第149話『ナキの決意』
いつの間にか加入が決まっていたことに驚き、助手席の幸樹が勢いよく振り返る。ちょうど満士と目が合い、彼はいたずらっぽく口角を上げた。
「えー、鶏だっけ」
「タンドリーだよ」
「外では服部」
「分かった分かった。よろしく頼むぜタンドリーパイセン?」
「マジかよ……」
――こんな粗暴そうな奴が?
幸樹もまた別の意味でメンバーから不安視されていることは棚に上げ、内心頭を抱えた。
「ちなみにナキがメンバー最年長だからね。最年少はナキより二歳下」
「マジかよ!?ガキしかいねぇなこのグループ!」
やがて『スフィンクス』は少し高級な回転寿司店へ到着する。
「私はこちらで皆様のお帰りをお待ちしております!心ゆくまで楽しんできてくださいね!行ってらっしゃーい!」
「テーマパークのキャストみてーな運転手だな……」
「あはは!だねぇ」
「っしゃぁ!ラッキーだなオイ!昼前だからクソ空いてんぞ!」
三人は『メトロの奢り』という言葉を免罪符に、二百三十円以上の皿ばかりを遠慮なく積み上げていった。
「もう食えねぇ……」
「気持ち悪ぃ……食いすぎた……」
「ナキが挑発するからでしょ。受けるタンドリーもタンドリーだけど」
会計を済ませ、糸哉は呆れ半分で二人を見やる。意地の張り合いという名の寿司大食い対決は、満士と幸樹が二人揃って瀕死になるという結末を迎えた。
一人だけ適量で切り上げた糸哉は、実に軽い足取りでタクシーへ戻っていく。
「……針北?」
店を出た直後、聞き覚えのない声が飛ぶ。
「おいテメェ!何でこんな所にいやがる!」
糸哉たちがその存在に気づくと、金髪ツーブロックの少年が数人の取り巻きを伴って近づいてきた。
「あぁ?何だよ……今、機嫌悪ぃんだ。失せろ」
「自業自得だろ」
「シッ!」
幸樹がぼそっと水を差し、糸哉が肘で小突く。高校生くらいの少年は負けん気を剥き出しにして満士を睨み返した。
「陽菜莉はどうした!?今日はテメェといるって聞いたぞ!」
「さっきまで俺ん家にいた。それがどうした」
「俺は今日!陽菜莉をカラオケに誘ったんだよ!なのにお前の世話があるからって断りやがって!あのクソ女俺を騙し……」
「ちょ!?ストップ満士!先に手を出しちゃうのはよろしくないよ!?」
『クソ女』の一言で、満士の理性の糸はあっけなく切れた。相手へ飛びかかろうとした彼を、糸哉が慌てて引き止める。
「あぁ!?やんのかテメェ!」
「上等だ!かかってこいやコルァ!」
「売り言葉に買い言葉とはまさにこのことか」
「悠長なこと言ってる場合じゃないよ!あーもう運転手さん!この人お願いします!」
「合点承知の助っ!」
糸哉が千車に助けを求めると、溌剌とした返事と共に運転席のドアが開く。
「おい離しやがれ!もう考慮の余地なんかねぇんだよ!さっさとアイツを……」
満士が糸哉の拘束に抗い、物騒な台詞を言い終えるより早く――
「深呼吸のお時間です!せーの!」
『ドゴッ!』
――千車の鋼鉄のような拳が、満士の腹部へ綺麗に入る。彼は糸の切れた人形のようにその場へ崩れ落ちた。
「服部さん!」
「!」
片手で満士を支えた千車が、もう片方の手で何かを放る。幸樹がとっさに受け取ると、それはエチケット袋だった。
――は!?嘘だろっ……!
慌てて満士の口元へ当て――数秒後。袋越しに、くぐもった吐しゃ音が漏れた。
「先輩方……この醜態に免じて、本日は矛を収めていただけませんか」
「「お、おう……」」
人によっては一生に一度見るかどうかという光景に、すっかり気勢を削がれたようだ。陽菜莉の同級生たちは引きつった顔のまま、その場を後にした。
十分後。満士の祖父が入院する病院の駐車場にて。
「クソッ!あいつら全員まとめて泣きっ面かかせてやる……!」
完全復活した満士は拳を鳴らしていた。
「完全に脳筋派だなぁ……これプロに入るからにはそういうのやめてよ」
「害になる敵はよぉ、力づくでブッ潰すのが当たり前だろーが!」
「暴力に頼らないアプローチもいっぱいあるって。まず彼等のSNSから個人情報を特定して、黒歴史を交渉材料に話し合うべきでしょ」
「「そっちは陰湿すぎるだろ!」」
幸樹と満士が仲良くハモる。そんな折、糸哉のスマホが震えた。
「じゃあ第三の選択肢か……あ、もしもし陽菜莉さん?」
「「は?」」
いつの間に連絡先を。という視線が二人から刺さる。糸哉は涼しい顔で通話をスピーカーモードにした。
「――もしもし。ちゃんとみっつと仲良くやってる?」
「無論です。ちょっと一つだけお聞きしたいんですけど」
「何?」
「冷静で大人の余裕があって、知性的な男性って魅力的ですよね?」
「……はぁ?」
少しの沈黙の後、陽菜莉は素直に口を開く。
「……(一般的に考えて)そんなの当たり前じゃん。マジで何?」
「ありがとうございます。すみませんそれだけです。満士はこれからお爺さんのお見舞いに行ってきます……はい。それでは」
「…」
彼が通話を切ると――あれほど殺気立っていた満士は、嘘のように静かになっていた。
「テメェ……卑怯だぞ!」
「はいはい。説教は後で聞くから。今はナキのお爺さんに挨拶しに行こ」
満士が加入を決めた今。熱が冷める前に、保護者である祖父の理解を得ておきたい――それが糸哉の狙いだった。
「……抜け目なさすぎるだろ」
幸樹はその背中を追うと、後ろから肩をぐいっと引かれた。
「……服部。ひょっとして俺、とんでもねぇ奴に目ぇ付けられたか?」
「もう遅ぇよ。あと俺としても、お前に暴力は振るってほしくない。拳を痛めた日の撮影で『今日の負けはケガの所為』なんて言い訳されても困る」
「誰が言うかボケ」
「あとヤベェのはテディだけじゃねぇ。多分シェンは……お前が暴力に走る可能性がある限り、さっきの連中の黒歴史を掘り続けるぞ」
「……俺の住所特定した時みたいにか?いやまさかな……」
すると、今度は幸樹のスマホが震えた。
「…」
メッセージを一読した幸樹は、何も言わずスマホを満士へ差し出した。
そこには、シェンからたった一言。
『もうやっとる』
「ヒッ!」
満士の背筋がぞわりと粟立つ。続けて送られてきた文章が表示された。
『アイツらSNSよう使っとるけぇナキの時より楽じゃ』
「た……頼むシェン!その調子で陽菜莉に近づく奴ら全員潰してくれ!そしたら俺、誰も殴らねぇから!」
「それチャットで送れよ」
スマホへ向かって声を張り上げる満士に、幸樹が真顔でツッコむ。
その後。満士は祖父へ、自分の本当の気持ちを打ち明けた。
「――アイツら俺より年下なのに、自分の力で戦ってんだよ。ネットの世界が甘くねえことくらい、バカな俺にだって分かってる。顔も知らなねぇ不特定多数の連中に好き勝手叩かれて、痛い目見るかもしんねえ。でも他人の顔色窺ってビビってるだけのガキのままじゃ一生一人前になれねえ……俺の人生だ。自分のケツは自分で拭く。だから爺ちゃん……俺の生き様を見届けてくれ!」
院内の患者休憩室にて。満士は周囲に聞こえないよう声を潜めながらも、抑えきれない熱意を込めて訴えた。すると祖父は車椅子の肘掛けからシワだらけの手を持ち上げ、ゆっくりと目元を覆う。
「……へっ、中卒宣言した時よりもいい眼になったじゃねえか」
「っ!」
「いいか満士、ニコチューバーだか何だか知らねえが、やるからにはテッペン取ってこい!途中で『やっぱり怖くなりました』じゃ済まされねえぞ。画面の向こうの奴等全員、お前の気合でビビらせてやれ!怯んだら負けだ。どんなにネットで叩かれようが、お前が真っ直ぐ生きてる限り……俺はお前の味方だから。自分でケツを拭く覚悟があるなら、男の行く道にガタガタ言う筋合いはねえ!オメーの父ちゃんには上手いこと言っとくから、お前はやりたいこと目一杯やれ!」
「爺ちゃん……!」
バシッと背中を叩いて気合を入れられ、満士は潤んだ瞳で祖父と抱擁を交わした。
「おっと満士、今ハグはあまり……」
「腰触るんじゃねぇ、このバカ!」
「痛ぇっ!何すんだクソジジイ!」
「声でけぇよ!看護師来るぞ!」
感動的な空気はどこへやら。最後は祖父と孫の言い争いで幕を閉じる。
保護者である祖父は、満士の選んだ道を信じ――力強いエールを送ってくれたのだった。
☆彡
帰りの車内にて。幸樹は窓に肘を預けて重い溜息を吐いた。
「俺いらなかっただろ……」
「いやいや!だってヒイちゃんのモデルって女の子だと思ってたから……結局メトロの策略でナキが釣れたけど、タンドリーがいて凄い心強かったよ」
「…」
――まさかこんな早く五人目に会えるなんて……!
そう言われて悪い気はしていない様子の幸樹をよそに、糸哉は思いがけない収穫に大歓喜していた。
「あーもう今すぐ帰りたい……!運転手さん!飛ばしてください!」
「あと十分ほどで目的地に到着しますよ?」
「だから早くない!?」
「まだ乗って一時間ちょっとしか経ってねぇ!」
結局、あの異次元じみた速さのタクシーと運転手の正体は謎に包まれたまま――無事に大舞賀へ帰り着いたのだった。




