↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
諸君!これがプロである!!~ゲーム実況者の日常~  作者: 椋木美都
中学一年生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
162/234

 第150話『熊本糸哉は甘党男子』

時はナキと出会う前に遡る。喫茶店チェーン『ホシダ珈琲』の四人掛けソファー席にて。 糸哉は控えめに拍手を鳴らした。


「二人共、合格おめでとー!」


「ん」

「うん……」


無事に大舞学園中等部に合格した山根兄妹は、照れ臭さを誤魔化すようにストローを齧(かじ)る。そんな二人を見て、糸哉は満面の笑みを浮かべた。


「孝太(こうた)と純花(すみか)ちゃんなら受かると思ってたよ。しかも孝太に至っては主席入学なんて……本当に凄いね。お疲れ様」


「でもまぁ新入生代表挨拶は内部生の一位がやるらしいけど」


「そうなの!?」


――ここでも内部生贔屓が出てるのか……。


「ガチでよかった……絶対やりたくないもん」


「君ってヤツは……」


主席合格者が務めるとされる新入生代表挨拶。その大役を誰かが代わりに担ってくれることに、ユイガこと孝太は心の底から安堵していた。その露骨な安堵ぶりに糸哉は文句を言う気も失せ、呆れたように息を吐く。


「……純花ちゃんどうしたの?フリーズしてたけど……」


「ひぅっ!」


――だってだってだって……!


純花は考えるより先に自分のミックスジュースをゴクゴクと飲み進める。その視線は糸哉ではなく、彼が注文した飲み物に吸い寄せられていた。


「テディ……が飲んでるのって」


「え?キャラメルマキアート」


「へぇ……」


――本当に甘党……!絶対ここ来たらミルクコーヒーかそれ頼むと思ってた!


純花はこの店に家族と訪れるたび、テディなら何を注文するのかをこっそり妄想して楽しんでいた。そんな密かな楽しみなど知る由もなく、糸哉は見当違いな親切を焼く。


「ひと口飲」

「いらない」

「食い気味!?」


純花は素っ気なく返事をしながらも、兄と談笑する彼へ何度も視線を送る。


――動画や配信は普通に見れるのに……。


だが『糸哉』として目の前にいる彼を見つめると、緊張で心臓が壊れそうになった。


「入学したらちゃんと『孝太』って呼ばないとねー」


「別に絡んでこなくていいんだけど」


「今日、敦斗と幸樹も孝太に会いたがって」

「いらない」


「食い気味……君もか」


孝太は全く祝ってもらえないのも、小言付きで祝われるのも嫌だった。とはいえ、過剰に祝いの言葉を浴びせられるのも落ち着かなかった。


「――そんなワケでお祝いを贈りたいから、二人が欲しいもの何でも買ったあげるよ」


「「何でも!?」」


二人は慌ててゲームや家電、財布やバッグなど、高価な品々を思い浮かべるが――


「テディかな……」


「だね……」


「僕は非売品だけど、クマのぬいぐるみならいいよ」


――どれも目の前の推しには敵わなかった。


「うーんうーん」


――テディに買ってもらうモノだから……身に着けれて見せびらかせて半永久的に使えるヤツ……ゅ。


『ゆ』から始まって『わ』で終わる三文字を思い浮かべた途端、純花の顔がボッと朱に染まる。そんな妹をよそに、孝太は神妙な面持ちで口を開く。


「したいことでもいい?」


「いいよー」


――遊園地行きたいとかかな?


「どこでも連れてったげる」


糸哉が二つ返事で了承し、約二十分後――


「確かにどこでもライアンの運転で連れて行かせる気だったけど……」


――彼は山根兄妹を自宅へ招いていた。


「「お邪魔します」」


「普通のマンションだよ?あ、洗面所そこね」


山根兄妹は受験の面接以上に強張った表情で手を洗い、冷えた廊下をぎこちなく歩く。糸哉は無人のリビングへ入るなり暖房のスイッチを入れた。


「最近ライアンが編集手伝っててくれてね、今も僕の部屋でやってくれてるんだー」


「聞いてないんだけど!?」


「気づかなかったかー。一月に上がった動画は三割くらいライアンだけど」


「ぬぐぐ」


「そうなんだ……」


――ライアンさんが編集のお手伝い……。


純花はその情報を頭の片隅にしまい込み、静脈認証のドアに驚きつつ編集部屋へ入る。そこでは同居人のライアンが黙々と字幕編集に没頭していた。


「ここがテディが生まれた部屋……」


「違うって言っておくね?」


「ふわぁ……わぁ……!」


ヘッドホンを装着したライアンは、まだこちらに気づいていない。兄妹は物音を立てないよう、静かに五畳ほどの編集部屋を見渡した。


「モニター三枚あるんだ……お兄ちゃんの部屋より多い」


「編集してるからねー」


「かっこいい……!」


「いやユイガの部屋とほぼ変わんないよ?」


両親の寝室をそのまま実況部屋として使っているだけで、糸哉自身も内装に特別なこだわりはない。それでも孝太と純花は違う。


「写真撮りたい……」


「ここの壁になりたい……」


「オタクの発想だぁ……」


この場所で推しが日々ゲーム実況を撮影し、動画を生み出している――その事実だけで、二人の胸は感動でいっぱいになった。


ライアンの作業を邪魔しないよう、彼が気づく前に編集部屋を後にする。ほどよく暖まったリビングで、客人に好きな家庭用ゲームを選んでもらっていると――


『ピンポーン』


――来客を知らせるチャイムが鳴った。


「んー?」


――まさか山根家?いやお迎えにしては早すぎ……。


もしくは忘れていた荷物の配達か、それとも勧誘か。糸哉がそんな予想をしながらドアを開けると、そこには高級そうなコートに身を包んだ少女が立っていた。


「え?先輩?」


「御機嫌(ごきげん)よう。熊本君」


「お疲れ様です……どうしたんですか?連絡してましたっけ」


カレンは返事の代わりにケーキ屋の袋を差し出す。部活の先輩に過ぎない彼女は、きりっとした表情を崩さないまま、ここを訪ねた理由をつらつらと話し始めた。


「先日……ホテルでいただいたフルーツケーキがとても美味しかったの」


「はぁ」


「お年玉も使い道に困っていたし……貴方には色々と借りがあったような気もしたから、お返しに丁度良いと思ったの。たまたま今日は時間が空いてら、空いていたから……」


「え」


「庶民が一生食べられないくらい希少で人気なケーキよ!感謝していただきなさい!」


「嘘ぉ……あ、時間が空いてらなら上がってください」


「ケーキじゃなくてパイの方が良かったかしら……貴方に投げる用の」


「バラエティ番組じゃないんだから……」


玄関へ入ったカレンは、すぐに見覚えのない靴が二足並んでいることに気づく。彼女が口を開くより早く、糸哉は「知り合いの小学生が遊びに来ている」と事情を説明した。


――知り合い?同じマンションの子供か、お兄さんの親戚とかかしら?


「テディ!メテブラやろ!」


「いいよ。その前にちょっと……」


糸哉は小声で新たな客の説明をし、彼女は活動について何も知らないことを話す。山根兄妹に口裏合わせをしている間、手を洗い終えたカレンはリビングではなく、静脈認証式のドアロックが付いた部屋へ向かった。


「…」


――お兄さんの私室だと言っていたけれど……。


躊躇った後、遠慮がちに扉をノックする。数秒の沈黙を挟み、外開きのドアがゆっくりと開いた。


「どした……ってどわぁーー!」


糸哉だと思って部屋を出たライアンはカレンの存在に驚き、反射的に後ろ手でドアを閉めた。


「ビックリした……え!?お嬢様……じゃなくて、いっ君の先輩!?」


「お休みの日に突然お邪魔して申し訳ありません。熊本君にケーキのおすそ分けを届けに来ました」


「えーっわざわざ?ごめんね俺こんな格好で」


「いえ。突然お邪魔したのはこちらの方なので……」


「寒かったでしょ。折角だし一緒に食べない?」


「ぁ……」


カレンは後ろ髪を引かれる思いでその場を離れる。


――パソコンとオフィス……いえ、あの形状はゲーミングチェアかしら。何が映っているのかまでは見えなかったけれど、やはりあの部屋はお兄さんの私室みたいね……。


閉まるドアの隙間から一瞬だけ見えた部屋には、これといって不自然な点はない。


――であればなおさら奇妙だわ……何故あの部屋だけ、過剰なセキュリティが施されているの?


それでも、正体のわからない違和感だけが胸の奥に残り続けていた。


「えーっ!何かいっぱい子供いるー!いっ君!今日この子らと買い物行くんじゃなかったの!?」


「買い物より僕の家で遊びたかったんだって」


「もー言ってよー!」


「メッセージ送ったよ!あとここにいる皆は兄さんが部屋着でも気にしないから」


「あーー!」


ライアンが一目散に退散するのを見送り、糸哉はソファーの裏へ隠れている山根兄妹を紹介した。


「えーと……遠いな。こちらの緊張してる子たちが山根孝太君と純花ちゃんで、二人共春から僕らの学校に入学します」


「あら。後輩になるのね。双子……?」


「じゃないです。同学年の年子だよね?」


警戒心いっぱいの二人が小さく頷くと、糸哉は来客用のハンガーを軽く振る。


「で、この人が……」


しかしカレンは言葉の続きを片手で制し、二、三歩離れた場所へ静かに腰を下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。