なのにホットは死んでるってことは、僕は『幻覚持ち』なのかも……!」
「要するに無能じゃな」
「ステータス情報、無能テディを更新しました」
「説が濃厚になった途端こぞって言わないでよ」
『幻覚持ち』は村人陣営確定の役職である。もしテディの話が本当なら、少なくとも彼はホット殺害に関与していない。
「確定白って反逆者からしたら最高の餌食だけど」
「まぁしょうがない……」
「現段階では、その情報を事実として採用できません」
一人が反逆者ではないと分かり、僅かに空気が緩むが、メトロがそれを客観的な視点で切り返す。
「張り込み先のホットは発言不能であり、確認する術がありません。次の情報を開示してください」
「確かに」
「それはそうですね」
「あはは。僕が全部嘘ついてる説も普通にあるね」
「自分で認めんな」
「……俺が反逆者なら『幻覚持ち』のフリして村人から信用稼ぐけどな」
タンドリーはそう言うと、向かいのメトロに視線を送った。




