第151話『穏やかじゃない心』
そして端麗な顔立ちによく映える、優雅な微笑を浮かべる。
「初めまして。大舞学園中等部、新三年生の祐東カレンです。私は内部生だけれど、何かお困りのことがあればいつでも教えて頂戴。喜んでお力添えするわ……隣にいる彼が」
「僕かい!」
糸哉のツッコミで、山根兄妹の緊張が少し解れる。コートを彼へ手渡す頃には彼女の美貌から笑みが消え、冷ややかさを宿したいつもの表情に戻っていた。
「ね、ねぇ。テ……糸哉お兄ちゃん」
「うん?」
「その、先輩……」
「カレンで良いわ。純花さんとお呼びしてもよろしいかしら?」
「あ、はい……その、カレン先輩が……」
隠れ場所をソファーの陰から糸哉の背後へ移した純花は、不安気な視線をカレンへ向けた。
「……持ってきたケーキ、もんの凄い高いヤツじゃ」
「え」
「…」
カレンは答えずに黙っていた。糸哉は失礼だと理解しつつも横文字の店名とケーキを検索する。
「どっひゃーー!」
そして数秒後、表示された五桁の価格に目玉が飛び出しかけた。
「一本いいい一万円のフルーツケーキ……!?これは確かに庶民の僕じゃ一生食べられない代物だ……」
「テディ庶民じゃないだろ」
孝太の囁きをスルーした糸哉は、そのままおやつの準備を始めた。
「へぇー。レーズン、チェリー、くるみ、イチジクにピスタチオ……贅沢ですね。純花ちゃん食べれる?」
「うん」
「俺いらない」
「じゃあ孝太にはチーズクラッカーとクッキーを出そう」
「最高」
――さてはユイガもレーズン苦手だな?実はライアンもなんだよなぁ……。
ケーキは糸哉、カレン、純花の三人で食べることになり、ライアンの分は余った分と一緒に取っておくこととなった。
「お、美味しすぎ……!?」
「ね!噛めば噛むほど上品な甘さが……結構ラム酒効いてるけど純花ちゃん大丈夫?」
「うん!けど……」
純花は横目でこたつに座る兄を見やる。彼は血走った目で画面を睨み、コントローラーを激しく操作していた。
「やー。こーんな贅沢ケーキ口にしたら調子百倍だなぁ」
「グッギィッ……!」
「……お兄ちゃんが大丈夫じゃなさそう」
糸哉と孝太は、おやつを頬張りながら対戦型格闘ゲーム『大激闘メテオブラザーズ』で火花を散らしていた。カレンと純花はプレイには加わらず、二人の勝負を観戦している。
「はいそこ危ないよー!」
「んねぇぇぇぇぇ!」
わずか二分四十秒で孝太の残機は尽き、一対一の勝負は糸哉の圧勝に終わった。
「熊本君……年下相手に本気になるなんて、お世辞にも上品とは言えないわ」
「格闘ゲームに品格もクソもないですよ。それに僕はちゃーんとマナーを守って孝太をボコボコにしてるだけです」
「俺が弱すぎるって言いたいワケ……!?早く次やろ!」
「いいよー」
――今日調子いいな……女の子が見てるから?って言ったら引かれるから言わないけど。
「はい一!」
「もぉーーっ!」
次の試合もあっさり三分以内で勝負を決めた糸哉は、敗者の孝太に四人プレイの設定を任せ――自分はニコニコでケーキを頬張るのだった。
☆彡
こうして四人対戦が幕を開ける。戦力差を考慮し、二対二のチーム戦で行うことになった。
「スーパー初心者の先輩は操作に慣れるまで僕と組みましょ」
「先程の対戦で操作方法は概ね把握したわ。これがパンチでしょう?」
練習用ステージで、カレンは糸哉の操作を思い返しながら攻撃ボタンを押す。だが彼が使っていたスーパーヒーローとは違い、初心者向けファイターの魔法使いは杖から火の玉を放った。
「どうして」
「あはは。ファイターによって攻撃方法が違うんですよ。魔法使いで近接攻撃がしたかったら……」
「ま、待って!純花がカレン先輩に教える!」
――駄目ぇ!これ完全に『分かんないから教えて』ムーブじゃん!男にしかモテなくて冴えないテディの承認欲求に餌あげるようなもんじゃん!そんなのよろしくない!
純花は二人の心の距離がグッと近づく展開を阻止すべく、慌てて会話に割り込む。
「あら。ありがとう……でも遠慮するわ」
「ぇ」
しかしカレンはにこりと笑って首を振った。
「これから始まるのはチーム戦。私と貴女は敵同士……情が移るような真似は避けたいの」
「ハイ……」
「えーとじゃあ先輩、Yボタンがジャンプで、こうすると防御できて……」
糸哉はいつも通り説明しているだけだったが、純花の脳内では二人がお似合いのカップルへと変換されかけていた。
――これで向こうが勝ったら絶対なんかっ……発展する!
「生まれる……(絆が)生まれる……」
「純花さんが召喚したそれは何っ……防御間に合わない!」
「召喚術士のコウモリです!殴ると爆発するんで逃げるか防御して!」
「よしチャージ溜まった……喰らえぇ!」
こうして二時間ほど遊んだカレンはみるみる知識を吸収し――完全初心者から並のプレイヤーへと成長したのだった。
☆彡
カレンが今日は電車で帰ると言うので、糸哉は駅まで送ることにした。
「ケーキありがとうございました。大事に食べますね」
「気にしないで。そんなことより、ちょうど来週『グイットツカメ3』のダウンロードコンテンツが発売されるの……お礼はそれでいいわ」
ダウンロードコンテンツとは、インターネットを通じてゲームに追加されるデータを指す。バグの修正やバランス調整などは無料で読み込めるが、新しいシナリオや強力なキャラクターの追加は基本的に有料である。
今回、カレンは後者の方をお礼として指定してきた。
「あー新ステージが遊べるあの……先輩詳しいですね」
――夏に一緒にやって以来(第76話参照)、ゲーム機も『グイットツカメ』も買い揃えて一人でやり込んでたって聞いたけど……。
「今日遊んだゲームも相当な時間を費やしていたみたいだし……貴方、将来はその分野のプロを志しているのかしら?」
「いやいや!僕はあくまで楽しく遊びでやってるだけなんで」
――これプロを認知した……!?いや。この人は育ちが良いお嬢様!まず『ゲーム実況者』なんて言葉自体あまり知らないハズ!
糸哉は焦燥を覚えるが、カレンは表情だけでなく声色からも感情を読み取らせなかった。
「今日、鍵付きのお部屋が開くところを見たの。あそこがお兄さんの私室だという話は本当だったのね」
「……はい」
――探りを入れている……!?『入った』とは言ってないし、ピンポイントで名前の字幕が入ってる画面を見なきゃ断定材料にはならない……!
「でもあの部屋って……」
糸哉はゲーム実況活動がカレンにバレたのかと、脳をフル回転させる。そして彼女が切り出したのは――
「……どうして外開きなの?」
「え?」
――予想のさらに上をいく一言だった。
「お兄さんがあの部屋から出てきた時の違和感はこれだったのね……リビングも隣の寝室も内開きだったのに。建築の専門知識がなくとも、隣の部屋と比べれば一目で違いが分かるわね」
「……あの部屋だけ造りが異なってるのに気づいたのは、先輩で二人目ですよ」
「一人目は誰?お兄さん?」
「いえ……敦斗です」
敦斗も去年の春休み、糸哉の部屋を訪れた際に同じ疑問を抱いた。その時は『活動がバレないよう鍵を付けるには、扉ごと替えるしかなかった』という説明で納得してくれた。しかしカレンはそうはいかない。
――あのマンションは元々ご両親がお住まいになっていた一室……中から立て籠もることのできない外開きの扉にしたのはきっと……。
「私が知る情報を繋ぎ合わせてしまった今となっては、まるで知るべきではなかった真実に触れてしまったような気分ね」
敦斗は賢いですよ。そこに関してだけちゃんと距離を取ってくれてます。先輩もこんなエグい父親を持つ後輩から離れるなら……」
「ご期待には添えないわ」
彼の言葉を遮ったカレンは、冬空へ白い吐息を溶かしながら微笑む。
「知ってもなお……以前にも増して、貴方から離れ難くなってきたの。ふふっ……不思議ね」
それは単なる優しさか、それとも無自覚な好意か――凍てつく星空を仰ぎ、歩みを進める糸哉の中に答えは生まれなかった。
ライアンVSレーズン。
ライアン「レーズンだけほじくって食べちゃ駄目?」
糸哉「なら後で食べれる部分だけカットして食べればいいじゃん。結構全体的にみっしり入ってるから外側しか食べれなそうだけど」
ライアン「く……っ!あっでも美味い!耳の部分うんまコレ!」
結局頑張ってほじくって食べた。




