第147話『魅力的な勧誘』
糸哉は慌てて身を隠し、物陰から様子を窺う。
「なーに落ち込んでんの。大丈夫だって。お爺ちゃんもうすぐ戻ってくるし、アタシも今日こっちに泊まるから……早く元気出しな?」
陽菜莉は満士が傷心している理由を、祖父の入院によるものだと思ったのだろう。
二月の冷気と午前の陽光を背に、陽菜莉が慈愛に満ちた眼差しで弱った幼馴染を慰める姿は――まるで朝ドラのワンシーンのようだった。
――胸ヤバ……陽菜莉さんって高一だっけ。
しかし糸哉の視線は正直である。彼は、満士を抱き寄せた勢いでむぎゅっと潰れた陽菜莉の隠れ巨乳から目を離せなかった。
糸哉はそっと部屋を出る。居間を横切り、反対側の襖へ続く廊下でようやく手洗いを見つけた。
――ナキと陽菜莉さんって本当にただの幼馴染……だよね?ま、その辺は今つつかなくていっか。
用を済ませて居間へ戻ると――
「ねぇ!」
――勢いよく襖が開き、陽菜莉がずかずかと入ってきた。
「アンタたち結局誰なの?みっつとどういう関係?」
「えーっと」
「姉替わりとして言っておくけど……」
返答に詰まった糸哉へ、彼女は地を這うような低音ですごむ。
「確かにみっつは態度も口も悪いから不良そのものでしょ。けど誰よりも真っ直ぐで、本当に優しいヤツなの。だからアンタみたいな余所者が何にも知らないくせに、みっつのこと知った風な顔で下に見たら……タダじゃおかないからね」
「怒ったらその可愛い顔が台無しですよー?」
「おちょくんな!」
むっと頬を膨らませる陽菜莉に、糸哉は肩をすくめた。
「僕らナキ……じゃなくて満士とはただのゲーム友達です。そうだよねー?」
「っえ……痛っ!?」
糸哉が彼女の背後を指して声をかける。振り返った陽菜莉の頭を、いつの間にか戻っていた満士が背後から鷲掴みにした。
「この俺がよぉ、みすみす敵を居間に通すわけねぇだろーが!」
呆れの混じった叱責を受けても、陽菜莉は納得できないとばかりに反発する。
「でもアンタ泣いてたじゃん!この二人に何かされたんじゃないの!?」
「されてねぇよ!それより男二人いる部屋に何の躊躇もなく入ってくんな。危ねぇだろ」
「何でよ!」
「何でじゃねぇ。もう少し自覚持てよ。これ以上ハラハラさせんじゃねぇ」
「は?何の自覚!?」
二人の会話は徐々に噛み合わなくなり、傍から見ればただの痴話喧嘩へと発展していく。
――素直に『自分は可愛い女の子だっていう自覚持って』って言えばいいのに……。
糸哉は笑いを堪えながら、そのやり取りを温かい目で眺める。幸樹はその騒ぎを一瞥もせず、手元のスマホで対戦型アクションゲームを黙々とプレイし続けていた。
「タンドリー肝据わりすぎじゃろ」
「こっちに振るなよ。気配消してんだから」
そして満士は陽菜莉の肩を押しながら廊下へ追い出し、襖をぴしゃりと閉めた。
「……アイツが余計なこと言って悪かったな」
「全然気にしてないよ。あ、でも安心して。僕らはナキが好きな人にちょっかい出す気なんて全くないから」
「は……はあぁ!?すっ、好きじゃねぇし!何言ってんだテメェ!」
「えぇ?どう見ても陽菜莉さんにゾッコンじゃん」
「潰すぞ!」
満士の額に青筋が浮かぶが、糸哉は微塵も動じていなかった。
「じゃあさ、もし陽菜莉さんに彼氏ができたら?」
「ソッコー殴り倒す」
「はい答え出ましたー」
「クッソ……うるせぇ!」
照れ隠しに悪態を吐きながら、満士は乱暴な足取りで立ち上がる。こたつへ戻るのかと思いきや、そのまま部屋の端の卓袱台へ向かった。
『コポポポポポ……』
そしてポットと急須を手に取ると、慣れた手つきで人数分のお茶を淹れ始めた。
「……どうも」
「あ、ありがとう……」
――ナキ優しい……。
幸樹がふと卓上を見ると、一つだけ余分に湯呑みが置かれていた。
「一人分多くね?」
「あ。メトロの分まで淹れちまった……」
「私への配慮は不要です」
「わーってるよ」
そんな和んだ空気の中、自然な流れで満士はメトロとついでに糸哉とも連絡先を交換する。
「メトロと話してて思い出したんだけどよぉ……。もしかしてお前か?中坊でもできるバイトで、コソコソ金稼いでる奴等ってのは……」
「まあ」
「そういう言い方になるね」
「対話内容より、彼は金銭獲得を目的とした就労意思を示しました。所属メンバーの年齢適合率およびゲーム技能の評価に期待値を検知したため、当組織への勧誘は許容範囲内と判断しました」
「オッケーオッケー。じゃあ腹割って話しますか」
メトロの補足を皮切りに空気が変わる。糸哉が姿勢を正すと、スマホゲームを続けていた幸樹も画面を閉じた。
「何だよ……」
怪訝そうに身構える満士へ、糸哉はこれプロのチャンネルページを見せる。
「ナキはゲーム実況者って知ってる?」
「アレだろ?叫べば面白いと思ってる陽キャのフリしたネット弁慶陰キャだろ?」
「偏見酷いな」
「そそそそんなことないよ!皆が皆エブリデイ出前&コンビニ生活で、部屋がエナドリの空き缶とペットボトルだらけってワケじゃないから!」
糸哉はコホンと一つ咳払いをし、脱線しかけた会話を軌道修正する。
「僕らは顔出しナシ、声も少し変えて活動してるゲーム実況グループ――『諸君!これがプロである!!』です。聞いたことある?」
「ダ、ダッサ……何だその名前」
「おい」
「待ってタンドリー!それは僕も年一くらいで思う!」
「割と後悔してんじゃねぇか!」
半ギレの幸樹をよそに、満士はチャンネル概要欄を読み始めた。
「……『FPSやTPS、バトロワ、アクションゲームの解説・攻略を中心に、オリジナルのレゾクラ企画をお届けするグループです。
【動画投稿】18:00
【定期生配信】毎週日曜日 19:00〜
『諸君!これがテディの雑談ゲーミングである!!』
メンバー:テディ(ぬいぐるみ)ホット(犬)タンドリー(鶏)ユイガ(黒猫)
・【有料会員】月額100円
・【限定動画】不定期投稿!
・【限定ブログ】毎週 火・木・金・土曜日に更新』……」
彼は読み終えた瞬間、勢いよく顔を上げる。
「テディそのまんまじゃねぇか!隠す気あんのか!?」
「あるよ!大アリだよ!」
「待てテディ。それは俺もずっと思ってる。何でバレないんだろうな……」
「それはホラ、そのために声とか設定いじってるし」
「テディがまんま糸目のコイツで、お前は……って、さっきタンドリーって呼ばれてたな」
幸樹と、チャンネルページのヘッダー画像にいるタンドリーを交互に見比べる。
「じゃあこれがお前か。へぇー」
「…」
幸樹は露骨に嫌そうな顔でお茶をすすった。場の空気が険悪になるのを防ぐように、糸哉が本題を切り出す。
「ナキ……君の格ゲーの腕を見込んでお願いがある……どうか是非とも!僕たちのゲーム実況グループに入ってください!」
「…」
「メンバーで楽しくやりつつチャンネルを大きくしていこう!とかじゃなくて、純粋に色んなゲームでメンバーと競いつつお金を稼ぐアルバイトみたいな感覚で臨んでもらっていいから!」
「現在、私は彼らの活動を支援する裏プロとして、マネジメントおよび切り抜き・ショート動画制作を担当しています」
「……!」
――成程な……。クリエイターとして、自分たちの力で稼いでるってことか……。
その時、満士の脳裏にメトロとデスゲームで交わした会話が蘇った。
『俺ぁさっさと金稼いで自立してぇんだよ……!こんなところでうじうじ立ち止まってらんねぇ!』
『……私は正当な手段で報酬を得ている、貴方と同年代の少年との接点を有しています』
『は?』
『無事帰還が完了した際には、その少年との接触機会を提供します。ピピピ……貴方に対して有益な存在になる可能性は大を飛び越え∞です』
『うるせぇよ』
初めは芸能の類か、泥臭いグレーな仕事のどちらかだろうと踏んでいた。しかしその先入観は秒で覆る。
――俺より年下のクセに……コイツ等は自分たちの力だけで価値を生み出して、ゲーム実況文化ってヤツに貢献してんだな……。
その事実が、満士には何より眩しく映った。
「……悪くねぇな」
彼は抑えきれない高揚感に、自然と口角が持ち上がるのを止められなかった。
「テディ級の奴等と好きなだけゲームできて、金まで稼げるんだろ?」
「うん。ちな僕は敵を撃ち殺すゲームが得意で、隣のタンドリーは飛んで走って最短ルートでゴールを目指すゲームが得意だよ」
「格ゲー得意なのはテディ以外いねーの?」
「…」
サラッとタンドリーを抜いた発言に幸樹の眉がピクッと動く。糸哉は気付いていたが見なかったことにした。




