第158話『学年末勉強会』
これプロのボイスチャットルームは撮影がある日に限らず、雑談やゲームのためにメンバーが集まる場として使われる。
「おーっす」
「ナキやっほー」
「お疲れー」
加入してからというもの、ナキは下校後すぐにスカイコードへログインするのが日課になりかけていた。
「ん?今日……何かあったか?」
「え?撮影」
「それ二十時からだろ。まだ十七時じゃねぇか。全員集まってんの珍しくね?」
「あはは。確かにそうだね」
テディの話し方はいつもと変わらなかったが、残りの三人はやけに静かなままだった。
――ゲームやってんじゃねぇのか?ホットも全然喋んねぇし……。
「ナキの地域でももうすぐ始まるよね?学年末考査」
『ポロン』
「逃げたぞ」
「ナキ―!?」
不穏な気配を察知したナキはすぐに通話から抜けて部屋を出る。飲み物を取って戻ると、テディからメッセージが届いていた。
――『僕がナキのお爺ちゃんに電話かける前に成績表見せて』って……脅しじゃねぇか!こんなんで教師キャラなんて務まんのかよ。
舌打ちして居間に戻ると、祖父が紙束を漁っていた。
「なぁ。ついでに俺の成績表どこ」
「……お、あったあった。さっきテディから見たいってメッセージ届いてな」
「あのクソ野郎!」
――もうチクってんじゃねーか!
引ったくるようにそれを取り上げ、ナキはまんまとテディの策略通り通話へと戻ってしまった。
「テメェ!何なんだよあのチャットは!」
「お帰りー。直近のヤツだけでいいから何枚か写真撮って個人チャットに送って」
「……俺ぁ学校はちゃんと行くが勉強はしないぜ!ゲームのが楽しいからな!」
「堂々と言うな」
「テディ俺も……俺もそっち行きたい……!」
「はいはい。今やってるトコ終わったら十分休憩していいからねー」
――ホットは俺と同類か……ツラが良くても、脳みそまでイケメンとは限らねぇんだな。
廃人化しつつあるホットの声を聞き、ナキは勉強会をサボる算段を考え始める。
――まぁまぁ酷い……でもテストの点だけじゃナキの頭の良し悪しは判断できないよね!
ただし、テディはそれを全力で阻止する気満々だった。
「この成績表は、僕に出会わなかった世界線のホットだ……」
「そんな酷いの!?」
「ヤバ」
「あはははは!えぇ?」
「俺とホットを同時にディスってんじゃねぇ!」
確認を終えたテディは、辛うじて彼が得意と言える理系科目の教科書を開いた。
「ナキも一緒に勉」
「嫌だね」
彼の即答を聞いて、中学一年の範囲を勉強していたユイガが顔を上げた。
「え?でもナキって今年受験じゃないの?」
「陽菜莉と同じとこ行くわ。あそこ、名前さえ書けば誰でも受かるって話だからよ」
「なにそれ」
「バカ高校だぁ……頭良くなった方が陽菜莉さんにモテるよ?」
「あいつも同じレベルのアホなんだから、それでバランス取れてんだろ」
「そっか……」
――陽菜莉さんをダシにしてもやる気スイッチは入らないと……。
「言っとくがジジイも中卒だからな。俺から学習意欲なんて引き出せると思うなよ!」
「馬鹿の開き直りだぁ……」
「し、痺れる……!ナキかっけぇ!」
「お前までブチ上がんな!早く入射角の角度出せ!」
「びえーっ!タンドリーの鬼ぃーっ!」
ホットが泣くまで勉強を強いている間、テディは思惟を巡らす。彼は祖父と幼馴染の陽菜莉にはめっぽう弱いというナキの性質を利用し、これまで数々の要求を通してきた。
だが今回ばかりは一筋縄ではいかない――
「まぁ、勉強って強制させるもんじゃないしね。僕はナキが少しでも見込みがある科目を伸ばして、七十点代を取る手助けをしたかったけど……」
「…」
「やっぱ厳しいのかな。ナキは僕らの一個上だけど、それを差し引いてもタンドリーのほうが賢いもん」
「!」
「……あ?」
――とは、あまり思っていなかった。
「……そうだな」
テディの台詞に二人が同時に反応したが、先に嘲笑を浮かべたのはタンドリーの方だった。
「ゲームでちょっとイキれるくらいで、脳みそ虫ケラみてぇな奴に勉強する根性なんてねーよ」
「だとコルァァァァァ!」
「起爆したー!」
――僕まだタンドリーに何も指示出してないのに!
「やってやろうじゃねぇか……!勉強でもテメェなんか速攻で越してやるからな!」
「上等だよ」
単純なくらいあっさり奮起したナキは、仲間たちと共に過去一番の集中力でテスト勉強に励むのだった。
☆彡
複数人での勉強会は、すぐ遊んでしまい意味がないと思われがちである。だが実際はお互いを見張り合うことで集中できたり、分からないところを聞けたりと、誰かと一緒に勉強するメリットは意外と多い。
『カリカリカリ……』
『カリカリカリ……』
学生だけの勉強会であっても、過半数が勉強に意欲を持って集中すれば――十分に意味を成すのである。
『ボリボリボリ……』
「えっ?」
「オイ!誰かシャーペンの音に紛れて菓子食ってる犯罪者いるぞ!」
「誰だ自首しろ!勉強舐めてんのかコラ!」
「ふぉーだふぉーだ」
「ごめん俺……ってユイガもガッツリ食ってんじゃん!」
とはいえ小中学生の男子が五人も集まれば、度々ボケが挟まれることもあったが。
「――お疲れ様です」
勉強開始から一時間後、裏プロのナイアが通話に参加する。呼び出したテディはにこやかに出迎えた。
「お疲れー。ナイアありがとね。僕も流石に中二の範囲は教えるのに限界があるからさ」
「大丈夫ですよ。僕でよければ……」
「えっ……」
「ナ、ナイア……?」
「うん。この中でダントツに知能が高いナイアだよ」
「イルカに例えたらの話ですよ!?」
その声はやや高いが、確かに成人男性のものだった。初めて聞く声に、テディ以外の四人は驚いて手を止める。
「ナイアって男だった!?」
「希望持たせてしまってすみません。男です……」
「人間だったんだな……」
「はい……僕は神とアンドロイドの後ろにいる、ただの人間です」
「喋ってんだけど!何で急に!?」
「ナキさんの先生役を頼まれまして……シェンさんはハッ……仕事、メトロさんは新作ゲ……じゃなくて仕事なので僕が推参しました」
「ナイア来てくれてサンキューな。でも先生役はメトロってカス暇人にやらせるわ。一緒に穴掘って捕まえに行こうぜ!」
「こ、今回だけは僕で勘弁してください……!メトロさんは尊敬するモグラなんです!」
少々気弱ながらも柔らかな物腰を感じさせる声に、四人は親近感を覚える。
――チャットの雰囲気で分かってたけど、普通に良い人そう……。
「というか……」
「薄々気づいてたけど……」
「俺らの中で一番マトモじゃね?」
「あはははっ!そんなことないですよ~」
「ナイアは常識的なイルカだからね。さ、勉強再会するよー」
鶴の一声によって、空気は再び勉強モードに戻った。ナイアもまた、画面外で中二の教科書を広げる。
「僕とナキさんは通話別れた方がいいですかね」
「どっちでもいいよー」
――でもホットの気が散ってたら移動してもらお。
「まだいて!ちょっと声ある方が集中できるし」
――ナイアの声が新鮮すぎてそっち気にしちゃう気がするけど……ナイアが先生やってるとこ普通に聞きたいし!
「大丈夫」
――無音の方がいいけど。音量下げればいいか。
「俺も平気だけど」
――ソシャゲしてるし。
「よーしナイア!この『変域』ってヤツ教えてくれ!最初から!」
――賢い兄貴って憧れてたんだよな……!これでタンドリーに勝てる!
「分かりました!」
――さ、最初!?でもテディに頼まれたからには、ナキさんに成功体験を積ませてあげたい……!
こうして六人はテスト期間中、欠かさず集まって勉強し――努力はしっかり結果となって表れたのだった。




